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2008年5月15日 (木)

「鄙夫」解説ページ

Mototaki  画像は秋田の朋友からのプレゼントで、
元滝です(詳しくはこちらをご覧ください)。
それによると、この画像は元滝伏流水とのこと。

 おー、狭いな~。
よっし、アイアンやっ!

と、Kさんは、絶好調のドライバーを封印して、
3番アイアンを握った。

 で、その結果は?

 残念!
この続きは週末に譲ることにして、今日は「鄙」シリーズの第2弾、「鄙夫」についてです。

 早速、『論語下』 吉川幸次郎(著)  中国古典選5 朝日文庫の「陽貨第十七」から、読下し文とその現代訳、ならびに吉川博士の解説を引用し、見易く、読み易い形に加工してお届けします。

先ずは、訓読、すなわち読下し文です。

(し)(いわ)く、
鄙夫(ひふ)は与(とも)に君(きみ)に事(つこ)う可(べ)けんや。
(そ)の未(いま)だ之(これ)を得(え)ざるや、之(これ)を得(え)んことを患(うりょ)う。
(すで)に之(これ)を得(う)れば、之(これ)を失(うしな)わんことを患(うりょ)う。
(いやしく)も之(これ)を失(うしな)わんことを患(うりょ)うれば、至(いた)らざる所(ところ)(な)し。

 次は、その現代訳です。

孔子が言った。
みみっちい男は、同僚として一緒に君主に仕えることができない。
まだ地位を手に入れない間は、それを手に入れたいと心配してあくせくし、
さて手に入れたとなると、今度は地位を失うことを心配する。
地位を失うことの心配をはじめたがさいご、何でもやりだす(やらないことはない)。

 続いて、吉川博士の解説です。

・何晏(かあん)の古注に、「之を得るを患う」とは、丁寧に正式にいえば、「之を得ること能(あたわ)わざるを患(うれ)う」であって、それは「楚(そ)の俗言」、揚子江中下流地帯の方言だと、注意する。言語史家の一資料であろう。

・また最初の句は、「鄙夫は与(とも)に君に事(つこ)うべけんや」と読むのが、伝統的な訓であるが、清(しん)の王引之(おういんし)の「経伝釈詞(けいでんせきし)」巻一には、ここの「何与」は、「何以」と同じであり、「以って君に事う可(べ)けんや」、単に、君主の臣下となる資格がない、の意味であり、それ「とともに」同僚となり得ない、の意ではないと注意している。

 ふぅ~、
また、出典の根拠かよー。

 これまでは、紙幅の都合や難解さを避けるためなどの理由で(本音は煩わしさに関わりたくないのであったが)、引用を制限していた。

しかし、今回は、漢文を除き、ほぼ全てを引用した。

 で、吉川博士が「みみっちい男」と意訳したタイトルの熟語や、気になった人名と、その書名を「角川新字源」で検索してみた。

【鄙夫】ひふ: ①心のいやしくせまい男。〔論・陽貨〕「鄙夫可与事君也与哉」②自分をけんそんしていうことば。

【何晏】かあん:190-249。三国時代の魏(ぎ)の人。字(あざな)は平叔。名門の出で、侍中尚書になった。老荘思想をこのみ、清談の風潮を開いた。「論語集解(しっかい)」を著した。

【王引之】おういんし:1776-1838。清(しん)朝の学者。王念孫の子で、父の学問を受け継ぎ、音韻・訓古(くんこ)の学に通じ、「経義述聞」「経伝釈詞」などの著がある。

【経伝釈詞】けいでんしゃくし:書名。十巻。清(しん)の王引之(おういんし)の著。古書における詞(助字)の用法・意味を解説した書物。

 おっ、
人名については、活躍した年代や享年も明確になった!

 しかし、「釈詞」のルビが一致しない。
また、難解な人名や書名を辞書で検索して、明らかにしようとしたものの、辞書で検索した項目の内容を、更に辞書で検索する、という飽くなき探求心が必要なようであるが、今日はここまで!

 ご興味があおりの方はご自身でお調べください。

 蛇足ながら、これっ、コーチ的視点!
コーチの思いやりで~す

 で、思いやりついでに質問です。
あなたが、知識を見識に高めるために行なっている手段・方法はどんなことですか?

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