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2023年9月30日 (土)

大賚(おおいなるたまもの)

1510278  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、今週初めの、
某ゴルフ場のコンペでのこと。

同伴者の一人が、他の同伴者に、
次のようなことを。

「〇〇さんは、□□町(地名)のどこ?」と、
現在の住まい(地域名)を尋ねる。

個人情報を尋ねられた同伴者は、
気軽に、「▽▽よ」と、地域名を答えた。

 「▽▽よ」と(地域名を)答えた同伴者の名前(姓)を
仮に、Aさんとすれば(先の2人の会話が終った後)、
私は、Aさんに次のように。

「Aさん、(出身地が)▽▽(地域名)なら、
○○さん(女性の姓名)は、ご存知?」と、尋ねた。

すると、Aさんは次のように。

「Mちゃん(女性の名前)やろ?
Mちゃんなら、同級生よ。」と答えた後、

Aさんは次のように続ける。

Mちゃんは、△(地域名)やけど、
△は▽(どちらも地域名)の隣やけん、

同じ、小中学校やったけど、
あの人は今、(△には)居らんみたいよ。
どこに行ったか? 分らんなったわい。」と答える。

で、私は応える。

「わしと、一緒になっとるんよ。
わしと結婚して、今、一緒に住んどるんよ」と。

すると、Aさんは、びっくり仰天。

「えっ、
なに!?
Nさん(筆者名)と!!!」と、驚きの声をあげたが…。

 それ以来、Aさんと私との距離は一気に縮まり、
Aさんは次のようなことまでも。

「わしも、同級生(の女の子)と一緒になっとるんやけど、
Mちゃん(愚妻名)に訊いてもろうたら解るんやけど、
それ(愚妻と私が結婚している事実)は、知らんかったわい」と。

その後、Aさんは私に、「どうして、Mちゃんと知り合うたん?」と
私と愚妻とのなれそめまで聞きたがる。

で、私は「それは、M子(愚妻名)に訊いてみてや。」
と応える。

すると、Aさんは次のような返事を。
「それが、中々会う機会が、のう(無く)てな。」と応える。

で、私は、「そう? うちの(家内)には、同級会の案内がよく来るし、
『Kちゃん(地元に住む同級生)と会う』と言うて出掛けよるんやけど、
しょっちゅう(頻繁に)同級会をやりよるんと違う?」
と尋ねる。

すると、Aさんは次のように応える。

「うん、うちの(ご妻女)も、『女子会』や言うて、
よく出掛けよるんやけど、
わしは、『何が女子会ぞっ。婆さん会やないか』
言うんやけど、わし等、男はお呼びがないわい」と。

そんな他愛もないやり取りをしながらラウンド終えた後、
Aさんは別れ際に、次のようなことを。

「Mちゃん(愚妻名)に、宜しう言うとってや。
Mちゃんなら、わしの嫁の名前も知っとるけん」と。

 で、私は、自宅に帰った後、
旅先から帰って来た愚妻に、次のように。

「お前、▽▽(地域名)の○○さん(Mさんの姓名)知っとるか?」
と、尋ねた。

すると、愚妻は間髪入れず、
次のように返す。

「知っとるよ。
同級生よぉー。
どしたん?」と尋ねる。

で、私は、「今日はゴルフに行っとったんよ。」と前置きした後、
「○○さん(Mさんの姓名)と、一緒に回ったんよ」と言い、
今日の出来事や経緯を話した後、次のように締めた。

「どこで、どんな人と遭うか分らんけん、
悪いことは出来んもんやのぉー」と。

すると、愚妻は次のように。

「そうやねぇー。
どこで、誰に遭うか分らんから、
悪いことは出来んねっ!」と応じた。

 私が愚妻と一緒になったのも
天からの大賚(おおいなるたまもの)であり、

ゴルフが出来るのも、
天からの大賚(おおいなるたまもの)、

よいパートナー(同伴者)に遭遇したのも、
天からの大賚(おおいなるたまもの)である!
と、私は考えたのであるが…。

 では、あなたにお伺いします。

あなたが体験した出遭い、それは(運命の)赤い糸?
あるいは、天からの大賚(おおいなるたまもの)?
それとも、自らの器量・力量・魅力?

