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2010年12月18日 (土)

「先生」解説ページ

1011293 画像は秋田の友人からのプレゼントで
ご存知、「東寺」です。

 「オッソロシや!」
「『先生いらっしゃいますか?』というのでビックリしたがねー。」
電話を取り次いだ愚妻が、おどけた口調でのたまう。

 「あぁー、電話をかけてきた人よりかは、ワシのほうが先に生まれとるけんの。」
笑って、愚妻に答える私。

 「そうよね。電話の向こうの人は若そうな声やったから…。」
と愚妻が調子を合わせて、2人の会話は無事完了!(よかった~笑)

 んんっ?
そういえば!

 「先生、何しよるん?」
と、背後からいきなり声をかけてきた御仁も、
かつては私の周りにいらっしゃったが…(笑)。

 そこで、この「先生」というお馴染みの熟語を
角川新字源』にて検索すると次のように。

【先生】せんせい ①さきに生まれる。また、その人。年上の人。②父兄。〔論・為政〕「有酒食先生饌」③老人で学問を教える人。転じて、教師。師匠。④学問や技芸に長じている人の敬称。

 また、「日本語としてのみ用いるもの」としては、
意味⑤「他人をからかう気持ちでよぶことば」とも。

 う~~ん、
冒頭の電話の主は、③の意味で愚妻に問いかけたのであろうし、
また「先生、何しよるん?」と背後から声をかけてきた御仁は、
明らかに⑤の意味、つまり往時の私を、「からかう気持ち」で
呼びかけてきた言葉に違いない(きっと! 笑)。

 では、この記事で紹介する「先生」とは、いうまでもなく②の意味であり、早速、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 朝日文庫の「為政いせい第二」からの引用を主にお届けします。

 まずは、訓読、すなわち読下し文です。

子夏しかこうを問う。
わく、色いろかた
ことれば、弟子ていしの労ろうに服ふくす。
酒食しゅしれば、先生せんせいに饌せんす。
すなわち是れを以って孝こうと為せる乎

 次に、その現代訳(直訳)です。

弟子の子夏しかが、孝行について尋ねた。
孔子が答えた。「親の顔色を見て孝養を尽くすことは難しい」。
「何か仕事あれば、年少者が労役にしたがい、
酒や飯があれば、まず父兄にささげ、余りものをいただく、
それだけで孝行といえるかね!?(顔色を見て孝養を尽くすことが孝行である! と私は思うのだが、どうかね?)」と。

 続いて、吉川博士の解説の一部です。

・色難いろかたし、とは、孝行について一番むつかしいことは顔色、表情、ということに相違ないが、親の顔色を見てその意向にそうように行動するのこそ、孝行のうちで一番むつかしいこと、とするのが古注の説。

親に対して、いつもおだやかな顔色でいるのこそむつかしい、とするのが新注の説である。

何にしても親子のあいだの関係は、はっきりした言語、行動、となってあらわれるまでの、ほのかな顔色、そうした機微なものを、尊重するのこそ、美しい、という教えである。

・孔子はさらに語をついでいう。
会合とか、寄り合いとか、の用事があれば、弟子がその労に服する。つまり弟子わかものが、労働を服おこなって世話をする。

また酒食しゅしあれば先生に饌せんす、すなわち、酒やごはんがあれば、先生、すなわち先輩にまずさしあげる、そうしたことは、一般に弟子わかものが、すべての先輩にすることであって、別に親だけにすることではない。

すなわち是れを以って孝と為せる乎、そんなことだけで孝行になるかね。機微な感情への配慮があってこそ、孝行である。

・酒食有れば、の食の字は、陸徳明の「経典釈文」に、音嗣という。つまり飯を意味するシの音に読み、ひろく食物を意味するショクの音に読まない。

・また、曽是以為孝乎、曽すなわち是れを以って孝と為せる乎、の曽の字は、これらの場合、句のはじめに添わって、意味を強める言葉であり、「曽は乃なり」と訓ぜられる。

・以上四条、すべて孝行についての問答であるが、孔子の答えは、相手によってちがっている。

孔子の教えが寛容であり、相手かまわず同じ言葉を押しつけないという、活発さをもっていたことを、示すために、編集者は、一か所に、まとめたのであろう。

 おっ、
「孔子の答えは、相手によってちがっている」。

 これは、いわゆるコーチングの3原則といわれるものの1つであり、
「個別対応」である。

 では、孔子のいう「恕じょ」とは、
相手にあった答を返すこと?

