弘毅(こうき)
画像は秋田の友人からのプレゼントです。
次のような説明つきで6月13日に届きました。
今朝早くから秋田蕗(ふき)の撮影会に行ってきました。
秋田蕗は栽培する農家が2~3軒程になっています。「秋田の国では雨が降ってもカラ傘などいらぬ手ごろの蕗の葉サラリとさしかけ さっさと出て行がえ」と、
秋田民謡にあるように、秋田蕗は茎の長さ約1.5m 、直径が5cm、また、円形の葉は直径が約1.3mと長大なことでも知られています。秋田蕗の用途は、食用として蕗羊羹(ふきようかん)、砂糖漬け。工芸品には秋田蕗摺(ふきずり)などがあります。
さて、
「おまえ、知らん顔しとけ」
「泰然自若としとれ。こせこせするな」
「男は何事一つ事やっ。あれもこれも手ぇ出すな」
「知ったかぶりをして口を出すな」などと、
幹部社員の一挙手一投足に対して、
気づきと振り返りを促すとあるオーナー社長のTさん、
「士(し)は以(も)って弘毅(こうき)ならざる可(べ)からず」
という論語の一節までも念頭においてのことか、それとも…。
そのTさんが、結婚式の祝辞として若い新郎・新婦に送る言葉は、
「人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し。急ぐべからず。」
という家康の遺訓の他に、もう1つのレパートリー(得意な話)がある。
「して見せて、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」
ご存知!山本五十六元帥の人使いの要諦である。
Tさんは、この2つのレパートリーを時と場合に応じて、または、新郎(社員)の性格や日頃の言動に応じて使い分けるのである。
その語る様、話す口調や態度は威風堂々として、いかにも「弘毅ならざる可(べ)からず」、すなわち「教養人は心が広大で強く、しっかりしていなければならない」
と、身をもって教えているかのようでもある。
では、そのTさんの素顔はというと、
「オレは肝っ玉、小さいんや」
「偉い人と会うのは好かん。苦手や」
などと気を許した人には、時と場合に応じて、
正直に、率直にホンネを吐露する。
日頃の自分は、「社長という役割を演じているだけや」
といわんばかりに、心のうちをさらりと語ることもあった。
おっ、
人には、この弱さが大切!?
老子は
「上善(じょうぜん)は水の若(ごと)し」
「柔弱は剛強に勝つ」
などといい、女性の強さ、しなやかさ、たおやかさを称賛する。
そして、んんっ、
柳に枝折れなし!
いいえて妙、蓋し名言である。
男は、心が弘(ひろ)く(包容力があって)、毅(つよし)で(意志が強く)なければならない。
男は強く、逞(たくま)しく、真直(まっす)ぐでなければならない。
男は挫折したり、弱音を吐いてはならない!
などと誰が決めたのであろうか?
人は、「男は○○でなければならない」とか
「男は□□であるべきだ」という理想像や・空想・妄想などのイメージ、それが男の形容詞や概念となり、それらを幼少の頃から教え込まれ、頭の中に埋め込まれている。
人間という生き物の頭の中には、このような「ねばならない」とか「あるべきだ」という非合理的なビリーフ(信念)が存在する。
この非合理的なビリーフよって、自らの考えや行動の範囲、選択肢を狭め、自らを苦しめ、身動きが取れない状態へと自らを陥れる。
そしてその結果、心を病む。
ある出来事や上司・先輩・同僚の一言という刺激を受け、自らの信じている非合理的なビリーフによって、自らの解釈を歪め、狭めて自問自答する。
「またか?やっぱりオレはダメな人間や」
「おー、またか?また失敗した。オレは能力のない男だ」
などと考え、生きる力までも失ってしまう!(こともある)。
・彼を知り己を知れば、百戦殆(あや)うからず
・彼を知らずして己を知れば、一勝一負す
・彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず殆うし
と孫子はいい、
「人はただ身のほどを知れ。草の葉の露も重きは落つるものかな」
という言葉を、家康は残してくれているというのに…。
では、あなたにおうかがいします。
あなたが、「男とは○○である」と考える標語、
この○○の中に入る言葉は何ですか?
えっ、
草食系男子!?
それは、標語それとも評語?(笑)


表題に事欠かないで次から次に出てくる事、感心に思います。
仕事は目で盗めと教えられましたが「して見せて、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」は私の信念です。
厳しくするのもいいですが優しく教える方が速く覚えると思います。
基本を確り教えて後は個性で技に磨きをかけることが一番だと思います。
投稿: 宇都宮 繁敏 | 2009年6月24日 (水) 13時28分
繁ちゃん、
コメントありがとう!
はい、人間を長くやっていると
ブログ記事のタイトルには事欠きません(笑)。
内容は二の次にしてですが~(汗;)
仰るとおり、「仕事は盗むもの。教えてもらうものではない!」
と我々世代は耳にタコができるくらい聞かされました。
そして現代は、「ティーチング+コーチング」、すなわち、教えることと考えさせ、認めること、この2つの合わせワザが効果的!
という考え方や主張があります。
人材→人財に育て、「人在や人罪」を養成しないためにも、
厳しさはほどほどにですね。
第一、厳しさの基準が不明確です。
「発信側と受け手側の厳しさの基準」は、必ずしも一致している!
とはいい難いですから。
投稿: 仲 | 2009年6月24日 (水) 17時13分