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2017年4月16日 (日)

「本立而道生(もとたちてみちしょうず)」解説ページ

17031801 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、過日のこと、
私の敬愛するTさんが、
私に、次のようなことを。

「長い間、ニュースレターを
送ってもらうたから、その分だけ
お返しせにゃあー、ねっ(^-^)」
と、おっしゃる。

 おっ、
出た!!!

Tさんお得意の、
「金の切れ目が縁の切れ目」。

 う~ん、
参ったぁ~。

Tさんと私との交友関係が
未だに継続しているその訳は、

「腐れ縁」ではなくて、
「貸借縁」!?

すなわち、「借りたら返せ」、
「やられたら、やり返せ」!

と、常に、おっしゃっておられた
かつての私の上司、Tさんと、

私が敬愛するTさんとは
同じ思い・考えの持ち主!?

すなわち、本が同じ…?

 じゃあ、
本が同じなら、道も同じ?

などというメンドイ話は、
暫時、お預け!

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の一章、
「学而がくじ第一 第2章」を篤とくとご覧あれ~。

 最初に、訓読(読下し文)を。

有子ゆうしわく、
の人ひとと為りや孝弟こうていにして、
しかも上かみを犯おかすことを好このむ者ものは鮮すくなし。
かみを犯おかすことを好このまずして、
しかも乱らんを作すことを好このむ者ものは、
まだ之れ有らざる也なり
君子くんしは本もとを務つとむ。
もとちて道みちしょうず。
孝弟こうていなる者ものは、
れ仁じんの本もとる与

 次に、現代訳を。

孔子の弟子の有子(有若ゆうじゃく)が言った。

「その人柄が、よく父母や目上の人に
仕える者でありながら、
目上の人に逆らうことを好むような者は
ほとんどいない。

目上の人に逆らうことを好まない者で、
秩序を乱すことを好む者は
いまだかつていない。

学問・修養に志す人は、
精力をひたすらその事に用いる。

物事の根本が立ち定まれば、
道は自然に生じる。

孝弟、すなわち、父母や目上の人に
よく仕えることこそ、
人道の根本である!
といってもよいであろうか…。」と。

 続いて、吉川博士の解説を。

・これは孔子の言葉ではなくして、
弟子の有子ゆうし、すなわち有若ゆうじゃく
言葉である。

・言葉の大意はこうである。

人柄が、孝弟、すなわち、両親と兄弟に
対する善意に富むものでありながら、

目上のものに抵抗したがるものは、
あまりない。

目上のものに抵抗したがらないもので、
乱、無秩序状態を、おこしたがるもの、
これは絶対にない。

紳士は、根本の事柄に努力する。
根本が確立してこそ、道理が生長する。

孝弟、すなわち、家庭における善意と
いうものは、仁、すなわち、ひろく人間に
対する善意の、根本であると、いって
よいであろうか。

・儒家の思想では、血によってつながる
ものに対する、本能的な善意こそ、
ひろく人間に対する善意の出発点である
とする。

この章も、それを説いたものと思える。

<後略>

 んっ、
吉川博士は
以下のように、おっしゃる。

・「君子=紳士」
・「孝弟=家庭における善意」
・「仁=人間に対する善意」

では、『角川新字源』にはどのように?
と検索してみた結果は、次の通り。

・【君子】くんし ①才徳のある人。
②官職にある人。有位者。③君主。
④妻が夫をさしていう称。
⑤学問・修養に志す人。

・【孝弟】【孝悌】こうてい よく父母や目うえの
人に仕えること。
〔論・学而〕「孝弟也者、其為仁之本与」

・【仁】ジン なりたち]会意形声。
人と、あい親しむ意と音とを示す二ジン
とから成り、したしみ、いつくしみの意を
表わす。

意味]③なさけ。おもいやり。同情する。
④儒教における最高の徳。人道の根本。

<以下割愛>

 う~ん、
上記の検索結果からは、(吉川博士の解説に対して)
以下のような、雑念や疑念が…。

・「君子=紳士」という直接的な意味(表現)はない。
が、少なくとも、君子≠淑女、小人でもない。

ちなみに、『論語新釈』(講談社学術文庫)の
[語釈]を見れば、次のように。

○君子=学に志す人をいう

 おっ、
ならば、『角川新字源』に記載されていた
⑤の意味と、一致。

やれ、やれ(一安心)。

・「孝弟=家庭における善意」のみならず、
社会生活における善意も含まれるのでは!?

と、他の参考書(『論語』 岩波文庫)を見れば、
以下のような記載が。

・孝は父母によく仕えること。
・弟は兄や年長者によく仕えること。

 う~ん、
こちらも、吉川博士の勇み足?

・「仁=人間に対する善意」?

否、人間のみならず、全ての物に対する
思いやり、いつくしみでは…?

 仮に、動植物や道具を愛し、慈しむ心が
「仁」であるとするならば、

「仁=人間の善意」かな?

と私は思ったのであるが…。

そこで、前述の本(『論語』 岩波文庫)を見てみると、
次のような説・解釈が。

仁徳―仁は孔子のとなえた最高の徳目。
人間の自然な愛情にもとづいたまごころの徳である。

ということは…、人間のみならず、
全ての生きとし生けるものを

思いやり、愛する心が、
「仁」なのかなぁー。

平たく言えば、

仁=恕(思いやり)=愛!

なのかなぁ、と私は
考えた(気づいた)のであるが…。

 また、「本立而道生もとたちてみちしょうず」について、
吉川博士は「根本が確立してこそ、道理が生長する」
と訳しておられる。

 では、『角川新字源』にはどのように?

【本立而道生】もとたちてみちしょうず 物事の根本が立ち定まれば道は自然に生じる。

人道の根本である孝悌こうていが行われると、
自然に仁道が生じてくる。〔論・学而〕

 んっ、
「人道=仁道」!

 そうか、
読めた!!!

「金の切れ目が縁の切れ目」と
うそぶくTさんは、

「あなた(私。筆者)との交友関係は、
『借りたら返せ。やられたらやり返せ!』

と、あなた(私。筆者)の、かつての上司が
言っておられた、あの、『貸借関係』と同じ。」

と、私が敬愛するTさんは、
暗に、言っておられたことになるが…。

 「借りたら返す」のは
人として、当たり前のこと。
すなわち、「人の道」!?

 じゃあ、
かつての上司Tさんも、

私が敬愛するTさんも、
そのイニシャルが同じのみならず、

ともに、「仁の道」を歩む人で、
「仁徳」の持ち主!?

ならぬ、「商売の道」。

すなわち、「商売道」が染み付いた人!
なのかなぁ…?

否、私が敬愛するTさんに限って!

彼、Tさんこそは、「仁の道」を歩む、
「仁徳」の人である!

と、私は固く信じて、疑いの余地など
寸分も挟まないのである。

 では、あなたにお伺いします。

「君子務くんしはもとをつとむ」と
有子ゆうしは言うのですが、

あなたが一所懸命努力している本、
すなわち、その根本にあるものは何なのでしょう。

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