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2006年10月19日 (木)

学びて時に之を習う(partⅡ) 解説ページ

今週の本文は、上手く行った話です!
成功体験に浮かれ、調子に乗って、「ここだけの話」を3題も記述しました。
週末をご期待ください。

さて、解説ページの方ですが、「朝日文庫 中国古典選6 『大学・中庸』 島田虔次(著)」もあるのですが、筆者の好により「四書講義『大学・中庸』 宇野哲人(著) 大同館書店」昭和23年発行のレア物を選択させていただきました。

●大学:儒教の目的は、修己治人の二大綱に包括せらる。必ず先づ自己の徳を修め得て、而して自己の一身を以って、万人の模範、天下の儀表(手本。模範)となり、之を以って家を齊(ととの)へ、国を治め天下を平らかにせんとするに在る。この主張は古の曉(ぎょう)舜(しゅん)に本づき、孔子に至って明らかにせられた所である。

大学の書は果たして何人の手に出でたのかは詳(つまび)らかでないが、蓋(けだし)戦国の際、洙泗(しゅし。洙水と泗水。孔子が洙泗のほとりの地で門人を教育したから、孔子の学をいう)の流れ汲(く)める儒者(じゅしゃ)の作なることは、疑うことが出来ぬ。而して儒教の目的を最もよく組織的に叙述して、條理(じょうり)整然たるに於いては、実に此書を推して第一とせねばならぬ。宋の二程(程明道、程伊川の兄弟)朱子(朱熹。南宋の儒学者)之を表章して天下後世其の尊ぶべきを知るに至ったのは、深く斯道(このみち)の為に慶せざるを得ないのである。

苟(いやし)くも経世済民の志ある者は、必ず此書を反復熟読して之を体得せんことを努めねばならぬ。

四書講義『大学・中庸』 宇野哲人(著) 大同館書店 「序」より引用

●修身斉家治国平天下:三綱領(明徳・新民・止至善)八條目(格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下)の中の四條目。

大学の要領は己を修めて人を治めるのである。学問を以って己の明徳を明らかにし、而して之を天下国家に明らかにせんとするにある。これ即ち儒教の目的であって堯舜以来の大主義であった。予が大学を以って、儒教伝来の思想を、最も組織的に叙述したものであると首唱するのは之が為である。

四書講義『大学・中庸』 宇野哲人(著) 大同館書店 「序論」より引用

●述而篇:子(し)曰(い)わく、述(の)べて作(つく)らず。信(しん)じて古(いにしえ)を好(この)む。窃(ひそ)かに我(わ)が老彭(ろうほう)に比(ひ)す。と、例によって始めの句「述而不作」の、さらにはじめの二字を摘んで、篇名としたのである。

自分は祖述はするけれども(旧を伝えるのみで)、創作はしない。過去の文明は、多くの人間の知恵の堆積であり、創作は自分一個人の恣意におちいりやすい。そうした考えのもとに、この言葉は生まれているであろう。しかし、かく過去のものを祖述するのは、手軽な古代主義から、そうするのではない。その中のよいものを、よいと信じ、またその中の愛好すべきものを心から愛好する。つまり「信じて古を好む」のである。それが私の態度であるが、それは私だけの態度ではない。私に先んずる人間として、老彭がある。老彭は周(しゅう)王朝に先立つ殷(いん)王朝の賢大夫、優れた政治家であって、彼もまた私と同じ態度であった。私の心構えは、かつての老彭のそれに似たものとして、比較しうるであろう。(老彭は老耼(ろうたん)すなわち老子、彭は長生きを以って聞こえた彭祖(ほうそ)であるという異説もある)

中国古典選3 『論語』 吉川幸次郎(著)より引用

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