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2016年10月 2日 (日)

「厭倦(えんけん)」解説ページ

1604135 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、とあるゴルフ練習場にての
会話で、3日前の話。

 友人で、ゴルフ仲間のAさんは
私と目が会うなり、次のように尋ねる。

「あれっ、
今日は山や無かったん?」

で、私は以下のように答える。

「そうよっ。
本当は昨日
行くつもりやったんやけどな。

どうも、空模様が怪しいので、
クラブに無理を言うて、一昨日、
火曜日に行ったんよっ」と。

すると、Aさんは次のように尋ねる。

「ほぉー、
一昨日行ったん。
何ぼやった?」

で、私は以下のように応える。

「90を切り損ねてなぁー…。

アウト44のイン47で
トータル91やったんよぉー。

それも、最終18番ホールの3打目を、
ピンまで残り100ヤード弱の
フェアウエーに運んでな。

このホール(が)、パーなら、
「89やっ!」と思うたら
力が入ってしもうてなぁ…。

その3打目をチョロって、
バンカーに入れてしもうてなぁー。

で、結局上がったらダボで、
19オーバーやった」。

私の話を聞き終えたAさんは、
私の成績に刺激を受けたのか?

自らを鼓舞するかのように、
そして私に聞こえるような声で、
次のような独り言を。

「なに、91!?
これはうかうかしとったら、やられる。

わしよりも、あんたの方が先に
夢(目標)を実現してしまうかもしれんな。」

と、おっしゃるので…。
私は徐おもむろに、種明かしを!

で、その種とは
「倦うまず・厭いとわず」!?

すなわち、「飽きずに、嫌にならずに、
小さなもの(道具やスイング)から大きなものへと、
地道に、コツコツと、弛たゆまぬ(怠らぬ)努力を!」
て(ということ)か?

と、あなたに聞かれたならば…。

などという話は、
後段のお楽しみ。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の一章
(述而第七 第33章)を篤とくとご覧あれ~♪

 最初に、訓読(読下し文)を。

わく、
せいと仁じんとの若ごときは、
すなわち吾れ豈に敢えてせんや。
そもそも之れを為して厭いとわず。
ひとに誨おしえて倦まざるは、
すなわち謂う可きのみ。
公西華こうせいかわく、
まさに唯れ弟子ていしまなぶ能あたわざる也なり

 次に、現代訳を。

孔子が言った(先生が以下のようにおっしゃいました)。
「聖人や人徳者などというものに、
どうして、私が値するであろうよ(私は値しない)。
が、それらの道への努力を惜しまないということ。
また、人々に教えて、飽きないということ。
これらのことについては言えるね」と。
この話を聞き終えた弟子の公西華こうせいか
次のように答えた。
「まさに、それこそが、弟子の真似できないところです」。

 続いて吉川博士の解説を。

・聖人の地位、人徳者の地位、
そうしたものに、大胆に参与しようなどと、
私は思いもよらない。

ただしかし、辛抱づよくいや気をおこさずに
やるということ、また辛抱づよく
相手が納得するまで人を教えるということ、
それらの点では、私は、問題にしてもらって
も、よいであろう。

「之れを為して厭わず。人に誨えて倦まず」
は、さきにこの篇の第二章にも、
「黙して之を識しるし、学んで厭いとわず、
人に誨おしえて倦まず」と、似た言葉が
見える。

・「可謂云爾已矣」のうち、
おしまいの四字は、すべて強勢の助字を
かさねたのであり、もっとも強い自信の
語気である。

自信をうらにこめつつも、
あくまでも謙遜の言葉であるこの言葉を
聞き、弟子の公西華はいった。

まさに、その点こそ、われわれ弟子の、
まねのできない点でございます。

 おっ、
あった(見つけた)!

冒頭の答え(=種明かし)が、
弟子の公西華こうせいかの言葉の中に!

それは、「先生(孔子)にはできても、
弟子には真似のできない点」だ、という件くだり

この一節を拝借して、少し変形すれば、
冒頭の答え(=種明かし)は以下のようになる。

それが、「私にはできても(可能であっても)、
まさに、その点こそ、Aさんには真似のできない
点!」であり、

それ(前、ゴールドから打てるという特権)が、
私にはあった!

で、当日、私には事情があって
む無く、その「特権を行使した」
とAさんに打ち明けた。

 この打ち明け話を聞いたAさんは
以下のように答える。

「そうかなぁー(そうやったん。肯定の言葉)。
前(ゴールド)から打ったんなぁ…。

前(ゴールド)いうたら…、
あれ、何番ホールやったかいなぁ。
上の方から打つ所があるやろう?

えーとなぁ、アウトの1、2、3、
ロングホールの次やけん、
4番ホールよっ。

あそこは相当前からやろっ!?

あそこからやったら、楽やろうな。
ツーオンできらい(できる。可能だ)」と。

で、この問いに、
私は次のように答える。

「うん。
あそこ、4番ホールは
バーディやったよ。」

と、涼しい顔でサラリと。

これ(この話・事実)を耳にしたAさんは
以下のように答える。

「歳には勝てんわい。」

と、一言(つぶやく)。

 で、結局、Aさんからは
次のような言葉を聴くことはなかった。

「抑そもそも之れを為して厭いとわず」、
すなわち、「いや気をおこさず、辛抱づよくやる。」

つまり、私の努力を称たたえる言葉を
Aさんから聞くことはなかった。

その理由が、といえば、
80切り、すなわちシングルを目指すAさんは
「人とに誨おしえて倦まざる」人?

否、Aさんは人に教えたがる「教え魔」ではあるが、
私以上に、お金と努力を惜しまない人であるのだから。

で、そのお金と努力をもってしても、
「歳には勝てん!」と、
Aさんは結論付けたのであった…。

 ちなみに、この論語の一章に関する熟語は?
と、『角川新字源』を検索してみたものの…。

該当する熟語には遭遇できず、
むを得ず、タイトルに次の熟語を選んだ。

【厭倦】えんけん あきる。あきていやになる。 

 では、あなたにお伺いします。

あなたが「厭倦えんけん」、
すなわち、「あきていやになる」のは、
どんなときで、何が一番、大きな要因なのでしょう?

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