「有事(ゆうじ)」解説ページ
さて、十年一昔、その一昔を
三度ほど遡った頃の話。
現役時代の私の周りには、常に、有レ事、
すなわち事件が起こった(ついて回った)。
それは、私にとっては何でもないことでもあったり、
また私を含めた周りの人々にとっても難事件であったりしたが…。
でも、それらは私にとっては、私を成長させるために
天が与えてくれた試練だと考えた。
その難事件の1つが、出荷前の最終検査で、
「製品(筐体)の厚みが足りない!」という報連相が
検査の担当者から私のもとに上がってきた時。
私は、駄目元を承知で、顧客の担当者に直談判を。
すると!
という話の続きは、後段にて。
先ずは、『論語下』(吉川幸次郎 中国古典選5 朝日文庫)の中から
抽出した「先進せんしん第十六 第1章」(の前半部分)をご覧に。
最初に、読み下し文を。
季子きし、将まさに顓臾せんゆを伐うたんとす。
冉有ぜんゆう、季路きろ、孔子こうしに見まみえて曰いわく、
季子きし将まさに於顓臾せんゆに事こと有あらんとす。
孔子こうし曰いわく、
求きゅう、乃すなわち爾なんじ是これ過あやまてる無なき与か。
夫それ顓臾せんゆは、昔者むかし先王せんおう以もって東蒙とうもうの主あるじと為なす。
且かつ邦域ほういきの中うちに在あり。
是これ社稷しゃしょくの臣しん也なり。
何なにを以もって伐うたんと為なす。
冉有ぜんゆう曰いわく、夫子ふうし之これを欲ほっす。
吾われ二臣にしんなる者ものは皆みな欲ほっせざる也なり。
孔子こうし曰いわく、
求きゅう、周任しゅうじん言いえること有あり。
曰いわく、力ちからを陳のべて列れつに就つく。
能あたわざる者ものは止やむと。
危あやうくして持じさず、顚くつがえって扶たすけずんば、
則すなわち将はた焉いずくんぞ彼かの相しょうを用もちいん。
且かつ爾なんじが言げん過あやまてり。
虎兕こじ柙こうより出いで、龜玉きぎょく櫝とくの中うちに毀こわる、
是これ誰たれの過あやまちぞ与や。
次に、現代訳を。
(魯の家老)季孫氏きそんしが顓臾せんゆを攻め取ろうとしていた。
(孔子の弟子の)冉有ぜんゆうと季路きろとが、
孔子こうしに会って次のように言った。
「季孫氏きそしが顓臾せんゆに事を起こそうとしています」。
孔子は以下のように言った。
「求きゅう(冉有の名前)、お前が何か過ちをしているのではないか?
顓臾せんゆは、昔(むかしのえらい天子)文・武が、
東蒙山とうもうさんの祭主としたものである。
なおかつ、魯の領域に存在する城で、
国家の重臣である。
いかなる訳があって、これ(顓臾せんゆ)を攻め取ろうとするのか」。
冉有ぜんゆうは次のように答えた。
季孫氏が顓臾せんゆを(武力で)取ろうとしているのです。
私(冉有)と子路とは、そうしたくはないのです。
孔子こうしは以下のように言った。
求きゅう(冉有の名前)、周任しゅうじん(昔の立派な官吏)は
次のように述べている。
『能力があって補佐役に就き、
力が及ばないときは辞める』と。
危ないのに守ることができず、
ひっくり返っても助け起こすことができなければ、
どうしてそんな補佐役を用いるというのかね。
なおかつ、お前の言葉は間違っている。
虎や水牛のような猛獣が檻から逃げ出し、
亀の甲や宝玉が箱の中で壊れるのは、
誰の過失であろうか」。
続いて、吉川博士の解説を一部割愛してお送りすることに。
・全二百七十四字、さきの先進第十一の末章が、
三百十五字であるのについで、長い章である。
・「顓臾せんゆ」とは、山東省の小さな城であって、
そこの領主は、代代魯ろの保護国として、
魯に帰属していた。
こうした小さな城主を附庸ふようという。
・魯の家老季氏きしは、自分自身の領地として、
