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2016年4月10日 (日)

「君子人(くんしじん)」解説ページ

1603191 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

「ほらぁー、原島が怒るのも、
無理ないわい!」

と切り出したKさんは、
以下のような話を、私に。

「そりゃあ、そうやろ!?

お前んとこの社長がやな、
仲間内のゴルフ・コンペの、表彰式の席でやな、

『原島をわしの後継者にする』
と皆の前で宣言したんやからなぁ…。

もちろん、その席には原島もいたけどやでぇー。
その話を聞いた時は、ワシを始め、
同席していた皆もビックリしたぞぉー。

それをやな、
1年も経つか経たん内にやな、
その原島を差し置いて、
バカ息子を社長に据える言うんやからなぁ…。

そらぁー、原島は腹の虫が治まらんわい!

わしは原島が君子人か、
社長の器かは、知らんけどやな、
そんな人事を発表してみぃー、
どうなる!?

『血は水より濃い』というけどやなぁー、
あの表彰式の場に居合わせた
大勢の人々は、どう言うと思う!?

『徳ちゃん(社長)もエゲツナイことするのぁー。
所詮は赤の他人かいや。

実績や功績を積み重ねてきた原島専務より、
吾の息子かいやぁー…。

名経営者と言われた徳ちゃんも
やっぱり、人の子やったんかいのぉ…』

と言うてやな、お前ん所の社長の信用・信頼、
それに、評価はガタ落ちやでっ!」

ということで、本日のテーマは
何故か、「君子人」について。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の
「泰伯たいはく第八」 第6章を篤とくとご覧あれ~♪

 最初に、訓読(読下し文)を。

曽子そうじわく、
って六尺りくせきの狐を託たくすべく、
って百里ひゃくりの命めいを寄すべく、
大節たいせつに臨のぞんで奪うばうべからず。
君子人くんしじんか、君子人くんりじんなり。 

 次に、現代訳を。

孔子の弟子の、曽子が言った。
「幼少の君主の後見人を依頼することができ、
百里四方(諸侯の国)の政治を任せられる、
そして国家の一大事に遭遇しても動じない人、
それが人格者であろうか、人格者(君子人)だよ」。

 続いて吉川博士の解説を。

・「六尺之狐」とは、父が早く死に、
幼少で即位した君主をいうと、
諸家の説が一致する。

・「六尺」とは、背の高さであるが、
劉宝楠によれば、むかしの一尺はいまの
六寸であるから、六尺はいまの三尺六寸。

また徂徠によれば、周の一尺は
現在日本の曲尺かねざしの七寸二分
であるから、六尺は四尺三寸二分。

いずれにしても、成人の身たけではない。

・そうしたみなしごの君主を、
その人にあずけ、
後見人となってもらいうる人格。

また、「以って百里の命を寄すべし」、
百里とは、当時の、侯国の領土の面積が、
原則として百里四方であったところから、
大名のくに一つを意味する。

・「寄」も「あずける」であり、
「命」は、古注に「政令なり」という。

つまり、一国の政令をあずかって、
摂政となり、後見人となりうる人格。

そうして、ひっくるめていえば、
「体節に臨んで奪うべからず」、
大事件をまえにしても
動揺させることができない人格。

そうした人格は、
君子人といってよろしいか。
そう、それこそは、君子人である。

・「百里の命」は、政令でなく、
人命であり、百里四方の人民の
いのちをあずかること、という説をも、
劉宝楠の「正義」はあげる。

また、「大節」は、大事件の意に相違ない
が、新注がその人の死生に関する大事件
とするのは、徂徠が反駁するように、
かえって窮屈であり、何晏の古注が、
「国家を安んじ、社稷しゃしょくを定むる」事柄
とする方が、よろしいであろう。

