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2024年1月 7日 (日)

離析(りせき)

1305164  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、「離析りせき」、
すなわち「はなればなれになる。ばらばらになる」のは、

同じ趣味であっても、練習場、
つまり場所が「離れ離れになる」ことをいう?

否、「心が離れ離れになる」ことだ!
と、私は解釈したが…。

それが証拠に、「分邦離析ぶんぽうりせき」とは、
「人民の心が君主からはなれ、ちりぢりばらばらになる」
こと(『角川新字源』)だと。

まさしく、「離れ離れ、ばらばらになる」のは
「所の問題」ではなくて、「心の問題」だと私は判断した次第。

 次に、その心が、離れ離れになるのは、
コミュニケーションの問題だと私は考えた。

そこで、コミュニケーションとは?
と思い、手元の『広辞苑』を検索してみた結果は以下の通り。

コミュニケーション【communication】①社会生活を営む
人間の間に行われる知覚・感情・思考の伝達。
言語・文字
その他視覚・聴覚に訴える各種のものを媒介する。

「マスコミュニケーション」「会社のコミュニケーションが悪い」

つまり、練習環境の1つである場所、すなわち所は変わっても、
効果的なコミュニケーションがあれば、心は離れ離れになることも、
ばらばらになることもない。

 ところが、ユーチューブの見過ぎで、
ユーチューブ難民に陥った場合は、
スイングがバラバラになり、心が折れる。

そこで、練習場がばらばらになったAさんに、
私は次のようならぶれた~を送る。

「今日まで熟慮した結果、来月の○○会は『欠席』にてお願いします。
欠席理由は、今の、私の実力・体力では、同伴者に迷惑がかかる!
と判断したからです。

なお、2月度の○○さんのBDコンペまでには
調子を整えて参加いたしたく、お願い申し上げます」。

すなわち、ユーチューブの見過ぎで、

ユーチューブ難民になった私は、
スイングがバラバラになり、体力も衰え、絶不調に陥った。

で、Aさんとの(暗黙の)約束、
ラウンド予定も反故にせざるを得なくなった。

そこで、コミュニケーションの1つである「らぶれた~」を送った。
すなわち「思考の伝達」を、文字を媒介して、いま、ここの私の思い、
感情を伝えることで、心までも離れ離れになることを防止(予防)した。

 では、あなたにお伺いします。

「このままでは、離析りせきする。
すなわち、心が離れ離れになる。バラバラになる?」と感じた時、

あなたはどんなコミュニケーションを媒介して
いま、ここの思いを伝えます?

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 「知非」という言葉を知り、
「五十九非を知って六十化す」という思いを胸に、

故「安岡正篤」翁の、次のお言葉、
「論語をみると、われわれが日常遭遇する現象や問題が
ことごとく原理的に説明されている。」に刺激を受けて、

2006年8月~2024年1月まで足掛け18年に亘り、「論語」をもとに、
「気づきと体験あれこれ」を思いのままに綴ってきたこのブログも、
本日にて投稿完了です。

長期にわたり、ご愛読ありがとうございました。感謝! 感謝 !!!

2023年12月31日 (日)

「離析(りせき)」解説ページ

1606134  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、先々週の話。
友人のAさんから以下のような電話が。

「何しよるん?
18番(某ゴルフ練習場の打席)が空いとるぜぇー。
早よう来にゃあー」と。

で、私は以下のように応える。

「おっ、久しぶり!
いつもんたん?
元気やった?

今、飯食うて、コーヒー飲もうと
思いよったとこよ。

実は、あんたが居らん間にな、『わしが見ちゃるけん、
〇〇(某ゴルフ練習場名)に来い!』いう人がおってな、
今、わしは〇〇(某ゴルフ練習場名)に行きよるんよ」と。

「ほうかな。
〇〇(某ゴルフ練習場名)いうたらどこなん。
何処に在るん?」と、Aさんが尋ねる。

で、私は、〇〇(某ゴルフ練習場名)の所在地を伝えた後、
次のように、続けた。

「そうよ。今、思い出したわい。
あんたの賞金¥○000―預かとったんよ。
今から、行くけん待っとてや」と。

するとAさんは、「今からやったら、10時半ぐらいやな?」
と尋ねるので、私は、「そうやなぁー。」と答えて
自宅を後にした。

 そして!
という話の続きは、後段にて。

先ずは、『論語(吉川幸次郎 中国古典選5 朝日文庫)の中から
抽出した「先進せんしん第十六 第1章」(の後半部分)をご覧に。

 最初に、読み下し文を。

冉有ぜんゆうわく、
いまの顓臾せんゆは、固かたくして費に近ちかし。
いまらざれば、後世こうせいかならず子孫しそん
うれいを為さん。
孔子こうしわく、
きゅう、君子くんしは夫の之れを欲ほっす曰うを舍きて、
しかも必かならず之れが辞を為すを疾にくむ。
きゅうや聞く、国くにを有たもち家いえを有たもつ者ものは、
すくなきことを患うれえずして、均ひとしからざるを患うりょう。
まずしきをう患うれえずして、安やすからざるを患うりょう。
けだし、均ひとしければ貧まずしきこと無く、やわらげば
すくなきこと無く、安やすければ傾かたむくこと無し。

れ是くの如ごとくなるが故ゆえに、
遠人えんじんふくさざれば、則すなわち文徳ぶんとくを脩おさめて
って之れを来たす。

すでに之れを来たせば則すなわち之れを安やすんず。
いま、由ゆうと求きゅうや、夫子ふうしを相たすけ、遠人えんじん
ふくせずして、而しかも来たすこと能あたわざる也なり

くに分崩離析ぶんぽうりせきして、而しかも守まもること
あたわざる也なり

しこうして干戈かんかを邦内ほうないに動うごかさんことを
はかる。

れ季孫きそんの憂うれいは、顓臾せんゆに在らずして、
蕭牆しょうしょうの内うちに在るを恐おそるる也なり

 次に、現代訳を。   

冉有ぜんゆうが次のような言い訳を。
「今、顓臾せんゆは、堅固な要害で、(季氏の領地)費に近いのです。
今、取らなければ、後世、必かならず子孫の憂いとなるでしょう。」
孔子は以下のように言った。
「求よ、君子は之これが欲しいというのを棚上げして、
しかも必ず、その言い訳をするのを嫌う。
私、丘きゅうは次のようなことを聞いている。
『国を治め、家を治める者は、
少ないことを心配しないで、等しくないことを心配する。
貧乏であることを心配しないで、平和でないことを心配する。』
思うに、等しければ、貧しきことも無く、
平和であれば少なきこともなく、平穏であれば危険も無い。
それ故に、遠方の人が悦服しなければ、
文教や学問による徳を修めて遠方の人を呼び寄せる。
既に遠方の人々が来れば、その人々を安心させる。
今、子路と冉求は、季氏を補佐していながら、
遠方の人々が悦服せず、しかも招き寄せることもできない。
魯の国がちりぢりばらばらになっているのに、
しかも守ることもできない。
その上、戦争を国内に起こそうと画策している。
私は、季孫きそんの憂いは、顓臾せんゆにあるのではなく、
季孫の門内(塀の内側)にあるのを恐おそれる」。

 続いて、吉川博士の解説を一部割愛してお送りすることに。

・冉有はさらに弁解していった。
しかし先生、現在あの顓臾城は堅固な要害で、
しかも季氏の領地である費ひの城と接近しています。

いま取っておかなければ、将来きっと子や孫の代の
心配になりましょう。

・孔子。求よ、実際はのどから手が出そうなのに、
欲しいと口に出していうのをよして、何でもかんでも強引に
言葉をかざる人間を、君子は憎悪する。お前はそれだ。

・君子疾夫舍之、而必爲之辭一 くんしはかの
これをほっすというをおきて、しかもかならずこれがじをなすをにくむ
とつづけて呼んだのは、新注による。

古注は、君子疾夫の下に注がはさまれ、
したがって古注系統の和訓も、それだけを一句として、
君子疾 くんしはかれをにくむと訓ずる。

・孔子はさらにいった。わたしは聞いている。
国を有たもち、とは諸侯。
家を有たもち、とは大夫、
すなわち家老。つまりともに領土の所有者であるが、

それらの人人の心配は、人口の過少が心配でなく、
不平均を心配とし、
貧乏を心配せずして、不安を心配する。
そう私は聞いている。

なぜそうなのかといえば、平均であれば貧乏はなく、
平和であれば寡少はなく、
平安であれば危険な
傾斜はない。

<中略>

だからこそ、遠方の人間が慕いなびかぬときは、
文化的な徳をおさめて、
それを招き寄せ、
すでに招き寄せ得たならば、それらを安定させる。

しかるにいま、お前たち由ゆうと求きゅうとは、
ご主人の補佐者でありながら、
服従しない遠くの人を
招き寄せ得ず、国家が分裂崩壊してばらばらになろうと
するのに、もちこたえられない。

