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2018年10月14日 (日)

「可使由(よらしむべし)、不可使知(しらしむべからず)」解説ページ

Dsc02862 画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、30年程も昔の話。

オーナー社長のTさんが、
私に次のようなことを。

「この会社をここまでにするには、
家内にも随分、迷惑をかけたし、
わしの金もすべて注ぎ込んだ。

そればかりか、

わしは、おふくろに内緒で、
おふくろの金を借りて、
その金までつぎ込んでしもうた…。

また、『もう危ない。このままでは
あと数日で、資金が底をつくけど…。
どうしよう?』

というようなときでも、わしは黙って、
下(工場)で面を被って溶接しよったけど…。

こんなことを、一一、社員に説明しても、
(社員には)分からんやろう(通じない)し、
理解できんやろう。

だから、わしは今まで一切、
言わんかたんやけどなぁ…。」

と、T社長の話は
続くのであるが…。

 事の始まりは
こうである!

という話の続きは、
後段のお楽しみ。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 
朝日文庫からの引用を主に始まる以下の一章、
泰伯たいはく第八 第9章を篤とくと、ご覧あれ~。

 最初に、訓読(読下し文)を。

わく、
たみは之れに由らしむ可し。
れを知らしむ可からず。

 次に、現代訳を。

先生(孔子)がおっしゃいました。
民衆を従わせることはできる。
が、その理由を理解させることは難しい。

 続いて、吉川博士の解説を。

・人民というものは、政府の施政方針に、
従わせるだけでよろしい。

何ゆえにそうした施政方針をとるか、
その理由を説明する必要はない、

と普通に解されており、
儒家の政治思想の封建制を示す
とされる条である。

事実また、漢の鄭玄注などは、
そのように解している。

すなわち「可使由之」の由は、
「従う也」であるとし、

また「民」の字を、
同じ子音で、暗を意味する「冥めい」の字に
おきかえさえもしている。

そうして民は冥くらいものであるゆえに、
「正道を以って之れに教うれば、
必ず従わん。

し、其の本来を知らば、
則ち暴なる者は或いは軽んじて行わず」。

これが新注の写本によって読まれる
鄭玄の説である。

・しかし、他の注釈の説は、
必ずしもそうでない。

まず何晏の古注によれば、

人間の法則というものに、
人民は知らず識らずに従っている。

だから、人民に、それに従わせることは
可能であるが、

知らず識らずにやっていることの
理由を、はっきり自覚させることは、
むつかしい。

・また朱子の新注によれば、

政府の施政方針は、人民の全部が、
その理由を知ることが理想であるが、
それはなかなかむつかしい。

それに随順させることはできても、
一一に説明することはむつかしいと、

理想と現実の距離をなげいた語とし、
鄭玄のような説は、「聖人の心」ではない
として、しりぞけている。

<後略>

 んっ、
「由らしむべし、知らしむべからず」とは、
「理想と現実の距離をなげいた語」?

じゃあ、『角川新字源』にはどのように?
と同書を開いてみるも…。

遭遇できたのは、
次の語句のみ。

【由】 ユウユイ よし 意味①
ア.イ.は転載を割愛

ウ.たよりしたがう。
〔論・泰伯〕「民可使之」

 う~ん、
この辞書によれば、

「可使由之の由は、従う也」という
吉川博士の解説(鄭玄じょうげんの注)と一致する。

でも、「由らしむべし、知らしむべからず」とは、
「理想と現実の距離をなげいた語」である
という語句には、どこを探してもも見当たらない!

 そこで、困った時の
『論語新釈』(宇野哲人 講談社学術文庫)頼み。

早速、同書を開いて見た結果は
以下の通り。

通釈] 一般の人民は
かみの感化によって人の行うべき道を
行なわせることはできるけれども、

何故なにゆえにかく行うべきかを
知らせることはできない。

語釈] 〇民=一般の人民。

〇之これに由る=「由」はよりしたがうこと。
「之」は人の行うべき道をさす、親に孝、
君に忠の類。

解説] この章は上かみから
民を感化すべきことを述べたのである。
<後略>

 あれっ、
この教科書(市販本)には
「知らしむべからず」の[語釈]はなく、

また、「由らしむべし、知らしむべからず」とは、
「理想と現実の距離をなげいた語」であるという
記載は一切なし。

しからば、『論語の活学人間学講話 安岡正篤 プレジデント社
には、どんな文言や解説が? 

と、同書の60ページを開いて見れば、
以下のような講和(お話)が。

・「民は之を由らしむべし」とは、
「まず以て民衆を信頼させよ、

政治というもの、政治家というものは、
何より民衆の信頼が第一だ」ということで、

この場合の「べし」は、「……せしめよ」
という命令の「べし」である。

・また、「之を知らしむべからず」の
「べし」は、可能・不可能の「べし」で、
知らせることはできない、

理解させることは難しいという意味である。

 おぉー、
納得!

「由らしむべし、知らしむばべからず」とは、
「理想と現実の距離をなげいた語」ではなくて、

「信頼させよ」という命令の「べし」と、
「知らせることはできない」という
可能・不可能の「べし」であると。

 んっ、
ならば、冒頭のT社長の
嘆きの言葉も理解できそう!

と、一人悦に入った、
否、合点がいったところで、
冒頭の話の続きを。

 事の起こりは
こう(以下の通り)である。

一般社員が出・退時に押す
タイムカードの置き場には、

1度も顔を見たことがないT社長のご妻女と
ご母堂のカードが、最上段に置かれていた。

それを不審に思った一人の社員が、
同僚と陰で何やらヒソヒソ話というか、
不平・不満の声をあげていた。

そして、それ(その話)を嗅ぎつけた
犬ならぬ、古参の社員が、密かにご注進、

すなわち、T社長に密告、垂れ込んだ。

かくして、冒頭の話と
相成ったのであるが、

この日を境に、T社長のご妻女とご母堂のカードは
タイムカードの設置場所から姿を消していった…。

 はて、さて、私は
「可使由よらしむべし、不可使知しらしむべからず)」という
「論語」の一章をもとに、卑近な事例を取り上げて、

社員を仕事に従事させることはできるが、
その理由を一一理解させることは難しいという
話の一端を披露したつもりであるが…。

 一知半解!?

すなわち、「生なまかじり」の感は否めず、
「モヤモヤ感のみが残った!」

とおっしゃる方は
次回をお楽しみに。

 では、あなたにお伺いします。

あなたは、「由らしむべし、知らしむべからず」とは、
どんな意味だと、解釈しておられます?

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