「兼人(けんじん)」解説ページ
うちの社長は、役員に対して、
「本を読め、もっと勉強をせんかい!」
といい、
我々、中間管理職には、
「机の前に座って頭を転がしてばかりいないで、もっと現場に出てみよ。」
「現場に出て、現実に起こっていることを自分の目で確かめんかい!」
とおっしゃる。
「社長は、気まぐれ、思いつきで、ものをいうので困る」。
さて、本当でしょうか?
そんな悩み(矛盾)を抱えた方に、論語の一条を!
という思いに駆られ(単なる、出しゃばり? 出たがり、主張好き? 笑)、『論語中』 吉川幸次郎(著) 中国古典選4 朝日文庫からの引用を主に、「先進第十一」の一条を、その訓読(読下し文)と現代訳、ならびに著者の解説を読みやすく、わかりやすい形に加工してお届けします。
まずは、訓読、すなわち読下し文です。
公西華こうせいか曰いわく、
由ゆうや問とう、「聞きけば斯すなわち諸これを行おこなわんか」と。
子し曰いわく、「父兄ふけい在います有あり」と。
求きゅうや問とう。「聞きけば斯すなわち諸これを行おこなわんか」と。
子し曰いわく、「聞きけば斯すなわち之これを行おこなえ」と。
赤せきや惑まどう、敢あえて問とう。
子し曰いわく、
「求きゅうや退しりぞく。故ゆえに之これを進すすむ。」
「由ゆうや人ひとを兼かぬ。故ゆえに之これを退しりぞく。」
次に、その現代訳です。
弟子の公西華が孔子に聞いた。
由(子路)が、「正しいと聞いたことであれば、すぐに実行していいですか」と問うたとき、
先生(孔子)は、「父や兄が健在である以上、まずその意見を聞いてから行動しなければならない」と答え、
求(冉有)が、「正しいと聞いたことであれば、すぐに実行していいですか」と問うたとき、
先生(孔子)は、「正しいと思うことを聞けば、すぐに実行しなさい」と答えられました。
私、赤(公西華)は当惑します。そこで、あえてお伺いします。そのわけをお教えください。
孔子はその問いに対して答えた。
「冉求は引っ込み思案だ。だから、すぐに実行せよと後押しをした。」
「仲由は人をしのぐ(出しゃばり)タイプだから、即断・即決・即行案(意見・考え)を退けた。」
続いて、吉川博士の解説です。
・教条主義は、ただ1つの倫理を、相手かまわずに、押しつける。孔子はそうでなく、それぞれの相手の、性格なり環境を、よく考えて、それぞれに適切な教えを与えた。つまり人を見て法を説いた。そのことは、「論語」のあちこちに見えるが、この条は、もっとも明瞭である。
・仲由ちゅうゆう字あざなは子路と、冉求ぜんきゅう字は子有と、二人の弟子が同じことを問うたのに対し、ちがった答えをし、さらにまた答えの違う理由を、公西華こうせいか字は子華に、答えているのである。
・冉求は引っ込み思案だ。だからすぐ実行しろと推進した。それに反し、仲由は出しゃばりだ、「兼人」の二字は、はっきりした訓詁を欠くが、そうした方向の意味にちがいない。だからおさえた。
・子路、冉有、公西華の三人は、他の箇所でも、しばしば一緒にあらわれる。「史記」の「弟子列伝」の年齢を信ずるとすれば、子路は長老、冉求は中年、公西華は若者である。
おぉ~、
なるほど、孔子は個別主義!
同じ問いに対しても、弟子の長所と短所を掌握して教えを説く。
同様に冒頭の社長も、たたき上げの役員に対しては、「人を兼ぬ(しのぐ)」ことのないよう、知識の収集をはかれと言い、
知識の先行する頭でっかちの中間管理職には、現場・現物・現実主義の重要性を説いた!
のでしょうか?
では、社長は部下を掌握済みで、論語を熟知してのこと?
それとも、ネイチャー・コーチ?(笑)。
この条については、すべてを引用すると長い!
と、判断した私は、訓読の前半部分と吉川博士の解説部分の引用を一部割愛しました。
詳しくは同書の訓読、および解説をご覧いただきたくお願いします
とお断りしても、大多数の方々はご覧になる機会がないとは存じますが…(汗;)。
ちなみに、タイトルの言葉を「角川新字源」で検索すると、
【兼人】けんじん →兼人ひとをかぬ (四一ページ)
とあり、同書の41ページをみると、次のように記載されていた。
【兼人】ひとをかぬ ①人をしのぐ〔論・先進〕「由也兼人」 ②人を自分の支配下にあわせ入れる。③ひとりで二人まえのことをする。
では、あなたにおうかがいします。
あなたは兼人、すなわち人をしのぐ(出しゃばり)タイプ?
それとも、引っ込み思案タイプですか?



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