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2017年11月20日 (月)

「会友(かいゆう)」解説ページ

Dsc02039 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、数日前のこと。

信号待ちで、車中のTVを
何気なく見れば、

引きこもりの対策事例として、
以下のような話が。

・引きこもりの人々に対して、
社会参加のきっかけをと、

ゲームや娯楽、コミュニケーションなどの
場と機会を企画して提供(実施)した。

でも、次第に集まる人(参加者)が減って、
長続きしなかった。

つまり、彼ら引きこもりの人々(若者)の
ニーズに応えることが出来なかった。

ところが、就職に関する講座や相談、
ノウハウなどを提供する場にしたところ

彼ら引きこもりの人々には好評で、
社会生活に参加・復帰するトリガーとなった。

その結果、地域の企業や商店などが抱えている問題、
すなわち、人手不足の解消にもつながった!

という内容の番組が放映されていた。

 で、この番組をちらっ、と見て、
私が気付いたことはといえば!

という話は
後段のお楽しみ。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選4 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の一章、
顔淵がんえん第十二 第24章を篤とくと、ご覧あれ~。

 最初に、訓読(読下し文)を。

曽子そうじわく、
君子くんしは文ぶんを以って友ともを会かいし、
ともを以って仁じんを輔たすく。

 次に、現代訳を。

曽子(孔子の弟子)が言った。
「教養人は学問を介して同じ志の友を集め、
友達との交際によって仁徳の成長を助ける」と。

 続いて、吉川博士の解説を。

紳士は、文化の生活によって、
仲間をあつめ、あつまった仲間によって、
それぞれの人道を増進する。

 あれっ?
吉川博士は「文=文化」だと
おっしゃる。

が、私の古い記憶の中には、
「文武両道」という4字熟語があり、

「文=学問」、「武=武力」という
教え(知識)が、未だに根強く残っている。

 それに加えて、「文化」といえば、
とあるオーナー社長から、以下のような
言葉を頂戴した記憶が私にはある。

「文化の違う人とは話が出来ん!」。

この時、私は「文化」とは、
何ぞやっ!?

と、思いはしたものの、
次のように考えた。

「価値観の違う人とは話が出来ない。」
と、私は自らに都合の良い解釈をしたが…。

ちなみに、事の成り行き、
すなわち話の経緯は、概略、以下の通り。

自社の開発ソフトを売り込みに来た
某オーナー社長に対して、
私は次のように言った。

「この地には、ソフトにそんな大金を
投資する習慣がまだありません」と。

その時、即、相手のオーナー社長から
返ってきた言葉が

「文化の違う人とは話が出来ん!」
の一言であった。

ということは、「ソフトウエア」が、
文化?

否、彼、某オーナー社長は、
私を「野蛮人!」、

すなわち、「時代遅れの人間!」
だと、蔑んでいった言葉だったのかも?

 じゃあ、
「文」と、「文化」の違いは?

と、『角川新字源』にて検索した結果は
以下の通り。

【文】ブン・モン/ふみ ⑨学問。芸術。対義語:武。
⑩仁徳。めぐみ深い徳。
⑪人間の知恵によって生み出されたもの。

 う~ん、
この辞書によれば、
「文=仁(仁徳)」になる。

が、「文質彬彬ぶんしつひんぴん」(詳しくはこちら「文と質」解説ページ
と言えば、

「文=あや」、すなわち「文」とは「飾り」であり、
「仁(仁徳)」とは相反する意味になるが…。

【文化】ぶんか ①武力や刑罰を用いず、
文徳で人民を教化すること。

②人類の社会が野蛮から文明に進むこと。世の中が開けて、学問・芸術などが発展すること。文明開化。

 んっ、
意味①の「文徳」とは?

と、同書(『角川新字源』)にて検索した
結果は次の通り。

【文徳】ぶんとく 礼楽(礼節と音楽)によって人々を心服させる徳。

文教や学問による徳。
〔論・季子〕「修文徳以来之」

 あれっ?
この辞書に引用された論語の一章、

すなわち「季子きし」第十六の第一章を見れば、
「修」の字が、「脩」になっている。

「修」と「脩」とは、
「音読み」が同じ「シュウ」であっても、
その「なりたち」は異なる。

でも、「訓読み」はどちらも
「おさめる」で、同じ。

そこで、『角川新字源』にて
おさめる」の「同訓意義」を見てみれば…。

【修・脩】シュウ 正し整えて立派にする。

 おぉ~、
「修=脩」にて、
納得!

 次に、「文教」とは?

と、同書(『角川新字源』)にて
検索した結果は以下の通り。

【文教】ぶんきょう ①礼法や音楽などによる
教化。
②学問や道徳の教育。

 おっ、
「文教」とは、
「道徳の教育」!

ということで、
やっと、「文」と「仁」とが
繋がった。1つになった!

「やれやれ~」
と、一安心したところで、

タイトルの熟語他を『角川新字源』にて
検索した結果は以下の通り。

【会友】かいゆう ①同じ志の友を集める。
〔論・顔淵〕「君子以文会友、
友輔仁」
②会の仲間

・【輔仁】ほじん 友達との交際によって
人徳の修養を助ける。
〔論・顔淵〕「君子以文会友、
友輔仁」

 さて、人として生まれたからには、
「人の役に立ちたい。社会に貢献したい」!
と考えている若者は多い。

その「同じ志を持つ友、仲間を集める。」
ことに成功した某自治体の事例が
冒頭の話であった。

そして、彼ら引きこもりの若者が
社会生活に参加する、
すなわち就業・就職することによって、

地域の人々や友達との
交流が始まる。

そしてその結果、彼らは社会生活の知識や
人徳の修養、すなわち、自らに備わっている
知識や徳を養い、人格の成長・完成を輔たすける!

という構図が、自然と出来上がりつつあると、
コーディネーター役の彼女(番組の出演者)はいう。

だとすれば、会友かいゆう=輔仁ほじん
否、会友→輔仁かな?

 じゃあ、
会友かいゆうの前(前の段階)は、
「以文いぶん」?

すなわち「文ぶんを以って」
つまり、学問によって!?

というのは孔子の時代の話であり、
現代においては、彼ら(相手)が欲しているもの
を提供する!

すなわち、彼らのニーズに
こたえることであった。

 ところが、四国に〇〇を!
という志を持つ4人が集まり、

学びの場を通して、
知識と人徳(=仁徳)の成長を輔たすける(=助ける)!

という活動の試みは、
ニーズよりもシーズ優先。

すなわち、対象とする人々が
何を求めているのか?
というニーズを考えるよりも、

「以文会友、(文ぶんを以って友ともを会かいし)、
友輔仁(友ともを以って仁じんを輔たすく)」
という古い思考回路と、シーズのみ。

すなわち、「共に学ぶ場をつくる!」
という手前勝手な考えを優先させた
種まきであり、

そのための手段を考える
のみであった。

それ故に、「いかにして、『会友かいゆう』、
すなわち「友を集める」か?
ということに、躍起になっていた。

で、その結果は
自明の通り。

 では、あなたにお伺いします。

あなたは「会友かいゆう」、
すなわち、「同じ志を持つ友を集める」とき、
まず、何を考えます?

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