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2015年5月24日 (日)

「無悪也(あしきことなきなり)」解説ページ

1505111 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 「あいつがどんな奴か、
また、どんなことをしよる男か、
わしも、よぉ、わかっとるし、知っとる。

でもな、おまえ、
よぉー、考えてみぃー。

尻尾を振って、近寄ってくる犬は、
蹴飛ばすわけにはいかんやろ!?

それに、あいつは30数年間も、

わしのために、いやっ、会社のために、
何がしかの貢献をしてきた男やからのぉー。

そんな男を、『気に食わんけん』いうて、
ある日突然、掌を返したように
無下にするちゅうのは、
どんなもんかのぉー…。

そんなことは、ワシにはできんし、
ワシはようせん!

もっとも、あいつがよっぽどの悪事を働いて、
箸にも棒にも掛らんかんような男に
成り下がった場合は別やけどの!」

と、私の上司のTさんは、
「おまえ」に、諭すようにおっしゃる。

 さて、あいつとは、
そして、Tさんから「おまえ」と呼ばれた人は、
果たして、誰なのか!?

 また、この話の続きや顚末などは、
紙幅の都合で、後日のお楽しみ。

 ここでは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の
「里仁りじん第四」 第4章を篤とくとご覧あれ~♪

 先ず、訓読(読下し文)を。

わく、
いやしくも仁じんに志こころざせば、
しきこと無き也なり

 次に、現代訳を。

孔子が言った(先生がおっしゃいました)。
本当に、人間に対して心が向けば、
憎み合う(憎らしく思う)ことはなくなる。

 続いて吉川博士の解説を。

・仁、すなわち人間に対する愛を、
目標として心にもてば、すべての悪は、
排除され、消滅する。

前の条詳しくはこちら「好悪」解説ページ)とともに、
たいへん強い言葉である。

ただはじめの「苟」という字の
読み方については、やや説が分かれる。

それは仮定の助字であるにはちがいない
が、「もしも確実に仁に志ざすならば」、と
読むのは朱子であり、その系統の訓では
「苟」の字をマコトニと読む。

「もし少しでも仁に志しさえすれば」、と読む
のは徂徠であって、いまはそれに従い、
イヤシクモと訓ずる。

・また、「無悪也」の三字は、悪の字を悪あく
と読み、悪事は無くなる、とするのが普通の
説であるが、悪の字を悪wùと読み、
人から悪にくまれない、憎悪されないと読む
説が、仁斎の「論語古義」、および劉宝楠の
「論語正義」にある。

そうして仁斎は、世議すなわち世論という
ものは、はなはだ公平なものであり、人の
心というものは、はなはだ直ますぐなもので
あるから、人から悪にくまれるような人間は、
要するに欠点のある人物である、
という説を述べている。

常識こそ、つねに真理であるとする、
仁斎の哲学のあらわれである。

・なお「苟志於仁矣」は、
subjunctive clause(仮定節)であるが、
「矣」の字はこうした箇所にも、
語勢をつよめるものとして現れるのである。

 う~ん、
「苟」という字は、
「マコトニ」という意味なのか?
それとも、「イヤシクモ」なのであろうか…。

角川新字源』にはどのように!?
と検索してみた結果は以下の通り。

【苟】コウ [なりたち」形声。艸と、音符句コウ/クとから成り、もと、草の名を表わしたが、借りて「いやしくも」「かりそめ」の意に用いる。

[意味]①いやしくも。かりにも。もしも。仮定の助字。
〔孟・梁恵王〕「苟無恒心放辟邪侈無不為已」

④まことに。ほんとうに。
〔論・里仁〕「苟志於仁矣、無悪也」

 おっ、
この辞書(『角川新字源』)では、
「マコトニ」説を採用している。

 じゃあ、
私もこの辞書の例にならい、
「苟」の字の現代訳を、
「本当に」と、しよう!

 さて、次は、
「仁」について。

吉川博士は、「仁」=「人間に対する愛」
とおっしゃるけど、『角川新字源』にはどのように?

【仁】ジン [なりたち]会意形声。人と、あい親しむ意と音とを示す二ジ→ジンとから成り、したしみ、いつくしみの意を表わす。

[意味]①したしみ。したしむ。
〔孟・告子〕「親親仁也」
②いつくしみ。いつくしむ。「仁愛」
③なさけ。おもいやり。同情する。
④儒教における最高の徳。人道の根本。
⑥ひと。〔論・雍也〕「井有仁焉」
⑦人情の厚い風俗。〔論・里仁〕「里仁為美」

 う~ん、
迷う!

