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2010年7月10日 (土)

「媚於竈(かまどにこぶ)」解説ページ

Yukiwarisou10032007 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「R社のNさんは資材(調達)課にばっかり行って…。」
「うちの方(設計課)へは挨拶にも来ない!」

「スペックイン(調達機材の選定・採用)してるのは我々やでー。」
「あの人(R社のNさん)は一体、何を考えてるんや!?」

と親しい間柄の出入り業者に不満の種をまく設計課長のOさん。

 さて、その効果(顛末?)やいかに!?
という話は後日にゆずるとして…、

今日はいつもどおり、

『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 朝日文庫の「八佾はちいつ第三」からの引用を主に、肩のこらない程度に、加筆、または割愛してお届けします。

 まずは、訓読、すなわち読下し文です。

王孫賈おうそんか、問うて曰わく
の奥おうに媚びん与りは、
むしろ竈そうに媚びよとは、
んの謂いぞや。
わく、然しからず、
つみを天てんに獲れば、
いのる所ところき也なり

 次に、その現代訳(直訳)です。

 王孫賈おうそんかが孔子に質問した。
「『部屋の奥の神様に媚びへつらうよりは、
かまどの神様に媚びよ!』とは、
どういう意味でしょうかね?」と。

 孔子がこたえた。「そうではありません!」。
「もし、私が天のとがめを受けるような行為をしたならば、
どこにも禱いのる所などありません。」と。

 続いて、吉川博士の解説です(筆者が一部加筆・修正しています)。

・王孫賈おうそんかとは衛の君主霊公れいこうの重臣であり、3人の賢臣のうちの1人で、軍旅すなわち軍事のかかりであった。

「左伝」の定公八年には、霊公が大国の晋から侮辱を受けたとき、この人物(王孫賈おうそんか)が、その非礼をやりこめ、且つ国論を統一して、晋しんの侮辱に対抗したことを記す。

・ところでこの条では、その人物(王孫賈おうそんか)が、おかしな発言をして、孔子にやり込められている。

・「其の奥おうに媚びんよりは、寧むしろ竈そうに媚びよ」。これは当時にあったことわざである。すなわち竈そうとは、いうまでもなく「かまど」であるが、それは家の中の重要な存在であるゆえに、祭祀さいしの対象でもあった。

その祭りをする場合には、まず竈かまどそのものの前で祭りをしたうえ、奥おうといって、うちがわの部屋の西南の隅、といえば家屋の一番奥まったところであるが、そこでもう一度その神霊を祭りなおすのが、掟であった。

2つの場所で、かまどの神を、2度祭ることから、生まれたのが、この諺である。奥おうのところで、丁寧にするよりも、竈そうそのもののところで、丁寧にしろ、というのが、その意味であり、諺だから、奥おう、竈そうと、脚韻をふんでいる。

・王孫賈おうそんかが孔子に問いかけたのには、底意があった。すなわち、竈かまどをもって、権力ある重臣の自己にたとえ、奥をもって、孔子の親しかった衛えいのくにの奥むきの家来にたとえた、と、古注にはいう。

つまり衛の霊公に接近して、その政治の理想を、実行にうつそうと考えていた孔子に対し、床の間よりも、へっついが先だということわざがありますが、ありゃどういう意味でしたかね、と問い、あんたも、へっつい、すなわち実権者であるわたしを、もうすこし大事にしたら、と、王孫賈おうそんかはなぞをかけたことになる。

・孔子はこたえた。然しからず、そうではありません。はっきりした拒絶の言葉である。もしわたしが、こそこそと変なことをしたならば、わたしは人格を喪失したものとなり、最高の神である天に、罪を獲るでありましょう。

つまり、天の罪人となり、天から見放されるでありましょう。天から見放されたものは、竈かまどのところで禱いのろうとも、奥のところで禱ろうとも、効果はない。つまり、禱るべき対象のない人間となる。わたしはあなたの呼びかけに応ずることはできない。

・この条は難解であるが、天とは君であるとする古注の説には、とにかく従わなかった。

 「古注の説には、とにかく従わなかった。」
と吉川博士はおっしゃる。

 そこで私も吉川博士の解説に従わず、「角川新字源」を検索して直訳を試みはしたものの意味不明!

 それに、理想の政治を目指す孔子にしては何や!?

コミュニケーションに関する1丁目1番地(基本)に違反している!
つまり、相手の言葉を「然しからず!」と、
いきなり打ち返しているではないか!

などと首を傾げた読者は、最後まで読み続ける意欲を殺がれたのでは? という思い、
すなわち老婆心(不必要な親切心or罪悪感?)を覚え、
筆者がこの記事を書くにあたり検索した字句の一部を、「角川新字源」から転載して以下にお届けします。

【媚於竈】かまどにこぶ かまどの神にこびへつらう。主権者よりも実力者にこびへつらうたとえ。〔論・八佾〕

【竈】ソウ 意味①かまど。へっつい。②かまどの神。五祀ごしの一つ。〔論・八佾〕「与其媚於奥、寧媚於竈」

【不然】ふぜん ①そうでない。②命令に従わない者。〔左伝荘二四〕「征伐以討其不然」

【穫罪】かくざい 罪を得る。とがめを受ける。〔論・八佾〕「獲罪于天、無所禱也」

 では、あなたにお伺いします。

冒頭の設計課長Oさんと資材課のXさんとでは、
どちらが奥おう(主権者)で、どちらが竈そう(実力者)なのでしょう?

 えっ、
あなたの周りからも冒頭のような声が聞こえて来る!?
のですかー。

 じゃあー、
その声を耳にしたあなたはどうします?

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