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2010年11月12日 (金)

「発憤」解説ページ

10100406kouyou 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「おっ、ごめん!」
「今おっぱい触ったでー」

 さも、偶然の出来事であったかのように
陽気な笑い顔で謝罪するTさん。
御年68歳。

 「えぇーよっ」と返す相手は、
歳の差なら倍半分も違うと思しき魅惑的な女性。

 この一言に、気を良くしたものか
その夜のTさんはいたってご機嫌!

陽気に飲んで、カラオケを楽しんだ後、
後ろ髪を引かれる思いで、帰りの列車に乗り込んだ。

 そしてその車中にて、話が仕事のことに及んだ途端、
発憤したTさんは片手に持ったビールを飲むのも忘れ、
過去の出来事やら自らの思いを滔々と語りはじめた。

 そこで、「発憤」とは?
とタイトルの熟語を、「角川新字源」にて検索してみると次のような記載があった。

【発憤】はっぷん ①いきどおりを発する。②心を奮い起こす。〔論・述而〕「発憤忘食」 同音同義:発奮

 おっ、
やったぁー!
論語の述而篇に、この熟語がある~(^^♪

 早速、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 朝日文庫の「述而じゅつじ第七」を開き、その一章を抽出して、引用を主にお届けすることに決定(笑)。

 まずは、訓読、すなわち読下し文です。

葉公しょうこう、孔子こうしを子路しろに問う。
子路しろこたえず。
わく、
なんじんぞ曰わざる、
の人ひとと為りや、憤いきどおりを発はっして食しょくを忘わすれ、
たのしんで以って憂うれいを忘わすれ、
いの将まさに至いたらんとするを知らざるのみと

 次に、その現代訳(直訳)です。

葉の領主が、孔子のことを弟子の子路に尋ねた。
子路は答えなかった(答えられなかった)。
これを聞いた孔子が言った(先生の言葉である)。
「お前は何で言わなかったのだ」
「その人柄は、発奮すれば食べることさえも忘れ
また楽しいことをしているときには憂いを忘れて楽しみ、
老いがそこにきていることさえも知らないという人間であると!」。

 続いて、吉川博士の解説の一部です。

・葉公しょうこうの葉しょうというのは、地名であり、舒渉反、かなづかいはセフ。ショウと発音する。

今の河南省葉しょう県であり、孔子のころは、南方の大国である楚の領域であった。

葉公というのは、そこの地方長官であり、姓は沈しん、名は諸梁しょりょう、字は子高、という人物であって、楚のくにの人望を負った重臣であった。

・「左伝」では定公5年、BC505、孔子47歳のときに、その名がはじめてあらわれ、孔子が73歳でなくなった哀公16年、BC479、楚のくににおこった白公はくこうの叛乱を、その人望によって収拾したのも、この人物である。

・「礼記らいき」の「緇衣しい」篇は、多くの古典の言葉を引いて道徳を説く一篇であるが、それにも葉公の顧名こめい、すなわち遺言として、三句の言葉が引かれている。

それらの点から見て、ひとり楚のみならず、ひろく外国にも信望のある人物であったと思われる。

・この条は、「葉公、孔子を子路に問う」、孔子の人柄を子路にたずねたのである。

しかし、 子路はそれに対して何も返答をしなかった。

返答をしなかった理由として、先生の人柄が、あまりにも偉大であるので、「未だ答うる所以ゆえんを知らず」、どう答えてよいか、思いあたらなかった、とするのが古注の孔安国の説である。

また葉公が訊ねた動機を、新出の鄭玄注は、孔子の人柄に見習いたかったからだ、「法のっとり行う可きを得るを冀こいねがう也」という。

私もそれがよろしいと思うが、葉公の質問が、見当ちがいの要素をふくみ、そのため、子路は答えなかったのではないか、という説をも、新注は挙げる。

子路がそのことを孔子に報告すると、孔子はいった。

「お前は、なぜ、いわなかったのか。その人となりは、憤りを発する、すなわち人間の将来を憂えての心情の興奮がおこると、そのために食事をさえも忘れる。

一方また、自らの楽しみとするものを楽しんで、そのときには憂いを忘れている。

かくて老いが、その身の上をおとずれようとすることをも気にかけない。

そうした理想家的な人柄で、お前の先生はあると、なぜお前はいわなかったのか」。

・この条は、「論語」のうちでも、最もいきいきしたものとして、私のはなはだしく愛する条である。

・最後の云爾の二字は、語勢を強めるための助字

 おぉ~、なるほど!
吉川博士が「甚だしく愛する」一章かー…。

 この吉川博士の言葉に惹かれた(同調した?)ものか、
それとも自らの年齢が、その域に近づいたゆえにか、

この孔子の「不知老将至云爾(老いの将に至らんとするを知らざるのみ)」というものいいは、私の好むところでもある。

 ちなみに、この章の漢文を上から順に、「角川新字源」とにらめっこしながら検索した私は、次ぎの語句を発見。

【葉公】しょうこう 春秋時代の楚の、沈諸梁しんしょりょうのこと。楚の葉という地に領地を持っていたのでいう。

【葉公好竜(龍)】しょうこうりゅうをこのむ 物事をこのむのに、このみかたが軽薄で、真からこのむのでないたとえ。 

葉公は竜がすきで、家のいたる所に竜をえがかせたほどであったが、ほんとうの竜が現れたら、おそれて逃げた故事。

 蛇足ついでに、この故事についても吉川博士は次のような一文を付して、葉公しょうこうの人となりを紹介しておられる。

「やや奇矯な話柄として、この人物は、建築にも調度にも、竜の模様をつけるのを好んだが、本物の竜が、その篤志に感じ、窓から首をのぞけると、びっくり敗亡した、という話が『荘子』に見えるが、それも有名人の税金としてのゴシップであったとも、考えられる」

 う~ん、
この章のあまりの面白さ、
孔子のそのものいいに発憤した私は、紙幅の都合も、
また冒頭のTさんの発憤した言葉やその詳細までも語ることもなく、
それに肩の凝りさえも忘れて、多くの引用を記してしまった…(反省! 笑)

 では、あなたにお伺いします。

 あなたが何かを忘れて発憤(発奮)するとき、それはどんな状態や状況、場面です?

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