・最後の八字は、「君子人か、君子人なり」
と自問自答のかたちに、
読みならわしており、「論語」のうちでも、
もっとも活発自在な、名文の一つとなるが、

徂徠はそうした読み方に疑問をはさみ、
「礼記」の「仲尼燕居」篇の、

「古イニシエ之人与ナルカナ、古イニシエ之人也ナリ
を傍証として、ここも「君子人与ナルカナ
君子人也ナリ」と、繰り返しての賛美であり、
自問自答ではないとする。

徂徠のみならず、古注系統の読み方は
それに傾いており、古代の語法は、
あるいはそうであったかも知れぬが、

しばらく、普通の読み方に従う方が、
たのしいことは、たのしい。

 さて、吉川博士のこの章の解説を
私が全文にわたって、長々と引用したその訳は、

この本での、吉川博士の解説(語り口)が
おかしなビジネス書や小説よりも面白い!
と感じて(考えて)のことなれど…。

あまりにも退屈で
難解!?

と、気づいた私は、スッキリしたい思いで、
この一章に関する熟語の意味を
角川新字源』にて検索することに。

・【君子人】くんしじん 君子たる人。
君子。〔論・泰伯〕

・【六尺之狐】りくせきのこ 十四、五歳のみなしご。幼少の君をいう。
〔論・泰伯〕「可以託六尺之狐

・【百里之命】ひゃくりのめい 君主に代わってあずかる一国の政治・政令。
百里四方(諸侯の国)の政治。
〔論・泰伯〕「可以寄百里之命

・【寄命】きめい ①政治を任せる。
〔論・泰伯〕「可以寄百里之命

・【大節】たいせつ ②国家の大事件。
生死存亡にかかわる重大事。
〔論・泰伯〕「可以寄百里之命

 さらに、「周の一尺は現在日本の曲尺かねざし
七寸二分であるから、六尺は四尺三寸二分」だと
おっしゃるので…。

同書の「中国度量衡の単位とその変遷」の
「周・春秋・戦国・前漢(前10~前1世紀)」の
欄を見てみれば、以下のような記載が。

・「尺(周の大尺)」=「10寸」=「メートル法換算22.5cm」

ということは、「六尺之狐」とは
6尺×22.5cm=135cmの身の丈となり、

また、曲尺かねざしの「六尺は四尺三寸二分」とは、
432分×3mm=1296mm、
すなわち、130cm弱となる。

この両者(徂徠の説と『角川新字源』)の間には、
5cm強もの身長差が生じることになる。

 そこで、曲尺とは!?
と『広辞苑』を見れば、以下のような記載が

かねじゃく【曲尺】(金属で造るからいう)
①形が矩形、すなわち直角に曲がったものさし。大工金(だいくがね)。かねざし。
かね。鉄尺。→まがりがね。

②長さの単位の一。
単に尺ともいい、一尺は約30.303センチメートルにあたる。
また、この寸法を用いたものさし。
かね。→鯨尺・呉服尺 

くじらじゃく【鯨尺】 ものさしの一。
もっぱら民間で布を計るのに用いられ、
その一尺は曲尺(かねじゃく)の一尺二分五寸(=約37.9センチメートル)に当る。
もと鯨ひげでつくったから、この名がある。
鯨差。→呉服尺。

 う~ん、
多岐亡羊たきぼうよう!?

亡羊之嘆ぼうようのたん…。

私は徒に、時間と労力を費やすのみで、
ついに、羊、すなわち真理(正解)を
探り当てること能わず。

あえなく、
断念!

 そこで、冒頭の話に
戻ることに。

 さて、原島専務が君子人であったか、
社長の器であったのかといえば…。

 まず、原島専務が「君子人だ」と評されるには、
以下のような人格を供えている必要がある。

・六尺之狐りくせきのこ、すなわちバカ息子(幼稚な社長)を
託すのに相応しい人物か?

・百里之命ひゃくりのめい、すなわち幼稚な社長に代わって、
企業の経営全般を任せることができる人物なのか? 

・企業の一大事に臨んで、
軽挙妄動することがないか?

 この3つの視点で、
原島専務の人となりを考察すれば!

という話の続きは、
次回のお楽しみ。

 では、あなたにお伺いします。

もし、あなたが中小企業の経営者ならば、
どんな人物や人格者を後継者にしますか?

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