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2015年5月10日 (日)

「政者正也(せいとはせいなり)」解説ページ

1505024 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 とある中小企業の
製造現場での一コマ。

 上司のFさんが、発言者のHさんに
次のように言う(リクエストする)。

「ほな、Hさん、
あんたがやって」。

すると、Fさんの言葉を聞いたHさんは

小さな声で笑いながら、次のようにつぶやく。

「ほらな、やっぱり。
そう言うやろうと思うた」
と、その場に居合わせた私にささやいた。

 そしてHさんは、私の顔を覗き込み、
忠告とも思える次のような一言を発した。

「『仕事の報酬は仕事』というけど、
うちの会社はやればやるほど仕事が増えるんよ。」
と、まんざらでもなさそうな顔と声でつぶやいた。

 すると、この言葉を耳にしたMさんは、
私だけに聞こえるような小さな声で次のように。

「仕事の報酬はお金よっ!」。

 果たして、仕事の報酬は、「お金」なのか、
それとも、「仕事」なのか…?
などという小難しい話は、後段のお楽しみ。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選4 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の
「顔淵がんえん第十二」 第17章を篤とくとご覧あれ~♪

 最初に、訓読(読下し文)を。

季康子きこうし、政まつりごとを孔子こうしに問う。
孔子こうしこたえて曰わく、
せいなる者ものは正せいなり。
、帥ひきいるに正ただしきを以ってせば、
たれか敢あえて正ただしからざらん。

 次に、現代訳を。

季康子きこうしが政治とは何かを孔子に尋ねた。
孔子は次のように答えた。
「政とは正すということです。
為政者であるあなた自身が、わが身を正しくすれば、
誰があえて不正を働くでしょう(不正を働く者は
いなくなります)!」と。

 続いて吉川博士の解説を。

・季康子は晩年の孔子が
魯に帰ったときの、魯の首相である。

古注ではここに鄭玄の説を引いて、
「康子は魯の上卿にして、諸臣の帥かしら
なり」。

・季康子が、政治とは何であるかを、
たずねたのに対し、こたえとして、
せいとは正せいなり。

政・正の二字は、いまの北京語でもともに
zhengの去声であり、全く同じ発音であるが、古代音でも、そうであった。

同一の発音の言葉、もしくは似た発音の
言葉が、いわゆるword familyとして、
連関した意味をもつことは、
中国語を支配する大きな法則であるが、
この場合、孔子はそれを利用して、
こたえとしたのである。

日本語に訳すれば、まつりごととは、
ただしさである、となり、
両者の言葉としての密接な関係が
消滅するが、原語でいえば、
政(zheng)とは、正(zheng)である、は、
充分に人を説得しうべきひびきをもつ。

諸臣の帥かしらである子あなたが、
正しさによって人々をみちびいたならば、
だれがあえて不正をおかしましょうか。

<後略>

 さて、この記事のタイトルでもある
「政せいなる者ものは正せいなり」とは、
「まつりごととは、ただしさである」
と、吉川博士は、おっしゃる。

 では、『角川新字源』にはどのように?
と検索してみた結果は以下の通り。

【政者正也】せいとはせいなり 政の意味を同音の正で解釈したもの。
政とは正すということで、政治は、政治をする者がわが身をただすことによって人々を正しくするものである。〔論・顔淵〕

 う~ん、
「政者正也せいとはせいなり」とは、
為政者自身が、「わが身を正す」ことなのか、

それとも、諸臣の帥かしらである首相(為政者)が、
「正しさによって人々をみちびく」ことなのか…?

 さ~て、どっちかな!?
と私は首をひねった結果、

この2つの文言は、表現の違いこそあれ、
両者の言わんとすることやその意味は同じ!?
と、私は解釈して現代訳を記したのであるが…。

 さて、冒頭の話。

 先ず、「仕事の報酬をお金」と考えた場合は、
結論から言えば、不平・不満が次第に募り、
やる気の減退につながって、転職、あるいは、
最悪、ドロップアウトへの道をたどる結果にも…。

その理由は、人間とは欲の塊であり、
飽くことを知らない生物である!
という視点に立って考えた場合ではあるが…。

したがって、「仕事の報酬=お金」とうそぶく、
冒頭のMさんの説を、私は否定せざるを得ない。

 一方、「仕事の報酬は仕事」と
おっしゃるHさんの説は、

「人間とは欲の塊である」という仮説や
「仕事は信頼できる人にしか頼めない」という
通説から考えても、至極、当然の話であり、
企業人たる人々の基本的な考えでもある!
(と私は思う)。

 ちなみに、この私の解釈(結論)は、
「給与(お金)は誘因であり、
欲望や信頼・承認は動因につながる」
などと説く「動機付け理論」とも合致する!
(と私は考える)。

つまり、「仕事の報酬は仕事」とおっしゃる
Hさんの説が、企業人、その中でも、特に、上司
と呼ばれる人々に求められる思考回路であり、

「子帥以正し、ひきいるにただしきをもってす
という孔子の言葉を、
管理者たる者は、以て肝に銘ずべし!
と私は考えたのである…。

 では、あらためて、あなたにお伺いします。

あなたは、仕事の報酬は何だとお考えですか?

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