この相手によって言葉を変える、つまり「個別対応」という場面は、
論語の中にも随所に見られることでもあり、孔子の教えの具体性を示す1つのあらわれであろうか…?

 そういう視点・考えで見れば、冒頭の電話の主と、
背後から「先生」と声をかけてきた御仁も、人、つまり相手を見て、
その呼び方を変えているのであろうか…?(笑)

 では、あなたにお伺いします。
あなたが「先生」と呼ぶとき、それはいつ、誰に対してですか?

        <「先生」解説ページ  附録>

 吉川博士がおっしゃる、「以上四条、すべて孝行についての問答である」とは、この「先生」解説ページの章のほか、その前に存在する以下の3つの問答を含めてのことです。

1. 魯の国の家老である孟懿子もういしが、孝行について尋ねたときの孔子の答えは、「無違(違たがうこと無し)」と。

 そしてその意味、つまり「無違」の内容とは、
・親が生きている間は、礼の法則に従って孝養を尽くし、
・親が亡くなった場合は、礼の法則に従って葬式を営み
・法要は、礼の法則に従って葬式を営むこと。

それが孝行だ、「間違うな。踏み外すな」と。

2.孟懿子もういしの息子の孟武伯もうぶはくが、孝行について尋ねたときの孔子の答えは、「父母唯其疾之憂(父母は唯だ其の疾まいを之れ憂うれう)」。

 この意味は、3通りの解釈があるというのですが、吉川博士は、
「病気以外のことで両親に心配をかけないようになさい」
つまり、「両親に心配をかけないこと」それが孝行であると。

3.弟子の子游しゆうが、孝行について尋ねたときの孔子の答え。
 「不敬、何以別乎(敬けいせずんば、何を以って別たん乎)」。

 つまり、「親に孝養を尽くすだけでは犬馬と同じではないか!」
「敬する心(敬虔の心情)があってこそ、孝行ではないか」と。

 以上、論語とコーチングの共通点、
つまり、コーチングは創造されたものではなく、
過去の成功事例や先人(偉人)の言葉を集大成したものである、
という考えをもとに、「孝行」に対する4つの孔子の教え、「個別対応」の言葉を転載したのですが、

あなたは、この4つの中では、
どのことば(教訓。教え)に惹かれますか?

 ちなみに、私は2項のことば、
つまり「其の疾まいを之れ憂うれう」がお気に入りなのですが…。

我が子が無事でいてくれること、
これこそが、世の中の親の変わらぬ願いであり、
子どもが親にできる最高の孝行である!
と私は考えるのですが、あなたのお考え(答え)は?

 蛇足ついでに、この章の「先生」以外の語句を、『角川新字源』にて検索した結果は次の通りでした。

【酒食】1.しゅし(と読む場合の意味は) 酒と飯。〔論・為政〕「有酒食先生饌」
2.しゅしょく(と読む場合の意味は) 酒と食物。

【色難】いろかたし 子が常に顔色を和らげて親に仕えるのはむずかしい。一説に、親の顔色を見て孝養をつくすことはむずかしい。〔論・為政〕「子夏問孝、子曰、色難」→色養

【有事】ゆうじ ①仕事がある。職務がある。〔論・為政〕「有事、弟子服其労」②事件が起こる、起こす。〔論・季氏〕「季氏将有事於顓臾」 対義語:無事

 おっ、「有事」に対する「無事」!
とつながったところで、ものはついでと、
「色養」の意味を見てみると次のように。

【色養】しょくよう 親の顔色を見て、その心にかなうように孝養すること。また一説に、常に顔色を和らげて親に孝養をつくすこと。→色難いろかたし

 また、【饌】セン を検索すると、
意味②として、「飲食物の余り。〔論・為政〕「有酒食先生饌」とあり、
「先輩にまずさしあげる」とは記載されていない。

 う~ん、
残念!(笑)

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