2009年10月31日 (土)

指掌(ししょう)

Toudounotaki0910054 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「おまえ、気ぃーつけとけよぉー。」
「オヤジは、そういいながら、急におまえの指を引っ張るんぞぉー。」

「そのときの痛さゆうたら、飛び上がるぐらいぞぉー。」
と傍らに座している従兄弟が私をおどす。

 それでも伯父は、相変わらずにこやかに、
「おまえ、これ、いつ捻ったんや?」
「どこで、どなんしよったん?」

「ほぉー、そうかー。そりゃあ、痛かったやろのー。」
「まぁー、折れてはなさそうなんで、不幸中の幸いやったの。」
「次からは、気ぃーつけや。」
と言って私の緊張を解きながら、伯父は私の脱臼した指をさする。

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2009年10月19日 (月)

遂行(ついにゆく)

Toudounotaki0910052 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「アンタ、何ができる?」
「えっ、聴いて、質問して、承認して…。」
「それから、必要に応じてアドバイスして、リクエストする?」
「それだけ!?」

「そらイカンわー」
「何でもできにゃー」

「会社を経営するっちゅうんは、色々な問題を処理するいうことなんや! 縦糸にも横糸にも、それら全てに対応できんとー。」

「そんなもん、『あれはできるけど、これはできん』ちゅうのでは話にならんわ。 何にでも対応できんとー…。」
という言葉を聞いたコーチは遂に行く。

 う~ん、
たしかに、おさまりが悪い!
吉川博士のお説のとおりである。

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2009年10月 7日 (水)

隣里郷党(りんりきょうとう)

Hachimandaira0910051_2 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「社長は給与取りすぎよ。」
「たいした仕事もしてないのに…。」

 「ワシが社長になったら、あんたらの給料上げちゃる!」

「特に、O君には!」
「O君なんか、かわいそうなもんや…。」

「あんた、O君がなんぼもらいよるか知っとる?」
と聞くYさん。

「私は、O君の給与明細書を見たことも聞いたこともありませんから…。」と、そっけなく答えるHさん。

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2009年9月26日 (土)

粟五秉(ぞくごへい)

 1町歩の畑が田舎にあって、その維持・管理に頭を抱えている。

ところが、「道路に面した3反だけ売ってくれ」
という人が最近現れたが断った。

 しかし、「10a(アール)まとめて買ってくれるなら売ってもいい。」とも言った、というYさんの話を先の「粟五秉」解説ページ(左の文字をクリック)の冒頭で紹介した。

 このYさんの話は度量衡についての理解があれば簡単。
そこで、その表を作成すると、次のようになる。

Doryoukou4

 これで、Yさんの話のどこに「?」、つまり疑問があったのかをご理解いただけた(と思う)。

 えっ、
評価額がおかしいー!
ですかー(笑)。

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2009年9月19日 (土)

木鐸(ぼくたく)

 「Mさん、忙しい?」
「ちょっと時間いい?」
と神妙な声と足取りで、突然現れたKさん。

 「えぇー、いいですよ。」
「何ですか。」と
キーボードを叩く手を止めて、声のする方に向きを変えたMさん。

 「ちょっと、相談に乗ってやー。」
いつもの覇気、元気が感じられない様子のKさん。

「はい、私でよければ…。」と応じるMさん。

 「実はな…、また1人辞める言うてきたんよ…。」
「今年に入って、これで退職者が早、3人目や。」

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2009年9月12日 (土)

恵人(けいじん)

 のっけから恐縮ですが、
「奇特な人」=「恵人」でしょうか?

という質問(クローズド・クエスチョン)を聞けば、
即座に、「NO!」
と、直感で答えることができる(と思う)。

 そこで、では、その違いはどれぐらい?
と訊けば、ここで初めてあなたの思考回路は廻り始める(はず!)。

 そして、先ず、「字が違う。」

奇特=殊勝であり、

【奇特】きとく とは、(キドクとも)いい、「特にすぐれて珍しいこと」(広辞苑)という意味であり、

【殊勝】しゅしょう とは、「感心なこと」という意味である(角川新字源)

と答えるかもしれない。

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2009年9月 5日 (土)

博文約礼(はくぶんやくれい)

 「Oさんに質問です。」
参加代表者の発表が終わり、質疑応答の時間になるや否や、
2代目社長のFさんが即座に口を開いた。
 
 そして、次のように続けた。
「Oさんの計画書によると、今年度の目標は『生産性の向上5%以上』とありますが、私は目標値が低すぎると思うのですが…。」

「この5%の根拠を教えてください。」と。

 この質問を聞いたOさんの顔は一瞬青ざめ、次に紅潮に変じた。

「なにが根拠やー。」
「おまえが、今期の計画書をつくれ、書けと言ったんやないか!」

「おまけに、『数字まで入れよ』というからワシは入れただけよ。」

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2009年9月 1日 (火)

礼譲(れいじょう)

 「Tさん、ちょっとアンタに聞くんやけどな…。」
と、戸惑い気味に近づいてきたSさん。

「えっ、はい、何でしょう?」
いつものこととはいえ、Sさんの表情を見て、少し緊張気味のTさん。

 「うーん、まぁー、たいしたことやないんけどな。」
「それに、悪口になってもいかん思うてな…。」
「それで、言おうかどうしようかと迷っていたんやけどな。」
「折角、アンタに会うたんで、ちょっと言うとった方がええやろ思うてなー…。」
何か、意味ありげな顔で、しかし言い出しにくそうなSさん。

 「あぁー、ありがとうございます。」
「Sさんのおっしゃることなら何なりと…。」
「いやっ、是非、お聞かせください。お教えください。」
と言葉を選んで答えるTさん。

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2009年8月22日 (土)

