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2017年7月16日 (日)

「斗筲之人(としょうのひと)」解説ページ

1706184 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、かれこれ半世紀以上も昔、
すなわち私が中学生の頃の話で、

学校の田んぼか畑で、
農業実習をしていたときのこと。

突然、引率のS先生が
眉間にしわを寄せ、こめかみには
青筋を立てて、次のような怒声を。

「こらっあー!

君らは、そんな所で、
何をしよるぞっ!!

そこは他人の家の
敷地内やないかっ!

そうやって群がっている君らのような連中を
『烏合之衆うごうのしゅう』と言うんやっ!!

早く、こっちに来て
作業をせんかっ!」

と、一気にまくし立てた。

たしかに、実習地に隣接する民家の敷地内には、
カラスが集まるように、5~6人の男子中学生が、
たむろして、駄弁を重ねていた。

その光景・様子はといえば、遠くから見ても、
何の規制も統制もなく無秩序的のように思えたし、

日頃から生徒に厳しく接していたS先生にとっては、
この光景は、見るに耐え難く、許されざるもので
あったのであろうが…。

 いま、ここで、半世紀以上も
昔の話を振り返って、考えてみたとき、

S先生の怒りは、次の中の
どの項目に該当したのであろう。

・教師としてのプライドや信条・思い・規範を
ずたずたに引き裂かれた、台無しにされたという
S先生自身の思い・感情の爆発。

・自らの授業中に、実習をサボる生徒が現れた
現実に対するS先生自身と、生徒への怒りの感情。

・無断で他人の敷地内に立ち入り、
たむろしていた生徒の行動や行為に対する
感情と、それを許してしまった自らへの怒り。

あるいは、担任(受持ち)の先生に対する
非難的感情の発露、すなわち「○○先生は
どんな教育をしとるんやっ!」という驚きと怒りの声。

 翻って、
「こんな人たちに、私たちは
負けるわけにはいかないです!」
と言って、負けた某首相。

その敗因はともかく、
「こんな人たち」とは、
どんな人たち?

ひょっとして、「斗筲之人としょうのひと」たち、
それとも、「烏合之衆うごうのしゅう」?

さ~て、
どっち!?

というジャッジや判断、
余談などは後段のお楽しみ。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選4 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の一章、
子路しろ第十三 第20章の終りの条をご覧あれ~。

 最初に、訓読(読下し文)を。

わく、
いまの政まつりごとに従したごう者もの
如何いかん
わく、
、斗筲としょうの人ひと
んぞ算かぞうるに足らん也

 次に、現代訳を。

弟子の子貢がさらに尋ねた。
「今の政治家はいかがでしょう?」と。
孔子の答え(先生は次のようにおっしゃいました)。
「あぁー、器量が狭く、小さな人たちを
どうして、士の仲間として数えることが出来よう」と。

 続いて、吉川博士の解説を。

・子貢はさらにたずねた。
現在の執政者たちはどうなりますか。

孔子。噫。この深い嘆息の声は、
ほかでは、先進第十一の顔淵の死を
いたんだ場所に、
「噫、天予れを喪ほろぼせり」と見える
詳しくはこちら「天喪予」解説ページ)。

古注に引く鄭玄はここに注して、
「噫とは心の平らかならざる声」。

・「斗」も「筲」も、わずかの米を入れる
うつわであり、
斗は一斗、筲は一斗二升を容れる。

比喩でいうならば、そうした器量のごく
せまい人物ばかりで、今の為政者たちは
あり、測定の対象にならない、
比較の対象にならない。

 おっ、
吉川博士は、「斗筲之人としょうのひと」とは、

「斗は一斗、筲は一斗二升を容れる器」であり、
「器量のごくせまい人物」だと、おっしゃる。

では、『角川新字源』にはどのように?
と検索した結果は次の通り。

【斗筲】としょう/とそう ①斗は一斗ます、
筲は一斗二升を入れる竹の器。

②器量がせまく小さなたとえ。
〔論・子路〕「斗筲之人、何足算也」

③俸禄ほうろくがわずかで、
身分が低いこと。「斗筲之吏」

 さて、
某首相の話。

「斗筲之人としょうのひと」=某首相が
「斗筲之吏としょうのり」(=こんな人たち)に向かって、
「負けるわけにはいかない」と言った?