あなたはどのように考えます?

2023年9月23日 (土)

「大賚(おおいなるたまもの)」解説ページ

1306022_20230923140401  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、天は、私にどのようなものを
下されたのであろうか?

喜寿も過ぎた、いま、ここで、つらつら考えてみれば…、

と、「つらつら」の意味を、手元の『新明解国語辞典』にて
検索してみれば、次のような「用例が。

  つらつら思うに、現在の日本には小人のみ多く、
  大人たいじんはごく少ない

 う~ん、
大人たいじんでない私にとっては、頭の痛い文言(指摘)である。
でも、私は思わず、「その通り!」と同調したのであったが…、

天から授かった大賚おおいなるたまもの、それは子宝!
と、いま、ここの、私は考えるのであるが…。

この「子宝」について、戦前生まれの某氏は、
私に次のようなこと(指摘)を。

「そうか。
Nさん(筆者名)所は、1男1女か。

そら、少ないんと違うか!?

天皇陛下(昭和天皇)には、3人のお子様(2男1女)が
居られるんやから、そりゃあ、少ないわい!」とおっしゃる。

 斯くおっしゃる某氏から、
私は次のような話をお聞きした記憶も。

「わしが、この歳まで元気でいられるのは、
わしを元気な子に産んでくれた両親のお陰よ。

そういう意味では、両親に感謝しなければな。」
と、述べておられたが…。

某氏は、その時も、「天が(両親に)丈夫な男の子を
授けてくださった。」とは、おっしゃらなかった。

 そういえば!
という話の続きは後段にて。

 先ずは、『論語(吉川幸次郎 中国古典選5 朝日文庫)の中から
抽出した「堯曰ぎょうえつ第二十 第1章」の第4段をご覧に。

 最初に、読み下し文を。

しゅうに大おおいなる賚たまものり。
善人ぜんにんれ富めり。
周親しゅうしんりと雖いえども、
仁人じんじんに如かず。
百姓ひゃくせいあやまち有らば、
れ一人いちにんに在り。

次に、現代訳を。   

周の武王は、以下のように述べ(告げ)た。
「周しゅうには天から頂いた大きな賜物が有る。
それは、善い人が大勢いることだ。
親しい身内が在あっても、
仁の人には及ばない。
もし、人民に過ちが有ったならば、
その責任は、私一人に在る」と。

