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2014年8月 9日 (土)

「内省不疚(うちにかえりみてやましからず)」解説ページ

1408043 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 30年以上も昔の話で、
時刻はAM10時過ぎ。

場所は当時、私(筆者が)勤めていた
某社の職場でのこと。

この職場に、普段は訪れることが少ない、
オーナー社長のTさんが渋面をつくり、
突然現れた。

T社長は応接用の椅子に座るなり、
私に次のような言葉を。 

「ちょっと、M(町田さん)を呼んできて、
おまえも一緒にここへ座れ!」
と、応接用の長椅子を指さす。

二つ返事で階下に降りた私は、
Mさんにその旨を伝え、2人してT社長の前に。

すると、2人が着座するなり、
T社長は苦々しげに、以下のようにおっしゃる。

「ほいと(こじき)酒を飲みやがって!」

心に疚やましいことがない(つもりの)私は、
「???」。
すなわち、叱正される意味を理解できない。

 すると…、
という話は、後段のお楽しみ。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選4 朝日文庫
からの引用を主に始まる、以下の「顔淵がんえん第十二」 第四章を
とくとご覧あれ~♪

 最初に、訓読(読下し文)を。

司馬牛しばぎゅう、君子くんしを問う。
わく、君子くんしは憂うれえず懼おそれず。
わく、斯すなわち之れを君子くんしと謂う乎
わく、内うちに省かえりみて疚やましからず、
れ何なにをか憂うれえ何なにをか懼おそれん。

 次に、現代訳を。

弟子の司馬牛しばぎゅうが君子について孔子に尋ねた。
孔子の答え。「君子はうれず、おそれずだよ」。
司馬牛が問い返した。「それだけで君子といえますか!?」
孔子の答え。「心に疚やましいことがなければ、何をうれえ、
何をおそれるというんだね」。

 続いて吉川博士の解説を。

・司馬牛の、こんどは君子、すなわち紳士の条件に
ついての、問いである。「司馬牛、君子を問う」。
「子曰わく、君子は憂えず懼れず」。

司馬牛は問い返した。憂えず懼れず、
それだけで、君子といいきって、よろしいか。

孔子の答え。自己の内部を反省して見ても、
何ら欠点がないとすれば、そもそも何を憂え、
何を懼れるか。憂え懼れることは、ないはずである。

ゆえに、憂えず懼れない、それが君子である。

・「疚」の字は、
「詩経」に最も多く使われている字であり、
意味は「病む也」と、古い辞書である「爾雅じが」の
「釈詁しゃくこ」の篇に、訓ぜられている。

肉体の病いではなく、精神の病いを意味すること、
いうまでもない。

以上の二条とも、司馬牛は、孔子の言葉に対し、
さらに詳しい内容を、問い返している。
「弟子列伝」にいわゆる「言ことば多し」であろうか。

 ちなみに、吉川博士がおっしゃる
上記の「以上の二条」とは、次の2章のこと。

この一章(「顔淵第十二」 第四章)と、「顔淵第十二 第三章」
詳しくはこちら「其の言げんじん」解説ページ)

 また、吉川博士が、「疚」の字は、
「精神の病いを意味すること、いうまでもない」
とおっしゃるので、『角川新字源』にて「疚」の字を見ると…。

【疚】キュウ 意味(形声 音符久キウ)①やむ。病気になる。「衰疚」②やまい。ながわずらい。③やましい(やまし)。気がとがめる。良心にはじるところがある。
〔論・顔淵〕「内省不疚」

 あれっ、
「疚」の字は病気を意味する「疒」と
発音を表わす「久キュウ」とを組み合わせてつくられた漢字であり、

角川新字源』を見る限りにおいては、必ずしも、
吉川博士がおっしゃるような「精神の病い」に限定していない。

 では、タイトルの語句はどのような記載が…?
と、再び『角川新字源』を検索してみた結果は以下の通り。

【内省】ないせい ①自分の心を省みる。反省する。
以下割愛。

【内省不疚】うちにかえりみてやましからず 心にふり返ってみてはじるところがない。
〔論・顔淵〕「内省不疚、夫何憂何懼」

 参考までにと、「憂懼」を検索してみれば…。
以下の7つもの「うれえおそれ」が。

【憂畏】ゆうい=【憂懼ゆうく・憂虞ゆうぐ・憂惶ゆうこう・憂懾ゆうしょう・憂惴ゆうずい・憂惕ゆうてき・憂怖ゆうふ】うれえおそれる。

 う~ん、
この世とは、君子にとっては安住の場であり、
小人にとっては、「うれえおそれ」を克服する修行の場!?

 さて、話は変わって、
冒頭の「ほいと(こじき)酒」の話。

 事の起こりは、当時、専務だったYさんの
以下の一言。

「F社の社長が『今夜付き合ってほしい』と言ってるので、
今から一緒に行こう!」と、仕事中の私の所に来て、
Yさんは私を誘惑する。

「仕事が忙しいので、それどころでは…」と、
私は断ったが…。

「そんな冷たい事を言わず、
社長の了解も得ているから、ちょっとだけでも」
と言うので、私は職場から酒場に直行することに。

すると、その席には、F社の3人と、
当時私が勤めていた企業からは、
YさんとMさん、それに私の3人。

都合6人の酒席の場となり、その後、2次会に行ったか、否か、
また帰宅の詳細など、私の記憶は定かではないものの…。

これが俗にいう、接待!

私はこの接待を、F社びいきで、当時、専務だった
Yさんの口車に乗り、結果的に受けてしまった。

 ところが、「社長の了解も得ている」どころか、
オーナー社長のTさんは、つんぼ桟敷で、寝耳に水!

そこで、翌朝の叱正になった次第で…。
接待の苦い、というか、苦々しいお話。

 私は、内に省かえりみて疚やましい心など毛頭なく、
否、迷惑至極であり、付き合いのつもりでいった酒席の場が、
翌日の職場では、叱正の場に変わるとは…。

浮世には、どこに、どんな罠や落とし穴が
潜んでいることやら…。

 では、あなたにお伺いします。

もし、あなたが「内省不疚うちにかえりみてやましからず」 
すなわち、良心にはじるところがないのに、周りの人から
叱正を受けたとき、あなたはどんな対応をします?

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