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2009年2月26日 (木)

「六十化す」Part1

Ranten0902214 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
蘭展の続きです。

 「おまえ、会長に話をしてないらしいやないかー」
と、電話の向こうから聞きなれた声。

 しかし、その声には、少し怒りを含んだ批判の声が言外に聞き取れた。

 「何のこと?」
と尋ねると
「葉書を送っただけやろっ!」
という。

 「あぁー、送ったよ」
「それが何か?」
と聞けば、
「それがいかん!」と。

 いかん!
といわれても済んだこと、過去のことはいかんともしがたい。

 「何がどういかんの?」
と問いかけるが話がかみ合わない。

 暫くして、徐々にことの真相が見えてきた。

このときの話を後日、とある友人S君にしたところ、
「アイツも俺と同じで主語がないからなー」と。

 が、その返す刀でバッサリ!
痛いところをつかれた。

 その時、アタマに浮かんだのが、『荘子・雑篇上』 福永光司(著) 中国古典選16 朝日新聞社の「寓言篇(ぐうげんへん)」に見える「六十にして六十化す」。

 そこで、同書からの引用を主に、訓読(読下し文)とその現代訳、ならびに解説を読みやすく、わかりやすい形に加工してお届けします。

 まずは、訓読、すなわち読下し文です。

荘子、恵子(けいし)に謂(い)いて曰(いわ)く、
「孔子、行年(こうねん)六十にして六十化(ろくじっか)す。
始めの時に是(ぜ)とする所は、卒(おわ)りにして之(これ)を非(ひ)とし、
(いま)だ今の所謂(いわゆる)(ぜ)の五十九非(ひ)に非(あら)ざるを知らざるなり」。
恵子曰く、
「孔子は志(こころざし)を勤(くる)しめ知を服(つとめ)めしなり」。

 次に、その現代訳です。

 荘子があるとき恵子にいった。
「孔子は齢(よわい)六十を数えて六十回も己の生き方を変え、
始めに正しいと考えたことも終わりには間違っていたと否定した。
彼は、六十歳の現在において正しいとしていることも、過去に五十九回の否定が繰り返されたように、やはり間違っていたと否定されるかもしれないのである」と。
恵子は答えた。
「孔子は己の志に励(はげ)み、知識を深めることに勤めて努力したのだ」と。

 続いて、著者(福永氏)の解説です。

・問答は孔子の晩年の心境に関して壮周(そうしゅう)とその友人恵施(けいし)との間に行われる。その心境を人為的な努力の成果として理解するのが恵施の立場であり、無為自然の道の実現として把握するのが壮周の立場である。

・問答のはじめの部分、「孔子、行年六十にして六十化す。始めの時に是(ぜ)とする所は、卒(おわ)りにして之(これ)を非(ひ)とし、未だ今の所謂(いわゆる)(ぜ)の五十九非に非ざるを知らざるなり」は、同じ文章が主語を蘧伯玉(きょはくぎょく)に変えて、則陽篇(そくようへん)にそのまま見えている。このような主語の不定性もまたこの文章が重言もしくは寓言であることを示す1つの徴表といえよう。

・「服知」の「服」は従事の意。

 また、著者は、「孔子は日に新たに、日にまた新たな囚われることのない人生をもつから、60歳の現在の正しいとしていることも、過去の59年間に59回間違っていたと否定されたように、新しく否定されるかも知れないのである」といい、日新、日新、つまり大学の伝の二章の句、「湯之盤銘曰」の故事を引いている。

 さらに、「荘子は、孔子の人物の(こだわりを持たない)偉大さを称賛して暗(あん)に偏狭な論理学者を固執する恵子の頑迷さを風刺したのであるが」云々とも注釈を付しておられる。

 これについて安岡正篤翁はその講演録『干支の活学』 プレジデント社で次のように述べておられる。

「淮南子(えなんじ)」の中には蘧伯玉のことを褒めて、「行年五十にして四十九年の非を知る」と言うておる。これは「知非」といって、名高い学問上の故事になっておりますが、しかしこれではまだ半分。「淮南子」にはさらに続けて、「六十にして六十化す」と書いてある。ここまでゆかぬと全(まった)きものとはいえません。
<中略>
いわんや「六十化す」、六十になっても、なおかつ六十になっただけの変化をするということは、ますますできることではない。ぼつぼつ足もよたついてくる、頭も呆(ぼ)けてくる。したがって「六十にして六十化す」ということは、言い換えれば無限に進化してやまないということにほかならないのであります。
<中略>
要するに六十にして六十化するということは、えびの如く常に生命的であり、新鮮であり、進化してやまぬということであります。
<後略>

 では、「角川新字源」にはどのように記載されているかを見てみた。
が、残念!「服知」「知非」という熟語ともに遭遇できなかった。

 おー、ぉー、
「六十にして六十化す」という言葉も、意味もわかった。
が、返す刀でバッサリやられたという冒頭の言葉と、引用した荘子の「六十にして六十化す」とはどうつながるんやっ!
でしたね。

 はい、彼は、
「おまえ、何のために何を学びよるんや?」と。

 「う~ん、参った!」
返す言葉を失った私でしたー(笑)

 この続きは、また来週までお待ちください。

 では、あなたにお伺いします。
あなたは、誰のどんな言葉に「参りました!」か?

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