リンク集

« 会友(かいゆう) | トップページ | 内省不疚(うちにかえりみてやましからず) »

2017年12月10日 (日)

「内省不疚(うちにかえりみてやましからず)」解説ページ

Dsc02044 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、四半世紀、
すなわち、25年程も昔の話で、
私がゴルフを始めて、2年目の春のこと。

8番ホールにて、第2打の地点に行けば、
ベアグランドの窪地にボールがぁ…(ショック)。

ここまで(このホールまでは)、3オーバー。
盆と正月が一緒に来たようなトントン拍子。

さて、どうしたものか?
と、私は思案するも、

今日(当日)はクラブ競技にてノータッチ。
すなわち、6インチルールもお触りも無し!

そこで、私がとった行動とは!
という話は、後段のお楽しみ。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選4 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の一章、
顔淵がんえん第十二 第4章を篤とくと、ご覧あれ~。

 最初に、訓読(読下し文)を。

司馬牛しばぎゅう、君子くんしを問う。
わく、
君子くんしは憂うれえず懼おそれず。
わく、憂うれえず懼おそれず、
すなわち之れを君子くんしと謂う乎
わく、
うちに省かえりみて疚やましからず、
れ何なにをか憂うれえ何なにをか懼おそれん。

 次に、現代訳を。

(弟子の)司馬牛しばぎゅうが君子の条件を尋ねた。
孔子の答え
「君子は憂えたり、懼れたりしないものだよ」と。
子馬牛が聞き返した「憂えたり、懼れたりしない?
それだけで君子と評して良いのでしょうか?」と。
孔子は言った。
「心の内に振り返ってみて、はじることがなければ、
何を憂えたり、何を恐れたりする必要があろう」と。

 続いて、吉川博士の解説を。

・同じく司馬牛の、こんどは君子、
すなわち紳士の条件についての
問いである。

「司馬牛、君子を問う」。

「子曰わく、君子は憂えず懼れず」。

司馬牛は問いかえした。

憂えず懼れず、それだけで、
君子といいきって、よろしいか。

孔子の答え。

自己の内部を反省して見ても、
何ら欠点がないとすれば、
そもそも何を憂え、何を懼れるか。

憂え懼れることは、ないはずである。
ゆえに、憂えず懼れない、
それが君子である。

・「疚」の字は、「詩経」に最も多く使われて
いる字であり、意味は「病む也」と、

古い辞書である「爾雅じが」の
「釈詁しゃくこ」の篇に、訓じられている。

肉体の病いではなく、精神の病いを
意味すること、いうまでもない。

<以下割愛>

 んっ?
「疚」の字は、「精神の病い也」
と、吉川博士はおっしゃる。

う~ん、
たしかに…。

字のつくりからみれば、
「病ダレに久しい」だから、
「病い也」に相違ないが…。

じゃあ、
「久」とは、「ひさしい」という意味の他に、
「精神」、すなわち、「こころ」という意味が?

と、疑念を抱きながら『角川新字源』にて
「疚」の字を検索してみた結果は次の通り。

【疚】キュウ(キウ) 意味(形声。音符久キウ
①やむ。病気になる。「衰疚」
②やまい。ながわずらい。
③やましい(やまし)。気がとがめる。
良心にはじるところがある。
〔論・顔淵〕「内省不疚」

 あれっ、
吉川博士の「疚」についての解釈(解説)と、
この辞書に記載の意味とは異なる!

すなわち、「疚」という字には、
「精神の病いを意味する」という
限定語が、この辞書には見当たらない。

それに、「衰疚」とは?
と、『角川新字源』にて検索してみた結果は…。

【衰朽】すいきゅう おとろえて役にたたなくなる。

という熟語は記載されているものの、
「衰疚」が見当たらない。

そこで、『広辞苑』にて検索してみるも、
アウト。

すなわち、「衰疚」という熟語には
遭遇できず。残念!

そこで、最後の手段!

と、ググってみた結果、
「あった」!

3年前にアップした自らの記事
「内省不うちにかえりみてやましからず)」解説ページ)の
中にも、「衰疚」が。

 で、私は思案する。

この記事の差し替え、
すなわち、「論語」の中から、
異なる新たな熟語を探してみようか?

それとも、「素知らぬ顔で
このままアップしてみようか…?」と。

つまり、前掲の【疚】の意味①
(①やむ。病気になる。「衰疚」)、

すなわち、「潔癖症」という病を
選択しようか?

それとも、意味③(③やましい(やまし)。気がとがめる。
良心にはじるところがある。〔論・顔淵〕「内省不疚」)

すなわち、君子(紳士)の道を採択しようか、と。

暫し、悩みぬいた末に
私が出した結論は以下の通り。

「まぁ、いいか。
3年前ならいざ知らず、
『従心』の歳になったことだし…。」

と、私は「心の欲する所に従って」、
自分に優しい、安易な道(方)を
選択をすることに…。

 さて、
冒頭の続き。

ベアグランドの窪地に
鎮座ちんざましますボールを
私は足で蹴った(わざと、意図的に)。

すなわち、気がとがめながらも、
素知らぬ顔で私はボールを蹴った。

その結果は、パーオンならず!

それなら未だしも、怒ったボールは
「一打罰を払え!」といわんばかりに、
グリーン右横のバンカーへ。

そこから打った第3打が
(天罰にて?)ホームラン。

すなわちOBにて、打ち直しの
5打目は奥のバンカーへ…。

グリーン周りを行ったり来たりで、
8番ホールのパー4では、12打も。

そして心に傷、すなわち、「疚やましさ」と
「たら、れば」の後悔の念を抱えながら、
臨んだ9ホール目のロングでは、
ホールアウトするのに9打も要した。

で、結局、上がって見れば、
いつも通りのスコアにて
「ハーフ51」。

 で、同伴者のKさんは
次のようにのたまう。

「Nさん(筆者名)、
惜しかったなぁ。

7番ホールまでは
3オーバーやったんやで。

なんぼ悪うても、『42、3ではあがるやろ!?』と
わしは思いよったんやけど、惜しかったな!」と。

 ちなみに、タイトルの熟語を
角川新字源』にて検索した結果は以下の通り。

・【内省不疚】うちにかえりみてやましからず 
心にふり返ってみてはじるところがない。
〔論・顔淵〕「内省不疚、夫何憂何懼」

 う~ん、
「心の修行を」という思いで
始めたゴルフではあったが…。

「心にふり返ってみて、はじるところがあれば、
心は憂え、懼れて、体は縮こまる!?」

という体験を通して、反省と修行不足を
痛感した1日ではあったが…。

 では、あなたにお伺いします。

あなたは常に、正々堂々!

すなわち「内省不うちにかえりみてやましからず
つまり、「心にふり返ってみてはじるところがない」

そんな日常生活にて、病知らず!
ですよねっ。

« 会友(かいゆう) | トップページ | 内省不疚(うちにかえりみてやましからず) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「内省不疚(うちにかえりみてやましからず)」解説ページ:

« 会友(かいゆう) | トップページ | 内省不疚(うちにかえりみてやましからず) »

2024年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