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2023年12月 3日 (日)

「莫春(ぼしゅん)」解説ページ

1403173  画像は秋田の友人からの
プレゼントです。

 さて、莫春ぼしゅん=暮春、すなわち今年の4月に、
私はどんなことをしたのであろうか…?

いま、ここで思うに、確かな記憶が蘇って来ない。

それだけ、平穏な1年であったのか…?
否、記憶力が衰えたのであろうか?

今すぐ、思い出せるのは、毎年、ソメイヨシノの花が咲く頃に
マツノミドリハバチ(松緑葉蜂)の防除(消毒)をするのを、
今年は失念して、行なわなかったこと。

そして、恒例となっている春の懇親ゴルフ、
こちらはきっちり、例年通りに行い、
ライバルのTさんに、大敗したこと。

で、捲土重来を期して(秋に予定して)いた、
今秋の懇親ゴルフは、Aさんの都合で中止になったが…。

 どこかの誰かが、「感動が少ないと、衰えが早くなる!」
と、言っていたのを耳にした記憶があるが、正しく、その通り。

 でも!

という話の続きは後段にて。

 先ずは、『論語(吉川幸次郎 中国古典選4 朝日文庫)の中から
抽出した「先進せんしん第十一 第26章」(の後半部分)をご覧に。

 最初に、読み下し文を。

てん、爾なんじは如何いかん
しつを鼓くこと希まれなり、
鏗爾こうじと瑟しつを舍いて作つ。
こたえて曰わく、三子者さんししゃの撰せんに異ことなり。
わく、何んぞ傷いたまん乎
た各おのおおの其の志こころざしを言う也なり
わく、莫春ぼしゅんには、春服しゅんぷくすでに成り、
冠者かんじゃ五六人ごろくにん、童子どうじ六七人ろくしちにん
に浴よくし、舞雩ぶうに風ふうし、詠えいじて帰かえらん。
夫子ふうし喟然きぜんとして歎たんじて曰わく、
れは点てんに与くみせん。
三子者さんししゃづ。
曾晳そうせきおくる。
曾晳そうせきわく、
の三子者さんししゃの言げんは如何いかん

わく、亦た各おのおの其の志こころざしを言うなり。
わく、夫子ふうしんぞ由ゆうを哂わろう也
わく、国くにを為おさむるには礼れいを以ってす。
の言げんゆずらず。
の故ゆえに之れを哂わろう。
れ求きゅうは則すなわち邦ほうに非あらざる与
いずくんぞ方ほう六七十ろくしちじゅう
しくは五六十ごろくじゅうにして、

ほうに非あらざる者ものを見んや。
れ赤せきは則すなわち邦ほうに非あらざる与
宗廟そうびょう会同かいどうは、諸侯しょこうに非あらずして
んぞや。

せきや之れが小しょうと為る。
たれか能く之れが大だいと為らんや。

 次に、現代訳を。   

(孔子が言った)「点てん(曾晳そうせきの名)、君はどうかね?」と。
(曾晳そうせきは)まばらに瑟しつをひいていたのを止め、
「ことり」と、瑟しつを置いて立った。そして以下のように答えた。
「さきの3人のなかまの答えとは異なります。
孔子は言った。「どうして、気にすることが有ろう。
各人がその思い・志を述べたまでだよ」と。
(曾晳そうせきは)以下のように答えた。
「晩春には、春の服が出来上がり、
成人した若者5、6人、子供6、7人を伴い、
沂水きすいで水浴びをして、舞雩ぶうに遊び、
詩を詠えいじながら帰りたいと思います」と。
孔子は「うん、おぉー。」と嘆息して、次のように言った。
私は点てん(曽皙の答え)に賛成するよ」と。
(子路・冉有・公西華の)3人が座(その場)を後にした。
曾晳そうせきのみが居残っていた。
曾晳そうせきが(孔子に)尋ねた。
「あの3人の答えは如何でした?」と。
孔子は次のように答えた。
3人が銘銘めいめいその思い・志を述べたまでだよ」。
曽皙そうせきが再び尋ねた。
先生はどうして由ゆう(の答え)を笑れたのです」?
孔子のこたえ。
「国を治めるには礼儀を弁えるのが必須だが、
その言葉は、穏やかではない(猛々しい)。
だから(由=子路しろの答えに)思わず苦笑したのだよ。
また求きゅう(冉有ぜんゆうの答えは)は国に関することではないか。
どうして、6、70里四方、あるいは5、60里四方もありがら、
国家ではないものを見ることがあろうぞ。
これ、赤せき(公西華こうせいか)の話は国家に関することではないか。
先祖の御霊や&会合は、諸侯の話でなくて、何のことか!?
せき(公西華こうせいか)はその大名の小相しょうしょうと為るというが、
(公西華こうせいかを差し置いて)誰が大相と為るというのかねっ」。

