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2016年2月21日 (日)

「一変(いっぺん)」解説ページ

1510035 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、あなたは「一変」と聞いて、
どのようなイメージをお持ちでしょうか?

 ちなみに、私は歩き方について、
知らないことを知って、意識して練習した(歩いた)
ところ、私の歩き方は、がらりと変わった。

すなわち、「一変」した。 

 では、私の歩き方が
どのように変わったかといえば…。

頭が突き出て、腰の曲がった前傾姿勢、
すなわち老人スタイルから、背筋が伸びて
威風堂々とした成人の歩き方に一変した!

ということで、本日は
「一変」のお話。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の
「雍也ようや第六」 第24章を篤とくとご覧あれ~♪

 最初に、訓読(読下し文)を。

わく、
せい一変いっぺんせば魯に至いたらん。
一変いっぺんせば道みちに至いたらん。

 次に、現代訳を。

孔子は言った(先生がおっしゃいました)。
「斉の国が少し変われば、魯の国と同じようになろう。
また魯の国が少し変われば、理想の道徳政治に
達するであろうよ」と。

 続いて吉川博士の解説を。

・斉せいは、いまの膠済こうさい鉄路の沿線に
ある臨淄りんしを首都として、山東省の半ば
以上を領有する、東方の大国であった。

また魯とは、いうまでもなく孔子の
祖国であって、その都曲阜きょくふは、
臨淄の西南二百キロにあり、
山東南部の小国であった。

そうして孔子が、この両国のことをいうとき
には、反射的に、それぞれの国の歴史が、
必ずあたまにひらめいたに相違ない。

・魯は周王朝の政治と文化の基礎を
つくった聖人、周公旦たん、その後裔であり、
かつ周公旦は、文王の子、武王の弟である
から、王朝と同姓の親藩であった。

それに対し、斉の君主は、姜きょうを姓とする
譜代大名であるが、その始祖はやはり、
周王朝創業の際の第一の功臣、
太公望たいこうぼうであった。

・ところで、この条の意味は、この二国に
よせた孔子の期待を示すものであって、

斉は少しくその政治を変化させれば、
魯の程度に到達し、

魯の政治は、少しく変化させれば、
完全な道徳政治に、到達する、
というのが、言葉の表面の意味である。

その裏にふくまれたものとして、
古注では、斉も魯も、大聖人と大賢人の
後裔であるから、かく期待をもったとし、

新注では、孔子の時代、魯はなお礼教を
重んずる文化国家であったのに対し、

斉は実利を重んずる権謀の国家であった
ところから、かく差異をつけ、しかも
いずれも絶望ではないと、いったとする。

<中略>

・また、新注には、程子の説として、
孔子の時代、斉は強国であるのに対し、

魯は弱国であり、魯は斉より劣るとする
のが常識であったのに、
孔子は勇敢に、文化の存する所を、
上位においたと、たたえている。

またこの見解は、仁斎によっても
継承されている。

現代の日本を、文化国家として
あらしめたいと主張する人たちは、
程子と、仁斎の説を、一読されることを、
希望する。

 あれっ?
「一変」とは、「少しく変わる」ことだと
吉川博士はおっしゃる。

すなわち、冒頭の私の解釈、
「がらりと変わる」のとでは、
イメージが「少しく変わる」。

 そこで、「一変」とは?
と、『角川新字源』にて検索するも、残念!!!

同書には、この熟語が見当たらない。

 では、『広辞苑』にはどのように?
と検索した結果は以下の通り。

いっぺん【一変】物事のすっかりかわること。「事態が一変する」

 おぉ~、
この結果は、冒頭の私の解釈、
すなわち、「がらりと変わる」と一致する!?

 では、「一変」とは、
「がらりと変わる」こと、あるいは「少しく変わる」こと?

と、『論語』 金谷 治 訳注(岩波文庫)をみれば、
金谷博士はこの章を次のように訳しておられる。

「斉の国はちょっと変われば魯のようになれよう。
魯の国はちょっと変われば道(理想的な道徳政治)に
ゆきつけよう」

 つまり、「一変」とは、
「ちょっと変わる」ことだと、
金谷博士はおっしゃる。

 また、「少しく」とは、『新明解国語辞典』によれば、
「『少し』の訓読語的表現」であり、
その「少し」とは、「ちょっと」の意味だと記載されている。

これらの結果からは、
「一変とは少しく」かなぁ…?

と思いつつ、『論語新釈』 宇野哲人(著)を見れば…。

その[解説]欄の最後には、
以下のような記載(解釈)が!

同じく、『一変』と謂っても、
斉の一変は改革であり、
魯の一変は振興である。

 う~ん、
この記載(解釈)を見て
私はさらに迷う。

なんとなれば、「改革」とは、
「物事のすっかりかわること」で、
「振興」とは、「少しく変わること」!?

そんなイメージが、私の頭には残っており、
さ~て、どっちかなぁ…?

と思い(決め兼ね)ながらも、
「ちょっと変わる」か「がらりと変わる」かは、
「一変」の「一」が決めること!

と、私は気づいた(決めつけた)。

 それも束の間。

まぁ、「ちょっと」でも「がらり」でも
どちらでもいいのかなぁ…。

すなわち、1つに決めつけなくても、
つまり、固執して、白黒つけなくても、
いいのかな?

という考え(解釈)に、
私の思考回路は変わった。

つまり、私の思考回路は「一変」して、
それよりも、この一章に関連する熟語を
角川新字源」にて検索することを優先せよ! と。

そして、その検索結果は以下の通りで、
これらは微妙なニュアンスの違いこそあれ
(少しく異なれども)前述の諸先生方のおっしゃる通り。

【至道】しどう  このうえない道。まことの道。〔礼・学記〕「雖至道、弗学不其善也」

【斉魯】せいろ 春秋時代の国の名。斉と魯。今の山東省。儒教のはじめて起った地で、古代の古典文化の中心地。

 では、あなたにお伺いします。

あなたがちょっと変われば、
あなたの家庭はどのように変わります?

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