 続いて、吉川博士の解説を。

・古くは皇侃、邢けいへい、近くは劉宝楠の説に従って、
ここまでを第四段とする。

・内容からいって、三代の第三である周しゅう王朝の創始者の
一人、
武王姫発きはつが殷の最後の悪玉紂ちゅうを討ち、

革命を行なった際の言葉として、記録されているにちがいない
が、
前段とのつづき方は、いっそう奇妙であって、
段のはじめに「曰」の字さえない。

・言葉の内容として、「賚らい」は「賜也」、
わが周王朝は、
大いなる賚たまものを天からいただいた。
すなわち善き人を富おおくもっていることである。

これこそが天のたまものであるとし、
泰伯第八の「武王曰わく、予れに乱おさむる臣
十人有り」(泰伯第八 第20章)を引くのは、古注である。

新注は、「周有大賚」の解釈をかえ、わが国家周は、
大いなるたまものを人民にあたえ、善良な人民を
富裕にした、とする。

新注のような説は、早く皇侃の「義疏」にも、一説として見える。

「尚書」の「武成ぶせい」篇はやはり偽作の篇であるが、
それに、大賚於四海、而万姓悦服とあるのの、
影響であろうが、
いまは古注にしたごう。

・そうして、かく人材に富むに至った理由を、次に述べていう。
それは周したしき親類もいるけれども、
他人でも仁の徳ある人物には
およばないとしたからである。

古注の孔安国に、武王の弟で謀反を起こした管叔かんしゅく
蔡叔さいしゅくは、
したしい親しんであっても誅伐し、

箕子きしや微子びしは、敵国から来降したにも拘わらず、
抜擢した、それがその事実であるとする。

ただし「周親」の二字につき、「周」を「至也」と訓じ、
すなわち至親、嫡親、
ちかい肉親の意味であるとしたのは、
「尚書」偽「泰誓たいせい」篇の
孔安国伝にそう解し、
新注もそれに従うのによった。

「論語」の古注に引く孔安国は、何もいわない。
そのため、周したしき親しんと読まず、「周」を依然として
国名とし、
「周しゅうの親しん有りと雖も」と和点する本もある。

・武王の言葉の最後としてあるものは、
「百姓過まち有らば、予れ一人に在り」。

さきの湯の言葉、「朕が躬罪有らば」云々と、
同趣旨である。

<以下 割愛>

 おっ、
吉川博士は以下のようにおっしゃる。

・「賚らい」は「賜也」
・「富」=おおく
・「周親」=周したしき親類

じゃあ、
角川新字源』にはどのような記載が? 
と思い、検索してみた結果は以下の通り。

ライ 意味②たまもの。くだされもの。「大賚」

フ/とみ・とむ 意味①む。
㋑ゆたか。おおい。さかんな。「豊富」

・【周親】しゅうしん ①いたって親しい身うち。〔書・泰誓〕

「周親」については、古注の解釈(意味)が記載されていたが、
その他の語句については、表現は多少異なるものの、
意味はほぼ同じにて、一件落着!

 次に、その他の語句は?
と思い、同字書にて検索を重ねた結果は、以下の通り。

・【百姓】ひゃくせい ②人民。庶民。
〔論・憲問〕「修己以安百姓

・【予一人】よいちにん/われいちにん 天子の自称。
自分も一個の人で、別に他の人と異ならないという謙辞。

う~ん、
「予一人われいちにん」については、「私一人の身(に在り)」と、
多少ニュアンスが異なるものの、まあー、これはこれで「よし」として、
冒頭の続きを。

 さて、「両親が元気な(男の)子(供)を生み育ててくれたので、
いま、ここの、わしがある」とおっしゃっる某氏は、
現実的な方であったのか?

決して、天が、両親に「大賚たいらいおおいなるたまもの」を下された、
すなわち、元気な男の子を授けられた、とはおっしゃらなかった。

 また、後日、私が、某社に訪問するはずの予定・約束が、
思わぬ積雪に遭遇して、叶わなく(取止めに)なったとき、

その旨の詫び状(はがき)を認したためて、
某氏に校閲をお願いした。

すると、その詫び状(はがき)を一読し終えた某氏は
次のようなことを。

「そうか。
N(筆者名)さんは、天気も自分のせいにするのかぁ。」
と、笑いながらおっしゃった。

この某氏のことばの訳(意味)は、
私が当該はがきに、次のように認したためていたから。

「私の不徳の致すところ故に、昨夜からの思わぬ積雪に遭い、
道中の高速道路が通行止めになり、訪問できなくなった」旨を
記していた文言を見てのことであったが…。

その一言(文言)を見た某氏は、「何を小癪こしゃくな」と
思われたのか? それとも、私を「可笑しな奴!?」と、
感じらたのかも知れない。

積雪が、スキーヤーにとっては、「大賚たいらい」、
すなわち天からの「大いなる賜物」であったとしても、

その思わぬ「大賚たいらい」に遭遇したその日の私にとっては、
厄介モノであり、それを招いたのも、私の過去や日頃の行い、

すなわち「所業が悪かった」と考えた。
それ故に、私は「不徳の致すところ」と認したためたのであったが、

現実主義の某氏にとっては、
経営者(の端くれ)が使う言葉ならいざ知らず、
「政治家が多用する常套句を使って…」と推察したのであろう。

それ故に、「私の不徳の致すところ」という言葉は、
現実主義の某氏にとっては、「経営者にあるまじき、笑止千万の
沙汰であり、言葉」であったのであろう…?

