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2019年2月16日 (土)

「杖者(つえつくもの)」解説ページ

1301152 画像は秋田の友人からの
プレゼントで、「杖者つえつくもの)」?

 さて、8ヵ月程も前の話。

夕暮れ時、といっても、初夏のことゆえ
まだ、お日様が西に傾き始める頃、

私が公園内の歩道を
歩いていると…。

公園内からは死角に入っている市道から、
カツン、カツンと、甲高い音が
一定のリズムで響く(聞こえてくる)。

私は「何の音かいなぁ?」と、
訝りながら、当該市道に出てみたところ、

車が行き交う市道の真ん中を
杖をつきながら、闊歩している男の姿が!

この異様(今まで見たことが無いよう)な光景を
目の当たりにした私は、次のように思った。

「杖をつきながら、(車が行き交う)市道の
真ん中を遠慮するとなく堂々と歩くとは…。

危ないやないか!
さては、ボロかいな?」と。

それでも、私はいつも通り、
くだんの男性に、「こんにちは~」と、
声をかけて、通り過ぎようとした。

すると!
という話は後段のお楽しみ。

 先ずは、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 
朝日文庫からの引用を主に始まる以下の一章、
郷党きょうとう第十 第12章を篤とくと、ご覧あれ~。

 最初に、訓読(読下し文)を。

郷人きょうじんの飲酒いんしゅに、
つえつく者もの、出づれば、
ここに出づ。

 次に、現代訳を。

孔子は村人の宴席に出たとき、
杖をつく老人が退出した後に、
退出した。

 続いて、吉川博士の解説を。

・「郷」とは、はじめに述べたように、
一万二千五百戸を単位とする地方体を
いうのが、原義であるが、

 ゆるめてはひろく地方の村落共同体を
意味する。

 ・村の人たちは、時期をきめて、
公民館で、宴会を開いた。

 それが「郷人の飲酒」であって、
そのくわしい儀式の次第は、

 いまの「儀礼」の、「郷飲酒礼」篇に見える。

 この儀式のもつおもな意味は、
有能なわかものを弁別することにあると
いわれるが、また一つには、敬老会的な
意味をも、もっていた。

 それで、宴会の儀が終り、一同が退出する
とき、杖をついている老人が、退出すると、

孔子はそのあとから退出し、老人に対する
敬意を表した、というのである。

 ・中国の杖は、われわれのステッキのように
短くなく、いまの京劇の舞台でも見られる
ように、身のたけほどの杖である。

 杜甫、その他、唐人の詩に
しばしばあらわれる杖も、そうであり、

 ちかくわが国では、西園寺公望が、
それをついていた。

 ・「礼記」の「王制」篇には、

「五十は家にて杖つき、
六十は郷
むらにて杖つき、

七十は国にて杖つき、
八十は朝廷にても杖つく」と、

年に応じた杖のつき方を規定する。

 んっ、
吉川博士は、「郷人の飲酒」とは、

村人が「公民館で、宴会を開いて」
「飲酒する」ことだと、おっしゃる。

じゃあ、『角川新字源』にはどのように?
と検索してみた結果は、以下の通り。

【郷人】きょうじん ①村人。同じ村の人。
意味②以降は、割愛。

 あれっ、
この辞書(『角川新字源』)には、

「郷人」という熟語はあっても、
「郷人飲酒」という4字熟語は見当たらない

したがって「村の人たちは、時期をきめて、
公民館で、宴会を開いた。」という記載もない。

 じゃあ、
宇野博士はどのように?

と、『論語新釈』(講談社学術文庫 宇野哲人)を
開いて見た結果は…。

「郷人飲酒(郷人の飲酒)」という
語釈]は見当たらず、

「郷人が集まって酒を飲む」という
通釈]のみが記載されていた。

次に、『論語』(岩波文庫 金谷 治訳注)を
見た結果は、

「村の人たちで酒を飲むときは、」
という現代訳が記されているのみで、

どちらの文庫本にも、
「公民館で、宴会を開いた。」
という文言は見当たない。

 また、「郷」とは、はじめに述べたように、
一万二千五百戸を単位とする地方体」だと、

おっしゃる吉川博士の解説については、
こちら(「恂恂vs便便」解説ページ)にて。

 さらに、「杖者つえつくもの」について、
講談社学術文庫の『論語新釈』を見れば、

「杖者じょうしゃ=老人のこと」という
語釈]があるのみ。

また、岩波文庫の『論語』には
「杖をつく老人」という
現代訳があるのみで、

どちらの文庫本にも、
「身のたけほどの杖」という注釈や

「礼記」の「王制」篇についての
記述や記載は見当たらない。

 ならば、『角川新字源』にはどのように?
と検索してみた結果は以下の通り。

・【】ジョウ ⑤つえ。
ア.老人が持つつえ。
イ.喪者が持つつえ。
ウ.歩行を助ける道具。

・【杖家】じょうか 五十歳。家の中で杖をつく年齢。
〔礼・王制〕「五十杖
於家、六十杖於郷
七十杖
於国、八十杖於朝

 う~ん
ここ(『角川新字源』)には、

「礼記」の「王制」篇についての記述はあっても、
「身のたけほどの杖」という記載はない。

しかし、冒頭の御仁は、
「身のたけほどの杖」をついていた。

でも、その杖は、「京劇の舞台でも見られるような」
立派な杖ではなく、ただ竹を切っただけの、
自作の杖ではあったが…。

 さて、冒頭の続き。

私は「杖者じょうしゃ」、
すなわち杖をつく人の顔を見ながら

追い抜きざまに、「こんにちは~」と
挨拶をした。

すると、杖つく人は、
「Nさん(私の名前〈姓〉)!?」
と、おっしゃる。

「???」、訝る私に、
杖つく者は、次のように。

「わしが誰か、わかる?」
と、私に尋ねる。

で、私は杖つく者の顔をまじまじと見た後、
暫く考えてから、「Yさん?」と答えた。

すると、件くだんの男性(杖者じょうしゃつえつくもの)は、
次のように。

「そうよ。
わかった?」と、
安堵したかのように答える。

 そして、Yさん(杖者つえつくもの)は!

という話の続きは紙幅の都合にて、
次回のお楽しみ。

 では、あなたにお伺いします。

「杖者つえつくもの」、すなわち杖つく人に対して、
あなたはどんなイメージをお持ちです?

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