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2015年8月 8日 (土)

「告朔之餼羊(こくさくのきよう)」解説ページ

1505115_2 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、毎月1日に、
NL(ニュースレター。大塊噫気たいかいのあいき)を
配信し続けて、9年目の夏が、暦の上では経過した。

 このNLも、「100号を記念に、廃刊にしよう!」
と決めている。

 その理由は?
というその前に!

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の
「八佾はちいつ第三」 第17章を篤とくとご覧あれ~♪

 最初に、訓読(読下し文)を。

子貢しこう、告朔こくさくの餼羊きようを去らんと欲っす。
わく、
や、爾なんじは其の羊ひつじを愛あいす。
れは其の礼れいを愛あいす。

 次に、現代訳を。

弟子の子貢が、告朔(毎月の朔はじめを告げる)の儀式に
供えるいけにえの羊を止めようした。
孔子が言った(先生がおっしゃいました)。
「賜し(子貢の実名)よ、おまえはいけにえの羊を愛しむ。
が、私はその礼儀がなくなるのを愛しむ」と。

 続いて吉川博士の解説を。

・告朔こくさくの朔とは、陰暦のこよみの、
毎月の朔日ついたちである。

いまのわれわれのこよみは、太陽暦で
あって、冬至と夏至を中心として、太陽の
高さを観測し、太陽が同じ高さのところに
かえって来るまでの時間を一年とし、

それをおよそ十二等分したのがひと月で
あるから、月のはじめをきめるのに、
そんなに困難はないが、

こうした太陽暦が採用されたのは、
中国では今世紀のはじめ、日本では
前世紀のすえ、であって、
それまでのこよみは陰暦であった。

すなわちわれわれが普通に旧暦というもの
であるが、陰暦とは、太陰暦のことであり、
太陰とは月のことである。

つまり、月のみちかけを基準として、
つくられたこよみである。
<中略>

・魯のくにの告朔の行事は、
もと君主親臨のもとに行なわれていたが、
孔子のまえ百年ばかりの文公(BC626から
609まで在位)のときから、
君主は臨席せず、ただ形式的に、
餼羊きよう、おそなえの羊、それを供える
儀式だけがのこっていた。

そんなものはやめてしまえ、
それが弟子の子貢の意見であった。

しかし孔子は反対した。

よ、例によって子貢を実名によって
呼んだのである。

爾なんじは其その羊を愛あいす、
あるいは、愛しむ。

おまえは羊がもったいないというのであろう
が、しかし、我れはその礼を愛しむ。

羊を供えるという行為がのこっていれば、
当然行わるべき儀式として、告朔の儀式が
あったことが、思い出される。

羊もなくなれば、そうした礼儀の存在も、
忘れられよう。私には、その方が惜しい。
<後略>

 さて、冒頭の続き。

 私がNLの発行・配信の中止を決めたのは、
「そんなものはやめてしまえ!」と、
誰かに廃刊をすすめられたわけではない。

「進むときは人任せ、
退くときは自ら決せよ」と、
河井継之助(幕末の越後長岡藩の家老)はいう。

この故事にならい、私はNLの創刊にあたっては、
Tさんの以下のような提案(発刊理由)を受け入れて、
NLの発行を決めた。

その理由とは、「私(筆者I)の人と成りを、
不特定多数の人々に知っていただく」。

端的に言えば、「自らのPRのために、
NL(ニュースレター。大塊噫気たいかいのあいき)という
ツールを使う」というものであったが…。

このTさんの提案をもとに、私が見聞きした事実に
解釈と古典を加えた記事を書いて、毎月1日に、
不特定多数の人々に配信する、と私は決めた。

したがって、止める(廃刊にする)ときは
誰に相談することもなく自ら決める。

 もし、誰かに相談したとすれば、
以下のような声(答え)が返ってくるであろう!?

・9年目に突入したのであれば、
1つの区切りとなる10年間を目指すべきだ!

・毎月1日にNL(ニュースレター)が届くことによって、
「そうか、月が替わったのだ。
今日から新しい月になったんだ。」
と思う(気づく)し…。

あの人(私=筆者)も頑張っているから、
私(読者の方)も頑張ろうという気にもなる。

が、もし、あなた(筆者)がNLの発行・配信を止めて、
毎月、1日にNLが届かなくなれば、
私(読者の方)は月が替わったことに気づくこともなく、
ただ漫然とその日を送る日々が続くようになる。

だから、私(読者の方)が生きている限り、
続けて欲しい。

・おまえ(私=筆者)、NLの発行・配信を止めると、
ボケてしまうぞ!!! 

だから、自分自身のためにも、
NLの発行・配信を継続すべきだ。

・おまえ(私=筆者)、何のために発行したんや!?
その目的は達成できたのか?

また、発行時に立てた目標は
クリアできたのか?

今は、人生80年の時代。
だったら、後10年、頑張らんかい!!!

・もし、100号で止めるのなら、「告朔之餼羊こくさくのきよう」、
すなわち、「形式だけでも残っていれば、根本精神を
忘れない」そんな「縁よすがになる」何かを考えてみては?

そして、その何かを、ワシ(ご愛読読者)に、
毎月1日に、届くよう、送ってくれ。

そんな何か、ワクワクするモノを
考えてみたら?

などと廃刊を惜しむ声やメッセジが
届くかも…。

 閑話休題(それはさておき)

 「告朔こくさく」について、
吉川博士は以下のようにおっしゃる。

魯のくにでも、毎月の朔ついたちには、
とくに先代の殿様の神社に、
きょうは、何月のついたちでございますと、
申し上げる儀式があった。
その儀式が告朔こくさくである。

 では、『角川新字源』にはどのように?
と検索した結果は次の通り。

【告朔】こくさく ①諸侯が前年の末に天子から受けたこよみを、祖廟そびょうに蔵し、毎月の1日に、ひつじを供えて廟に告げ、その月のこよみを請い受けて国内に発布すること。

 また、タイトルの「告朔之餼羊こくさくのきよう」を
同書(『角川新字源』)にて結果した結果は…。

【告朔之餼羊】こくさくのきよう 告朔の儀式に供えるいけにえのひつじ。
のち、告朔の儀式はやめられたのにひつじを供える習慣だけが残ったことから、
形式だけでも残っていると、根本精神をわすれないよすがになるの意。

〔論・八佾「子貢欲告朔之餼羊
子曰、賜也、爾愛其羊、我愛其礼

 では、あなたにお伺いします。

「告朔之餼羊こくさくのきよう」、すなわち、「形式だけでも
残っていれば、根本精神を忘れない縁よすがになる!」

という思い・一念で、あなたが続けていることには
どんなことがありますか?

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