即戎(そくじゅう)

Kantoumatsuri0908061 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「また、R社にやられました。」
というTさんの返事を聞いた途端、

「なにぃー、それっ、どういうこっちゃあー!」
と、声を荒げたS部長。

 しかし、日頃の冷静さを取り戻すには、そんなに多くの時間を必要としなかった。

 「T君、あんた一体いくらの見積書を提出した?」
と部下のTさんに問いかけた。

「はい、○○万円です。」と答えるTさん。

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2009年8月15日 (土)

正人(ひとをただす)

Nishimonaibonodori0908064 画像は秋田の友人からのプレゼントで
西馬音内(にしもない)盆踊りの一場面です。

 「なぜ、どうして事務所入り口のオープンスペースで、昼休みに常務のYと将棋を指すのが悪いんですか?」

と、社長のHさんに詰め寄るKさん。

「おまえ、そんなこともわからんのかー。」
「もう、えーぇ(いーぃ)。」
とだけ答えて、嘆かわしげな表情で、
Kさんを突き放したHさん。

 ことの発端は、とある企業でのできごと。

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2009年8月 8日 (土)

学如不及(がくはおよばざるごとくす)

Nishimonaibonodori0908063 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
「西馬音内にしもない」盆踊りの一コマです。

近況と題したメールに添えて8月6日に届きました。
また、そのメールには次のような内容、コメントも付されていました。

元気ですか。
東北は祭りで燃えています。

・竿灯 8/3~8/6 (東北三大祭 253本 提灯の灯りが稲穂を連想させ見事です)

・西馬音内盆踊り (国指定重要無形民俗文化財) 8/16~8/18
 -端縫い衣装 (4~5種類の絹生地を合わせて端縫った衣装)
 -ひこさ頭巾  (黒い覆面を被って踊り手の表情が見えず亡者を連想させ幻想的な雰囲気)

 そして、「インターネットで見てください」というメッセージも添えられていたので、早速検索してみて、また1つ賢くなった私(笑)

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2009年8月 1日 (土)

不言実行(ふげんじっこう)

Sanyasouten09052412 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「よしっ、じゃー、君に成功の秘訣を教えてあげよう。」と講師がいう。

 どんな成功の秘訣が飛び出してくるかと、
当事者を始め、参加者一同、固唾をのんで待つ。

 もし、あなたが講師であれば、
どんな成功の秘訣を紹介しますか?

 ちなみに、その講師の答えは、
「君、成功しよう思うたら、先ず、目標を持つこっちゃー。」

「目標を決めて、その目標を公言する」
「つまり、みんなの前で言うこっちゃー。」

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2009年7月25日 (土)

仕学並長(しがくならびちょうず)

Sanyasouten09052410 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「うち、高校でとるんよっ!」
「府立の夜間にいったんよー。」
「そして、…」
と彼女が、T君と私の会話に突然割って入った。

 「へぇー、何が原因で高校へ行く気になった?」
と彼女にたずねる私。

「中学生のときは勉強がイヤで、それで就職したけど、
働き始めて、やっぱり高校ぐらいは行かんとイケン!
と私、思うたんよ。」と答える彼女。

 「ほぉー、で、高校へ行ってどんな成果や学び、楽しみがあった?」
と、さらに問いかける私。

すると、彼女は嬉々とした顔と声、態度で次のように語り始めた。

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2009年7月18日 (土)

恕(じょ)

Sanyasouten0905248 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「おまえのあの挨拶な、
やさしさがちと足りんのとちゃうかー。」

「あれだけ長時間、それも雨が降る中で、
皆さん、終いまで見てくださってるというのにー…。」

「おまえ、それ分かっとったか?」

「なら、相手に伝わるように、もう少し丁寧に、
言葉を選んで感謝の気持ちを述べたらどうや。」

「気のきいたお礼の言葉の1つや2つぐらいは言わんかい。」

という言葉を耳にしたことはあるものの、

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2009年7月11日 (土)

兼人(けんじん)

Sanyasouten0905246 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
エノモトチドリです。

 「おまえどう思う?」
と意見を求められるので、
「斯く斯くしかじか」と答える。

 すると、
「待ってました!」とばかりに
「それは、違う、可笑しい!」
と異を唱える。

 そして、反論のための、反論。自己主張を開陳し始める。

 そんな同僚・先輩や上司が、どこの会議の席上にも、
必ず存在する(必ずといっていいぐらい?)。

 また、
「今日は、無礼講。何を言ってもいい、許す。」
とおっしゃるので、つい、その気になって、
日頃の思い・考えを主張する。

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2009年7月 2日 (木)

適莫(てきばく)

Takenoko0906131 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 これっ、何やろ?
と思っていたら、タケノコ!

 私の考えて(思い込んで)いたタケノコは、孟宗竹の若芽。

ですから、「友人と採りに行ったタケノコ」という注釈を見るまでは、この画像が何であるか、私はわかりませんでした。

 その注釈を見て、
んっ、淡竹はちく

 孟宗竹の柔らかいタケノコも美味しいけど、
祖母の炊く、淡竹はちくも美味しかったな~、
という幼い頃の記憶が私の中に蘇りました。

 さて、適莫てきばくとは、「角川新字源」によると、

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2009年6月20日 (土)

弘毅(こうき)

Hukisathueikai0906134 画像は秋田の友人からのプレゼントです。
次のような説明つきで6月13日に届きました。

今朝早くから秋田蕗(ふき)の撮影会に行ってきました。
秋田蕗は栽培する農家が2~3軒程になっています。

「秋田の国では雨が降ってもカラ傘などいらぬ手ごろの蕗の葉サラリとさしかけ さっさと出て行がえ」と、
秋田民謡にあるように、秋田蕗は茎の長さ約1.5m 、直径が5cm、また、円形の葉は直径が約1.3mと長大なことでも知られています。

