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2013年11月 9日 (土)

「歳寒」解説ページ

1311091 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「そりゃあ、倒産の危機は何度もあったよ」と、
私の問いに答えるかのように語り始めた
Tさんは、以下のように続ける。

「あの手形が、もし、今日落ちなんだら…。
そう思うと、『これでワシも終わりか…』
という惨めな気になったときは何度もあった。

それでも、ワシはそんなことはおくびにも出さず、
黙って、工場で溶接をしていた。

だから、何があっても、少々のことでは驚かん!」と。

 試練は人を変える!? 

などという御託をならべ立てる気など
この私にはさらさらないものの…。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 朝日文庫
からの引用を主に始まる以下の「子罕しかん第九」 第29章を篤とく
ご覧あれ~♪

 最初は訓読(読下し文)を。

わく、
としさむくして、然しかる後のち
松柏しょうはくの彫しぼむに後おくるることを知る也なり

 次に、その現代訳(意訳)を。

孔子が言った(先生のお言葉である)。
寒い季節になってからはじめて
松や柏が後に残って、しぼまないことわかる。
(人間も危難に遭遇して初めて、その真価がわかる)。

 続いて、この一章の
吉川博士の解説すべてを。

・「松しょう」は日本の「まつ」とほぼ同じく、
「柏はく」は日本の「かしわ」ではないというが、
いずれにしても、常緑樹の代表として、
あげられている。

・ほかの植物は、「歳としさむく」なれば、
すなわち気候が寒いとなれば、みな彫しぼむのに、
松柏だけはしぼまない。
そのことは、歳寒き冬になってはじめて分る。

そのように、人間も、本ものとにせものとは、
危難、混乱の時節となって、はじめて弁別される。

以上のように読むのが普通の説のようである。

つまり、歳寒とは、一年のうちで寒い季節、
後彫とは、ほかのものはみな彫落するとき、
松柏だけは彫落の外にあること、
そういう風に読むのであるが、

古注の説はやや異なり、
歳寒とは、寒気のことに厳しい年、
後彫とは、そうした年には松柏もしぼみはするが、
しぼみかたが少ないこと、とする。

 んっ、「歳寒」とは、
「一年のうちで寒い季節」?
それとも、「寒気のことに厳しい年」のことなのか…、

さ~て、
どっちかな!?

と『角川新字源』にて検索した結果は以下の通り。

【歳寒】さいかん ①寒い時候になる。②老年のたとえ。③逆境、乱世のたとえ。

【歳寒三友】さいかんのさんゆう 冬に友とすべきまつと竹とうめ。

【歳寒松柏】さいかんのしょうはく 冬の寒さの中にあっても緑を保っているまつや柏(このてがしわ)。立派な人物が乱世・逆境にあっても節操を変えないことのたとえ。〔論・子罕〕「歳寒然後知松柏之後彫也」

 あれっ、
彫落は凋落では…?
と思いつつ、同書(『角川新字源』)を見た結果は次の通り。

【彫落】ちょうらく ①草木がしぼみかれる。彫残零落。
②落ちぶれる。③おとろえて死ぬ。
同義語:凋落ちょうらく

 では、後彫とは…?
と、同書にて検索するも遭遇できず、
残念!

 残念といえば…、
冒頭のTさんも
後彫(後おくれて彫しぼむ)ならず!

すなわち、「何があっても、少々のことでは驚かん!」
と豪語していたTさんも、松柏のように後おくれて彫しぼ
ことはなかった…。

 「歳寒松柏さいかんのしょうはく」、
すなわち、アゲインスト(逆風)が吹いているときはもちろん、
フォローの風(順風)が吹いているときでも、常に節操を変えず、

ただ「何ごと一つ事」を信念として、
自らが起業した事業に専念したTさんは
若くして、惜しまれつつ、この世を去ったのである…。

 では、あなたにお伺いします。

あなたの周りの人々の中で、
乱世・逆境にあっても節操を変えない立派な人物、
すなわち、「歳寒松柏さいかんのしょうはく」と称される人はどなたです?

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