すでに広大な地域を、魯国内に占有していたが、
さらに野望を逞しくし、武力によって顓臾城を伐ち、
それをも併合して自己の領地としようとしていた。
この事件に際し、あだかも冉有と子路とは、
季孫氏きそんしの家臣であったが、なぜそうした不正を
諌止し得ないのかと。孔子からとがめられた条である。
・季孫氏が顓臾に伐手を向けようとしたとき、
冉有、すなわち冉求と、季路すなわち子路とが、
孔子に会って、いった。
私どもの主人は、顓臾に対して行動を起こそうとしています。
有レ事とは、武力の行使をいう言葉である。
孔子は、冉有の名を呼んでいった。
求きゅうよ、おまえは心得ちがいをしているのではないか。
一体あの顓臾というのは、過去の時代に、
先代の王が東蒙山とうもうざんの祭主とした国である。
そうしてわが魯国の領主の中に存在している。
つまりわが国家譜代の臣下である。
それを討伐するとはなにごとか。
・「昔者」とは、二字で「むかし」のいみである。
・先王とは、後世のために中国全体の秩序を定めた
帝王の意であって、具体的には、周王朝の創始者である
文王、武王、およびその補佐者であった周公を意味しよう。
・そうした過去の先王の定めた制度として、顓臾の城主は
東蒙山の祭主であるというのは、大名たちの任務の一つは
その領土内にある重要な山川を祭ることであり、
逆にまた著名な山川があれば、その祭主を設けるために、
領地があたえられることもあった。顓臾もそれである。
かつまた顓臾は、完全な独立国としてあるのではなく、
附庸すなわち保護国として、わが魯の「邦域」
すなわち領域の中に含まれている。
だとすると、それは「社稷の臣」である、とういいかたは、
充分にわからないが、「
社」とは、各侯国の君主が祭る土地の神の神社、
また「稷」とは穀物の神の神社であるから、
魯の君主直属の臣下で、顓臾の城主はある、という
意味であろう。
つまり決して魯の家老である季氏に従属するものではない。
それを征伐するのは、大きくしては先王の定めた秩序の
破壊であり、
より狭い範囲では、魯国内の従属関係の破壊である。
それをどうして征伐しようとするのか。
・冉有。それは主人がそうしたいので、
われわれ二人は、じつはみな、そうしたくないんですが。
・孔子。求きゅうよ、周任しゅうじんに言葉がある。
自己の能力を展開して、官吏の序列にすわる。
事柄が事故の能力からはみ出た場合は、やめる。
そう周任はいっているではないか。
・周任とは、古注の馬融に「古いにしえの良吏」、
古代のすぐれた官吏という。
周任のこの教訓にしたがえば、
お前たちは辞職すべきではないか。
お前たちの良心が欲しないことを、主人がしようとするのを、
諌止しえないとすれば、お前たちは無能力者だ。
臣下は君主の補佐者である。君主の危険を支えず、
ひっくりかえるのを助け起こさないとすれば、
補佐者すなわち相しょうが、どの点で必要となるというのだ。
さらにいおう。お前の言葉は間違っている。
柙おりの中にとじ込めておいた虎や兕じが、
おりからとび出し、櫝はこの中におさめておいた亀の甲や
玉ぎょくが、はこの中でこわれるのは、だれの責任か。
保管者の責任にほかならない。
臣下は君主の良心と行動の保管者でなければならない。
・虎兕こじ、亀玉きぎょくの二句は、いうまでもなく比喩である。
「虎」も「兕」もともに猛獣、
「亀玉」の亀は卜うらないをするための亀の甲である。
・虎兕こじ柙こうより出づ、は、君主の行動の暴走にたとえ、
龜玉きぎょく櫝とくの中うちに毀こわる、は、
秩序の暗黙の破壊にたとえるであろう。
あぁー、
疲れたぁー、へとへと。
吉川博士の解説の一部を割愛したものの、
あまりにも長い !!!