 では、あなたにお伺いします。

あなたが考える「大賚たいらい」、すなわち、天から頂いた
「大いなる賚たまもの・贈り物」は、何?

2023年9月16日 (土)

罪在朕躬(つみはわがみにあり)

1311092  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、卑近な話。

齢80を過ぎた知人の女性が、
私に次のようなことを。

「(無職で、引きこもりがちの)息子が、私に言うんよ。
『お母さんがもっと働いたらええんよ』と」。

で、私は次のように応える。

「そうですか。
息子さんが、80歳を過ぎた、あなたに、
そんな事をおっしゃるんですか」と。

すると、くだんの女性は次のように。

「そうよ。
でも、仕方がないわい。

私の育て方が悪かったんやけん、
どこにも、文句を言うて行く所がないわい。」
とおっしゃる(自問自答する)その姿と表情は、

いかにも、「罪在朕躬つみはわがみにあり」と
言わんばかりであったが…。

 これが、いま、世間でいうところの、「8050問題」。
すなわち、80歳の親が、50歳の(引きこもりの)我が子の
生活を支えるという現実で、社会問題の1つ。

 翻って、
我家の、過去から現在に至る話(問題)。

十数年前の暮れに、帰省した息子の歩く後ろ姿を、車中から
見送りながら、愚妻が誰に言うともなく、次のようなことを。

「いつまでも、子供みたいに(歩いて)…。
一向におせらしゅう(大人らしく)ならん。」と言って嘆く。

で、私は次のように。

「ほうか。
お前、そう思うか?

おまえが、いつまで経っても、そういう見方・言い方をするけん、
〇〇(愚息名)がおせらしゅう(大人らしく)ならんのと違うか」?
と言い、暗に、バイアスを掛けたモノの見かた・考え方を修正する
必要性を説いたのであるが…。

すると、愚妻は次のようなことを。

「しゃあないわいねっ。
私の育て方が悪かったんやけん、
今頃いうても、遅いわいねぇー」と、自問自答して納得?

暗に、愚妻も「罪在朕躬(つみはわがみにあり)」と
言わんばかりであったが…。

この愚妻の反応を聞いた私は、

「ほうやのう。
お前に全てを任せて(子育てを)放置したわしにも
責任が在らいのぉ―。」と応え、
「罪在朕躬つみはわがみにあり)」と認めたのであるが…。

 それから十数年後の今でも、息子が帰省するといえば、
愚妻は贖罪しょくざいの積もりなのか?

それとも、「かわいそう」という哀れみの気持ちからなのか?
寝る間も惜しんで、何くれと無く息子の世話をやく。

その姿を傍目から見た娘が言う。

「そうやって、お兄ちゃんを甘やかすから、
いけんのよ。」と、手厳しい。 

 では、あなたにお伺いします。

「8050問題」の罪は、何処(誰?)にあると、
あなたはお考えです?

 

2023年9月10日 (日)

「罪在朕躬(つみはわがみにあり)」解説ページ

1402012  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、小一年も前の話。

某ゴルフ場のコンペに参加した際の
ショートホールでの出来事。

私はティーショットを打ち終えた後、
当該クラブ(アイアン)を腹立ちまぎれに放り投げた。

すると、この私の行為を目にした同伴者のKさんが、
私に次のような言葉を。

「Nさん(筆者名)、思い通りのショットが打てんかったいうて、
クラブに当たったら(八つ当たりしたら)いけん(駄目)よ。

クラブのせいでも、誰のせいでも無い。
打った本人、あんたのせいなんやから、
クラブに当たったら(八つ当たりしたら)いけん(駄目)よ。」
と言って、私をたしなめた。

