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2011年9月30日 (金)

「弁惑」解説ページ

1109011nihonmaru 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 さて、今日はどんな記事を書いて、
どの画像をアップしようか…?
と惑う(戸惑う?)。

 また、どこからどこまでを引用して、
どの部分を割愛しようか、自らの言葉で語ろうかとも。

 そして、私の気づきと体験あれこれをどのように結ぼうかとも。

 どうして私は、このブログ記事を上梓するにあたって、
こんなにも惑うのか…?

ということで、今日は孔子に尋ねてみることに…(笑)。

 早速、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選4 朝日文庫の「顔淵がんえん第十二」から、タイトルの熟語が出てくる一章をとりあげ、同書からの引用を主に紹介することに。

 ますは、訓読です。

子張しちょうとくを崇たかくし
まどいを弁わきまえんことを問う。
わく、
忠信ちゅうしんを主しゅとし、義に徙うつるは、
とくを崇たかくする也なり
れを愛あいして其の生いきんことを欲ほっし、
れを悪にくんで其の死なんことを欲ほっす。
すでに其の生きんことを欲ほっし、
た其の死なんことを欲ほっす。
れ惑まどいなり。
まことに富みを以ってせず、亦た祗まさに以って異ことなり。

 続いて、その現代訳です。

弟子の子張が、徳を高め、
迷いを明らかにすることについて尋ねた。
孔子の答え(先生が言った)。
「誠実を旨とし、正しいことを行なうのが
徳を高めることである」。
「愛すれば生きてほしいと思い、
憎めば死ねばいいと思う」。
「先には、生きてほしいと思い、
また一方では、死ねばいいと思う」。
「この矛盾する心が迷いである」。
「詩にいう。『誠に富むことができずに、異なる結果を得る』と」。

 次に、吉川博士の解説の一部です。

・この条で子張が問うたのは、2つのことである。
1つは崇徳、また1つは弁惑である。

・うち崇徳、徳を崇くす、とは、自己の道徳の増進というのが、通説である。

・つぎに弁惑、「惑まどい」とは、人間が無自覚に犯す矛盾を意味し、「弁ずる」とは、それを弁別発見し、かつ除去する意味であるように、この条での孔子の答え、またあとの燓遅はんちの問いに対する孔子の答えから、帰納される。

・孔子はまず、徳を崇かくすること、すなわち道徳の増進について、答えている。

「忠信を主とし」、忠実と信義を自己の行為の中心とし、「義に徙うつる」、義ただしきものを聞けば、その方へと、わが身を近づける。それが道徳の推進である。

前者は、自己の内部にむかっての努力であり、後者は、外部との関係においての努力である。

・つぎに「弁惑」。矛盾の弁別についての孔子の答え。

人間は感情の動物であるとはいえ、感情に駆られて、ある人が好きになれば、生きてほしいと思い、その人、あるいは他のだれかが、嫌いであれば、死ねばよいと思う。

一方では人間の生存を欲する気持ちがありながら、また一方では人間の死を欲する、それこそ矛盾である。

矛盾の弁別を問われたのであるが、答えは、矛盾そのものについて、答えていること、あとの章の燓遅はんちの問いに対する答えも、同じである。

・最後の、「誠に以って富まず、亦た祗まさに以って異なり」は、「詩経」の「小雅」の詩、「我行其野がこうきや」の二句であるが、朱子の新注に、程子ていしの説を引いて、この二句はここにあるべきでなく、のちの季氏第十六の、「斉の景公」云々の条にあるべきなのが、ここにまぎれ込んだとする。

またその理由として、ここも次が斉の景公についての章であることから、錯乱したといい、仁斎のみならず、新注ぎらいの徂徠も、それに従っている。

 んんっ? 
弁惑べんわくとは「矛盾の弁別」…?

つまり、矛盾を弁わきまえ、別つこと。
もっと簡単にいえば、矛盾を見分けること。

 じゃあ、冒頭の私の惑いも、矛盾する心があるということ…?

 う~ん、本当かなぁ~…?
と疑うたぐり深い私、否、惑乱わくらんした(まどい、みだれた)私は、

惑惑わくわく(うたがい、まどい)、或或わくわく(まどい)しながら、
また一方では、ワクワク、ウキウキして、
タイトルの語句ほかを『角川新字源』にて検索することに…。

 んっ? ここにも矛盾ちゃんがぁ~(笑)

すなわち、一方では戸惑いながら、他方では新たな気づきや発見を得る期待と喜び、と同時に、自由なシェア(情報発信)を楽しむ気持ちがぁ~♪

【崇徳】そうとく ①徳をとうとぶ。有徳者をとうとぶ。〔書・武成〕「崇徳報功」 ②自分の徳をりっぱにする〔論・顔淵〕「子張問崇徳弁惑」

【弁(辨)惑】べんわく 人のまどいをさとしてわからせる。

【忠信】ちゅうしん まごころ。まこと。忠は心についていい、信はことばについていう。〔論・衛霊公〕「言忠信、行篤敬」

 おっ、忠信!?

 なるほどぉ~。一方では、読者と著者に忠信を、つまり、「まこと(真心)を尽くそうと思い、片方では、いかに自己の成長をはかるかを考える(?)。

この惑う心を弁わきまえる、つまり、明確にする、
ハッキリさせることこそが解決策かぁ~…?

 簡単に言い直せば、目的を明確にするということ!?

つまり、ブログ記事を上梓する目的を明確にすれば
いいだけのこと!

 とはいうものの、そこはそれ、気の多い収集家の私にとって、
それは至難の技!?(笑)

 そこで、あなたに質問です。

惑う心を少なくするために、あなたは何を実行しています?

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