そうして国家の中で兵力を動かすことを考えている。
君たちは顓臾が子孫のうれいになるだとうというけれども、
わしは心配する、

季孫の家の憂い、心配は、顓臾などにあるのではなく、
すぐ目の前の衝立ての
中で起こるだろう。

・「蕭牆」とは、門の中に目かくしとしてある衝立ての
へいであって、
いえの中のごく近い場所をいう。

<後略>

 吉川博士は、「分崩離析ぶんぽうりせき」とは、
「分裂崩壊してばらばらになる」ことだとおっしゃる。

じゃあ、
角川新字源(小川環樹・西田太一郎・赤塚 忠 編)には
どのように? と思い、この一章の「分崩離析」他、
後半部分の語句を検索してみた結果は以下の通り。
 
・【文徳】ぶんとく 礼楽(礼節と音楽)によって
人々を心服させる徳。
文教や学問による徳。
〔論・季氏〕「修文徳以来之」

・【分崩離析】ぶんぽうりせき 人民の心が君主からはなれ、
ちりぢりばらばらになる。〔論・季氏〕

・【干戈】かんか ①たてとほこ。②武器の総称。③戦争

・【蕭牆之憂】しょうしょうのうれい 内から起こる心配ごと。
家族・身内などのうちわもめ、内乱など。

蕭牆は門の内側に、ついたてのように立ててある土べい。
転じて門内。家庭内。〔論・季氏〕

 これらの熟語や語句は、ほぼ、吉川博士の解説通りにて
別に目くじらを立てて詮索する必要はなしと私は判断したものの、

「君子疾夫舍之、而必為之辞一 くんしはかのこれをほっすと
いうをおきて、しかもかならずこれがじをなす
」という成句を知りたい思いで、
角川新字源』を検索したものの、同字書には記載がその記載が
見当たらない。

そこで、『論語新釈(宇野哲人 講談社学術文庫)の[語釈]を見れば、
以下のような掲載が。

○之これを欲ほっす=その利を貪むさぼるのである。
○之これが辞を為す=辞ことばを飾って弁解するので
ある。

以上のように、2つの[語釈]に分かれていたので、
宇野博士の「通釈」を見れば次のような記述が。

君子は己の心中に利を貪むさぼっていながらこれを舍いて言わないで、別に辞ことばを飾って人を欺あざむく者を
深く悪にくむのである。

さらに、『論語(金谷 治訳注 岩波文庫)の現代訳を見た
結果は、次の通り。

〔欲ほしいくせに〕それを欲しいとははっきりいわないで
おいて、
何とかそのいいわけをするというようなことを、
君子くんしは憎む。

ちなみに、吉川博士は以下のように。

実際はのどから手が出そうなのに、欲しいと口に出していうのをよして、何でもかんでも強引に言葉をかざる人間を、
君子は憎悪する。

なるほど!
三者三様の言い回しであっても、意味は同じ。

 そこで、「分崩離析」という四字熟語を2つに分けてみては?
と思い、『角川新字源』にて、検索してみた結果は以下の通り。

【離析】りせき はなればなれになる。ばらばらになる。
〔論・季氏〕「邦分崩離析」

おっ、
「はなればなれ・ばらばらになる」!

 そっかぁ。
ゴルフの練習場が、離れ離れになれば、
心も離れ離れになる?

同じ練習場で、一緒に練習していたときは、
離れ離れにも、ばらばらになったような気もしなかったが、
練習場が、離れ離れになれば、気持ちも離れ離れになる。

でも、Aさんの呼び出しに応じ、打席を前後にして練習しながら、
他愛もない会話を交わしていれば、

一心同体とまではいわないまでも、
心が通じ合えているような気持ちに私はなった。

言葉を換えれば、離れ離れにも、
ばらばらになったようにも、私は感じなかったが…。

 では、あなたにお伺いします。

あなたは、どんな状態になったとき、「離析りせき」、
すなわち、「はなればなれになる。ばらばらになる」という
思いや気持ちを感じましたか?

2023年12月24日 (日)

有事(ゆうじ)

1401202  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、二昔、すなわち20年ほども昔の話。

私の友人が、次のようなことを。

「110番通報したら、まず 『事件ですか?
事故ですか?』と尋ねられる」と言っていたが…。

あなたは「事件」と「事故」の違いをご存知?

えっ、
「件(くだん)の事」と、「故(ゆえ)の事」!?

 じゃあ、『広辞苑』にはどのように?
と思い、これら2つの語句を検索してみた結果は以下の通り。

じけん【事件】①事柄。事項。②(意外な)できごと。
もめごと。「傷害事件」

じけんきしゃ【事件記者】主として刑事事件の取材にあたる記者を俗にいう語。

じこ【事故】①事件。出来ごと。また、支障。
「交通事故」「事故死」

②事柄の理由。事のゆえ。

 んっ、
事故=事件?

また、「事のゆえ」、すなわち「故ゆえのこと」とは記載されていたが、
「事くだんのこと」の記載は見当たらない。

 そこで、『新明解国語辞典』を開いて見れば、以下のような記載が。

じけん【事件】〔それぞれ別の事柄の意。「件」は分ける意〕
(一つひとつが世間の話題になるような)出来事。
〔狭義では、「訴訟事件」を指す〕
「事件が発生する(かたづく)/事件を(引き)起こす
<以下割愛>

じこ【事故】①不注意などが原因で起こる人災、
「事故を未然に防ぐ/大爆発事故<中略>
②何かの実施・実現を妨げる、マイナスの事情。
「事故のため欠席」

 おぉ~、
これなら解りやすい。

件は「くだん」の意ではなく、分ける意」で、
「分ければ分かる」こと。事件は細かく分ければ解決が早い?

また、事故は原因がある故に、結果が現れる出来事であり、
「人災」とは、 なるほど !!!


 ちなみに、「有事」とは、
「武力の行使をいう言葉である」と吉川博士はおっしゃるが、

角川新字源』では、「事件が起こる、起こす」意味であると
記載されている。

 先週の、「有事」解説ページの「事件」は、
「事故」、すなわち「人災」かぁ。納得!

制作過程で、前工程の「機械」担当者が、
仕様書をよく確認せず、思い込みで、「型抜き」をした結果であり、

それを受け入れした製缶担当者も見逃し、
塗装工程でも、そしてまた組立配線工程でも見逃した結果。

すなわち、「赤信号みんなで渡れば怖くない!」かぁ…。

でも、検査課の出荷前検査では、網に引っ掛かり、
何とか「品質保証」の対面は守られたものの…。大騒動。

すなわち、事故、人災が、事件に発展したが、
現場社員の固い結束で、何とか面目は保たれたものの、
汚点は残した。

その反面、怪我の功名?
すなわち現場間の風通しが良くなり、また対外的には、
強者揃いの企業という名を馳せる結果と相成ったが…。

 では、あなたにお伺いします。

あなたの周りで起こった出来事、事件、
すなわち「有事」が、「災いを転じて福となす」、
そんな出来事や事件が、過去に何例ありました?

2023年12月17日 (日)

「有事(ゆうじ)」解説ページ

 1208014  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、十年一昔、その一昔を
三度ほど遡った頃の話。

現役時代の私の周りには、常に、有事、
すなわち事件が起こった(ついて回った)。

それは、私にとっては何でもないことでもあったり、
また私を含めた周りの人々にとっても難事件であったりしたが…。

でも、それらは私にとっては、私を成長させるために
天が与えてくれた試練だと考えた。

その難事件の1つが、出荷前の最終検査で、
「製品(筐体)の厚みが足りない!」という報連相が
検査の担当者から私のもとに上がってきた時。

私は、駄目元を承知で、顧客の担当者に直談判を。

 すると!

