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2008年10月 9日 (木)

遠慮(えんりょ)

 「社長、この検定試験をうちでやろうと思うのですが、
よろしいでしょうか?」
と、東田は宮坂社長の意向を聞いた。

 それは、宮坂社長の代行で東京へ出張した際に入手した情報であり、
出張帰りの翌日に、東田はその参考資料を提示して、宮坂の反応を確認した。

 そして、「そうですかー、やっぱり!実は、……」
と、話し始めた内容であった。

 この東田の相談に対して宮坂は、
「おー、やってみぃー。」
と、2つ返事でOKを出した。

 「ありがとうございました。では」
と、背を向けて歩き始めた東田の後ろから
「おー、ちょっと待て」
という宮坂の呼び止める声が聞えた。

 その声に振り向いた東田。
「おまえ、稲生電機にも声を掛けてみぃー」
「一緒にやらんか、と。」
振り向いた東田の顔を見るなり、宮坂がアドバイスを送った。

 「わかりました」
と、東田は宮坂の席に歩み寄り、
「稲生の二柳社長にアポを取ってみます」
と、答えた。

 「おー、そうせー」
という宮坂の返事を聞いて、社長室を後にする東田。

 「もし、もし、二柳社長、こんにちは。」
「日進の東田です。ご無沙汰しております」
と、挨拶もそこそこに、
「少し、ご相談させていただきたいことがあります」
「今日の午後からお伺いしたいのですが、ご都合はいかがですか?」
と、早速相手の都合を尋ねる東田。

 「んっ、何の用?」
と、突然の電話に、話の中身を知りたがる二柳社長。

 「はい、その詳細はお会いしてお話します」
と、答える東田。

 そして、約束の少し前、13時50分に稲生電機の事務所を訪ねた東田は、
「日進の東田です。二柳社長はいらっしゃいますか?」
と、受付で聞く。

 その声が聞えたか、受付嬢の案内も待たず、
「おっ、早いなー」
という声が奥から聞えた。

 声の主、二柳社長が巨体をゆすりながら歩み寄ってくる。
そして、ドアの外を指して応接室へと誘う二柳社長。

 「久しぶりやなー」
「あれから、もう、何年になる?」
と、席に着くなり語り始める二柳社長。

 「えぇー、初めてお会いしたのが20歳代のときですから、かれこれ、15年前になりますかねー。」
「その後、何度か、様々な会合の席でご一緒させていただきましたねっ」
という昔話もそこそこに、
「社長、この話はご存知でしたか?」
と、宮坂に渡した資料と同じものを二柳社長に渡して、その必要性と効用を語り始めた東田。

 それに対する二柳社長の返事は、
「そんなもん、絶対うまくいかん!」
「あんたも知ってのとおり、日本の行政は縦割り組織やっ!」
「2つの省庁にまたがるようなもんは、絶対うまくいかんし、その効果も期待できん!」
と、自論に固執して新しいことに挑戦する意思のないこと、すなわち、やりたくない理由を他ごとに仮託して滔々と述べ立てる二柳社長。

 馬の耳に念仏!
と、感じた東田は、
「わかりました。一緒にやりたくないのですねっ。
では、当社単独で実施します。」と、念を押した。

 そして丁重に挨拶をして稲生電機を後にした東田は、
帰社するなり社長室に向い、会談の一部始終を語った。

 「そうかー、ご苦労さん!」
「しかし、あいつも遠慮のない奴っちゃなー」
と、宮坂が一言つぶやいた。

 それから5年後の初夏、
東田は、珍しく宮坂社長と共に県外の会合に出席する途上、昼食に立ち寄ったサービスエリアで稲生電機の幹部に遭遇する。

 そこで、その幹部がポツリと漏らした一言。
「日進さんは、いつも新しいことを早く取り入れて、常にうちの5年先を進みよる」。

 その努力と先進性、すなわ、宮坂社長のつぶやいた一言、
「遠慮」の差が業績の差となって、顕在化するのに10年の歳月も必要としなかった。

 かくして東田は
「人、遠き慮(おもんぱか)り無ければ、必ず近き憂(うれ)い有り」
ということばの意味と論語の普遍性を実感するのであった。

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