リンク集

« 既往(きおう) | トップページ | 以徳報怨(とくをもってうらみにむくゆ) »

2008年1月24日 (木)

「以徳報怨」解説ページ

ある人曰(いわ)く、「相手に塩を贈る必要はない!」
「しかし、…。」と私。
「何で、ウチが他県の同業者がつくった製品の改修工事を引き受けにゃーならんのやっ!」
「同業者との共生、すなわち、競争と協調路線を推進するためには避けて通れない道かと存じますが。」
「そこまでする必要も、考えることもない!」
「しかし、報怨以徳(うらみにむくいるにとくをもってす)と言葉もありますが…。」
「そんな広い心も、仲間意識も要らん!断れっ!!」
「他県の業者に県内の市場を奪われた上、その製品の改修工事を請負うなど以っての外や!」

さて、この言葉を頂戴したあなたなら、この後どうしますか?

お前はその後どうしたんや!?
私ですか?
私が選択した行動や、気づきと体験あれこれは今週末にお届けします。

今日は、冒頭の体験から想起した、孔子の言葉を、『論語』 吉川幸次郎(著) 朝日文庫 「憲問第十四」からの引用を主に、訓読とその意味、および解説をお届けします。

では、早速、読下し文です。

(あ)るひと曰(い)わく、徳(とく)を以(も)って怨(うら)みに報(むく)ゆるは、如何(いかん)。子(し)(い)わく、何(なに)を以(も)ってか徳(とく)に報(むく)いん。直(なお)きを以(も)って怨(うら)みに報(むく)い、徳(とく)を以(も)って徳(とく)に報(むく)ゆ。

続いて、その意味、つまり現代訳です。

ある人が孔子に尋ねた。
「相手の悪意に対しても、善意をもって報いよ、という説はどうでしょうか?」
孔子が答えた。
「それでは、善意に対して、何をもって報いよというのか。まっすぐなもの、それで悪意に報い、善意に対しては善意をもって報いる」
 
次は、この章に対する吉川博士の解説を箇条書き形式でお伝えします。

・この章の「徳」は、恩恵、善意、の意味であることに、古注、新注、一致する。それに対して、「怨」は悪意である。

・よく「マタイ伝」五・三九の、「人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ」と比較される条である。

・「徳を以って怨みに報ゆ」という言葉は、「老子」の第六十三章にも、「怨みに報ゆるに徳を以ってす」と、同じような表現が見える。<後略>

さらに、吉川博士の現代訳や解説と比較するため、貝塚茂樹博士の実弟である小川環樹博士他共編の「角川新字源」を検索した結果、次のような言葉と意味に遭遇した。
それをお報せします。

・【以徳報怨】とくをもってうらみにむくゆ:うらみがある者に恩恵で報いる。うらみをめぐみで返す。〔論・憲問〕

・【以直報怨】ちょくをもってうらみにむくゆ:公正無私な態度でうらみに返報する。〔論・憲問〕

・【報徳】ほうとく:恩徳に報いる。恩返し。

この結果からは、

・「徳」の意味は恩恵で一致しました。

・「『怨』は悪意である。」という直接的な言葉は、「角川新字源」からは発見できませんでした。

・「報徳」という熟語には、論語の章や篇の記載があるかと期待をして検索したのですが、「角川新字源」では確認できませんでした。

また、吉川博士の解説からも、「報徳」という熟語の意味や解説に遭遇することは出来ませんでした。

そこで質問です。
あなたは、「怨み」に報いるに何を以ってしますか?

<「以徳報怨」解説ページ  附録>

参考までに、「老子」第六十三章の一部を『老子』 福永光司(著) 中国古典選11 朝日新聞社から漢文と訓読、また、現代訳と解説の一部分を引用してお届けします。

為無為。事無事。味無味。大小多少。報怨以徳
<中略>
是以聖人猶難之。故終無難矣

無為(むい)を為(な)し、無事を事(こと)とし、無味(むみ)を味(あじ)わう。小を大とし、少(しょう)を多(た)とし、怨(うら)みに報ゆるに徳を以てす。
<中略>
(ここ)を以て聖人は猶(な)お之を難しとす。故に終(つい)に難きこと無し。

無為をわがふるまいとし、
無事をわがいとなみとし、
無味をわがあじわいとする。
小には大を与え、少なきには多きを返し、
怨みに報いるには徳をもってする。
<中略>
だから無為の聖人は、容易な事でも難しく取りくみ、
かくて少しも困難が起こらないのだ。

この章は、無為の聖人の淡々として己れにとらわれず、大らかでしかも綿密慎重な人生態度を説明する。無為の安らかさが寝そべって何もしない怠惰と異なることを立証する具体的な資料である。

文中の「怨みに報ゆるに徳を以てす」は、孔子の「直を以て怨みに報ゆる」(『論語』憲問篇)是々非々主義と対照して、両者の人生態度の相違を最も端的に表明する。

« 既往(きおう) | トップページ | 以徳報怨(とくをもってうらみにむくゆ) »

コメント

人に悪人はいない。
ただ環境、グループ等で集団の心理で上に逆らえない、皆が言うならそれでよい、自分だけじゃないから、得なことは張り切ってやる、優秀な人が集まると失敗する、集団がまとまると失敗する、集団の方が大きなリスクをとる。
人に接するには善意以上の接し方はないと思います。
素直な心で人に接したいと心がけています。

繁ちゃん、コメントありがとう。

なるほど、性善説ですね。
そして、氏よりも育ち、つまり、環境も大切ですね。

また、集団心理の罠、すなわち集団の陥りやすい罠にも注意が必要ですね。

「4人の人の物語」というのもありましたね。

みんなでやらねばいけない仕事なのに、みんな誰かがやるだろうと思って、結局誰もやらなかった。
そして、みんな誰かのせいにしてお互いを責めた。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「以徳報怨」解説ページ:

« 既往(きおう) | トップページ | 以徳報怨(とくをもってうらみにむくゆ) »

2024年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