という話の続きは、後段にて。

 先ずは、『論語(吉川幸次郎 中国古典選5 朝日文庫)の中から
抽出した「先進せんしん第十六 第1章」(の前半部分)をご覧に。

 最初に、読み下し文を。

季子きし、将まさに顓臾せんゆを伐たんとす。
冉有ぜんゆう、季路きろ、孔子こうしに見まみえて曰わく、
季子きしまさに於顓臾せんゆに事ことらんとす。
孔子こうしわく、
きゅう、乃すなわち爾なんじれ過あやまてる無き与
れ顓臾せんゆは、昔者むかし先王せんおうって東蒙とうもうの主あるじと為す。
つ邦域ほういきの中うちに在り。
れ社稷しゃしょくの臣しんなり
なにを以って伐たんと為す。
冉有ぜんゆうわく、夫子ふうしれを欲ほっす。
れ二臣にしんなる者ものは皆な欲ほっせざる也なり。
孔子こうしわく、
きゅう、周任しゅうじんえること有り。
わく、力ちからを陳べて列れつに就く。
あたわざる者ものは止むと。
あやうくして持さず、顚くつがえって扶たすけずんば、
すなわち将た焉いずくんぞ彼の相しょうを用もちいん。
つ爾なんじが言げんあやまてり。
虎兕こじこうより出で、龜玉きぎょくとくの中うちに毀こわる、
れ誰たれの過あやまちぞ与

 次に、現代訳を。   

(魯の家老)季孫氏きそんしが顓臾せんゆを攻め取ろうとしていた。
(孔子の弟子の)冉有ぜんゆうと季路きろとが、
孔子こうしに会って次のように言った。
「季孫氏きそしが顓臾せんゆに事を起こそうとしています」。
孔子は以下のように言った。
「求きゅう(冉有の名前)、お前が何か過ちをしているのではないか?
顓臾せんゆは、昔(むかしのえらい天子)文・武が、
東蒙山とうもうさんの祭主としたものである。
なおかつ、魯の領域に存在する城で、
国家の重臣である。
いかなる訳があって、これ(顓臾せんゆ)を攻め取ろうとするのか」。
冉有ぜんゆうは次のように答えた。
季孫氏が顓臾せんゆを(武力で)取ろうとしているのです。
私(冉有)と子路とは、そうしたくはないのです。
孔子こうしは以下のように言った。
きゅう(冉有の名前)、周任しゅうじん(昔の立派な官吏)は
次のように述べている。
『能力があって補佐役に就き、
力が及ばないときは辞める』と。
危ないのに守ることができず、
ひっくり返っても助け起こすことができなければ、
どうしてそんな補佐役を用いるというのかね。
なおかつ、お前の言葉は間違っている。
虎や水牛のような猛獣が檻から逃げ出し、
亀の甲や宝玉が箱の中で壊れるのは、
誰の過失であろうか」。

 続いて、吉川博士の解説を一部割愛してお送りすることに。

・全二百七十四字、さきの先進第十一の末章が、
三百十五字であるのについで、長い章である。

・「顓臾せんゆ」とは、山東省の小さな城であって、
そこの領主は、
代代魯の保護国として、
魯に帰属していた。

こうした小さな城主を附庸ふようという。

・魯の家老季氏きしは、自分自身の領地として、
すでに広大な地域を、
魯国内に占有していたが、

さらに野望を逞しくし、武力によって顓臾城を伐ち、
それをも併合して自己の領地としようとしていた。

この事件に際し、あだかも冉有と子路とは、
季孫氏きそんしの家臣であったが、
なぜそうした不正を
諌止し得ないのかと。孔子からとがめられた条である。

・季孫氏が顓臾に伐手を向けようとしたとき、
冉有、すなわち冉求と、
季路すなわち子路とが、
孔子に会って、いった。

私どもの主人は、顓臾に対して行動を起こそうとしています。
事とは、武力の行使をいう言葉である。

孔子は、冉有の名を呼んでいった。
きゅうよ、おまえは心得ちがいをしているのではないか。

一体あの顓臾というのは、過去の時代に、
先代の王が
東蒙山とうもうざんの祭主とした国である。

そうしてわが魯国の領主の中に存在している。
つまりわが国家譜代の臣下である。
それを討伐するとはなにごとか。

・「昔者」とは、二字で「むかし」のいみである。

・先王とは、後世のために中国全体の秩序を定めた
帝王の意であって、
具体的には、周王朝の創始者である
文王、武王、
およびその補佐者であった周公を意味しよう。

・そうした過去の先王の定めた制度として、顓臾の城主は
東蒙山の祭主であるというのは、大名たちの任務の一つは
その領土内にある重要な山川を祭ることであり、

逆にまた著名な山川があれば、その祭主を設けるために、
領地があたえられることもあった。顓臾もそれである。

かつまた顓臾は、完全な独立国としてあるのではなく、
附庸すなわち保護国として、わが魯の「邦域」
すなわち領域の中に含まれている。

だとすると、それは「社稷の臣」である、とういいかたは、
充分にわからないが、「
社」とは、各侯国の君主が祭る
土地の神の神社、
また「稷」とは穀物の神の神社であるから、

魯の君主直属の臣下で、顓臾の城主はある、という
意味であろう。

つまり決して魯の家老である季氏に従属するものではない。

それを征伐するのは、大きくしては先王の定めた秩序の
破壊であり、

より狭い範囲では、魯国内の従属関係の破壊である。
それをどうして征伐しようとするのか。

・冉有。それは主人がそうしたいので、
われわれ二人は、じつはみな、
そうしたくないんですが。

・孔子。求きゅうよ、周任しゅうじんに言葉がある。
自己の能力を展開して、官吏の序列にすわる。
事柄が事故の能力からはみ出た場合は、やめる。
そう周任はいっているではないか。

・周任とは、古注の馬融に「古いにしえの良吏」、
古代のすぐれた官吏という。

周任のこの教訓にしたがえば、
お前たちは辞職すべきではないか。

お前たちの良心が欲しないことを、主人がしようとするのを、
諌止しえないとすれば、お前たちは無能力者だ。

臣下は君主の補佐者である。君主の危険を支えず、
ひっくりかえるのを
助け起こさないとすれば、
補佐者すなわち相しょうが、どの点で必要と
なるというのだ。

さらにいおう。お前の言葉は間違っている。
おりの中にとじ込めておいた虎や兕が、

おりからとび出し、
はこの中におさめておいた亀の甲や
ぎょくが、
はこの中でこわれるのは、だれの責任か。

保管者の責任にほかならない。

臣下は君主の良心と行動の保管者でなければならない。

・虎兕こじ、亀玉きぎょくの二句は、いうまでもなく比喩である。
「虎」も「兕」もともに猛獣、
「亀玉」の亀は卜うらないをするための
亀の甲である。

・虎兕こじこうより出づ、は、君主の行動の暴走にたとえ、
龜玉きぎょくとくの中うちに毀こわる、は、
秩序の暗黙の破壊に
たとえるであろう。

 あぁー、
疲れたぁー、へとへと。

吉川博士の解説の一部を割愛したものの、
あまりにも長い !!!

でも、吉川博士の解説中には、以下のような記述が。

・有事とは、武力の行使をいう言葉である。

・「昔者」とは、二字で「むかし」の意味である。

・先王とは、後世のために中国全体の秩序を定めた
帝王の意である。

・「邦域」すなわち領域の中に含まれている。

・「社稷の臣」とは、魯の君主直属の臣下で、
顓臾の城主はある、という意味であろう。

・周任とは、古注の馬融に「古いにしえの良吏」、
古代のすぐれた官吏という。

・「虎」も「兕」もともに猛獣。

・「亀玉」の亀は卜うらないをするための亀の甲である。

じゃあ、
角川新字源(小川環樹・西田太一郎・赤塚 忠 編)には
どのように記載が? 
と思い、「有事」他、この章の前半部分の語句や熟語を
検索してみた結果は以下の通り。
 
・【顓臾】せんゆ 春秋時代、魯の附庸ふよう(属国)の名。
今の山東省費県の北西にあった。 

・【有事】ゆうじ ②事件が起こる、起こす。
〔論・季子〕「季氏将於顓臾」 対義語:無事。

・【昔者】せきしゃ ①むかし。以前。往年。 

・【先王】せんのう ①むかしのえらい天子。
ぎょう・舜しゅん・禹・湯・文・武の諸天子をいう。
②前代の王。

・【邦域】ほういき 国境。国土の区域。
〔論・季氏〕「且在邦域之中矣」 

・【社稷の臣】しゃしょくのしん 国家の大任を引き受ける臣。
国家の重臣。

・【兕虎】じこ 水牛ととら。猛獣の代表。〔老子〕

・【亀玉】きぎょく かめの甲と玉。
ともに貴重なもの。〔論・季氏〕

 あれっ、「有事」とは、「武力の行使をいう言葉」?

角川新字源』には「事件が起こる、起こす」とのみ
記載されているし、「周任」の意味が、同辞書には記されて無い!

まさしく、事件発生!?

