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2011年11月 6日 (日)

「三愆(さんけん)」解説ページ

11101403kurikomayama 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「もっと自由に、発想を広げたかったのですが…。それができず、このようなかたち(結果)になりました。」
というKさん。

 それを聞いた私は、
「何があれば、発想は広がりました?」
と尋ねる。

 すると、Kさんは、
「愛です!」と答える。

 そこで、「愛は自由な発想を促す」か、否かについて、
孔子に尋ねてみることに…。

 まずオープニングは、以下の論語の一章を『、論語下』 吉川幸次郎(著) 中国古典選5 朝日文庫の「季氏きし第十六」第6章から。

引用を主に、はじまり、はじまり~♪

 はじめに、訓読です。

孔子こうしわく
君子くんしに侍はべるに三つの愆あやまち有り。
げんまだ之れに及およばずして而しかも言う、
れを躁そうと謂う。
げんれに及およんで而しかも言わざる、
れを隠いんと謂う。
まだ顔色がんしょくを見ずして而しかも言う、
れを瞽と謂う。

 続いて、その現代訳です。

孔子が言った。
「目上の人と話すときに、3つのあやまちがある」。
「話しかけられてもいないのに話し始める、
これをがさつ(騒がしい)という」。
「話しかけられているのに、黙っている、
これを隠かくすという」。
「相手の顔色をうかがわないで話しかける、
これを盲(めくら。めしい)という」と。

 次に、吉川博士の解説のです。

・ここの「君子」は、目上の人、を意味し、「愆」は、古注の孔安国に「過あやまち也」。

・目上の人と話をしていて、話題がまだそこに行かないのに、先取りしていいだすのは、がさつ。話題がそこへ来ているのに、いわないのは、かくし立て。相手の顔色を見ずに、一方的に発言するのは、めくら。

・これは人に卑屈を教えるものではない。社会人として生きてゆく上に、心得ておくべき礼儀である。

この礼儀は、中国では、現在でもよく生きている。
日本人はこの訓練に乏しいようである。

 んんっ?、
日本人は、三愆さんけん人!?

つまり、次の3つ過ちを犯している国民である!
と著者(吉川博士)は暗に指摘している。

① がさつで、
② 閉鎖的で、
③ 盲(めくら。めしい)。

 また、この著者の言葉を言い換えれば、
日本人は中国人に比べてモラル(道徳)、マナーが劣っている、
と嘆いているともとれなくはない。

 この指摘は、客的なデーターに基づくものであろうか
それとも、著者(吉川博士)の主観的な思いからであろうか…?

 ちなみに日本には、三愆さんけんならぬ、三猿さんえん、すなわち

① 見ざる
② 聞かざる
③ 言わざる

の教えがある。

 この「さんえん」を、手元の辞書(『新明解国語辞典』)
で検索してみると次のように記されている。

さんえんしゅぎ【三猿主義】 見ざる・聞かざる・言わざるの、三つの「さる」を守る、消極的な処世法。

 う~ん、
参った!

「合理的で実践的な教え(処世法)」対「消極的な処世法」では
勝負あった!(勝負にならぬ)。

著者の嘆きも、あながち無視できない(理解できる気がする)。

 では、冒頭のKさんは三愆さんけん
つまり、3つの過ちを犯したがために、
「愛」を獲得することができなかったのであろうか…。

それとも、三猿主義(見ざる・聞かざる・言わざる)を貫いたがゆえに、
愛を得る機会を逃してしまったのであろうか…?

という話は、紙幅の都合で後日のお楽しみ!
です。

 では、あなたにお尋ねします。

 三愆さんけん、つまり、3つの過ちを犯さないために、
あなたが留意している(実践している)ベスト3を教えてください。

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