でも、吉川博士の解説中には、以下のような記述が。
・有レ事とは、武力の行使をいう言葉である。
・「昔者」とは、二字で「むかし」の意味である。
・先王とは、後世のために中国全体の秩序を定めた
帝王の意である。
・「邦域」すなわち領域の中に含まれている。
・「社稷の臣」とは、魯の君主直属の臣下で、
顓臾の城主はある、という意味であろう。
・周任とは、古注の馬融に「古いにしえの良吏」、
古代のすぐれた官吏という。
・「虎」も「兕」もともに猛獣。
・「亀玉」の亀は卜うらないをするための亀の甲である。
じゃあ、
『角川新字源』(小川環樹・西田太一郎・赤塚 忠 編)には
どのように記載が?
と思い、「有事」他、この章の前半部分の語句や熟語を
検索してみた結果は以下の通り。
・【顓臾】せんゆ 春秋時代、魯ろの附庸ふよう(属国)の名。
今の山東省費県の北西にあった。
・【有事】ゆうじ ②事件が起こる、起こす。
〔論・季子〕「季氏将レ有レ事二於顓臾一」 対義語:無事。
・【昔者】せきしゃ ①むかし。以前。往年。
・【先王】せんのう ①むかしのえらい天子。
堯ぎょう・舜しゅん・禹う・湯・文・武の諸天子をいう。
②前代の王。
・【邦域】ほういき 国境。国土の区域。
〔論・季氏〕「且在二邦域之中一矣」
・【社稷の臣】しゃしょくのしん 国家の大任を引き受ける臣。
国家の重臣。
・【兕虎】じこ 水牛ととら。猛獣の代表。〔老子〕
・【亀玉】きぎょく かめの甲と玉。
ともに貴重なもの。〔論・季氏〕
あれっ、「有事」とは、「武力の行使をいう言葉」?
『角川新字源』には「事件が起こる、起こす」とのみ
記載されているし、「周任」の意味が、同辞書には記されて無い!
まさしく、事件発生!?
そこで、困ったときの、宇野博士頼み。
早速、『論語新釈』(宇野哲人 講談社学術文庫)の[語釈]を見れば、
こちらにも「周任」の記載はない。残念。
そこで、同書の[通釈]をみれば、
「古の史官しかんの周任しゅうにんという人」という現代訳が。
また、『論語』(金谷 治訳注 岩波文庫)の現代訳を見れば、
次のような記載が。
(むかしの立派な記録官であったあの)周任しゅうにん
と、どちらも「しゅうにん」というルビが付されている。
ちなみに、「有事」について、
宇野博士は「○事あり=事は戦争をいう」という[語釈」を、
金谷博士は「事を起こそうと」という「現代訳」を
それぞれ付しておられる。
そこで、私は「有事」=「事件が起こる、起こす」
という現代訳を採用することに。
さて、難問・疑問、事件が解決したところで、
冒頭の続きを。
顧客の担当者に駄目元で、電話にてお伺いしたところ、
けんもほろろに、あしらわれた私は、その時、初めて、
その担当者の人となりを知ることに…。
早速、現場の責任者に連絡し、
中間検査の報告書を持って、現場まで来るよう伝えた。
蒼い顔をして現場に駆け付けた彼は、まず、職務怠慢を謝り、
「どうしましょうか?」と私に尋ねる。
で、私は次のように。
「うん、出荷を1日延ばしてもろうて、明後日の夜になったから、
今晩中に製缶を済ましたら、何とかなるんじゃない」と答えた。
すると、かの責任者は、「わかりました。明日の朝一番に
塗装(次工程)へ持って行きます。」と答え自部署に引き返した。
その後、二人のやり取りを傍で聞いていた各担当責任者にも、
翌日からの善後策や処置を、私は尋ねた。
すると、彼らは、前工程の同僚を非難することもなく、
タイトな納期にも、不平・不満を漏らすこともなく、
滞りなく、善後策を考え、処置をして、無事、目標達成 !!!
つまり、彼らは難事件・大事件を解決して、
無事、予定(約束)通り出荷という1つの目標を
達成したのであった…。
その時、私が感じたのは、彼らの実力、
団結力と力強さ、逞しさ、将来性であった。
では、あなたにお伺いします。
あなたは、周りで「有事ゆうじ」、すなわち大事件や
難事件が起こったとき、まず、何をどうします?
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