そこで、困ったときの、宇野博士頼み。

早速、『論語新釈(宇野哲人 講談社学術文庫)の[語釈]を見れば、
こちらにも「周任」の記載はない。残念。

そこで、同書の[通釈]をみれば、
「古の史官しかんの周任しゅうにんという人」という現代訳が。

また、『論語(金谷 治訳注 岩波文庫)の現代訳を見れば、
次のような記載が。

(むかしの立派な記録官であったあの)周任しゅうにん

と、どちらも「しゅうにん」というルビが付されている。

ちなみに、「有事」について、
宇野博士は「○事あり=事は戦争をいう」という[語釈」を、
金谷博士は「事を起こそうと」という「現代訳」を
それぞれ付しておられる。

そこで、私は「有事」=「事件が起こる、起こす」
という現代訳を採用することに。

 さて、難問・疑問、事件が解決したところで、
冒頭の続きを。

 顧客の担当者に駄目元で、電話にてお伺いしたところ、
けんもほろろに、あしらわれた私は、その時、初めて、
その担当者の人となりを知ることに…。

 早速、現場の責任者に連絡し、
中間検査の報告書を持って、現場まで来るよう伝えた。

蒼い顔をして現場に駆け付けた彼は、まず、職務怠慢を謝り、
「どうしましょうか?」と私に尋ねる。

で、私は次のように。

「うん、出荷を1日延ばしてもろうて、明後日の夜になったから、
今晩中に製缶を済ましたら、何とかなるんじゃない」と答えた。

すると、かの責任者は、「わかりました。明日の朝一番に
塗装(次工程)へ持って行きます。」と答え自部署に引き返した。

その後、二人のやり取りを傍で聞いていた各担当責任者にも、
翌日からの善後策や処置を、私は尋ねた。

すると、彼らは、前工程の同僚を非難することもなく、
タイトな納期にも、不平・不満を漏らすこともなく、
滞りなく、善後策を考え、処置をして、無事、目標達成 !!!

つまり、彼らは難事件・大事件を解決して、
無事、予定(約束)通り出荷という1つの目標を
達成したのであった…。

その時、私が感じたのは、彼らの実力、
団結力と力強さ、逞しさ、将来性であった。

 では、あなたにお伺いします。

あなたは、周りで「有事ゆうじ」、すなわち大事件や
難事件が起こったとき、まず、何をどうします?

2023年12月10日 (日)

莫春(ぼしゅん)

1303045  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、手元のカレンダーでは、
先週のこと。

とあるゴルフ練習場での一コマにて、
登場人物はAさんと私の二人。

 Aさん、「そうや。
そうやって、左に振り切ってみよ。

ほら、ボールが高く上がって飛んだやろー。
あれが、本来の弾道やでぇー。

今までのような、地上すれすれの弾道とは、
全然、違うやろ」と褒める。

 私、「はい、
飛距離は依然と変わりませんが、
今までのような当てに行くゴルフとは、
違います」と肯うなづく。

 Aさん、「ほうやろ。
あれで振れるようになって、力がついてきたら、
後、20ydは飛距離も伸びるからな。

今年の冬はしっかり素振りをして、力を付けにゃあ。
そしたら、来年の3月が楽しみやでぇー。」と意識づけを行う。

 私、「この間、『昔の重いアイアンで、毎日、素振りをせよ』と
おっしゃっておられましたが、スイング○○○(商品名)のような
練習器具を振れということですか?

それとも、このサンドウェッジで、間に合います?」と尋ねて、
ゴルフバッグの中から1本のクラブを抜き取り、Aさんに呈示した。

Aさんは、私が差し出したウェッジを手に取り、
軽く素振りをした後、次のように応える。

 Aさん、「うん、
これでええやろ。

○○(メーカー名)のウェッジで、950GHのシャフトやな。
これなら大丈夫やっ。
来年の春が楽しみやなぁ~。」と笑顔で応える。

 私、「はい、
早春には芽吹き、晩春(莫春ぼしゅん。4月)には花が咲いて、
『Aさんのお陰です!!!』と言えるよう、精進します。」と答え、 
改めて決意を表明したのであった…。

 では、あなたにお伺いします。

来年の莫春ぼしゅん、すなわち暮春ぼしゅん、つまり4月には、
いま、ここの、あなたは、どのように変身しておられます?

2023年12月 3日 (日)

「莫春(ぼしゅん)」解説ページ

1403173  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、莫春ぼしゅん=暮春、すなわち今年の4月に、
私はどんなことをしたのであろうか…?

いま、ここで思うに、確かな記憶が蘇って来ない。

それだけ、平穏な1年であったのか…?
否、記憶力が衰えたのであろうか?

今すぐ、思い出せるのは、毎年、ソメイヨシノの花が咲く頃に
マツノミドリハバチ(松緑葉蜂)の防除(消毒)をするのを、
今年は失念して、行なわなかったこと。

そして、恒例となっている春の懇親ゴルフ、
こちらはきっちり、例年通りに行い、
ライバルのTさんに、大敗したこと。

で、捲土重来を期して(秋に予定して)いた、
今秋の懇親ゴルフは、Aさんの都合で中止になったが…。

 どこかの誰かが、「感動が少ないと、衰えが早くなる!」
と、言っていたのを耳にした記憶があるが、正しく、その通り。

 でも!

という話の続きは後段にて。

 先ずは、『論語(吉川幸次郎 中国古典選4 朝日文庫)の中から
抽出した「先進せんしん第十一 第26章」(の後半部分)をご覧に。

 最初に、読み下し文を。

てん、爾なんじは如何いかん
しつを鼓くこと希まれなり、
鏗爾こうじと瑟しつを舍いて作つ。
こたえて曰わく、三子者さんししゃの撰せんに異ことなり。
わく、何んぞ傷いたまん乎
た各おのおおの其の志こころざしを言う也なり
わく、莫春ぼしゅんには、春服しゅんぷくすでに成り、
冠者かんじゃ五六人ごろくにん、童子どうじ六七人ろくしちにん
に浴よくし、舞雩ぶうに風ふうし、詠えいじて帰かえらん。
夫子ふうし喟然きぜんとして歎たんじて曰わく、
れは点てんに与くみせん。
三子者さんししゃづ。
曾晳そうせきおくる。
曾晳そうせきわく、
の三子者さんししゃの言げんは如何いかん

わく、亦た各おのおの其の志こころざしを言うなり。
わく、夫子ふうしんぞ由ゆうを哂わろう也
わく、国くにを為おさむるには礼れいを以ってす。
の言げんゆずらず。
の故ゆえに之れを哂わろう。
れ求きゅうは則すなわち邦ほうに非あらざる与
いずくんぞ方ほう六七十ろくしちじゅう
しくは五六十ごろくじゅうにして、

ほうに非あらざる者ものを見んや。
れ赤せきは則すなわち邦ほうに非あらざる与
宗廟そうびょう会同かいどうは、諸侯しょこうに非あらずして
んぞや。

せきや之れが小しょうと為る。
たれか能く之れが大だいと為らんや。

 次に、現代訳を。   

(孔子が言った)「点てん(曾晳そうせきの名)、君はどうかね?」と。
(曾晳そうせきは)まばらに瑟しつをひいていたのを止め、
「ことり」と、瑟しつを置いて立った。そして以下のように答えた。
「さきの3人のなかまの答えとは異なります。
孔子は言った。「どうして、気にすることが有ろう。
各人がその思い・志を述べたまでだよ」と。
(曾晳そうせきは)以下のように答えた。
「晩春には、春の服が出来上がり、
成人した若者5、6人、子供6、7人を伴い、
沂水きすいで水浴びをして、舞雩ぶうに遊び、
詩を詠えいじながら帰りたいと思います」と。
孔子は「うん、おぉー。」と嘆息して、次のように言った。
私は点てん(曽皙の答え)に賛成するよ」と。
(子路・冉有・公西華の)3人が座(その場)を後にした。
曾晳そうせきのみが居残っていた。
曾晳そうせきが(孔子に)尋ねた。
「あの3人の答えは如何でした?」と。
孔子は次のように答えた。
3人が銘銘めいめいその思い・志を述べたまでだよ」。
曽皙そうせきが再び尋ねた。
先生はどうして由ゆう(の答え)を笑れたのです」?
孔子のこたえ。
「国を治めるには礼儀を弁えるのが必須だが、
その言葉は、穏やかではない(猛々しい)。
だから(由=子路しろの答えに)思わず苦笑したのだよ。
また求きゅう(冉有ぜんゆうの答えは)は国に関することではないか。
どうして、6、70里四方、あるいは5、60里四方もありがら、
国家ではないものを見ることがあろうぞ。
これ、赤せき(公西華こうせいか)の話は国家に関することではないか。
先祖の御霊や&会合は、諸侯の話でなくて、何のことか!?
せき(公西華こうせいか)はその大名の小相しょうしょうと為るというが、
(公西華こうせいかを差し置いて)誰が大相と為るというのかねっ」。

