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2018年7月22日 (日)

「善美(ぜんび)」解説ページ

Dsc02964_2 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、過ぎし日のこと。

かつての上司、Tさんが
私に以下のような世間話を。

「おまえ、『貧すれば鈍する』というけどやな、
本当のことやのぉ~。

おまえも、よぉー知っとる××さんやけどな、
この間、クラブの会合の後で、

同じクラブに所属する
〇〇ちゃんの店に寄ってやな、

「○○ちゃん、
ビール1本奢ってやっ。」
いうて、平気な顔をして言うんぞ。

相手(〇〇ちゃん)は、飲食業を生業としとるんぞっ。
それが分かって言いよるのか、どうか知らんが、

わしはあの一言を聞いて、
××さんには幻滅したぞっ!

何ぼ、貧乏しても、ああいう風(人)には
為りとうないものよのぉー。

おまえも××さんと付き合いするときには
よぉー、気を付けとけよ」と。

 んっ、
「貧すれば鈍する」とは!?

という話は、
後段のお楽しみ。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 
朝日文庫からの引用を主に始まる、以下の一章、
八佾はちいつ第三 第25章を篤とくと、ご覧あれ~。

 最初に、訓読(読下し文)を。

しょうを謂わく、
を尽くせり、
た善ぜんを尽くす也なり
を謂わく、
を尽くせり、
まだ善ぜんを尽くさざる也なり。

 次に、現代訳を。

先生(孔子)は韶しょうの音楽を次のように評されました。
形の美さを尽くしている。
そして質の善さも尽くしている。
続いて、武の音楽を以下のように評されました。
形の美よさは充分であるが、
まだ質の善さが充分ではない。

 続いて、吉川博士の解説を。

・これは二つの交響楽を比較して、
批評した。

・韶しょうとは太古の聖王である
しゅんの音楽として、伝わるものであり、

とは孔子の王朝である周の始祖、
武王ぶおうの音楽である。

前者が、美を尽くし、又た善を尽くす、
つまり完璧なものであると
批評されたのに対し、

後者は、美を尽くしてはいるが、
善を尽くさない。

こう批評したのは、舜はその道徳によって、
その前任者堯ぎょうから、
平和的に帝位をゆずり受けたのに対し、

周の武王は、同じく聖人であっても、
武力革命によって前王朝を倒し、

その革命の経過を舞楽にしたのが
武であって、そこには殺伐なるものが
あるからだと、という。

・美といい善というのが、
現在われわれがいう真美善の概念と、
完全に一致するかどうかは、わからない。

・仁斎はいう。
聖人は文を右とうとんで、武を左いやしみ、

徳を崇あがめて殺を悪にくむ、
故にその言此くの如し、と。

武人政治の徳川時代に、
仁斎がそういったのは、

仁斎が勇気ある人物であったか、
あるいは徳川の社会が、

ふつうに予想されるほど武断的では
なかったか、どちらかである。

 んっ、
「韶しょうとは舜しゅんの音楽であり、
とは武王ぶおうの音楽である。」
と吉川博士はおっしゃる。

じゃあ、『角川新字源』にはどのように?
と検索してみた結果は次の通り。

【韶武】しょうぶ 韶は、舜しゅん帝の音楽。
武は、周の武王の音楽。〔論・八佾〕

 次に、吉川博士がおっしゃる
「真善美」とは?

と、同書(『角川新字源』)にて検索してみるも…。
アウト! つまり、その記載には遭遇できず。

 じゃあ、
「善美」とは?

と、同書(『角川新字源』)にて検索してみるも
残念! こちらの熟語も見当たらない。

 ならば、『広辞苑』には?

と、これら2つの語句を同書(『広辞苑』)にて
検索してみた結果は以下の通り。

しんぜんび【真善美】認識上の真と、
倫理上の善と、審美上の美。

人間の理想としての普遍妥当な価値を
いう。これに聖を加えることもある。

ぜんび【善美】 善と美。善くて美しいこと。「善美を尽くす」

 う~ん、
「真善美」の意味については、
兎も角(納得できるものの)、

「善美」の意味については、
今一、合点もいかないし、
〔論・八佾〕という記載(出典の明示)もない。

そこで、再び、『角川新字源』を取り出して、
よい(よし)」の「同訓異義」を見れば…。

・【善】ぜん 「悪」の対としての善。
りっぱ。みごと。また、仲がよい。じょうず。
〔西京雑記〕「善応対、挙止閑雅」

・【美】び 「醜」「悪」の対。
物事がきれいで美しく、はなやか。
けしきなどにもいう。
〔孟・告子〕「牛山之木嘗美矣」

 おぉ~、
同じ、「よい(よし)」であっても、

「きれいで美しく、はなやか」なのが、
「美」であり、

一方の「善」が、
「りっぱ。みごと。」なのは、
倫理の法則に従っているから!

と、言い分ければ、良いのかな?

 ちなみに、宇野博士はどのように?

と、『論語新釈』 宇野哲人 講談社学術文庫の
[語釈]を見た結果は以下の通り。

〇美=音楽の外形についていう。
〇善=美の実質で、中に徳行とっこうがあるのである。

 ちなみに、「徳行」とは、
「道徳にかなったりっぱな行ない」
(『角川新字源』)ではあるが…。

宇野博士によれば、「善」とは、
「美の実質」、すなわち美の中身!

言葉を換えれば、美を満たしている内容が
「道徳にかなったりっぱな行ない」であれば、

「善」といい、「りっぱ」「みごと」と
称賛することが出来る!

と、私の腑に落ちたところで、
冒頭の続きを。

 さて、
「貧すれば鈍する」とは?

と、『広辞苑』にて
検索してみた結果は以下の通り。

貧乏になると、頭のはたらきがにぶくなる、
また、品性がさもしくなる。

 んっ
上司のTさんは、前者よりも後者の意味に
重きを置いておられた?

すなわち、たとえ、頭の働きが鈍くなったとしても、
まだ許せる。

でも、品性、すなわち人柄を疑われるような
賎しい、見苦しい、卑劣な行為は許容できない。

つまり、「善美」に越したことはないが、
人としての人格まで疑われるような言動は、
厳に、慎むべし!!

 翻って、
私への教訓。

「おまえも、どんな手段や方策を駆使して
値切ってもいいけどやな、

『品性のさもしい男!』とだけは、
評されることのないように。」

という私への戒め、教え、
つまり言外の言葉だったのかも知れない…。

 では、あなたにお伺いします。

あなたは誰のどんな仕草や立ち居振る舞いを見て、
善美、すなわちその美しさや善さに感動を覚えます?

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