 そういえば!
という話の続きは後段にて。

 先ずは、『論語(吉川幸次郎 中国古典選5 朝日文庫)の中から
抽出した「堯曰ぎょうえつ第二十 第1章」の第3段をご覧に。

 最初に、読み下し文を。

わく、
れ小子しょうし、敢えて玄牡げんぼを用もちいて、
えて昭あきらかに皇皇こうこうたる后帝こうていに告ぐ。
つみるは敢えて赦ゆるさず。
帝臣ていしんおおわず。
えらぶこと帝ていの心こころに在り。
が躬に罪つみらば、
万方ばんぽうを以ってすること無かれ。
万方ばんぽうに罪つみらば、
つみは朕が躬に在り。

 次に、現代訳を。   

とうの履が、以下のように言った。
「私、未熟者の履めが、あえて黒の牡牛をお供えし、
おそれながら、はっきりと偉大なる天帝に申し上げます。
罪ある者(桀けつ)をどうしても、許すわけにはまいりません。
(私め履は)天帝の臣下(賢人)を覆い隠したりいたしません。
(臣下)を選り分ける際は、天帝のみ心に従います。
もし、私めの身に罪が有りましたならば、
万民にまで及ぼさないでください。
万民に罪のある者が居りましたなら、
罪は私め、履にあります」と。

 続いて、吉川博士の解説を。

・第三段。これは内容からいって、殷いん王朝、
一名は商しょう
王朝の、創始者である湯とうが、

前王朝夏の末の王、桀けつ
征伐したときの
言葉でなければならない。

・朱子の新注は、はじめの「曰」の字の上に、
「湯」の字がぬけている、とするが、
脱文はそれのみに
止まらないかも知れぬ。

・さきに舜から譲位を受けた禹は、
もはや第三の賢人に譲位せず、
帝位をその子孫に伝えた。

すなわち夏王朝であり、血統による帝位の継承の始まり
であるが、
二十九代目の桀けつにいたって暴政を行ったため、

諸侯の一人であった湯とうが決起し、
武力によって桀を追放し、
かわって天子となった 。
殷王朝もしくは商王朝の始まりである。

「皇極経世書」「通鑑前編」は、BC1746のことと仮定する。

・堯から舜、舜から禹は、平和的な主権の交替、
つまり「禅譲ぜんじょう」であったが、
このたびは、武力による
「放伐ほうばつ」であった。

しかし放伐も、人民を救うための誠意に出で、
私欲のためでなかったことを示すものとして、

そのとき湯が
あまつ神かみに告げた言葉が、
ここに記録されているのである。

・予小子履。「予」は一人称。
「小子」は、ささやかなるおのこ。
履は実名であるとされる。

このささやかなわたくしめ、名は履は、
敢えて、おそれながら、玄くろき牡おうしを用ってお供えとし、

ふたたび「敢」、おそれながら、「昭」、はっきりと、
皇皇后帝に、告げまいらせます。

天神すなわち天帝には、いろいろの呼びかたがあるが、
ここの「皇」は大、「后」も「帝」も君きみ

天神は地上の君主のさらに上にある皇おおきくも皇おおきい
君主なのである。

・有罪不敢赦、罪ある者をゆるすわけに参りませんのは、
天の定めであり、また地上の定めでございます、
とそこまでは古注今注同じだが、以下は読み方がちがう。

古注は「帝臣」を、暴虐な桀のこととし、
地上では王であるとはいえ、天帝であるあなたさまからは
「臣下」であるに過ぎない彼れ桀めの罪、

それを蔽いかくすべくもなく、あなたさま天帝のみこころからは、
はっきりと見通されております。

一方、新注は、「帝臣」とはみずからをも含めて
ひろく地上の人間というとし、地上の人間の善意は、
すべて天帝のみこころにえらばれ見通されている、とする。

いずれにしても、桀を征伐する理由を述べたものとなる点は
同じであり、「簡」は「閲」と訓ずる。

・以下はさらに、かく正義の軍を起こす湯の、
自己反省の言葉である。

桀の罪は明瞭だが、みずからも罪があるかも知れぬ。
もし朕わたくしの躬に罪がありますならば、
それは私だけの責任です。

「万方」あちこちの方角の人民たちとは無関係とお考え下さい。
しかしもし、あちこちの人民たちが罪をおかしましたならば、
その罪はほかならぬこの朕わたくしの躬の上に帰します。