秋田蕗の用途は、食用として蕗羊羹(ふきようかん)、砂糖漬け。工芸品には秋田蕗摺(ふきずり)などがあります。

 さて、
「おまえ、知らん顔しとけ」
「泰然自若としとれ。こせこせするな」
「男は何事一つ事やっ。あれもこれも手ぇ出すな」
「知ったかぶりをして口を出すな」などと、
幹部社員の一挙手一投足に対して、
気づきと振り返りを促すとあるオーナー社長のTさん、

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2009年6月13日 (土)

三軍(さんぐん)

Sanyasouten0905244 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 さて、のっけから恐縮ですが、あなたにおうかがいします。

「『政府に尋問の筋これあり』の心境だ。」
と、辞表提出後に記者団の質問に答えた某大臣の辞任(更迭)劇は

・三軍(さんぐん)も帥(すい)を奪(うば)う可(べ)き也(なり)

つまり、政府に敵対した大軍の総大将、総務相が奪われた(閣内から姿を消した)と考えるか、それとも、

・匹夫(ひっぷ)も志(こころざし)を奪う可からざる也。

身分のいやしい男でも(政界のサラブレッドと揶揄されるご仁であり、匹夫ならぬ貴族と称すべき方ではあるが…)その志が固ければ、他人がそれをかえさせることはできない。〔論語・子罕篇第九〕

 この2つのどちらだと、あなたはお考えですか?

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2009年6月 6日 (土)

方人(ひとをたくらぶ)

Sanyasouten0905241 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

秋田は新緑の真っ盛り、一番良い季節です。
山菜もアイコ、シドケ、タラの芽に変わりワラビ、ゼンマイ、タケノコが旬になります。
来週は友達とタケノコを採りに行きます、
熊に襲われないよう気を付けて行きます。

来週中には宇都宮農園もトマト、キュウリを植える予定で忙しいです。

 5月24日づけの「近況」と題したメールには、このような言葉とともに冒頭の画像他が添付されていました。

 それらの画像を方(たくら)べ、今日の気分でこの画像を選択しました(笑)。

 んんっ、
この表現方法、すなわち「たくらぶ」とは?

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2009年5月28日 (木)

斯道(しどう)

Kinkakuji0904164naibu 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 突然で恐縮ですが、
この画像を見て、あなたは何を思われましたか?

 私は
・面壁九年(めんぺきくねん)
・慧可断臂(えかだんぴ)
という言葉を思い出したのですが……。

 ちなみに、それぞれの言葉を「広辞苑」で検索すると、次のような記載がありました。

・めんぺき【面壁】(達磨(だるま)が中国の少林寺で壁に面して座り続けること九年、一語も発しなかったという故事による)壁に向って座禅すること。

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2009年5月16日 (土)

不以人廢言(人を以って言を廃せず)

Ookawazoi0905021 画像は秋田の友人からのプレゼントで
秋田市内、「大川反」の桜です。

 「Sさん、このまま、うちの会社に居って、今の仕事を継続しても、あなたは『見込がみない』
と、K課長がおっしゃってましたよ」。

何を思ったか、女子社員のAさん、先輩社員のSさんにこのように告げた。

 これを聞いたSさん、
「なにぃー、おまえ、どっち向いて、もの言いよるんや!」
「おまえなんかに、そんなことを言われる筋合いはない!」
と、Sさんは、周りから瞬間湯沸器と異名をとる様相を呈した。

 それから、数ヶ月後のとある日、

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2009年5月 9日 (土)

和而不同(わしてどうぜず)

Shidarezakura0904213 画像は秋田の友人からのプレゼントで
角館(武家屋敷)の枝垂(しだれ)桜です。

 4月21日付のメールに、次の文面とこの画像他が添付されていました。

元気ですか。

秋田にも春がやって来ました。

昨日は、田沢湖周辺を女房とデイトしました。

西木の20ヘクタールのカタクリ群生、
刺巻の6万株の水芭蕉群生地。
角館の武家屋敷の枝垂桜、
田沢湖からの秋田駒ケ岳と、
天気に恵まれ一日楽しみました。

今週末までが見頃です。
例年より10日程早いそうです。

 おぉー、
夫婦円満でうらやましいー!

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2009年5月 7日 (木)

「和而不同」解説ページ

Tazawako0904214 画像は秋田の友人からのプレゼントで
田沢湖のほとりにたたずむ?辰子像です。

 さて、突然ですが、ここで問題です!

この辰子像は、田沢湖と和しているでしょうか、
それとも、同じているでしょうか?

 えっ、
和と同、どう違うの?
な~んか難しそうー。

 いやいや、
これはクローズド・クエスチョン(限定質問)で
YES NOで答えればいい問いだから簡単!

 いやっ、
二者択一は脅迫になり、やる気が殺がれる !!

 でもねっ、

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2009年5月 2日 (土)

自訟(じしょう)

Kinkakuji0904162 画像は秋田の友人からのプレゼントで
ご存知!金閣寺です。

 さて、先の「自訟」解説ページの記事において、

・同級生に迷惑をかけたのでは?
・同級生に満足していただいたであろうか?
・同級生のためにできることが他にあったのでは?

などというおまえの「自訟(じしょう)」とは、
「自分で自分のあやまちを責める」
という本来の意味、使用方法ではなく、

「自省」、すなわち自ら省みる、
「自分で自分の行為の善し悪しを考えてみる」
ということと違うか?

 ならば、既に、おまえは、
間違い、すなわち過ち、過失をおかしているぞ!