 続いて、吉川博士の長い解説を端折ってお送りすることに。

・さて次に孔子は、曽皙の方を向いて、
その言葉をうながした。
「点てん、爾なんじは如何」。
点は曽皙の本名である。

「瑟しつを鼓くこと希まれなり」。瑟しつとはハーブのような
弦に数が多い
琴であり、鼓は動詞であって、「ひく」。

「鼓瑟希」の「希まれなり」とは、
その音声が稀薄であったこと、
つまり爪びきである。

威勢のいい子路がまっさきに抱負を述べ、また若い冉有と
公西華が、
それぞれに抱負を述べているあいだ、

年配の曽皙は、師弟の会話を
妨げない程度に、
しずかに琴を鳴らしていたのである。

「鏗爾こうじと瑟しつを舍いて作つ」。
曽皙は、かたりと瑟をそこえ置き、
立ち上がった。

「鏗」の字はやはり古注の孔安国に、「瑟を投じる声おと」。
瑟は膝の上にのせて奏せられていたのであろか。

そうして立ち上がっての答えは、
大変遠慮ぶかいものであった。

「対こたえて曰わく、三子者の撰せんに異なり」。
私の考えは、今までの三人の方向とは、ちがっております。
ただそれだけを、遠慮ぶかく答えたのであった。

「子曰いわく、何んぞ傷いたまん乎や。
亦た各おの其の志を言なり」。
いや、かまわない。
いまはめいめいが、抱負をのべあっているのだから。

君も、いってごらん。

かくて答えられた曽皙の答えこそは、
この章の中心と意識される部分である。

「曰わく、莫春ぼしゅんには、春服既に成り、冠者五六人、
童子六七人、
に浴よくし、舞雩ぶうに風ふうし、
えいじて帰らん」。

莫春の莫は、暮と同じであって、暮れの春、晩春。
つまり陰暦の三月、陽暦の四月。

そのときに、春の着物、というのは、つまり合服であるが、
それがちゃんと仕立て上がり、すでに元服をおえて
冠をかむった成人は五六人、まだ元服をおえない
未成年の童子つまり
ティーンエイジャーは六七人、
いずれもきりたての合服を着て、
郊外へピクニックに出かけ、

というのは魯の首都曲阜きょくふの郊外にある
川の名であるが、その川で水浴し、
また、そこには舞雩ぶうといって、
あまごいの舞いを
まうための土壇、それは平生の日には、散歩の場所にも
なっていたのであろうが、そこで風すずんだうえ、
うたを、詠うたいながら帰えって来たい。
そうした生活こそ望ましいと思います。

なるほど前の三人の、いきおいこんだ議論とは、
大変違った答えである。
「三子者の撰に異なり」である。

・「夫子喟然きぜんとして歎じて曰わく、
吾れは点に与くみせん」。

孔子は、はああっとため息をついていった。
私は点すなわち曽皙に賛成する。

喟の字は、「説文解字」に「大いなる息也」とあるように、
大きな感動による大きな嘆息を意味する。

・さて話はまだおわらない。「三子者出づ、曽皙後おくる。
三人は先に退出し、曽皙だけが、あとに残った。

「曽皙曰わく、夫の三子者の言は如何いかん」。
子路、冉有、公西華の答えに対する先生の批評を
求めたのである。

「子曰わく、亦た各おの其の志を言うなり矣」。
それぞれ抱負を述べたのだよ。

「曰わく、夫子何んぞ由を哂うや」。
先生はなぜ子路の答えに、お笑いになったのですか。

「曰わく、国を為おさむるには礼を以ってす。其の言譲らず。
是の故に之れを哂う」。国家を治めるには、秩序と調和の
法則である
礼によらなければならない。
ところがかれの言葉は、いっこう謙虚でない。

抱負は抱負として結構だが、いいかたが勇ましすぎる。
さればこそおかしかったのだ。

・孔子は、冉有の言葉乃至は態度を、つづけて批評した。
「唯れ求は則ち邦に非ざるか」。
はじめの唯の字は、次に来る求という主格を強める助字。

求の言葉の内容は、それこそ独立国についての
事柄ではないか。

「安いずくんぞ方六七十如しくは五六十にして、
邦に非ざるものを見んや」。

東京都ほどの面積をもちながら独立国でないという国が、
どこに見つかるか。

かれも、ちゃんとした国の政治の責任者になりたいのに、
へんに遠慮して、六七十里四方か、いやもう少し小さい
五六十里四方か、
などといっている。

・それは公西華についても、同じだ。
「唯れ赤は則ち邦に非ざるか」。

公西華の答えの内容だって、
独立した大名の国についてのことだ。

「宗廟会同は、諸侯に非ずして何んぞや」。
宗廟といい、会同といい、
諸侯以外にありうることではない。
それにかれは、へんにもってまわった
いいかたをしている。

それにまた「赤や之れが小と為る、
孰たれか能く之れが大と為らん」。

補佐役の末席を汚したいというが、
かれほどの人物が末席になるなら、

だれがその上に立つ大きな「相」、
つまり補佐長となるというのか」。

 う~ん、
へとへと。

吉川博士の解説を端折ったものの、
あまりにも長い。

その解説の中で、吉川博士は、
「撰は、方向、方法という意味に、解せられる」とおっしゃる。

じゃあ、
角川新字源(小川環樹・西田太一郎・赤塚 忠 編)には
どのように記載が? と思い、

「撰」他、この章の後半部分の語句や熟語を検索してみた
結果は以下の通り。

・【撰】セン 意味③備わっているもの。そろっている人々。
なかま。〔論・先進〕「異三子者之撰」。同義語:僎

・【鏗爾】こうじ 琴などを下に置くときの音の形容。
〔論・先進〕「鏗爾舍瑟而作」

・【莫春】ぼしゅん 春の終り。同義語:暮春

・【冠者】かんじゃ 成人してかんむりをつけたわか者。

・【童子】どうじ ①こども。同義語:童児 
②こどものめしつかい。同義語:僮子どうし

・【舞雩】ぶう ①天をまつって雨の降るのをいのるまつり。「周礼・司巫」
②そのまつりに舞楽をする壇。
〔論・先進〕「浴乎沂、風乎舞雩、詠而歸」

・【喟喟】きき=【喟爾きじ・喟然きぜん】 嘆息するさま。

 あれっ?
「撰」の意味が…。

そこで、『論語新釈(宇野哲人 講談社学術文庫)の[語釈]を見れば、
以下のような掲載が。

〇撰=具そなえ。心掛けていること。

う~ん、
宇野博士の[語釈]をみれば、吉川博士の解説にちかい。

ちなみに、金谷博士の現代訳を見れば、「撰」を「立派なの」と、
記しておられ、こちらも吉川博士寄りにて、

角川新字源』の意味は、孤立無援(孤軍奮闘?)! 
それでも私は、この現代訳を採用したが…。

 さて、点てん、すなわち曽皙は、以下のように言う。

「莫春者、春服既成、冠者五六人、童子六七人、
乎沂、風乎舞雩、詠而歸」すなわち、春の暮れには、
合服ができ、成人5、6人、子供6、7人を伴い、
沂水きすいで水浴をし、舞雩ぶうに遊び、詩を詠じながら帰らん」と。

 ならば、私も!

来年の莫春ぼしゅん、すなわち4月の「懇親ゴルフ」では、
ライバルのTさんに勝利して、クラブの風呂で汗を流し、
一張羅を身に着け、鼻歌を口ずさみながら、
Aさんの運転する車に便乗して帰らん。

 では、あなたにお伺いします。

あなたは、来年の莫春ぼしゅん(=暮春)には、
どんな楽しみが待っています?

2023年11月26日 (日)

知方(ちほう)

1505024_20231126143001  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、(手元のカレンダー上では)先週の事。

不慮の事故で亡くなった実弟の遺体を引き取りに、
長兄と、その娘との3人で、所轄の警察署に出向いた。

その後、葬儀屋に遺体を引き渡し、
生前、彼(実弟)が住んでいた団地に向かった。

玄関を開けて、びっくり!

