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2009年4月18日 (土)

「人之過」解説ページ

Sakura2nobukutouge0904052 画像は秋田の朋友からのプレゼントで
わがふるさと俵津の一部分です。

 「またかぁー。」
「また、あいつかっ!」
「また、アイツが間違うたかぁー」
「また、アイツが問題を引き起こしたんかっ!」

 「やっぱりなぁ~。」
「アイツは、思い込みが強いからなぁ~、……。」
とか、ときには、
「アイツは、○□あがりやからなぁー。」
「アイツの出自、家柄がなぁー、育った環境が問題やっ。だから……」
とか、あるいは、
「あのこの友達が問題なんやっ!」
などなどという言葉を、
あなたは一度ならずとも耳にしたことがおありでは?

 そこで、今日は、「人の過ちを観て何を知るか?」というお話。

 早速、孔子の発言を、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 朝日文庫の「里仁第四」からの引用を主に、訓読(読下し文)とその現代訳、ならびに解説を読みやすく、わかりやすい形に加工してお届けします。

 まずは、タイトルの条の訓読、すなわち読下し文です。

(し)(い)わく、
(ひと)の過(あやま)ちや、
各(おの)おの其(そ)の党(たぐい)に於(お)いてす。
(あやま)ちを観(み)て、
(ここ)に仁(じん)を知(し)る。

 んっ、
なんのこっちゃー!
と仰る方は、次の吉川博士の現代訳とその解説をご覧ください。

孔子が言った。
人間が過失をおかす場合は、
それぞれの範疇において過失をおかす。
だからその人の過失の種類をみれば、
その道徳の程度なり方向がわかる。

・この条は朱子の新注によって読みたい。
人間が過失をおかす場合は、それぞれの範疇において過失をおかす。

朱子の注が具体的に説くのによれば、
 -君子は人情に厚いためにあやまちをおかし
 -小人は人情に薄いためにあやまちをおかす。
 -君子は愛のためにあやまちをおかし
 -小人は残忍のためにあやまちをおかす。
だからその人の過失の種類をみれば、その道徳の程度なり方向がわかる、というのであって、過ちを観れば斯(ここ)に仁を知る矣の、斯(し)の字は、則(そく)の字の意味に読むべきである。

・何晏(かあん)の古注の説は、新注の説とちがっているが、新注のような説は、古くからあったと思われるのであって、
 -班固(はんこ)の「漢書(かんじょ)」の「外戚伝(がいせきでん)」では、孔子の弟子の子路が、姉のなくなったとき、礼の規定以上に鄭重(ていちょう)にしたことを評論して、過ちを観て仁を知ると、この条を引いているが、これはキリスト紀元ごろの漢の人が、この条をすでに新注のように読んでいた証拠となる。

 -また「後漢書」の呉祐伝(ごゆうでん)でも、父の着物を買うために、余分な税金をとりたてた役人のことを弁護して、それは孝心から出たあやまち、いわゆる過ちを観れば斯(すなわ)ち仁を知るものである、といっている。

・子張篇第十九には「君子の過ちは日月の食(しょく)の如し」、ということばがある。

 んっ、
吉川博士の解説は、君子の過ちについてのみ言及している。

なのに、おまえが冒頭に引用した事例は全て、
小人が小人を評価した過ちについてのみ述べているではないかっ!

この違いは、何やっ?
ですかー。

 う~ん、
困った~。

オイラの過ち、間違い?
オイラが小人であることの証明!?
ということで、他の書籍を見てみました。

 まずは、『論語現代に生きる中国の知恵』 講談社現代新書から、貝塚博士の説です。

人間のあやまちは、それぞれ党(とう)、つまり育った環境によってさまざまである。過失のしかたを見れば、つまり人がらがわかる。

「黨に於いてす」の党を類と解する学者がありますが、不適当です。党は郷党の党です。
「黨に於いてす」とは、地方・身分などの差からくる、イデオロギーの差というものにあたるというのが、わたしの新解釈です。

 次に、『論語の活学』 プレジデント社から、安岡正篤翁の言葉を紹介すると次の通りです。

党は類といってもよい。人は善かれ悪しかれ、その人らしい振舞いをするものである。
ことに善功よりも、むしろその過失の方によくその人柄が現れる。

仁を仁義の仁と解するのが普通であるが、私はそれほど穿鑿(せんさく)せずに、仁を人と解してよいと思う。

善事や功業は人が意識してそのために己を矯(た)めるが、不用意の間に暴露する過失というものは自己を露呈するものである。

 おぉー、
やった~。
一安心!

あながち、オイラの解釈もあやまってはいなかった。

 では、気を取り直して、冒頭の続きを、
とその気になるも残念!

紙幅の都合にてこの続きはまた来週お届けします。

 その前に、少しだけ考えていただけますか。

あなたは、周りの人の過ちを観てどのように考える人です?

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