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2009年4月23日 (木)

人之過(ひとのあやまち)

Bunraku0904053 画像は秋田の友人からのプレゼントで
わが郷土 俵津文楽の1コマです。

 「人間のあやまちは、それぞれ党、つまり育った環境によってさまざまである」
「過失のしかたを見れば、つまり人がらわかる。」
と貝塚博士は仰る。

 んんっ、
何か変。

人の過ちの原因が郷党(郷里。むらざと)にあるのであれば、
過失のしかたを見れば、その郷土の教育や思想、風土や習慣、環境などがわかるのでは?

 なのに、「人柄がわかる」と仰るのは、過ちをおかした人に帰属するすべての事柄、つまり出身地や教育・思想なども含めたすべてのことであろうか。

 人柄=品性と解釈すればうべなるかなではあるが……。
少しくわかりづらい。

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2009年4月16日 (木)

欺罔(ぎもう)

Sakura0904051 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
桜の名所である野福峠から我がふるさと俵津を見下ろした一景です

 花見と題したメールとともに昨夜届きました。
そして、そこには次のように記されていました。

元気な顔に逢えてホッとしました。

何十年か振りに俵津の桜を見て昔を思い出しました。
桜も満開、天気にも恵まれ、元気な友の顔も見て満足しました。
人情、四国の味、香を堪能し、元気を貰いました。

今回は、のんびり車の一人旅で、この2週間は夢の世界でした。

 おぉー、
さすが達人!

 いやっ、
超人かな?

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2009年4月 9日 (木)

造次顚沛(ぞうじてんぱい)

Ranten0903094 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「オレのお袋は偉かった」
と切り出したWさん。

 その問わず語(がたり)の経緯(いきさつ)を次のように続けた。

 「お袋がな、
『楽してアンタを大学へ行かせたんと違うんよ。』
『苦労して、大学まで行かせたんよ。』
『それを忘れんといてやっ。』
と、オレに言うんや。」
「普通いうか?」

と私に問いかけてきたWさん。

 私の答えを待つ間もなく、

「オレは、片時もそのときのことを忘れることはなかった」
「そやからな、」

と、接続詞を挿んで一息入れたWさん、

「同期入社の新卒が50名ぐらい居ったけどな、」

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2009年4月 2日 (木)

可使由(よらしむべし)、不可使知(しらしむべからず)

Ranten0903092 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「おまえ、なー、
上層部だけでやりよるからうまくいかんのや。」

「下に降ろして、
みんなで揉まにゃ、うまくいかんやろうー。」
と、とある方がおっしゃる。

 ことの発端は、各部門長と呼ばれる人たち(各部の部長と称される責任者の方々)が、下、すなわち○□課長と呼ばれる人々に詳細な説明をして、問題や課題を共有する努力を怠っていたことにあった。

 では、その努力を怠った原因・要因は何か?
それが、可使由(よらしむべし)、不可使知(しらしむべからず)という故事に倣ったものか否か!
というほどの大層なものではない(笑)

 その要因として考えられるものには、

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2009年3月20日 (金)

懐居(きょをおもう)

Yukiwarisou0903151 画像は秋田の友人からのプレゼントで
雪割り草です。

 「おまえな、H、アイツは毎日家に帰りよるんぞ!」
「おまえどう思う?」
と、Kさんが私に聞く。

 「……」。
返事に困る私。

 否、私の返事を待つまでもなく、
「男は、朝いったん家を出たら仕事が終わるまで家に帰らんもんや」
「それが男というもんやっ。」
「Hという男は女々しいやっちゃー。」
と、吐き捨てたKさん。

 いわゆる、余桃の罪という類のもの。

 このようになると、その関係の修復はいたって困難。
後は、瓦解のときを待つ以外に打つ手なし?

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2009年2月21日 (土)

三年学びて

Ranten0902211 画像は秋田の友人からのプレゼントで
蘭展の1コマです。

元気ですか。
そちらは梅の花も満開の頃だと思います。
花見の幹事さん、計画は進んでいますか?
楽しみにしていますよっ。

こちらは暖冬で雪も少なく過ごしやすい日々を送っていたのに、ここ一週間ほどの天候は荒れ狂い、冬の秋田を思わせる厳冬の世界。
でも、心は春に成っていますよー。

写真は先日の蘭展です。

こんなメッセージとともに届きました。

 えっ、
花見の幹事さん?
はい、ちぃーっとも進んでおりませんよ~(笑)

 三年学んでいるうちに、いつの間にか同級会の幹事に祭り上げられていた。

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2009年2月 7日 (土)

濯濯(たくたく) Part3

Gankou0902021 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
雁の北帰行です。

 次のような文面とともに2月2日に届きました。

大寒の頃から秋田は暖冬気味です。
真冬日の日が無く、お日様が時々顔を出してくれ気分が嬉しくなります。
 
添付の画像は、雁の北帰行、
今年は一ヶ月程早く感じます。
1,000羽以上の群れも有りましたが写真に撮れず。

 うーん、残念!
雁で埋め尽くされた空を私は見たかったー、
などと「無いものねだり」の余計な一言(笑)

「K君、東田です。ちょっと来てくれる」
という東田の要請に、渋面をつくって現れたK君。

「お客さんから、こんなクレームが入ってきたけど憶えある?これらの原因を教えて」
A4用紙3枚一杯に記載されたクレームの一覧表を差し出す東田。

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2009年1月31日 (土)

濯濯(たくたく) Part2

Hinode0901034 境界線とは何?
と聞かれ、広辞苑を見ると次のように記載されていた。

きょうかい【境界】 さかい。区域。「境界線」→きょうがい。

 んっ、
境界とは、「きょうかい」とも、「きょうがい」とも読むのか!
と、思いつつ「きょうがい」を見ると、【境界】。
同じ漢字であった。

が、その意味は相違し、次の4つが記載されていた。

①〔仏〕・果報として各自が受ける境遇
・感覚・思慮作用を起こす目・耳・鼻・舌・身・意の六根の対象
②自分の勢力の及ぶ範囲内。分限。
③この世での境遇。境涯。
④身体。からだ。

