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2015年2月 8日 (日)

「驕且吝(きょうかつりん)」解説ページ

1412021 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 さて、わしが、わしがと我を張るKさん。

部下を信用・信頼して任せりゃいいのに、
自らしゃしゃり出て、部下の育成を阻害する。

そして、「自分に都合が悪い!?」
と感じた場合、Kさんは躊躇なく、
部下に権限を譲り、その責任のみを追及する。

 そのKさんが、今日もまた、
部下に任せておけばいいものを…。 

二人の部下を引き連れ、
とある会場へと向かう。

 そしてその翌日、Kさんは昨日同行した1人の部下を
わざわざ呼びつけ、以下のようにのたまう。

「昨日もらったあの粗品の図書券(500円券)、
あれは会社にもらったものやから、
わしのところへ持って来い!」と。

 果たして、Kさんは融通がきかないガチガチの男、
すなわち、石部金吉いしべきんきちなのであろうか、
それとも、「驕きょうかつりん」の人なのであろうか…?

などと、結論を急ぐ、
その前に…。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 朝日文庫
からの引用を主に始まる、以下の「泰伯たいはく第八」 第11章を
とくとご覧あれ~♪

 最初に、訓読(読下し文)を。

わく、
し周公しゅうこうの才さいの美りとも、
おごりて且つ吝やぶさかならしめば、
の余は、観るに足らざるのみ。

 次に、現代訳を。

孔子が言った(先生がおっしゃいました)。
「もし、周公旦しゅうこうたんのような才徳にすぐれた人であっても
おごり高ぶって、かつ、ものおしみする人であったならば、
その他の特徴は、観るほどの価値もない」と。

 続いて吉川博士の解説を。

・周公とは、「甚だしいかな、吾が衰えたるや。
久しいかな、吾れ復た夢に周公を見ず」と
追慕された周公旦である。(詳しくはこちら「夢」解説ページ)

・周王朝の政治と文化の創始者であるこの英雄を、
孔子は、完全な人格と意識していたのであり、
そうした意識を、ここでは「周公の才の美」と
表現する。

・「才」とは、才能の意であるが、道徳的才能をも、
含めての謂いであって、われわれの言葉でいえば、
先天的な人格である。

・また、「美」とは、完全な調和、充実、を意味する
最高のほめ言葉であるが、「之才之美」と、二つの
「之」の字を重ねたいい方は、強調の語気として、
もっともよくはたらいている。

・また、はじめの「如」の字は仮定であって、
かの周公ほどの、美しい完全な才能があったと
して、というのである。

・また次の句の「使」の字は、もう一度、より強い
仮定であって、かりにもしそうした人格のなかにも、
2つの欠点があったと仮定する。

1つは傲慢、それは人をよせつけない。
1つは吝嗇、それは必ずしも経済的な吝嗇ばかり
でなく、心理的な吝嗇でもあり、自己の善意を
出し惜しみする。

その2つの欠点が、周公に実際にあったはずはない
けれども、かりにもし万が一、有ったとするならば、
その人格の他の部分の美点は、すべて帳消しに
なり、目もあてられぬこととなるであろう。

・「史記」の「魯周公世家」を見ると、周公は、
たいへん包容力のひろい人物であり、
政府の最高の位置にいながら、青年が会いに来る
と、大いそぎで会った。

そのため、「一たび沐もくするに三たび髪を握り、
一たび飯はんするに三たび哺を吐く」、

おちおち頭を洗い、飯を食うひまもなかった、
という説話をのせるが、そうした説話が、
孔子のころすでにあったとすれば、この条は、
それと関連しよう。

 あれっ、
私はこの一章を、「驕きょう」と「吝りん」についての
戒めと解して、現代訳を記したのであるが…。

吉川博士の解説によれば、この章は
の政治家、周公旦しゅうこうたんのこと、とも読み取れる…。

 さ~て、
どっちかなぁ…?

という問題意識を残しまゝ(放置して?)、私は『角川新字源』にて、
以下の字句の「なりたち」を見てみることに…。

【才】サイ 材の原字。借りて、生まれつきの働き、能力の意に用いる。

【美】ビ 羊と大とにより、肥えて大きなひつじ。ひいて「よい」「うつくしい」意を表わす。

 う~ん、
吉川博士は、「美」とは、
「完全な調和、充実、を意味する最高のほめ言葉である」
とおっしゃるものの…。

角川新字源』を見ても、「之才之美」はもちろん、
「才之美」という語句にも遭遇できず…。

また、同書(『角川新字源』)には、「美」という語句が
「完全な調和、充実、を意味する最高のほめ言葉である」
という記載はどこにも見当たらない。

そこで、「美」という字句の解釈については、
角川新字源』に記載の、以下の言葉とその意味を以って、
己の心と妥協する案を、私は採用することに…。

【美人】びじん 意味③才徳のすぐれた人。賢人。

 さらに、吉川博士は、「驕きょう」とは、「傲慢ごうまん」、
すなわち、「おごりたかぶって人をあなどる」意味であり、
「それは人をよせつけない」ことであるとおっしゃるが…。

果たして、「傲慢ごうまん」な人は、「人をよせつけない」のであろうか、
それとも、「人が寄り付かない」のであろうか…?

 ちなみに、同じ「おごる」であっても、
角川新字源』を見れば、以下のような違いが。

【驕】きょう たかぶり横柄なこと。心についていう。
〔論・子路〕「君子泰而不驕」

【傲・敖・慠】ごう 人を見下し、高慢にたかぶる。
〔陶潜・帰去来辞〕「倚南窓以寄傲」

 次に、「吝りん」とは、「吝嗇りんしょく」、
すなわち「ものおしみする。けち」という意味であるが…。

吉川博士は「それは必ずしも経済的な吝嗇ばかりでなく、
心理的な吝嗇でもあり、自己の善意を出し惜しみする。」
とおっしゃる。

そこで、再び、『角川新字源』にて、
「おしむ」の「同訓異義」を見てみると…。

以下のような字句と、その意味や例示が。

【吝・悋】りん 物おしみする。けち。
〔論・堯曰〕「出内之吝、謂之有司」

【嗇】しょく 物をみだりに使わない。けちとは限らず、
節約して用いる意。〔老子〕「治人事天莫如嗇」

【惜】せき 心に惜しくおもう。広く用いる。
〔楊巨源・折楊柳〕「惟有春風最相惜」

 う~ん、
吉川博士がおっしゃる「心理的な吝嗇」とは、
「吝りん」でも「嗇しょく」でもなく、「惜せき」、
すなわち、「悋惜りんせき」かなぁ…?

あるいは、「吝リン」を「吝やぶさか」と、訓読みすれば、
「心理的な吝嗇」という意味、解釈にもつながるであろうし…。

 さて、冒頭の話。

Kさんは石部金吉いしべきんきちなのであろうか、
それとも、「驕きょうかつりん」の人なのであろうか?

という問いに対して、私は以下の熟語を以って
その答えとすることに…。

【驕人】きょうじん ①おごって気ままなふるまいをする人。②小人の志を得たもの。悪がしこくて高位にある者。

 では、あなたにお伺いします。

あなたの周りの人々の中で、「驕きょうかつりん」の人!?
と思える人を、一言で表現するとすれば、
どんな言葉になるのでしょう。

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