部屋中、散らかし放しで、生活感がない。
「内縁の妻と、暮らしている」と、
私は聞いていたのに…。

とりあえず、その日は、3人で遺品を整理して、
翌日、斎場(火葬場)に向かった。

そこで、「(実弟と)結婚します!」と言って、
実弟と2人で、私の田舎(故郷)を後にしたという
女性と会って、経緯を聞いた。

すると、我々身内が聞いていた話とは、大違い。
件の女性は、「結婚するといった記憶が無い」と言い、
「私には、主人と息子もいる」と、のたまう。

警察は「解剖した結果、事件性は無い」と言っていたが、
私は彼女の話や、その友人(と称する人達)の話を聞いて、

当初、「実弟が自ら命を絶った?」と考えていた思惑が、
「騙された挙句の果てに、実弟は殺されたのでは?」と
いう思い・疑心暗鬼に変わっていった。

 その後、私達3人は実弟の骨壺を抱いて、
生前、実弟が住んでいた団地を再び訪れ、野暮用を済ませた後、
その部屋で遺品整理業社の代表者と待ち合わせをした。

そして遺品の処分と、生前、弟が住んでいた部屋の原状復元を
依頼して、帰路に就いた。

その道中で、かつて長距離トラックの運転手をしていた長兄が、
以下のような話(エピソード)を。

「○○(実弟名)が、車でワシの後を追いかけて来て、
『ピィー、ピィー』と、クラクションを鳴らすんで、
見たら○○(実弟名)よ。

わしが、『どこかで、お茶でも?』と聞いたら、
「朝寝坊して遅れたんで、急いどるんよ。」と言うて、
先に行ったんやけど、あれが○○(実弟名)との
最後の言葉になったわい。

あの時、○○(実弟名)は、ええ会社の社名が入った
トラックに乗とったけん、『ええー会社に入っとい。』と
思うたんやけど、どこで、道を間違えたんやろうのぉ…」と。

 この話を聞いた私の頭の中には、
次のような思い・考えが、片隅を過った。

かつて、私が、愚息に向かって、
『どこで(道を)間違うたんやろうかのぉ―』と言った時、
愚息は『間違うとらせん!』と、言い返していたが…。

○○(実弟名)の生きざま(結末)をかいま見て、
私は、愚息の将来を見たような思い・感情に支配された。

そして、この先(将来)、□□(愚息名)も、道を間違えて、
○○(実弟名)と同じ道を歩まならなければいいが…。」
という老婆心に変化していった…。

 では、あなたに、お伺いします。

あなたがご存知の「方みち」とは、どんな道です?


    <<< 「知方ちほう)」 附録 >>>


「知方ちほう」とは、何ぞや?

ある人、曰いわく、「中国語は、(読む)順序を逆にしたらいい」と。
その教えに従い、日本語に変換すれば、「方知」となる。
「知」は知識の知であり、認知の知で、「知る・認める」意(意味)。

じゃあ、「方」とは?
と、『角川新字源』を見れば、次のような意味が。

【方】ホウ/カタ 意味⑬みち(道)。道義。「義方」

すなわち、「方」とは、「正しい道」のことにて、
【知方】ちほう とは、「人の行なうべき道を知る。」ことだと
同字書には記載されているが、

吉川博士は、「知みちをしる」とは、
「正しい人間の生きかたが、わかる」ことだと、
解釈しておられる。

 はて、さて、正しい道とは、
一言でいえば、どんな道?

2023年11月19日 (日)

「知方(ちほう)」解説ページ

1401203  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、愚妻はいう。

「痛い目に遭うたら、解るんよぉー。
人間、痛い目に遭わんと、なんぼ言うても
解らんのよ。」と、のたまうが…。

この言葉は、自らの体験からくる言葉なのか?
それとも、TVか何かで、聞きかじった言葉なのか?

それは兎も角、私が、人の道、すなわち人間としての
守るべきルールを、我が子に説くのであるが…。

どこかの誰かは、「解るまで、諦めず、何度も、何度も、
耳に胼胝たこができる迄、繰り返し教えよ!」という。

彼は、「馬の耳に念仏」という諺を知らないのか?
それとも、ビジネス書か、誰かの受け売りなのか…?

 そういえば!
という話の続きは、後段にて。

 先ずは、『論語(吉川幸次郎 中国古典選4 朝日文庫)の中から
抽出した「先進せんしん第十一の第26章」(の前半部分)をご覧に。

 最初に、読み下し文を。

子路しろ、曾晳そうせき、冉有ぜんゆう、公西華こうせいか
侍坐じざす。
わく、
れ一日いちじつなんじに長ちょうずるを以って、
れを以ってする毋き也なり
れば則すなわち曰わく、吾れを知らざる也なりと。
し或あるいは爾なんじを知らば、
すなわち何なにを以ってせん哉
子路しろ、率爾そつじとして対こたえて曰わく、
千乗せんじょうの国くに、大国たいこくの間あいだに摂はさまれ、
れに加くおうるに師旅しりょを以ってし、
れに因かさぬるに饑饉ききんを以ってす。
ゆうや之れを為おさむるに、
三年さんねんに及およぶ比ころおいには、
ゆうらしめ、且つ方みちを知らしむ可き也なり
夫子ふうしれを哂わろう。
きゅう、爾なんじは如何いかん
こたえて曰わく、
ほう六七十ろくしちじゅう、如しくは五六十ごろくじゅう
きゅうや之れを為おさむるに、
三年さんねんに及およぶ比ころおいには、
たみをして足らしむ可し。
の礼樂れいがくの如ごときは、
って君子くんしを俟たん。

せき、爾なんじは如何いかん
こたえて曰わく、
れを能くすと曰うに非あらず。
ねがわくは学まなばん。
宗廟そうびょうの事こと、如しくは会同かいどうに、
端章甫たんしょうほして、願ねがわくは小相しょうしょうと為らん。

 次に、現代訳を。   

弟子の子路しろ、曾晳そうせき、冉有ぜんゆう、公西華こうせいかが、
孔子の側に坐っていた。
孔子が以下のように言った。
「私が君たちより、少し、年長だからということで
私に遠慮をすることはない。
常日頃、君たちはいう。『私を知らない』と。
もし、君たちのことを知って(認めて)くれたならば、
何をどのようにするのかね」。
子路しろが出し抜けに、次のように言った。
「兵車千両を出すことのできる国が、
大国の間に挟まれ、
百万人超の軍隊に侵略された後、
飢えと凶作に見舞われたとします。
私、由ゆうが、(その国を)治めたならば、
3年の間には、
勇敢で、且つ、人の道を知る人民にいたします」。
孔子は、子路の言葉に微笑を浮かべた。
「求きゅう、君はどうかね?」(孔子が冉有ぜんゆう)に尋ねた。
冉有ぜんゆうは孔子の問いに、以下のように答えた。
「六七十里四方、あるいは五六十里四方の国を、
私、求きゅうが治めたならば、
3年の内には、
人民の暮らしを充足させましょう。
礼楽については、君子が現れるのを待ちます」。
「赤せき、君はどうかね?」孔子が公西華こうせいか)に尋ねた。
公西華こうせいかは以下のように答えた。
「何かを良くするということではございません。
学びたいと思います。
祖先の祭祀の事、あるいは諸侯の会合に、
黒の礼服と礼冠を着用して、主君の世話役になることを」と。

 続いて、吉川博士の解説を。

・一見して明らかなように、
「論語」の中で最も長い章である。

また孔子のゆたかな、あたたかい性格を示すものとして、
大変有名な章である。

・「子路しろ、曾晳そうせき、冉有ぜんゆう、公西華こうせいか
侍坐じざす」。
かりに孔子七十歳のときとすれば、

子路
六十一歳、曾晳もその年輩、冉有四十一歳、
公西華二十八歳、かく老若とりまぜた弟子が、
孔子をとりかこんで、すわっていた。

・「子曰わく、吾れ一日いちじつなんじに長ぜるを以って、
吾れを以ってする毋き也」。私は君たちより、
少しだけ年かさだが、そのために私に遠慮する必要はない。

「一日爾に長ず」とは、
いうまでもなく、謙遜による誇張である。

・「居れば則ち曰わく、吾れを知らざる也と」。平常諸君は、
口ぐせのように、「われわれは認められない。という。
「居れば則ち曰わく」の「居」の字は、平常を意味する。

・「如し或いは爾なんじを知らば、
すなわち何を以もって
せん哉」。

もしかりに、君たちが世間から認められたとしたら、
どういうことをやりたいか。

・「子路、率爾そつじとして対こたえて曰わく」、
率爾は、あっさり、と訳してよいであろう。
まっさきに答えたのは、例によって気の早い子路であった。

・いわく「千乗せんじょうの国、大国の間に摂はさまれ、
之れに加くおうるに師旅しりょを以ってし、
之に因かさぬるに饑饉ききんを以ってす」。

千乗の国とは、戦車千台と、それに相応した兵士とを、
供出しうるだけの地域をもった、大名のくにである。

ここではそれが、大国の間に摂はさまれ、
というのだから、弱小の国である。

「摂しょうは迫せまる也」、つまり両側の大国から脅威圧迫を
受けている小さな千乗の国、それが軍隊の侵略を受け、
かつ戦争の結果として饑饉をおこしているとしましょう。

「由や之れを為おさむるに、三年に及ぶ比ころおいには、
勇有あらしめ、且つ方みちを知らしむ可べき也」。

私がもし、そうした困難な国の政治を担当したとします
ならば、
三年の間には、勇ましい心情をもつばかりでなく、
正しい人間の生きかたが、わかるように、して見せましょう。