すなわち「器量がせまく小さな」某首相が、
身分が低く、生活に困っている人たちに向かって
暗に、次のように言った?

「私たちのように裕福で高貴な人間は、
君たちのような貧しい人々に
負けるわけにはいかないんです。」と言った?

言葉を換えれば、驕り高ぶった某首相は、
自らに対して「辞めよ。帰れ」などと批判する人々を

「烏合之衆うごうのしゅう」と見下して、
「こんな人たち」と言った?

あるいは、謙虚さも器量も度量もなく、
周囲にはイエスマンやお友達ばかりを集めたがる人

と揶揄される某首相が、自らを批評・批判・非難する
人たちに向かって、

「こんな人たち」=「烏合之衆うごうのしゅう
と言った?

それとも「斗筲之人としょうのひと」、
すなわち「器量の狭い小さな人たち」と言った?

だとすれば、「斗筲之人としょうのひと」=某首相が
自らを批判・非難する聴衆に向かって
「斗筲之人としょうのひとたち」と言ったことになるが…。

 さらに後日、某首相は、
「信なくば立たず。」
という定番の古語を。

どうやら、某首相は、
孔子が述べたと伝えられる
「顔淵がんえん第十二 第7章」の次の一条、

すなわち、「民無信不立」を、
「政治は信頼がなければ成り立たない」
と、解釈したようであるが…。

たしかに、弟子の子貢が、「政まつりごと」、
すなわち政治の要諦について、

孔子に尋ねた時の答えであることを
考え併せれば、そのような解釈も成り立つ。

が、吉川博士はこの一条について、
その著(『論語』 中国古典選4)の中で、
以下のように述べておられる。

人民は、信義が無ければ存立しない。

有限の人生において、
最後の人間の条件となるもの、

それは信義ないしは信頼である。

また、手元の本(『朝の論語』 安岡正篤述)にも、
「信が無くなれば、人間は存立することが出来ない」
と記されている。

 一方、冒頭のS先生は、
年端も行かぬ生徒たちから、
以下のように思われていた?

S先生は、我々生徒に対して、
自らの杓子定規に照らし合わせ、
その時々の感情を爆発させているだけであり、

自分たち生徒のことや、その行く末を案じて、
厳しく接したり、叱っているのではない!

つまりS先生は、生徒から慕われてもないし、
信頼されてもいなかった。

そしてS先生自身も、
生徒を信用・信頼してなかったし、
可愛いとも愛おしいとも思っていなかった!?

かように考えれば、師弟の間柄は、
「相互不信」の関係であった。

 一方、「こんな人たちに
負けるわけにはいかないです!」
と言って、負けた某首相はと言えば、

「こんな人たち」を始め、
国民の大多数の人々からは

「人でありながら信のない人」、

すなわち、「民無信不たみしんなくばたたず」。

つまり、某首相は多くの人々から、
「信用・信頼できない人」であり、
存立価値のない人だと思われている。

換言すれば、某首相は、自らが名指した
「こんな人たち」を始め、多くの人々から
「人間失格」の烙印を押されている?

が、某首相はそんなことにさえも
気付かない鈍感な
「斗筲之人としょうのひと」なのかも。

かように考えれば、冒頭のS先生はいざ知らず、
某首相は、「斗筲之人としょうのひと」のみならず、
暗に、「人間失格」の烙印を押された人になる…。

 では、あなたにお伺いします。

あなたの周りには、「斗筲之人としょうのひと」で、
かつ、「人間失格」の烙印を押したくなるような
人々が、何人いらっしゃいますか?

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