 続いて、吉川博士の長い解説を端折ってお送りすることに。

・さて次に孔子は、曽皙の方を向いて、
その言葉をうながした。
「点てん、爾なんじは如何」。
点は曽皙の本名である。

「瑟しつを鼓くこと希まれなり」。瑟しつとはハーブのような
弦に数が多い
琴であり、鼓は動詞であって、「ひく」。

「鼓瑟希」の「希まれなり」とは、
その音声が稀薄であったこと、
つまり爪びきである。

威勢のいい子路がまっさきに抱負を述べ、また若い冉有と
公西華が、
それぞれに抱負を述べているあいだ、

年配の曽皙は、師弟の会話を
妨げない程度に、
しずかに琴を鳴らしていたのである。

「鏗爾こうじと瑟しつを舍いて作つ」。
曽皙は、かたりと瑟をそこえ置き、
立ち上がった。

「鏗」の字はやはり古注の孔安国に、「瑟を投じる声おと」。
瑟は膝の上にのせて奏せられていたのであろか。

そうして立ち上がっての答えは、
大変遠慮ぶかいものであった。

「対こたえて曰わく、三子者の撰せんに異なり」。
私の考えは、今までの三人の方向とは、ちがっております。
ただそれだけを、遠慮ぶかく答えたのであった。

「子曰いわく、何んぞ傷いたまん乎や。
亦た各おの其の志を言なり」。
いや、かまわない。
いまはめいめいが、抱負をのべあっているのだから。

君も、いってごらん。

かくて答えられた曽皙の答えこそは、
この章の中心と意識される部分である。

「曰わく、莫春ぼしゅんには、春服既に成り、冠者五六人、
童子六七人、
に浴よくし、舞雩ぶうに風ふうし、
えいじて帰らん」。

莫春の莫は、暮と同じであって、暮れの春、晩春。
つまり陰暦の三月、陽暦の四月。

そのときに、春の着物、というのは、つまり合服であるが、
それがちゃんと仕立て上がり、すでに元服をおえて
冠をかむった成人は五六人、まだ元服をおえない
未成年の童子つまり
ティーンエイジャーは六七人、
いずれもきりたての合服を着て、
郊外へピクニックに出かけ、

というのは魯の首都曲阜きょくふの郊外にある
川の名であるが、その川で水浴し、
また、そこには舞雩ぶうといって、
あまごいの舞いを
まうための土壇、それは平生の日には、散歩の場所にも
なっていたのであろうが、そこで風すずんだうえ、
うたを、詠うたいながら帰えって来たい。
そうした生活こそ望ましいと思います。

なるほど前の三人の、いきおいこんだ議論とは、
大変違った答えである。
「三子者の撰に異なり」である。

・「夫子喟然きぜんとして歎じて曰わく、
吾れは点に与くみせん」。

孔子は、はああっとため息をついていった。
私は点すなわち曽皙に賛成する。

喟の字は、「説文解字」に「大いなる息也」とあるように、
大きな感動による大きな嘆息を意味する。

・さて話はまだおわらない。「三子者出づ、曽皙後おくる。
三人は先に退出し、曽皙だけが、あとに残った。

「曽皙曰わく、夫の三子者の言は如何いかん」。
子路、冉有、公西華の答えに対する先生の批評を
求めたのである。

「子曰わく、亦た各おの其の志を言うなり矣」。
それぞれ抱負を述べたのだよ。

「曰わく、夫子何んぞ由を哂うや」。
先生はなぜ子路の答えに、お笑いになったのですか。

「曰わく、国を為おさむるには礼を以ってす。其の言譲らず。
是の故に之れを哂う」。国家を治めるには、秩序と調和の
法則である
礼によらなければならない。
ところがかれの言葉は、いっこう謙虚でない。