・「夫子之れを哂う」。「哂」の字は、
漢の馬融ばゆうの説を引いて、
「笑う也」とある。

<中略>

・子路の答えに対する笑いがおわると、
孔子は、求、すなわち冉求の答えをうながした。
「求きゅうなんじは如何いかん」。

・「対こたえて曰わく、方ほう六七十、如しくは五六十、
求や之を為おさむるに、
三年に及ぶ比ころおいには、
民をして足ら使む可し、
其の礼楽れいがくの如ごときは、以って君子を俟たん」。

・「六七十華里四方、もしくは五六十華里四方のくに、
つまり東京都より
やや小さいぐらいの面積のくに、
私が、そこの政治の責任者となれば、

三年間には、人民の経済生活を、充足させて見せましょう。

文化生活の法則である礼樂は、さらに有能な君子が、
その事に当たられるのを待つといたしまして。
それが冉有の答えであった。

は「待つ也」と訓ぜられる。
と待たいとは、古代音では近い。

<中略>

・冉有の答えに対し、孔子がどんな反応をしたかは、
記されていない。

そうして、赤すなわち公西華の答えを、次にうながす。
「赤せき、爾なんじは如何いかん」。

・「対こたえて曰わく、之れを能くすと曰うに非ず。
願わくは学ばん焉。

宗廟の事、如しくは会同に、端章甫して、
願わくは小相と為らん焉」。

公西華の答え。
以下のことが、私にうまくできると、はっきりいえるわけでは
ありませんが、勉強して、やってみたいと思います。

宗廟すなわち君主が先祖を祭る廟で行われる行事、
もしくは会同、すなわち大名たちが儀礼として行う定期的な
会合、
その小規模なものが「会」、
大規模なものが「同」であるが、

その場合には、大礼服である「玄端」の上着、
また「章甫」の
冠りをかむって君主の補佐役、

といっても最高の責任者でなく些細な輔佐の役目が
「小相しょうしょう」であるが、
その「小相」をつとめたいと思います。

・宗廟における祭祀は、その国の文化理念の表現であり、
また会合における君主の言語行為は、その君主のくにの
文化能力の表現として、いずれも重視され、

君主が正しく行動するためには、
よい輔佐役が必要であった。

その輔佐役のはしくれをつとめたい、というのが
公西華の抱負であった。

<後略>

 う~ん、
吉川博士は、「率爾は、あっさり、と訳してよいであろう」
とおっしゃる。

じゃあ、『角川新字源(小川環樹・西田太一郎・赤塚 忠 編)には、
どのように記載が? と思い、「卒爾」他、
この章の前半部分の語句を検索してみた結果は以下の通り。

【侍坐】じざ 貴人のそばにすわる。
〔孝経〕「仲尼間居、曾子侍坐」

【一日之長】いちじつのちょう ①少し年齢が多いこと。
〔論・先進〕「以吾一日長乎爾、毋吾以也」

【卒爾】=そつじ【卒然】そつぜん にわかに。不意に。
だしぬけに。
同義語:率爾・率然・倅然そつぜん・猝然そつぜん 

【千乗之国】せんじょうのくに 兵車千両を出すことのできる
諸侯(大名)の国。

【師旅】しりょ 軍隊。五百人を旅といい、五旅を師という。
〔論・先進〕「加之以師旅、因之以饑饉

【知方】ちほう 人の行なうべき道を知る。
〔論・先進〕「可使二有勇、且知一レ方也」

【宗廟】そうびょう ①祖先のみたまや。
②国家。同義語:社稷しゃしょく

【会同】かいどう ①周代、諸侯が天子に拝謁すること。来朝。
②諸侯の寄り合い。③寄り合い。会合。

【端章甫】たんしょうほ 端は玄端の服で、
周代の諸侯が朝勤のとき着る黒色の正しい式服。

章甫は殷いんの礼冠。〔論・先進〕

【小相】しょうしょう 主君が儀式を行なうのを助ける世話役。
小は、けんそんしていうことば。〔論・先進〕

 う~ん、
「師旅」の内容が…?

吉川博士は、「軍隊」といい、
角川新字源』には「軍隊」と、「五百人を旅といい、五旅を師という」。
ならば、「師旅」とは、2,500人の軍隊? 
何万もの兵とは、桁が違うが…。

そこで、『論語新釈(宇野哲人 講談社学術文庫)の[語釈]を見れば、
以下のような掲載が。

〇師旅=軍隊をいう。師は二千五百人。旅は五百人。
ここでは師旅を動かして戦争すること。

 おぉ~、
これならば、1,250,000人の軍隊になる。

そのような視点に立って、『角川新字源』の「師旅」を見れば、
宇野博士の[語釈]と一致する。「やれやれ」

また、「方ほう六七十ろくしちじゅう、如しくは五六十ごろくじゅう」について
吉川博士は、「東京都よりやや小さいぐらいの面積」だとおっしゃる。

角川新字源』の、「周・春秋・戦国時代の度量衡換算表」をみれば、
「里=405m」にて計算結果は「東京都よりやや小さいぐらいの面積」

「やれやれ、ホッ」
としたところで、冒頭の続きを。

 さて、
誰かさんの受け売りか? それとも愚妻の言い分が正解なのか? 
その答えの1つを以下の身近な実例にて。

「フェンスを越えるボール遊び禁止」の掲示板がある公園にて、
就業後にキャッチボールを楽しんでいた2人の社会人が、
公園横の住宅の窓ガラスを割った。そして謝罪と弁償をした。

以来、彼等の姿を当該公園で再び見ることはなかった。

また、休日に、高校生数人が、当該公園にてソフトボールを
愉しんでいた。そのボールが、フェンスを越えて、
公園横の、住宅の窓ガラスを割った。

そして、謝罪と弁償をして、
それ以来、彼らの姿を当該公園にて見かけることはなかった。

 由(ゆう。子路しろ)はいう。

「可使勇、且知一レ方也ゆうあらしめ、かつ、みちをしらしむべきなり
すなわち、「勇ましい心情をもつばかりでなく、
正しい人間の生きかたが、わかるように、して見せましょう」と。

つまり、「正しい人間の生き方が分かるようにする」ためには、
「自らの失敗を糧(基)に(痛い目に遭って)、自ら学ぶ。」
という愚妻派と、

「失敗しないように、耳に胼胝たこができる位、解るまで、
何度も何度も、繰り返し、繰り返し、言え(教えよ)」という
誰かさん派(受け売り派)。

そのどちらが、現代の若者には、理解でき、受け入れられ、
「知方ちほう」、すなわち「人の道を知る」ことが
できるようになるのでしょうか…。

 では、あなたにお伺いします。

あなたは、部下が知方(道を知る)ために、
どんな教育を施しています?

2023年11月12日 (日)

知言(ちげん)

1303043_20231112112001  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、今を去ること
40数年程も前の、昔の話。

私が、組立配線作業を終えた製品の、
自主検査をしていたときのこと。

動作する筈の製品が、正常に動かない。

さては、誤配線or無線(配線漏れ)かな?
と思い、各部品の配線・接続をチェックするが、
異常は確認できない。

次に、図面(接続図)の間違いかな?
と思い、回路を順に追っていくが、
接続図面も間違い無い。

はて、さて、どうしたかものか?
と、考えあぐねた末に、たどり着いたのが、
某大手メーカーP社の機器不良に違いない!
という確信に。

 早速、代理店の担当者に電話を!
と、歩き始めた矢先に、ばったり、当該担当者が現れた。

で、私は彼に、検査の過程と経緯を説明した後、
次のように。

「原因は、この○○リレーの不良しか考えられない!
今から、裏ブタを剥がして、中の配線をチェックするから
立ち会って欲しい。」と告げた。

すると、当該担当者は、次のようなことを。

「メーカーの製品に手を加えると、返品が出来なくなりますし、
苦情を申し込んでも、相手にしてくれなくなりますので、

メーカーに直接送り返して、調査報告書を要求しますので、
この(現状の)ままの状態で、預からせてください。」と言う。

「ほら、来た!
メーカーに手懐てなずけられた代理店の言い訳が !!!」
と、思った私は、次のように。

「いかん。駄目や!
今までにも何度か、そのように聞いて、
そのまま持って帰ってもらったけど、
こちらが納得のいく答え、報告書を見たことがない。

アンタが、ええ所に来たので、今から裏ブタを剥がすけん、
見とってや。」と私は言い、当該製品の裏ブタを開けた。

開けて、びっくり !!!