 で、何?
タイトルの「濯濯(たくたく)」(山に草木のないさま。禿(はげ)てツルツルしている形容)と「境界線」はどう繋がるんや!
ですねっ。

 実は、それなんですが、

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2009年1月22日 (木)

濯濯(たくたく) Part1

Snow0901152 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「おまえ、えらい屋根が淋しゅうなったのー。」
と言われ始めたのが、いまを去る30と数年前。

 それまでは、フサフサとしていた~(笑)

 では、なんで濯濯(たくたく)たる状態と化したのか?
ということで、その理由を孟子に聞いてみた。

 早速そのわけを、『孟子・(下)』 小林勝人(訳注) 岩波文庫と 、『孟子・』 金谷 治(著) 中国古典選9 朝日新聞社からの引用、すなわち良いとこ取りで、訓読(読下し文)と、その現代訳、ならびに解説を読みやすく、わかりやすい形に加工してお届けします。

 まずは、訓読(岩波文庫から)です。

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2009年1月17日 (土)

正己(おのれをただす) Part2

Hinode0901033 えっ、
最大の無駄は、自分自身だった!
のですか~(笑)

 ほぉー、
じゃー、それに気づいて何をなさいます?

 へぇー、
身を減ずる、滅する術(すべ)を身につける必要性があることに気づいたんですかー。

 んっ、
身を減ずるとは、ダイエットに挑戦するということ?
それとも……。

 しかし、身を滅するとは、穏やかではないですねー。
まさか、この世を儚(はかな)んであの世往きの片道切符を手に入れようとか~(笑)

 ご自身のどこ(何)に、どれぐらい不満なんです?

 えぇー、
すべてー。

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2009年1月16日 (金)

正己(おのれをただす) Part1

Snow0901153 画像は秋田の友人からのプレゼントです。
次のメッセージとともに今日届きました。

 ここ数日、秋田は大荒れです。
雪は下から舞い上がり、
視界は殆どゼロ、猛吹雪です。
一度、地吹雪を体験させたいです。
毎朝、起きると積雪が20センチ程有り、
雪寄せで一日が始ります。

 さて、今年の干支は、「己丑(こちゅう。つちのとうし)」。
ならば、今年は、己に克(か)とう!
そんな思いで、今年の最初に書いた記事が、「克己復礼」。

 しかし、「己」は「紀」なりと、安岡正篤翁は「正己(おのれをただす)」必要性を説く。(『干支の活学』 安岡正篤(述) プレジデント社)

 んんっ、
「己に克つ」前に、「己を正す」必要あり?

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2009年1月10日 (土)

克己(こっき)

Hinode0901032 屋外のトレーニング・コースを走った。
100m.も走るか走らない内に、ひぃー、ほぉー、はぁ~。
あえなくギブアップ!

 30代前半のことで、体力の衰えに気づいて愕然とした。

 それを機に、毎朝ジョギングを始めた。
が、4、5年も続けるうちに、
20代前半に痛めた古傷、その膝が悲鳴を挙げ始めた。

 それでも朝のジョギングは継続した。
結果、ついに歩けなくなり整形外科へ。

 院長曰く、
「膝の訴えを無視して走るという行為はお奨めできません。」
「痛いときは、歩くほうが賢明です」と。

 その翌朝からウォーキングに変更した。
そして、距離を2倍に延ばした。

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2008年12月27日 (土)

行己(おのれをおこなう)

 【行己】おのれをおこなうとは、「角川新字源」によると、
「自分の身を行動させる。自分の行ないをする。」
ということでしたねっ。

 では、自らの信じる行ないを実践すると、
どのような事態に直面することになるのでしょうか。

 まずは、周りの人々から反感を買う。
白い目、異端児として見られるし、
「出る杭は打たれる」といわれるとおり、妨害や迫害、潰しに遇う。
(ほんの一部の人からは、好感をもって受け入れていただく場合もあるのですが…。)

 次に、自らは、
オレは本当に正しいことをやっているのだろうか?
こうすることが、果たしてみんなの幸せに結びつくのか、他にいい方法や手段は無いものか?などという迷いや悩みに加えて、

こんな嫌な思いや、思い出したくもない場面・経験・体験をしてまでも、「己を行う」必要が有るのか?
少し、妥協した方が、もっと楽しい人生になるのでは……。
と、自分自身を疑うときや場面にも遭遇する。

 それでも、自分の信じる道をひたすら進む!
そんな人に欠かせないもの、

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2008年12月20日 (土)

聞くこと有るを恐る

Kumiiwamoto081209 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
岩本公水です。
 秋田 西馬音内出身の演歌歌手
というさりげない注釈も付されていました。

 で、この画像を頂戴した私は、
あんた、岩本公水を見に行ったん?
いつ、誰と、何が目的で(何のために。狙いは)?
ゴール(求めるもの。得たいもの。実現すると得られるもの。目指すもの)は何?
得たもの・失ったものは?

 ところで、
この写真を私に送付してくれた意図は?
何を思って送ってくれた?
私が女性好きだと思って?

などなどと、私は聞くことを恐れたし、遠慮した。
そして、聞きたい気持ちに蓋をした。

 そのわけは!

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2008年12月11日 (木)

朽木(きゅうぼく)は雕(ほ)る可(べ)からざる也(なり)

Nibetsu0811168 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
仁別の紅葉です。

・おまえのような性根の腐った奴は使いものにならん
・あんな奴は、何の役にも立たん
・Aさんは失敗ばかりする人
・B君は不平・不満ばかり言う人
・あんたは何をやらしてもとろくさい(とろい)人
などといえば、
相手や特定の人に「レッテルを貼る」という行為になる。
たとえ無意識的にしろ、意識的にしてもである。

 では、「レッテル」とは?

