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2015年7月11日 (土)

「不仁(ふじん)」解説ページ

047 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、半世紀、すなわち50年
も昔の話。

 新人の私がY先輩のカバン持ちとして、
とある工場へ出張修理に出かけた帰り道。

とある交差点にて、
信号待ちをしていた時のこと。

長蛇の車列を見て驚いた私が、

Yさんの顔を見て、
次のように問いかければ…。 

「えらい混みようですねぇー。
これらの車は、いつになったら、
右折できるのですかね?」。

すると、先輩のYさんは、
以下のような短い一言を以て応える。

「信号が変われば右折できるよ」。

このYさんの一言を聞いた私は、
「さすが、Yさん!」
と感動。

私はYさんのYさんたる所以、
すなわち理由を、垣間見た思いが…。

 その所以・理由とは!?
という話は後段に譲り、

先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の
「八佾はちいつ第三」 第3章を篤とくとご覧あれ~♪

 最初に、訓読(読下し文)を。

わく、
ひとにして仁じんならずば、
れいを如何いかん
ひとにして仁じんならずば、
がくを如何いかん

 次に、現代訳を。

先生がおっしゃいました(孔子が言った)。
「人間でありながら人間としての思いやりが無ければ、
礼はどうなる!
人間でありながら人間としての思いやりが無ければ、
音楽はどうなる!?」と。

 続いて吉川博士の解説を。

・楽がくという概念は、ひろくしては音楽一般
であるが、おおむね礼の儀式を行う際に
演奏される音楽を意識するから、

大きくくくれば、楽も礼の中に含まれるが、
この場合のように、礼と楽とを、二つの概念
として併称することも、しばしばである。

どちらも人間の文化の表現であるが、
併称された場合は、礼は人間の秩序、
敬意、厳粛さの表現であり、
楽は人間の親和の表現であるとされる。

・さてこの章の意味は、
人間の文化の表現として、最も重要な
礼と楽、その根底となるものには、
仁、すなわち人間の愛情にほかならない。

われわれ人間が、もし人間らしい愛情を
持たないとすれば、
あの大切な礼はどうなる、楽はどうなる。

礼も楽も、いずれも見せかけの
文化になってしまって、
礼が礼としてもつべき人間的な内容、
楽が楽としてもつべき人間的な内容は、

うしなわれ、空虚なものとなってしまう
であろう、というふうにこれまで私は、
この章を読んで来た。

・先儒の解釈は少しちがっている
ようであり、愛情を持たない人間は、
礼楽を担当することができないという
意味に解しているようであるが、
私はやはり私の解釈に愛着をもつ。

 う~ん、
この一章の、吉川博士の解説には
多少の思い入れ(思い込み?)がある!?

そこで、他の教科書(書籍)にはどのように?
と『論語新釈』 宇野哲人(著) 講談社学術文庫を
開いて見れば、以下のような文言が。

[通釈] 仁は心の徳で礼楽の根本である。
人が不仁であれば、
敬が欠けて礼の根本が亡びる。
人が不仁であれば、
和が欠けて楽の根本が亡びる。

[解説]この章は礼楽の本は
心にあることを述べたものである。

(『論語新釈』の[通釈]&[解説]を要約)。

 おぉ~、
朱子の新注を説くという宇野哲人博士の説も、
吉川幸次郎博士の解説(解釈)と同じ!

ではあるが…、その相違点は、
以下の3つのキーワード、すなわち仁・礼・楽に
ついての解釈(言葉)の違い。

つまり、宇野博士は、吉川博士の煩雑な解釈を
以下のような短い一言で表現しておられる。

・仁=「人間らしい愛情」vs「心の徳」
・礼=「礼が礼としてもつべき人間的な内容」vs「敬」
・楽=「楽が楽としてもつべき人間的な内容」vs「和」

 では、『角川新字源』にはどのように?
と、同書にて検索してみれば…。

【仁】[なりたち]会意形声。
人と、あい親しむ意と音とを示す二ジンとから成り、したしみ、いつくしみの意を表わす。

 次に、「礼」と「楽」については…?
と同書(『角川新字源』)にて検索してみた結果は
以下の通り。

【礼】意味⑤真心の表れとしての行ない。

【楽】意味①音楽。「礼楽」

【礼楽】れいがく 礼儀と音楽。
中国では古くから、
礼は社会の秩序を整え、
楽は人の心を和らげるものとして、
政治上特に重視された。

 続いて、タイトルの意味「不仁ふじん」を、
同書(『角川新字源』)にて検索してみると…。

【不仁】ふじん ①仁(人間としての思いやり)がない。②手足がしびれること。

 おぉ~、
一緒!!!

「仁」、「不仁」も、また「礼」と「楽」についても、
同書(『角川新字源』)には、お二人の説と
同じような意味の記載が!

これで、まずは一安心。

 早速、この論語の一章と辞書の意味を
踏まえた上で(参考にして)、冒頭の続きを。

 さて、「信号が変われば右折できるよ」と
事も無げにおっしゃる先輩、Yさんのクールな一言
には、愛情の欠片も無かった(愛情一杯だった?)。

が、新人の私には、
それが返って効果的であった(と記憶している)。

 その理由は!?

 このYさんのクールな、短い一言の裏には、
以下の言葉が隠されていた!?

「おまえ、小難しゅう考えるな。
落ち着いて、よく考えよ!

信号が変わる度に、
何台かずつ、右折できるやろ?

目から入ってくる情報や現象に惑わされず、
思考回路を働かせ、落ち着いて、シンプルに
考えれば、何も心配する必要は無い!

物事の本質を見抜く目と心、
すなわち、眼力やスキルとマインドを養え。

それが技術屋にとっては、
必要不可欠なことなんやから。」と、

あの時、先輩のYさんは私に教えていた!?

半世紀を経た、いま、ここで、やっと私は
そのように思える(考える)ようになったのであるが…。

当時の私には、このYさんのクールな一言が、
何故か、「Yさんを物語っている!」

と感じると同時に、あらためてYさんへの
尊敬の念を強くした思いが!

すると、不思議なことに、このYさんの短い一言が
当時の私の腑(腹?)には、何の抵抗もなく、
ストンと落ちた。

 同様に、この章の吉川博士の
以下の解説(文言)、

・仁=「人間らしい愛情」
・礼=「礼が礼としてもつべき人間的な内容」
・楽=「楽が楽としてもつべき人間的な内容」

という漠然とした言葉も、
宇野博士の上記の解説や言葉で、
私の腑にストンと落ちた。

 そして同時に、「自らの思いや考え、感じたことの
すべてを相手(読者)に伝えたい・伝えよう!」とする
吉川博士の愛情をも、私は感じたのではあるが…。

「全てを伝えようとすればするほど、煩雑になり、
返って、相手には伝わらない!」

と、巷間いわれている言葉や現象にも
私はあらためて気づいたのである!

などと言いつつ、私のこの記事も、またまた、
複雑・煩雑のそしりを免れない有様・様相で…(汗;)。

 では、あなたにお伺いします。

あなたの周りの人々で、不仁ふじん
すなわち、「人間としての思いやりがない!」
と思われる人の特徴を、3つ挙げるとすれば、
それぞれどんな短い言葉になりますか?

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