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2010年5月 6日 (木)

「父母之年」解説ページ

10030704 画像は秋田の友人からのプレゼントで
大日堂舞楽です。

 「それで、お母さんの齢はいくつや?」

「えっ、おふくろの齢ですかー?」

「そうや。」
「お母さんの生年月日は、何年何月何日や?」

「えーと、ですねー…。」
「おふくろは親父よりも1つ上ですからー…。」
「たしか…、親父が大正5年生まれでしたから…。」
「おふくろは大正4年生まれですわー。」

「そうか。」
「大正4年の何月何日や?」

「えっー、そこまでは…。」

「そこまでは、何や?」

「そこまでは、覚えてませんわ。」

「何ぃー、それはおかしいぃやろー。」

という怪訝そうな税務署員と納税者の必死の弁明(自己弁護)、やり取りは続くのですが、その続きといきさつは週末をご期待ください。

 そこで今日は、タイトルの語句が含まれる一章を、いつもどおり、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 朝日文庫の「里仁第四」からの引用を中心に、肩のこらない程度に、加筆、または割愛してお届けします。

 まずは、訓読、すなわち読下し文です。

わく、
父母ふぼの年としは、知らざる可からざる也なり
ひとつには則すなわち以って喜よろこび、
ひとつには則すなわち以って懼おそる。

 次に、その現代訳です。

孔子が言った。
「両親の年齢はいつも覚えていなければいけない。
一方では長生きを喜び、
また一方では、老い先の長くないことを心配せねばならない」と。

 続いて、吉川博士の解説です。

・喜ぶのは父母の長生きを喜ぶのであり、懼れるのは、父母の行くすえが長くないことを懼れるのである。

・この章は、父母之年、不可不知也、一則以喜、一則以懼、虚字の「也」を軽く読めばリズミカルな四字ずつで、構成されている。

 以上で、この章の吉川博士の解説は終わりです。

 おっ、短い!
と思われた方のために老婆心ながら、この後に続く吉川博士のお言葉を引用すると、「吉川『漢文の話』(筑摩六三頁以下、全集二巻九四頁以下)参照。」
ということば(記載)で終了です。

 しかし、私はこの本を購入していないし、見たこともない。

 んんっ、
これも冒頭の会話、つまり税務署員の言いたいことと一致する?

それは(詳細な説明をすると)、論語について語るのであれば、周辺のことも含めてより詳しく知ろう、理解しようとする努力が欠かせない(必要・大切)であり、それが本当(当たり前・常識)やろ!?
という主張(意見・考え方)である。

 う~ん、
痛いところを…(笑)。

 おぉ~、
いま、ここで、彼(私の友人で同級生の故人)が、もし生きていたなら、きっと、そう言うであろうなー。
63歳と1ヶ月余で突然旅立った男のそんな声が聞こえてきた…。

 同時に、「M(故人の名前)-、えぇーとこ(良い所へ)行けよー。」
といいながら、なきがらに花を添えた同級生の顔と声も私の脳裏を掠めた。

 閑話休題(それはさておき)
角川新字源」にてタイトルの語句ほかを検索してみた。

 が、残念!
この章についてはタイトルの言葉を始め、いずれの語句も同書のどこにもその記載(掲載)が確認できなかった。

 そこで、『論語現代に生きる中国の知恵』 (貝塚茂樹(著) 講談社現代新書)を見ると、以下のように書かれていた。

これは、老年の父母を思う自然の人情を表して、ひじょうにいいことばだと思います。
<中略>
長生きしていられるということはひじょうに喜びだし、また長生きしているということは、老人だからどんなことがおこるかもしれないといって心配の種になる。

孔子は孝行とはこんな平凡な感情のすなおな表れだとし、その気持ちをたいせつにした人です。

 では、あなたにお伺いします。

 あなたのご両親に対する素直な気持ちを、
短い一言で表現するとすれば、どんな言葉になります?

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