レッテル【letter オランダ】①商品に製造会社などが貼りつける紙札。商標。②転じて、ある人物や物事に対する特定の評価。
レッテルを貼る:一方的に或る評価・判断を下す。「反逆者のレッテル」

と、『広辞苑』には記載されていた。

 う~ん、
微妙に、私の思いとその意味を異にする。

 では、と、『新明解国語辞典』を見てみた。

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2008年12月 9日 (火)

「朽木不可雕也」解説ページ

Syokubutsuen0811167 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
植物園の落葉です。

 3日間ひたすら寝た。

朝も昼も、
そして、夜も。

1日目は自分自身の自然治癒力を信じて。
2日目以降は、医者の処方した薬を飲んで。

そして、この3日間寝て得たもの、それは、
・益なし
・老化を促進するのみ
・学ぶに如かず
であったー(笑)

 そこで今日は、学ぶに如かざるなり!
という題材ではなく、昼寝をしていて怒られたというお話。

 そんな「えっ」という驚きの章を、『論語・』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 朝日文庫の「公冶長第五」から、引用を主に訓読(読下し文)とその現代訳、ならびに吉川博士の解説を読みやすく、わかりやすい形に加工してお届けします。

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2008年11月29日 (土)

誨(かい)

Ootakiyamakouen0811164 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
大滝山公園の初冬のたたずまい「その2」です。

 先日はありがとうございました。
また、「教えてください。」
という、メールやはがきを頂戴すると、

 んっ、
またオレ要らんことをいった?
と思い、

 「いろいろ教えてくださいね。」
といわれると、
またオイラー、余計な独り言や情報提供をしたかー、
なとと不安になる。

 かと思えば、
「いろんな所へ行って、教えているのですか?」
とも聞かれて返事に困る。

 コーチは教えない!
はずなのにー。

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2008年11月24日 (月)

大道(たいどう)

Dakikaerikeikoku0811162 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
抱き返り渓谷です。

・組織はないが、先見の明と実行力のあるリーダが居る。
・タイムカードはないが出勤簿もあって、信頼関係がある。
・課長も部長もいないが、自然に力関係を認める社員がいる。
・管理部門はないが、受注から納品までのシステムが確立されている。
・納品は宅配便に頼っているが、販売費および一般管理費は15.5%である。

 そして、借金が無いので経常損益はプラスである。

 また、
30数年間、一度も値上げをしたことも、
下請けイジメをしたこともないが、
日新、日新と日々効率アップを重ねて、
37年間、毎年、経常利益率35%以上を挙げ続けている。

 そのわけ(理由)は

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2008年11月20日 (木)

駟不及舌(しもしたにおよばず)

Bukeyashiki0811163 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
「武家屋敷」です。

 近況と題した11月16日付のメールには
次のように書かれていました。

秋田は先日まで小春日和でした。
例年だと10日前後に初雪が降るのですが
今年の初雪は19日頃になるようです。

添付の写真は、初冬の武家屋敷、抱返り渓谷、田沢湖です。

 あっ、
これ掲載してよかったのかな?
といっても駟不及舌(しもしたにおよばず) !!!

 ネットにリリースしたもの、つまり筆禍は、
たとえ、4頭立ての馬車で追っかけても、
ジェット機で追いかけても追いつけませんねっ。

 あとで「すみません」
と、謝って削除することはできますが……。

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2008年11月 8日 (土)

執鞭之士(しつべんのし)

 「おいっ、あれ持って来い」
「これ、やっとけっ」
などと自信を持って部下を可愛がる上司は激減し、
そんな上司を理想像とする新人を探すのは、
宝くじに当たるほど難しい。

 しかし、まだそんな元気な御仁に遭遇する場所や場面がある。

 「おい、7番持って来い。」
「3番ウッドを取れっ」
「おいっ、ピンまでナンボやっ!」
などと、のたまう。

 ご存知、
ゴルフ場での1場面。

 ゴルフは大名の遊び、
お供を引き連れて楽しむ遊び、
などと仰る方もいらっしゃる。

 しかし、仕事とはいえ、このような言葉を浴びせられた相手、
すなわち、キャディーさんといわれる方の心中やいかに?

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2008年11月 4日 (火)

「四悪(しあく)」

Mushinoyu08101305  画像は八幡平(11/5訂正)玉川温泉の「蒸の湯」です。
先月の13日に秋田の朋友から送ってもらいました。

 「町田課長、今回の仕事は杉原さんにお願いしようと思うのですが…」と、東田が切り出した途端、

「あかん、あかん!」
「あんなもんは使いものにならん!」
と、町田課長。

 「杉原さんのどこに、どのような問題があるのですか?」
と聞く東田。

 「あいつはなー・・・」と、
話し始めた町田課長曰(いわ)く、
「いつも、ワシの言うことを聞かん!」と。

 「いつもとは、毎回、事あるごとにですか?」
と聞く東田。

 「そうやっ!」
憤然と答える町田課長。

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2008年10月27日 (月)

「吾憂(わがうれい)」その2

Magorokuonsen08101303 画像は、秋田の友人からのプレゼントで、
乳頭温泉郷「孫六温泉」です。

□最愛の奥様に「いつもありがとう」という一言がいえない
それは、甘えからですか?
それとも……。

 えっ、
ありがたく思っていない!
それは大~変 !!!

