リンク集

« 空空如(くうくうじょ) | トップページ | 悾悾(こうこう) »

2008年5月29日 (木)

「悾悾」解説ページ

Kazurabashi  画像は秋田の朋友からのプレゼントで、
かずら橋です。

 突然ですが、こんなことご存知でした?

・「空同(こうとう)」とは、「倥同(こうとう)」と同義語で、無知のさま。また、おさないさま。
・「同」は、形声字の音符になると、中空(筒トウ)、くらい(侗トウ)、あかい(銅トウ)などの意を示す。

角川新字源」にはこのように記載されていました。

 で、これについて、既にご存知の方であったなら、先週の記事「空空」は、「クウクウ」でも、「コウコウ」とルビを振ってもいいんだよ!と。

 何のこっちゃ~?
何が言いたいのか、サッパリわからん!

と、仰る方は、先週の記事と今週の記事をよ~くお読みくださいね。

 そんな時間は無い!
結論から言えっ!

と、仰る方は、漢字は難しいー。
反面、おもしろい!

と、いうことを、頭の片隅の方にでもご記憶いただきましょうか。

 同様に、古典は難しい!
という固定観念をお持ちの方は、
難解な古典であっも、たとえ、無知なままであったとしても、

いい本や!
いいことが書いてある!

と、信じて、好きになって、少しずつでも読み進めていけば、次第に霧が晴れて明るくなり、楽しくなる。
すなわち、知らないことを知る楽しみを味わううちに、不可能と思っていたことが可能になり、継続する力という副作用が自ずと身につく。

 それがまた自己信頼感につながる。

 すると、道に迷ったり、ドロップアウトしたり、心の病に陥るという危険性からも回避できる。

 古典は、いわば心の薬でしょうかねー。

 では、早速、その薬を一服。

 いつものように、『論語上』 吉川幸次郎(著)  中国古典選3 朝日文庫からの引用を主に、「泰伯第八」の中の一条を、漢文は割愛して、読下し文とその現代訳、ならびに吉川博士の解説を、見易く、読み易い形に加工してお届けします。

 先ずは、訓読、すなわち読下し文です。

(し)(いわ)く、
(きょう)にして直(ちょく)ならず、
(とう)にして愿(げん)ならず、
悾悾(こうこう)にして信(しん)ならざるもの、
(われ)は之(これ)を知(し)らず。

 続いてその現代訳です。

孔子が言った。
熱狂的な情熱家でありながら、正直でないもの。
子供っぽさをもちながら、地道でないもの。
馬鹿正直でありながら、あてにならないもの。
そうした人間に、私は出会ったことがない。

 吉川博士は、このように述べた後に、「つまり」という言葉を挟んで、次のように続けておられる。

・狂すなわち、熱狂、侗(とう)すなわち子供っぽさ、悾悾(こうこう)すなわち馬鹿正直、というのは、平衡を失った性格であるが、それらは同時に、直すなわち正直、愿(げん)すなわち地道、信すなわち当てになる、という美点を、もっているのが普通である。この普通の法則に外れるものを、私は知らない。
古注は、大体、そのように解している。

・新注は、「吾れ之を知らず」の読み方が違い、狂でありながら直でない、侗でありながら愿でない、悾悾でありながら信でないものは、みな、まやかしものだから、私はそれらに対して、責任を持って、応対しないの意に解している。

・いずれにしても、過度な、中庸を失った性格にも、孔子が、関心と同情とをもったことを示す点は、同じである。

 その後に、子路第十三、および、陽貨第十七の章も併せて参考にするよう述べておられるので、それらについても後日お届けします。

 で、今日は、難解な語句を「角川新字源」の力を借りて明確にする選択をした。

【侗】トウドウ 
なりたち:形声。人と、音符同トウ(くらい意→童トウ)とから成り、物事にくらい人、「おろか」の意を表わす。
意味:①おろかな者。未熟なもの。②おろか。無知。〔論・泰伯〕「侗而不愿」

【愿】ゲン:意味(形声。音符原ゲン)①つつしむ。「謹愿」②すなお。まじめ。

【悾悾】コウコウ:愚直なさま。真心のあるさま。〔論・泰伯〕「悾悾而不信」

 んんっ、
「愿」の意味が吉川博士の解説とは多少相違するように感じはするものの、まぁ、意味は通じる。
また、侗は子供っぽいという訳も納得できる。

 それに、悾悾とは、愚直な人、そうであれば信じるに足る人であろうし、真心のある人ならば信頼できる。
で、「悾悾而不信、吾不知」とは、当然といえば当然であるが、流石、うまいことをいう!と思った。

 そこで質問です。

あなたは、相手の何、どこを見て、どのように感じたとき、相手を信じることができるのですか?

« 空空如(くうくうじょ) | トップページ | 悾悾(こうこう) »

コメント

帰郷して同級会をして貰いました。
皆、正直で素直で暖かく子供にかえって話が出来
故郷の良さを実感しました。
人生いろいろだけど人の奥底は皆、情熱家で正直なのではないでしょうか。
同級生に逢って凄い宝を持っていることを誇りに此れから穏やかに、また機会があれば逢えることを楽しみに過ごします。

繁ちゃん、
コメントありがとう。

いくつになっても、同級生は侗、すなわち子供、昔のままですね。

そして、狂、情熱家にして直、真直ぐで、
悾悾而信、真心があって信頼のおける同級生ばかりですね。

そして、それは繁ちゃんが自ら招いたものです。
昔から、類は友を呼ぶといいますからね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「悾悾」解説ページ:

« 空空如(くうくうじょ) | トップページ | 悾悾(こうこう) »

2024年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