指導者として、責任のすべてをひっかぶろうというのである。

・「朕」の字、秦の始皇帝以後は天子のみの一人称となるが、
当時は誰でも一人称とし得た。

犯罪は犯罪者自身の責任であるよりも、周辺の社会の責任である
とする思想の、素朴なあらわれである。

なお、日本の本には「罪在朕躬」の罪のないものがある。

・以上の言葉、古注の孔安国によれば、その見た「尚書」には
ないけれども、「墨子ぼくし」に「尚書」の
「湯誓とうせい」篇として
引用したものに、おなじ語が見えるという。

<中略>

・なお、夏殷周のいわゆる三代は、典章制度において尊ぶ色を
異にし、
それが革命の重要な条件であった。

・禹にはじまる夏は玄くろ、湯にはじまる殷は白、
文王武王にはじまる
周は赤を、それぞれみずからの王朝を
象徴する色とした。

・湯は新しい王朝の創始者として白い牡牛を用もちうべきだが、
革命の初期であるために、「未まだ夏の礼を変ぜず、
故に玄牡げんぼを用い」たと、古注新注ともに注意する。

 う~ん、吉川博士の長い解説ではあったが、
博士の名調子に聞き(見)惚れた私は、
ついつい、長い引用(転載)を。

この博士の長い解説中の、以下の語句の意味について、
私は興味を覚えた。

・「敢」、おそれながら
・「昭」、はっきりと
・「皇」は大、「后」も「帝」も君きみ
・「簡」は「閲」と訓ずる

で、私は『角川新字源』との異同(違いの有無)を知りたく、
同書を検索してみた結果は以下の通り。


・【敢】かん あえて。㋐しにくいこと、してはならないことを
押しきってする。〔孟・公孫丑〕「敢問何謂浩然之気

・【昭】ショウ 意味①あきらか。㋑現れて(おおわれたり、
かくしたりするところがなく)はっきりしていること。

・【皇】コウ・オウ 意味⑮→皇皇(おおいなるさま)

・【后】コウ 意味②きみ ㋐天子。

・【帝】テイ 意味③みかど。きみ(君)「皇帝」

・【簡】カン 意味③えらぶ。えりわける。
同義語:柬かん・揀。→付・同訓異義

・【閲】エツ 意味⑤えらぶ。「簡閲」

・【簡閲】かんえつ しらべる。数え調べる。選ぶ。

と、同字書には、あるものの…???

