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2013年9月 1日 (日)

「不仁」解説ページ 

1307022 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 ブリーフ・ツアー(短い視察)を終えた
Sさんは、以下のような辛口の評価を。

「この会社には、モノを大切にしようとする気持ちや
規律を守ろうとする意思が感じられない!」と。

 その原因(要因)が、何かといえば…。

などと、話を展開するその前に、先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 朝日文庫からの引用を主に始まる「八佾はちいつ第三」の第3章を篤とくとご覧あれ~♪

 最初は訓読(読下し文)を。 

わく、
ひとにして仁じんならずば、
れいを如何いかん
ひとにして仁じんならずば、
がくを如何いかん

 次に、その現代訳(意訳)を。

孔子が言った(先生のお言葉である)。
人間でありながら、おもいやりがなければ
礼儀があってもどうにもならない。
人間でありながら、おもいやりがなければ
音楽があってもどうにもならない。

 続いて、この章の吉川博士の解説を。

・楽がくという概念は、
ひろくしては音楽一般であるが、おおむね礼の
儀式を行う際に演奏される音楽を意味するから、
大きくくくれば、楽も礼の中に含まれるが、
この場合のように、礼と楽とを、二つの概念として
併称することも、しばしばである。

どちらも人間の文化の表現であるが、
併称された場合は、礼は人間の秩序、
敬意、厳粛さの表現であり、
楽は人間の親和の表現であるとされる。

・さて、この章の意味は、人間の文化の表現として、
最も重要な礼と楽、その根底となるものは、仁、
すなわち人間の愛情にほかならない。

われわれ人間が、
もし人間らしい愛情をもたないとすれば、
あの大切な礼はどうなる、楽はどうなる。

礼も楽も、いずれも見せかけだけの文化になって
しまって、礼が礼としてもつべき人間的な内容、
楽が楽としてもつべき人間的な内容は、
うしなわれ、空虚なものとなってしまうであろう、

というふうにこれまで私は、この章を読んできた。

先儒の解釈は少しちがっているようであり、
愛情をもたない人間は、礼楽を担当することが
できないという意味に解しているようであるが、
私はやはり私の解釈に愛着をもつ。

 さて、賢明なあなたは、
もうお分かりですね。

 冒頭のSさんの辛口の評価や
その原因(要因)と思われるものが、
何であるかが!

 それは…、Sさんがこの企業を初めて視察に来て、
まず感じたのが、整理・整頓をはじめとした
「5S」が行き届いていないということであり、

「5S」が行き届いていなければ、
社員に思いやりや慈しみの心が育たない。

すなわち、社員の心のうちに、
モノを大切にしようとか、規律を守ろうという
心のゆとりや、優しさ、愛情が育まれない!

つまり、冒頭のSさんの発言には
次のことばが、言外に隠されていたのである。

「この企業は、不仁者の集まりである!」

 では、Sさんがこの企業(仮にK社)の
風土を変えるために、何をどのようにすればいいのか?

と、提案した言葉(具体策)は、
次回をお楽しみに。

 ちなみに、タイトル他の語句を
角川新字源』にて検索した結果は以下とおり。

【不仁】ふじん ①仁(人間としての思いやり)がない。
②手足がしびれること。

【礼楽】れいがく 礼儀と音楽。中国では古くから、
礼は社会の秩序を整え、楽は人の心を和らげるものとして、政治上特に重視された。

 では、あなたにお伺いします。

 もし、あなたがSさんならば、
K社に対して、どんな具体策を提案します?

 えっ、
社員の「手足のしびれ」を直せ!?

つまり、社員がのびのびと活動できる環境を整備せよ!
ですかぁー…。 なるほど!

 えっ、
なに!?

礼儀作法を教え、社歌をつくって唱和せよ!
ですかぁ~。 惜しい!

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