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2012年4月22日 (日)

「専対(對)」解説ページ

201203124 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「おまえ、専務ちゅうたらな、
自分ひとりで、決めることができるんや!」

「それが専務や!」

「だから、この件については、
いま、ここで即決してくれ!」

「今すぐ決めてくれ」
「OK! と言ってくれ」
声高に迫るFさん。

 それでも、のらりくらりと即決を渋る
電話の向こうのYさん。

 さて、その結果やいかに!?

という話はひとまず横に…(笑)。

 本日は、タイトルの語句についてのお話。

早速、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選4 朝日文庫の「子路しろ第十三」 第5章からの引用を主に、始まり、はじまりぃ~♪

 まずは、訓読です。

わく、
三百さんびゃくを誦しょうするも
れに授さずくるに政まつりごとを以ってして、達たっせず。
四方しほうに使つかいして、専ひとり対こたうること能あたわず。
おおしと雖いえども、亦た奚なにを以って為さん。

 次に、その現代訳です。

孔子が言った。
「詩経の三百篇を暗誦していても、
政務に役立てることができない、
また四方の国々に使いに行っても自分ひとりで応対できない。
それでは多くの知識を有しているといっても何の役にも立たない」

 続いて、吉川博士の解説の一部です。

・「詩三百」とは、教養として記憶すべき三百篇の歌謡の意味であって、いまの「詩経」は、あだかも三百五編である。

それら三百篇の詩を暗誦して、いっぱしの教養人のごとく見えても、実際の行政をやらせて見ると、はかが行かず、外交官として四方の隣国に使者となっても、臨機応変、自己の判断で応対できないとするならば、「多しと雖も」、豊富な教養をもっているとしても、何の役に立つか。

「亦奚以為」といういいかたは、ほかには見えないけれども、そのような意味に読める。

「奚けい」と「何」は、同子音であり、意味を同じくする。

 んんっ
「亦奚以為(亦た奚なにを以って為さん)」とは…?

 早速、『角川新字源』にて調べてみるも、
残念!

同書にはその記載がない。

 ではではと、同書にてタイトルの熟語を検索した結果は
次のとおり。

【専対(對)】せんたい 他国へ使者として行き、自分ひとりの考えで受け答えする。〔論・子路〕「使於四方不能専対」

 う~ん、この章は
「牛のケツ!?」

すなわち、「もぉ~のしり」
を戒めた一章…?

 つまり、知識がいくら豊富であっても
単なる物識りでは何の役にも立たない!

 知識を見識に変える、
すなわち、実用的な智慧に変える。

その必要性について説いた一章かな?
と私は感じたのですが…。

 そんな視点に立てば、
冒頭のFさんの脅し文句は、
覚えたて(習いたて)の知識!?

 一方のYさんは、それを見越して(見透かして)
時を稼ぎ、自社にとっての有利な条件を引き出すための
智慧であった…?

 その真偽のほどやいかに!?

 では、あなたに質問です。

 あなたは、この一章(子路しろ第十三 第5章)から
何を感じました?

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