「簡は閲と訓ずる」とおっしゃる吉川博士の解説が、
私の腑に落ちないし、疑問(疑いの眼)は募るばかり。

そこで、同書(『角川新字源』)巻末の
付録「同訓異義」を見れば。以下のような記載が。

えらぶ
・【簡】かん よしあしををよりわける。
「択」より、すぐれてよいほうをとる意がある。

・【揀】かん よりだす。「簡」と同じで、
それに「択」の意をかねる。

 う~ん、
「えらぶ」の「同訓異義」の中には、「閲」という字が見当たらない。

したがって、吉川博士が、「簡」は「閲」と訓ずる、と
おっしゃる意味が、私には理解しがたいものの、
これ以上の詮索は取止め。

 次に、この一章の中の、第三段に関する語句や熟語を
検索してみた結果は、以下の通り。

・【予小子】われしょうし/よしょうし 天子が祖先に対していう
自称。〔書・泰誓〕

・【皇皇】こうこう ②おおいなるさま。
〔論・堯曰〕「敢昭告于皇皇后帝

・【万方】ばんほう ①よろずの国。万国。〔書・湯誥〕「万方有衆」

ちなみに、同字書には、【玄牝】げんぴん(黒の牝牛)は有っても、
【玄牡】げんぼ という熟語には遭遇できなかった。

また、「湯王」という記載はあっても、「
履」という名前も見当たらない。

でも、これ以上の詮索は無用にて、
冒頭の続きを。

 さて、某ゴルフ場にて、ミスショットをした直後に、
今、使用したクラブを放り投げた私は、

僧籍、すなわち僧侶としての籍、資格をもつという
Kさんにたしなめられた。

その私が、いま、ここで、思い出したのは、
孔子の次の言葉。

「不 いかりをさうつさず
 あやまちをふたたびせず」。

でも、後者については、俗諺には次のような言葉も。

「人間はミスする生き物」といい、
「ゴルフにミスは付きもの」とも。

従って、「不弐過 あやまちをふたたびせず」は、
私には至難のワザなれど、

「不遷怒 いかりをさうつさず」、すなわち「八つ当たりしない」事位は、
私でも守れそうだし、実践できそう!

ちなみに、「罪在朕躬 つみはわがみにあり」をパクれば、
「過あやまちは朕躬わがみに在り」、
「怒りを遷うつすのも朕躬わがみに在り」

すなわち、「すべてのミスを犯すのも朕躬わがみに在り」!

 でも、明みんの王陽明おうようめいは、次のようなことを。

「山中の賊は破り易く、心中の賊は破り難し」と。

「自分の悪い心を退治するのは難しい」と王陽明はいうが、
「八つ当たり」しないことを意識して、実践を重ねれば…。

そして無意識レベルに到達するその日まで、
私は日々実践を積重ねる決意をいま、ここで、
改めて固めた次第。

 では、あなたにお伺いします。

あなたが、いま、ここで、「罪在朕躬 つみはわがみにあり」と、
気づいたのは、どんな事柄です?

2023年9月 3日 (日)

執中(しつちゅう)

1507011  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、齢60後半の、年の暮れのこと。

久しぶりに会った中学時代の同級生A君が、
その昔、K大学に在籍していた頃、

学生運動が激しくなり、「中庸ちゅうようはノンポリだ」と言われ、
「右か左か? はっきりせよ!」という言葉をよく聞いたと。

この話を聞いた私の頭の中には、
次のような??(疑問)が。

・ノンポリって何?

・「中庸ちゅうようとは、右と左の中間という意味で、どっちつかず?

ちなみに、「中庸ちゅうよう」と似た言葉に、「折衷せっちゅう」があり、
労使交渉の席では「折衷案」という言葉を
マスメディアが取り上げていた。

その時、そのニュースの解説者が、以下のような説明(解釈)を。

「折衷案とは、A案とB案の中間という意味ではなくて、
その両方の上の方(高み)にある解決策(案)であり、

三角形に例えれば、底辺のA案とB案の頂点にあるC案を、
折衷案せっちゅうあんという。」と、話していたのを
私は視聴した記憶が…。

「中庸」もこれ(折衷)と同じで、右か左ではなくて、
中正で、過不足・過不及のないこと。
つまり、中(偏かたよらず)、正(正しい)道のことをいうが…。

 ちなみに、両者(「中庸」と「折衷」)を
角川新字源』にて検索した結果は、以下の通り。

【中庸】ちゅうよう ①中正で、行き過ぎや不足のないこと。
中正の道。

【折中】【折衷】せっちゅう 行き過ぎたものや足りないものを
調節してほどよい状態にする。種々の意見・学説を調整して
その中間をとる。折は定める、衷は中の意。

おっ、
「折衷せっちゅう」とは、中ちゅうを定めるという意味!?