「仁」とは、
「人道の根本」に相違ないものの…。

「仁」を一言で表現するとすれば、
「愛」なのか、「したしみ」、「おもいやり」、
それとも、「いつくしみ」なのであろうか…?

それらのすべてに違いないが…
と、私は迷った挙句、

上記、【仁】の意味⑥、すなわち「ひと」、
「人間」という現代訳を採用することに決定。

 続いて、「志」の現代訳には、
同書(『角川新字源』)の「なりたち」から、
以下の「心が向く意」を採用。

【志】シ/こころざす。こころざし [なりたち]会意形声。心と、ゆく意と音とを示す止(之。士は変わった形)とから成り、心が向く意を表わす。また、誌に通用する。

 最後に、
「悪」について。

吉川博士は、「『無悪也』の三字は、
悪の字を悪あくと読み、悪事は無くなる」という説と、

「悪の字を悪と読み、人から悪にくまれない、
憎悪されないと読む」二説を
取り上げておられるけれど…。

 『論語新釈』(宇野哲人 講談社学術文庫)には
以下のような「通釈」と「解説」も。

[通釈] その心が誠に仁じんに向かえば、
必ず悪をすることはない。

[解説] この章は仁じんに志すことを
人に勉つとめさせるのである。

そうの楊時ようじは曰いう、
「誠に仁に志しても、必ず過失がないとは
言われないが、悪を行うことはない。」

 う~ん、
「無悪也」の3字は、

「悪事は無くなる」なのか、
「人から悪にくまれ無い」なのか、
それとも、「悪を行うことはない」なのであろうか…?

 では、『角川新字源』にはどのように!?
と検索してみたものの、この3字には遭遇できず。

 あぁー、
残念 !!!

 そこで、【悪】の「なりたち」と「意味」について、
同書(『角川新字源』)にて検索すると…、以下のように。

【悪】[一]オ [二]アク わるい 
[なりたち]会意形声。旧字は、心と、みにくい意と音とを示す亞ア/アクとから成り、「にくむ」、いとう、ひいて「わるい」意を表わす。教育漢字は省略形による。

意味[一]①にくむ。
対義語:好。→同訓異義。

 んっ、
「にくむ」の意味については、
同書(『角川新字源』)巻末の
「同訓異義」を見よと。

では、「同訓異義」には、
どのように? と見れば…。

にくむ」という字の読みとその意味の違いについて、
以下のような記載が。

【悪(惡)】お 「好」の対。たいそういやがる。〔論・陽貨〕「悪称人之悪者」

【疾・嫉】しつ するどくにくむこと。嫉視。

【憎】そう。ぞう 「愛」の対。心の底から
うらみきらう。
〔論・公冶長〕「禦人以口給、屢憎於人」

 あれっ、
「愛」の対は、「憎」であり、
「悪」ではない!

 じゃあ、
吉川博士がおっしゃる、
「仁」=「人間に対する愛」とは…?

 人間は本当に、仁に心が向かえば、
「人間に対する愛」が育まれ、人を憎んだり、
憎らしく思う心や感情は消滅する!?

と解釈する説も、また面白い!

と考えた私は、「悪」については、
上記の現代訳を採用したのであるが…。

 その後で、『論語の活学』 安岡正篤(講) 
プレジデント社を見ると、安岡正篤翁は、
以下のように述べておられる。

「悪」を「にくむ」と読んで、
しりぞける・拒否する、の意に解釈する方が
よい、と私は思う。

 おぉ~、
私の仮説(現代訳)に、
強い味方が!!!

 さて、紙幅の残りで、
冒頭の話の結論を、チラッと。

 この論語の一章から推察すれば、
冒頭のTさんのみが仁者で、
そのTさんから、「あいつ」と称された男も、

また、「おまえ」と呼ばれた誰かさんも、
共に、仁に志した人ではなかった!?

ということに、いま、ここの私は
気づいたのである…。

 では、あなたにお伺いします。

あなたは、どのようにすれば、「すべての悪は、
排除され、消滅する。」とお考えでしょうか!?

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