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2016年10月22日 (土)

篤信(とくしん)

1604138 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 かつて、仕事上の師として
仰ぎ見たNさん。

そのNさんが、とある日、
私の顔を覗き込むように見て、
以下のようにおっしゃる。

「最近のブログ記事には、
Tさんの悪口が多いようですが…。
何かあったんですか?」と。

で、私は次のように答える。

「えっ、
そう?

別に、何の変わりもないし、
Tさんに対する非難や批判、中傷記事などを
私は意図的に書いた記憶がないんやけど…」。

すると、Nさんは次のように。

「そうですか?
それならいいですが…。」

と答えたものの、Nさんの顔と声には、
少し、奥歯に物の挟まったような違和感が。

でも、Nさんはそれ以上、
深く追求したり、穿鑿もしなかった。

ただそれだけの話(事実)であり、
短い会話ではあった。

 が、今、ここで考えれば、
Nさんの心の内には以下のような
考えや構図があった?

私(筆者)が、Tさんを篤信とくしん
すなわち、固く信じていた。
あるいは、尊敬・崇拝していた。

この表現を、孔子の言葉を拝借して、
少しだけ変換すれば、以下のようになる。

私(筆者)は、上司のTさんを

「篤あつく信じて、その言動や教えを好み、
死を守って利を善くす。」

そんな部下・人間だと、
Nさんは考えていたのかもしれない。

あるいは盲信もうしん、すなわち私がTさんを
やたらとむやみに信じ込んでいた!
それなのに、どうして・なぜ?

そこ(Tさんに関する裏話を暴露する)に
至ったのは、どんな心境の変化や経緯、
トリガー(引き金)があったの?

と、Nさんは私に尋ねたかったのかも!?

あるいは、私の中にあったTさんに対する
篤信とくしんや尊敬の念、もしくは妄信もうしん(=盲信)
という牙城が、何からの機会に崩れ落ちた?

と、Nさんは感じ(考え)て、
その詳細や経緯に興味を示したのかも?

で、私にその真相や経緯を聞き質ただそう!
と、Nさんは考えたのかもしれない。

でも、肩透かしに合った。

で、Nさんは次に、
以下のように考えた。

「あれっ、
こいつ、相変わらずやなぁ…。

大事なことや肝心なことは
一切、喋んらんし、言おうとせん。

現役時代と同じで、
こちらが幾ら頑張って、問い質ただそうとしても、
大事なこと・肝心なことは一切、言わんし、
喋ろうとせん。

これ以上追及しても、
時間と労力の無駄やな。」

と、Nさんは判断して、
諦めたのかもしれない。

 一方の私はといえば、
かつての上司の、Tさんに対して
何らの心境の変化も、

また意図的なものも何もないので、
前述のように答えたのであるが…。

 もし、私が以下のように、聞き返したならば、
Nさんの疑念や疑惑、奥歯に挟まったモノなどは、
一気に雲散霧消したのかもしれない…?

「そう?
それっ、Nさんがそのように思われたのは、
いつ、どんなタイトルの記事やった?」と。

 いずれにしても、小生の不徳ゆえの話であり、
Nさんに対して、私は以下のような篤信とくしん、確信を
さらに植え付けた(倍加させた)のかもしれない。

「あいつはしょうもないことを誇張、拡大して言うくせに、
大事なことや核心の部分については一切、喋らん。
口の堅い奴っちゃ!」と…。

 さて、篤信とくしん、あるいは妄信(過信?)といえば、
さらに卑近な事例では、以下のような話・題材も。

 「知力の貯えもええけど、
筋力、体力の貯えが大切よっ!」と、

確信・篤信とくしんして、ジム通いを継続、
体力の向上(維持?)に努める一方、
ゴルフの練習とラウンドに勤しむAさん。

そのAさんが、過日のラウンド中に
足の痛みを覚えた。

で、翌日、整形外科を訪れて、
受診したところ、次のような診断が下った。

「靭帯の損傷で2週間ほどの安静が必要」。

 私はこの話(診断結果)を、
過日のメンバーの一人から漏れ聞いた。

で、早速、お見舞いを! と私は思い、
即、Aさんにお見舞いのらぶれた~を送った。

すると、その翌日、早朝にAさんから
以下のような返事がメールにて。

昨日、相当痛いので
病院に行った所、
膝の内側側副靭帯損傷。

急激に変化した時に起こりやすいとか、
茶店より走り下りた時かも?

しばらくは安静にしておきます。

 「退職後は体力・筋力の維持・向上に
努めるのが一番、大切」と、

あつく(=かたく)信じて、体力・筋力の
維持・向上に努めてきたAさん。

そのAさんが、前期高齢者の身ともなれば、
「急激な変化」には脆もろい・弱いということに
気づかなかった(失念していた)…?

それともAさんは、茶店の美人に惹かれて、
心ウキウキ。気もそぞろ。

自らの体重も、年齢さえも失念して
下り坂を駆け下りた!

といえば、あまりにも面白可笑しく、
この記事をご覧になったNさんからは、
以下のようなお言葉・ご叱正が!?

「おまえ、また、Aさんの悪口かい!
Aさんは心優しい、好い人なのに
罰が当たるぞっ!」

という、温かいお言葉・ご指摘が!?

 そう、
Nさんのおっしゃる通り!

Aさんは「心優しい、好い人」なので、
あの下り坂を駆け下りる時、
Aさんの頭の中では、次のような
思考回路が働いた。

「他のメンバーや、後続のメンバーに
迷惑をかけてはならない。
急がなくっちゃあ!」

その一心で、Aさんは坂道を
一気に駆け下りた。

自らの年齢と体重を失念して。

否、自分だけは大丈夫!

急な変化や下り坂にも十分、対応可能!
と、Aさんは篤あつく信じていた。

あるいは、妄信もうしん(=盲信もうしん)、
それとも、過信していたのかもしれない…。

 では、あなたにお伺いします。

あなたはご自身の体力を過信していません?

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