でも、この字書を見る限りにおいては、「折衷」の方には、「正」、
すなわち「正しい」という言葉はなく、「ほどよい状態にすること」だと。

さらに、『角川新字源』を検索してみれば、
以下のような(2つの)語句が。

・【執中】しっちゅう 中庸の道を守って、行き過ぎや
足りないことのないこと。〔論・堯曰〕「允執其中

・【執中】ちゅうをとる 中正の道をしっかりと守る。
〔論・堯曰〕「允執其中

 じゃあ、
もしかして、『角川新字源』には、「折衷せっちゅう」にも、
「折 ちゅうをさだむ」、あるいは、「折 ちゅうをさだむ
という語句が、記載されているのでは?

と、私は思い、同字書にて検索してみたものの、
当該語句は見当たらなかった。残念!

 さて、本題。

冒頭の「中庸ちゅうよう」とは、右でもなく左でもなく、
過不足・過不及のない、正しい道のこと。

ところが、当時の学生には、過ぎたるものが有り余り、
足りないものが多過ぎた?

そして現状を変革する(世の中をよくする)ことから始まり、
革命こそが、正しい道だと、思い込んだ?

このような事柄を思いついた私の頭に浮かんだのが、
以下の2つの、孔子の言葉。

・まずは、「論語」為政いせい第二の第15章から。

「学而不思則罔 まなんでおもわざればすなわちくらし
思而不学則殆 おもうてまなばざればすなわちあやうし。」

・次に、「論語」子路しろ第十三の第21章から。

「不得中行而与之 ちゅうこうをえてこれとともにせずんば
必也狂狷乎 かならずやきょうけんか

狂者進取 きょうしゃはすすみとる
狷者有所不為也 けんしゃはなさざるところあるなり。」

ちなみに、これらの言葉を『角川新字源』にて検索した
結果は以下の通り。

・【学而不思則罔】まなびておもわざればすなわちくらし 学問をしても
自分で深く考えなければ、物事をはっきりと認識することが
できない〔論・為政〕

・【狂狷】きょうけん 狂は、むやみに理想にはしって
実行が伴わないこと。

狷は、悪いことをしないように意志堅固なこと。
狂も狷も、中庸の道には合わないが
態度の方向が一定している行い。
〔論・子路〕「子曰、不得中行而与之、必也狂狷乎」

これら2つの言葉を、当時の学生運動に血道をあげた学生に
適用すれば、以下のようになる(と思うのが、私的な解釈)。

 前者は、
学問をしても自分で深く考えないので、混乱は増すばかり。
自分で考え求めるだけで、学問をしないので危険な行為にはしる。

 後者は、
学問をしても、物事を深く考えないので、
「執中しっちゅう」、すなわち「中正の道を守る」ことができないし、
そもそも、中庸(中正)の道も、その意味も理解できない。

中庸の道が分からなければ、「狂きょう」であればいいのに、
理想に走って破壊行為を行う。

「狷けん」であれば、善悪の区別ができ、思い留まるのであるが、
何をどうすればいいのかわからないので、
ただウロウロ、キョロキョロ。付和雷同するのみ。

 翻って、「学生運動」に参加しなかった(出来なかった)
いま、ここの私は、

「学而不思則罔 まなんでおもわざればすなわちくらし」。

いま、ここの、私は、ネットサーフィンをするのみで、
自分で考え求めてみても、右往左往するのみ。
はっきりしないので、(ゴルフの腕前は)一向に上達しない。

また、狂きょう、すなわち、むやみに理想にはしって、
実行が伴わないので、再現性の低い(限りなく0に近い)
ゴルフにて、好不調の波が激しい。

 ちなみに、「ノンポリ」を手元の『新明解国語辞典』にて、
検索してみた結果は次の通り。

ノンポリ〔non political〕 政治的な問題に関して
無関心であること(人)。

「ポリさんが居ない」でもなく、「のほほ~んとした人」?
そのような類の意味ではなかった(汗;)

 では、あなたにお伺いします。

学生運動に血道をあげたあなたは、いま、どこで、何を思い、
どんな人生を歩んでいらしゃいます?

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