抱負は抱負として結構だが、いいかたが勇ましすぎる。
さればこそおかしかったのだ。

・孔子は、冉有の言葉乃至は態度を、つづけて批評した。
「唯れ求は則ち邦に非ざるか」。
はじめの唯の字は、次に来る求という主格を強める助字。

求の言葉の内容は、それこそ独立国についての
事柄ではないか。

「安いずくんぞ方六七十如しくは五六十にして、
邦に非ざるものを見んや」。

東京都ほどの面積をもちながら独立国でないという国が、
どこに見つかるか。

かれも、ちゃんとした国の政治の責任者になりたいのに、
へんに遠慮して、六七十里四方か、いやもう少し小さい
五六十里四方か、
などといっている。

・それは公西華についても、同じだ。
「唯れ赤は則ち邦に非ざるか」。

公西華の答えの内容だって、
独立した大名の国についてのことだ。

「宗廟会同は、諸侯に非ずして何んぞや」。
宗廟といい、会同といい、
諸侯以外にありうることではない。
それにかれは、へんにもってまわった
いいかたをしている。

それにまた「赤や之れが小と為る、
孰たれか能く之れが大と為らん」。

補佐役の末席を汚したいというが、
かれほどの人物が末席になるなら、

だれがその上に立つ大きな「相」、
つまり補佐長となるというのか」。

 う~ん、
へとへと。

吉川博士の解説を端折ったものの、
あまりにも長い。

その解説の中で、吉川博士は、
「撰は、方向、方法という意味に、解せられる」とおっしゃる。

じゃあ、
角川新字源(小川環樹・西田太一郎・赤塚 忠 編)には
どのように記載が? と思い、

「撰」他、この章の後半部分の語句や熟語を検索してみた
結果は以下の通り。

・【撰】セン 意味③備わっているもの。そろっている人々。
なかま。〔論・先進〕「異三子者之撰」。同義語:僎

・【鏗爾】こうじ 琴などを下に置くときの音の形容。
〔論・先進〕「鏗爾舍瑟而作」

・【莫春】ぼしゅん 春の終り。同義語:暮春

・【冠者】かんじゃ 成人してかんむりをつけたわか者。

・【童子】どうじ ①こども。同義語:童児 
②こどものめしつかい。同義語:僮子どうし

・【舞雩】ぶう ①天をまつって雨の降るのをいのるまつり。「周礼・司巫」
②そのまつりに舞楽をする壇。
〔論・先進〕「浴乎沂、風乎舞雩、詠而歸」

・【喟喟】きき=【喟爾きじ・喟然きぜん】 嘆息するさま。

 あれっ?
「撰」の意味が…。

そこで、『論語新釈(宇野哲人 講談社学術文庫)の[語釈]を見れば、
以下のような掲載が。

〇撰=具そなえ。心掛けていること。

う~ん、
宇野博士の[語釈]をみれば、吉川博士の解説にちかい。

ちなみに、金谷博士の現代訳を見れば、「撰」を「立派なの」と、
記しておられ、こちらも吉川博士寄りにて、

角川新字源』の意味は、孤立無援(孤軍奮闘?)! 
それでも私は、この現代訳を採用したが…。

 さて、点てん、すなわち曽皙は、以下のように言う。

「莫春者、春服既成、冠者五六人、童子六七人、
乎沂、風乎舞雩、詠而歸」すなわち、春の暮れには、
合服ができ、成人5、6人、子供6、7人を伴い、
沂水きすいで水浴をし、舞雩ぶうに遊び、詩を詠じながら帰らん」と。

 ならば、私も!

来年の莫春ぼしゅん、すなわち4月の「懇親ゴルフ」では、
ライバルのTさんに勝利して、クラブの風呂で汗を流し、
一張羅を身に着け、鼻歌を口ずさみながら、
Aさんの運転する車に便乗して帰らん。

 では、あなたにお伺いします。

あなたは、来年の莫春ぼしゅん(=暮春)には、
どんな楽しみが待っています?

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