 えー、えー、
単に恥ずかしいだけですよねー(ふぅ~)。

 なに、なに、
言い方を知らない?
それだけですかー、
ホントにー(笑)

 「男は黙って○○ビール」などという教えが邪魔になっていませんか。それとも、
「以心伝心」「言わぬが花」という日本文化には、そんな歯の浮くような言葉は馴染まない!
ですかー。
やれ、やれ。

 じゃあー、次も同じですか?

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2008年10月23日 (木)

「吾憂(わがうれい)」Part1

Turunoyu08101302_2 画像は、秋田の友人からのプレゼントで、
乳頭温泉郷「鶴の湯」です。

 「おじさんは、後ろからシートを叩かれるとイライラするので、シートを叩くのを止めてくれる」と、
□電車の後部座席から吾が座席を叩く他人の子どもに対して
Iメッセージで、すなわち、私は、~して欲しいと、
あなたはさわやかに幼稚園児に言うことができますか?

 もし、言えたとして、それは最初の刺激を受けて何度目(何分後)でしょうか。
その自己主張するときのタイミングや基準は何ですか。

 また、言えないあなたが躊躇する要因は、次の中に該当するものが幾つありますか。

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2008年10月16日 (木)

黙識(もくし)

Akasoba08101307 画像は、秋田の友人からのプレゼントで赤い蕎麦です。

 「紅葉始まる」というタイトルに、
次のメッセージと8枚の画像が添付されていました。

秋田は初冬の気配です。
朝は10℃を割りストーブを焚いてます。
先日、八幡平周辺を散策しました。
紅葉の見頃も今週いっぱいです。

八幡平、栗駒、鳥海山、駒ケ岳等は紅葉真盛りです。
で、近日中に栗駒にも行こうと思ってます。

 さて、おまえ少し、自己主張を控えー
少し、黙っとけ、知らん顔しとけ。
そのほうが、相手が余計なことまで喋ってくれる。

 あれは、誰の言葉やったかのー。
石坂泰三やったかなー、
ちょっと度忘れしたけど、その経済界の重鎮が、とある多弁な政治家、この名前も出て来んようになったかい、誰やったかのー。

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2008年10月 9日 (木)

遠慮(えんりょ)

 「社長、この検定試験をうちでやろうと思うのですが、
よろしいでしょうか?」
と、東田は宮坂社長の意向を聞いた。

 それは、宮坂社長の代行で東京へ出張した際に入手した情報であり、
出張帰りの翌日に、東田はその参考資料を提示して、宮坂の反応を確認した。

 そして、「そうですかー、やっぱり!実は、……」
と、話し始めた内容であった。

 この東田の相談に対して宮坂は、
「おー、やってみぃー。」
と、2つ返事でOKを出した。

 「ありがとうございました。では」
と、背を向けて歩き始めた東田の後ろから
「おー、ちょっと待て」
という宮坂の呼び止める声が聞えた。

 その声に振り向いた東田。
「おまえ、稲生電機にも声を掛けてみぃー」
「一緒にやらんか、と。」
振り向いた東田の顔を見るなり、宮坂がアドバイスを送った。

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2008年10月 2日 (木)

小慧(しょうけい)

 「おい、ちょっと来い。」
という、宮坂社長の声に、
「んっ、またチクリかっ?」
と、東田は感じた。

 「はい、お伺いします」と答えて、
社長室の扉を開けると、
そこには苦虫を噛み潰したような顔をした宮坂がいた。

 そして、その傍らには案の定、経理の久保川がいた。

 「おー、そういえばっ!」、
東田には思い当たる節がある。

 昨夜、外回りから帰って、席に着いたばかりの中西に、
「今月の売上金額が計画と乖離する!」
と、久保川が詰め寄っていた。

 それに対して、営業部長の中西は、
「しゃーないやないかー!」
「俺にどうせーちゅうんやっ!」
と逆切れしていた。

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2008年9月25日 (木)

「小慧」解説ページ

 「おい、ちょっと来い。」
「はい、お伺いします」

 内線電話の呼出音に促され、受話器を取った東田、
「はい、東田です」
と、返事をする間もなかった。

 声の主は社長の宮坂で、
「社長室へ来い」、という呼出である。

 「おまえ、これはどういうこっちゃー」
と、東田が社長室に入るなり、宮坂の落ち着いた低い声が飛んできた。

 「はい、それは先々月仕入れた商品の買掛金です」
と、怪訝な顔で答える東田。

 「そんなことは、わかっとる!」
「おまえ、今月の売上はナンボやと思うとるんやー!」
と、宮坂は下から射すような目線で東田を見上げた。

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2008年9月23日 (火)

三人行(さんにんあゆめば)

 かつての請負仲間であった佐川から、
「会いたい!」という突然の電話に、東田はその真意を測りかねた。

 しかし、日頃から「虎穴にいらずんば虎子を得ず」、という信念を口にしていた彼は、約束どおり、その週末に佐川の工場を訪れた。

 その佐川から聞いた住所にあった工場とは、東田のイメージと乖離していた。

 ガレージに毛の生えた程度の長屋風建屋が道を挟んで2棟並んでおり、1棟に7社ほどが軒を連ねていた。

 東田の訪問先は、進入路から左手の棟の北側から3軒目にあった。
晃和電機という看板が掛かっている。
佐川の工場である。
シャッターが閉まっていた。
が、その看板の右に人が1人通れるぐらいのくぐり戸があり、そのくぐり戸を開けると、すぐそこに佐川が1人で組立配線作業をしていた。

 佐川は、来訪者の顔を確認するなり、
「おぅー」と、手を挙げ、人懐こい笑顔で東田を迎え入れた。

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2008年9月18日 (木)

楽之者(これをたのしむもの)

