リンク集

« 欲而不貪(ほっしてむさぼらず) | トップページ | 知言(ちげん) »

2023年11月 5日 (日)

「知言(ちげん)」解説ページ

1409012  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、プロ野球日本シリーズをTV観戦しながら、
離れて住む父娘の、ラインでのやりとり。

11月2日(木)の会話。

「もー! 何しよるんっ!
あれはとらないかんやろうー」と娘。

「うん、『今日は絶対勝つ!!』いうて
岡田監督が言うたけん、
選手はプレッシャーかかっとるんよ」と私。

「アレはとらなー!
またハラハラさせられる展開やね…。
守ってもらわな!」と娘。

「要らん事言わんても、
ええのにねっ」と私。

「岡田監督も要らん事言いのお父さんに
言われたないわ」と娘。

「年寄りは要らんこというけん、
嫌われるんやね」と私。

負うた子に教えられて
返した言葉であったが…。

 翌日も、また!

という話の続きは、後段にて。

 先ずは、『論語(吉川幸次郎 中国古典選5 朝日文庫)の中から
抽出した「堯曰ぎょうえつ第二十 第3章」をご覧に。

 最初に、読み下し文を。

わく、
めいを知らざれば、
って君子くんしと為す無き也なり
れいを知らざれば、
って立つ無き也なり
げんを知らざれば、
って人ひとを知る無き也なり

 次に、現代訳を。   

孔子は以下のように述べた。
「天命を知らなければ、
君子とは言えない。
礼儀を知らなければ、
自立することができない。
言葉を知しらなければ、
人を知ることができない」と。

 続いて、吉川博士の解説を。

・全篇の最後であるこの章が、漢代の諸テキストのうち、
「魯論語」の本には無く、「古論語」の本のみにあったという。

また全体として雑駁な堯曰篇の終りに位することは、
この章が、本当に孔子の言葉であるかどうかを、
いよいよ疑わせる。

しかし、にもかかわらず、この章は、
「論語」全体の締めくくりとして、
適切この上もないであろう。

・「命めいを知らざれば、以って君子と為す無き也」。
「命」は、使命とも解され、運命とも解される。

前者ならば人間の活動の原理として、
後者ならば人間の活動を
制約するものとして、
ひとしく天から与えられたものである。

二者は、二にして一、一にしてニである。
それを知らなければ君子たる資格はない。

・古注の孔安国が、「命」とは窮達の分さだめを謂う」と、
運命の意にのみ解するのは、不充分である。

またきびしい封建の世にいた徂徠は、
命とは、天命を受けて、あるいは天子となり、
あるいは公卿となり、あるいは大夫士となること、
というが、
私は賛成しない。

・礼を知らざれば、以って立つ無き也」。
泰伯第八(第8章)の
「子曰、興於詩、立於礼
於楽」が、
ここと最も近い言葉であるが、
ここでは「礼」をもって、文明の行為の代表とする。

人格の確立は、文明の方向と効果とを知らない限り、
あり得ない。

・「言を知らざれば、以って人を知る無き也」。
言語こそは人格の表現である。言語の認識によってこそ、
個人も人間の運命も、認識される。

・徂徠は、この最後の章は、学而第一の最初の章と
首尾相応するのであり、「是れ編輯者の意也」、とする。

いかにも「学んで時に之れを習う」は、
礼を知り、言を知る努力であり、
「人知らずして慍いからず」は、命を知る努力である。

・「子曰」を、「孔子曰」に作る本があり、
日本の本はその方が多い。

編集者が全書の締めくくりとして、この章をおいたとすれば、
「孔子曰」となっている方が、ふさわしく感ぜられる。

 う~ん、
吉川博士は、またまた難解な解説を…、と、私は頭を抱えながら、

角川新字源』(小川環樹・西田太一郎・赤塚 忠 編)には
どのように記載が? と、検索してみた結果は以下の通り。

【三知】さんち ②命(運命)・礼(礼節)・言(言葉の得失)の
三つを知る。〔論・堯曰〕

【知命】ちめい ①天命を知る。天運をさとる。
天のあたえた使命を自覚する。

【知言】ちげん 人のことばを聞いて、その是非善悪を
判断する。〔論・堯曰〕「不言、無以知一レ人也

 あれっ、
この字書には。「知礼」の記載が見当たらない。

そこで、『論語新釈(宇野哲人 講談社学術文庫)の[語釈]を見れば、
以下のような掲載が。

〇命めいを知る=命は運命。ただ知るだけでなく、
これを信じてこれに安んずるのである。命。

〇礼れいを知る=礼を知ってこれを守るのである。
礼は人の履み行うべき一切の規定である。

〇立つ=他物に動かされないで自立すること。

〇言げんを知る=人の言を聴いて
いかなる心から出たかを推知するのである。


三者三様!?

ただし、「命を運命の意にのみ解するのは、不充分である」と、
吉川博士はおっしゃるが、他の博士は「運命」だとおっしゃる。
それでも、私は吉川博士の解釈に手を挙げる。

蛇足ついでに、「礼儀」と「礼節」の違いを『角川新字源』にて、
検索してみた結果は、以下の通り

【礼儀】れいぎ 人が行動において守るべき作法。
礼はそのうちの大きいもの。儀は細かいもの。

【礼節】れいせつ 礼儀のきまり。また礼儀と節度。

また、「知げんをしる」について、
吉川博士は、「言語こそは人格の表現である」とおっしゃり、
宇野博士は「相手の心を推知する」ことだと。

さらに、『角川新字源』を見れば
「言葉の是非善悪を判断する」。
「言葉の得失を知る」ことだと。

んんっ、
「知げんをしる」とは、「言葉の得失を知る」こと?
ならば、昨日(4日)の娘とのラインでのやり取りの中にも。

 11月4日(土)、プロ野球日本シリーズを
TV観戦し終えた(離れて住む)父娘のラインでの会話。

「はい!はい!はい!
次や!次や!
38年ぶりに優勝してもらわな!」と娘。

「うん、そう願いたいんやけどねぇー。
無理かしいぃーそうやねぇー。
オリックスの方が格上みたいやねぇー。」と私。

「ネガティブ―!
言霊!言霊!
まだ結果出てないんやけん、
そんなマイナス感情よりも今年の阪神は違う!
次こそ勝ってくれるはずやー!って気持ちで
過ごした方が、メンタルと身体にもええよ!」と娘。

「うん、そうやねぇ。
せやけど、57年間もタイガースのファンやりよるとわかるんよ。
明日、奇跡が起こることを期待して寝ようわい。
おやすみ。」と私。

「ここまで楽しませてもろうとるんやから、ええやん!
例年にはないことやん! はい、おやすみ。」と娘。

「そうやね。
M子(娘の名)さんのの言う通りやね。
ストレスが溜まるんも明日までやね。
おやすみ。」と私。

 「知言ちげん」、すなわわち、「言(言葉の得失)を知る」、
「言語こそは人格の表現である」し、「相手の心を推知する」
ことだと、私が負うた娘に教えられた昨晩であったが…。

 さて、今夜は!?

 では、あなたにお伺いします。

あなたが、相手の言葉に、気付きを受けたのは
どんな一言でした?

« 欲而不貪(ほっしてむさぼらず) | トップページ | 知言(ちげん) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 欲而不貪(ほっしてむさぼらず) | トップページ | 知言(ちげん) »

2024年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