本来、半田付けをする端子に、半田付けをした痕跡もなく、
勿論、配線も施されていない。

これには、当該代理店の営業担当者も、
私も、一瞬、開いた口が塞がらなかった。

 その翌日、代理店の担当者が、
P社支店の営業課長Kさんを伴い、私を訪ねてきた。

K課長は、まず、お詫びの言葉を一通り述べた後、
私の怒りが収まった頃合いを見て、
次のようなこと(開き直り?)を。

「○○リレー(不良品)は、自社で製造していないこと位、
既に、ご存知でしょう?」と、苦笑交じりに言う。

「そう、やっぱり。」
と、私は応えた後、次のように。

「受入検査も、全数検査ではなく、抜き取り検査?」
と、尋ねた。

すると、K課長は、「はい、おっしゃる通り、抜き取りです。」
と、観念したかのように答える、というか、答える他なかった。

その答えを聞いた私は、次のような追い打ちを。

「(不良品が)うち(当社)で、出た(発見された)位やから、
他所でもある筈やけどなぁ…(と、聞こえるように独り言をいった後)、

この製品についての不具合や不良品が、
過去に何件ぐらい、出ています?」と尋ねた。

すると、彼は、「いや、今回が、初めてです。」
と、おっしゃる。

で、私は、「そう。じゃあ、帰りに、宝くじを買って帰ろうか。」
と答えた後、次のような思い・考えが、私の頭の中を過った。

「そうか。そんな言い訳があったのか!?
彼、K課長は、『私が本当のことを知りたい』」という
思いや気持ち、その私の本心を、既に、察知しており、
それなりの受け答えをした!?」と、
内心、感心? しながら、次のように続ける。

「そうですね。
この製品は、O社の独擅場どくせんじょうですから、
あまり不良品も出ないかも知れませんねっ。」
と、笑いながら余計な一言を。

 以来、私はメーカーの製品なら大丈夫 !!!
という固定観念を取り払い、
疑いの眼を向けるきっかけになった1つの事例であったが、
同時に、私の心を鷲摑みにしたK課長の言葉・対応でもあった…。

 では、あなたに、お伺いします。

あなたが、観察眼を磨くきっかけになったのは、
誰のどんな言葉や事例でした?

2023年11月 5日 (日)

「知言(ちげん)」解説ページ

1409012  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、プロ野球日本シリーズをTV観戦しながら、
離れて住む父娘の、ラインでのやりとり。

11月2日(木)の会話。

「もー! 何しよるんっ!
あれはとらないかんやろうー」と娘。

「うん、『今日は絶対勝つ!!』いうて
岡田監督が言うたけん、
選手はプレッシャーかかっとるんよ」と私。

「アレはとらなー!
またハラハラさせられる展開やね…。
守ってもらわな!」と娘。

「要らん事言わんても、
ええのにねっ」と私。

「岡田監督も要らん事言いのお父さんに
言われたないわ」と娘。

「年寄りは要らんこというけん、
嫌われるんやね」と私。

負うた子に教えられて
返した言葉であったが…。

 翌日も、また!

という話の続きは、後段にて。

 先ずは、『論語(吉川幸次郎 中国古典選5 朝日文庫)の中から
抽出した「堯曰ぎょうえつ第二十 第3章」をご覧に。

 最初に、読み下し文を。

わく、
めいを知らざれば、
って君子くんしと為す無き也なり
れいを知らざれば、
って立つ無き也なり
げんを知らざれば、
って人ひとを知る無き也なり

 次に、現代訳を。   

孔子は以下のように述べた。
「天命を知らなければ、
君子とは言えない。
礼儀を知らなければ、
自立することができない。
言葉を知しらなければ、
人を知ることができない」と。

 続いて、吉川博士の解説を。

・全篇の最後であるこの章が、漢代の諸テキストのうち、
「魯論語」の本には無く、「古論語」の本のみにあったという。

また全体として雑駁な堯曰篇の終りに位することは、
この章が、本当に孔子の言葉であるかどうかを、
いよいよ疑わせる。

しかし、にもかかわらず、この章は、
「論語」全体の締めくくりとして、
適切この上もないであろう。

・「命めいを知らざれば、以って君子と為す無き也」。
「命」は、使命とも解され、運命とも解される。

前者ならば人間の活動の原理として、
後者ならば人間の活動を
制約するものとして、
ひとしく天から与えられたものである。

二者は、二にして一、一にしてニである。
それを知らなければ君子たる資格はない。

・古注の孔安国が、「命」とは窮達の分さだめを謂う」と、
運命の意にのみ解するのは、不充分である。

またきびしい封建の世にいた徂徠は、
命とは、天命を受けて、あるいは天子となり、
あるいは公卿となり、あるいは大夫士となること、
というが、
私は賛成しない。

・礼を知らざれば、以って立つ無き也」。
泰伯第八(第8章)の
「子曰、興於詩、立於礼
於楽」が、
ここと最も近い言葉であるが、
ここでは「礼」をもって、文明の行為の代表とする。

人格の確立は、文明の方向と効果とを知らない限り、
あり得ない。

・「言を知らざれば、以って人を知る無き也」。
言語こそは人格の表現である。言語の認識によってこそ、
個人も人間の運命も、認識される。

・徂徠は、この最後の章は、学而第一の最初の章と
首尾相応するのであり、「是れ編輯者の意也」、とする。

いかにも「学んで時に之れを習う」は、
礼を知り、言を知る努力であり、
「人知らずして慍いからず」は、命を知る努力である。

・「子曰」を、「孔子曰」に作る本があり、
日本の本はその方が多い。

編集者が全書の締めくくりとして、この章をおいたとすれば、
「孔子曰」となっている方が、ふさわしく感ぜられる。

 う~ん、
吉川博士は、またまた難解な解説を…、と、私は頭を抱えながら、

角川新字源』(小川環樹・西田太一郎・赤塚 忠 編)には
どのように記載が? と、検索してみた結果は以下の通り。

【三知】さんち ②命(運命)・礼(礼節)・言(言葉の得失)の
三つを知る。〔論・堯曰〕

【知命】ちめい ①天命を知る。天運をさとる。
天のあたえた使命を自覚する。

【知言】ちげん 人のことばを聞いて、その是非善悪を
判断する。〔論・堯曰〕「不言、無以知一レ人也

 あれっ、
この字書には。「知礼」の記載が見当たらない。

そこで、『論語新釈(宇野哲人 講談社学術文庫)の[語釈]を見れば、
以下のような掲載が。

〇命めいを知る=命は運命。ただ知るだけでなく、
これを信じてこれに安んずるのである。命。

〇礼れいを知る=礼を知ってこれを守るのである。
礼は人の履み行うべき一切の規定である。

〇立つ=他物に動かされないで自立すること。

〇言げんを知る=人の言を聴いて
いかなる心から出たかを推知するのである。


三者三様!?

ただし、「命を運命の意にのみ解するのは、不充分である」と、
吉川博士はおっしゃるが、他の博士は「運命」だとおっしゃる。
それでも、私は吉川博士の解釈に手を挙げる。

蛇足ついでに、「礼儀」と「礼節」の違いを『角川新字源』にて、
検索してみた結果は、以下の通り

【礼儀】れいぎ 人が行動において守るべき作法。
礼はそのうちの大きいもの。儀は細かいもの。

【礼節】れいせつ 礼儀のきまり。また礼儀と節度。

また、「知げんをしる」について、
吉川博士は、「言語こそは人格の表現である」とおっしゃり、
宇野博士は「相手の心を推知する」ことだと。

さらに、『角川新字源』を見れば
「言葉の是非善悪を判断する」。
「言葉の得失を知る」ことだと。

んんっ、
「知げんをしる」とは、「言葉の得失を知る」こと?
ならば、昨日(4日)の娘とのラインでのやり取りの中にも。

 11月4日(土)、プロ野球日本シリーズを
TV観戦し終えた(離れて住む)父娘のラインでの会話。

「はい!はい!はい!
次や!次や!
38年ぶりに優勝してもらわな!」と娘。

「うん、そう願いたいんやけどねぇー。
無理かしいぃーそうやねぇー。
オリックスの方が格上みたいやねぇー。」と私。

「ネガティブ―!
言霊!言霊!
まだ結果出てないんやけん、
そんなマイナス感情よりも今年の阪神は違う!
次こそ勝ってくれるはずやー!って気持ちで
過ごした方が、メンタルと身体にもええよ!」と娘。

「うん、そうやねぇ。
せやけど、57年間もタイガースのファンやりよるとわかるんよ。
明日、奇跡が起こることを期待して寝ようわい。
おやすみ。」と私。

「ここまで楽しませてもろうとるんやから、ええやん!
例年にはないことやん! はい、おやすみ。」と娘。

「そうやね。
M子(娘の名)さんのの言う通りやね。
ストレスが溜まるんも明日までやね。
おやすみ。」と私。

 「知言ちげん」、すなわわち、「言(言葉の得失)を知る」、
「言語こそは人格の表現である」し、「相手の心を推知する」
ことだと、私が負うた娘に教えられた昨晩であったが…。

 さて、今夜は!?

 では、あなたにお伺いします。

あなたが、相手の言葉に、気付きを受けたのは
どんな一言でした?

«欲而不貪(ほっしてむさぼらず)

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