Aomoritodomatyu08072207  画像は秋田の友人からのプレゼントで、
アオモリトドマツです。

 「社長、ギブアップです!」
「今回は締め付けが厳しく、どっこも相手にしてくれません。」
「情報が行渡っているようです。」
「どの代理店・販売店に声をかけても抜け駆けできんよう、メーカから圧力がかかっています。」
「『特定の店で、決められた価格で買え!』というメーカーからの無言の圧力がかかっているようです!」
「それで、メーカ変更を申請しようと仕様を調べたのですが、その中の2、3機種は他のメーカにはなく、P社の独占・寡占状態です。」
と、オーナー社長の宮坂に泣きつく南田。

 「何!どういうことや?」
「どこの案件や」
と、南田の報告を平然と受け止める社長の宮坂。

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2008年9月11日 (木)

多聞(たぶん)

Mityubaworen200807071  画像は秋田の友人からのプレゼントで、
ミツバオウレンです。詳しくはこちら

娘:「もうー(>_<)、『わかった!』言わんといてー(怒)」
父:「んっ、どういうこと?」
娘:「私、Rの駐車場と言ったでしょう~!」
父:「いや、私はRの駐車場のほうと聞いたよ」

 さて、どちらが正解でしょうか?

 正解も何も、言った言わぬの所詮は水掛け論、
証拠がなければ、どちらかに軍配を挙げることは難しい!
ですねっ。

 よしんば、証拠があったとしても、

娘:「私、そんな意味でいったんじゃない!」
父:「いいやー、誰が聞いてもそう判断する」

娘:「誰がとは,誰よっ?」
父:「誰がとは-、みんなよぉー(怒)」

娘:「皆とは全員、つまり、100%?」
父:「それは、……」

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2008年9月 4日 (木)

切切偲偲(せつせつしし)

Benibanaichigo0807074 画像は秋田の友人からのプレゼントで、
ベニバナイチゴです。

 待てど暮らせどSさんは現れない。

「明日連絡をする」と言ったのに、集合時間を過ぎてもその連絡もない。たまりかねたM君、「Sさんに電話してみぃー」と。

 M君のリクエストを待つまでもなく、私は既に2度もSさんに電話をするのであるが、呼び出し音がむなしく響くだけであった。

 じつは、特急列車で行く日帰りの旅に参加できない(参加したくない?)と、前日に電話連絡をしてきたSさんに、案内状を送ったのは3回目であった。

 1度目は、同級生名簿の住所録に郵送したが、宛先不在で帰ってきた。
で、Sさんに連絡をして新住所を確認し、案内状を再送したのが1ヶ月前のこと。

 そして、次に、当日のスケジュールを記載した葉書を送付したのが5日前。
にもかかわらず、「私、今日、葉書を見てびっくりした!」というSさん。

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2008年8月23日 (土)

處約(やくにおる)

Miyamadaikonsou08070705  画像は秋田の友人からのプレゼントで、
「駒ケ岳の花 その1」からミヤマダイコンソウ詳しくはこちら です。

 「今日ねぇー、突然社長が来て、私の机の引き出しの中の『ボールペンの数が多い!』と、ブツブツ言うの!」
と、苦りきった表情で語り始めたMさん。

 そのMさんの発言に刺激を受けたかKさん、
「ホントー、うちの社長は、『要らん電気が点いとるっ!』とうるさいのー。」

 この2人のやり取りを傍で聞いていたHさん、
「うちの社長は、『トイレット・ペーバーを使い過ぎる!』と言うのよ、けち臭い!」
と、ついに評価を下した。

 さて、あなたには見覚えのある背景、聞き覚えのある会話でしょうか?

 さらに、3人の会話は続く、

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2008年8月16日 (土)

里仁(りじん)

Kantho08080704  画像は秋田の友人からのプレゼントで、
竿灯祭りの1コマ、昼バージョンその3です。
竿の先が見えないのは残念!

 「Kさん、何でこの会社を択んだの?」
と聞く先輩社員のTさん。

 「職安の人が行け言うから……。」
と答える新人のKさん。

 一見良好な会話のようである。

 もし、Tさんの質問が、相手のためを思ったものであり、
そして、愛社精神に燃え、自分のビジョンやミッションを持ち、
自己基盤の確立した、後輩思いのTさんであったならば!

 言葉を変えると、「里仁為美」=「仁に里(ぉ)るを美と為す」人、すなわち、Tさんが「仁という立場に身を置く」人であったならばであるが!

 もし、そうであれば、「里仁為美」=「里は仁なるを美と為す」、すなわち、里ならぬ、当該企業に「仁厚の風俗がある!」と見抜いたハローワークの担当者も天晴れであり、それに従ったKさんも立派で、めでたし、めでたしと終わるのであるが、

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2008年8月 9日 (土)

無倦(うむことなかれ)

Kantho0808072  画像は秋田の友人からのプレゼントで、
竿灯祭りの1コマ、昼バージョンです。

 「お前いつまでボランティアやるつもりや?」
と、聞く友。

 「3年間は倦むことなくやる」
という私。

 「いつまで、夢みたいなことを言いよるんや!」
「オレは現実主義者やからな―」と、嘯く友。

 また、とある知人は、
「凄いなー、信じられん!」
「もう、記事を投稿し続けて2年になるんですか~」と。

 「はい、3年間は継続しようと考えている」と返す私。

 その理由は、「石の上にも3年」。
こんなビリーフ(belief 信念。思い込み)を持っている。

 これが継続の秘訣!

と、信じていた私に、安岡正篤翁のからのプレゼント!

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2008年8月 7日 (木)

子適衛(し、えいにゆく)

Ooyunuma08072202  画像は秋田の友人からのプレゼントで、
大湯沼(秋田県仙北市)です。

 秋田の人は、
どさ?
湯さ。
という短い会話をするらしい。
そんなことをどこかで聞いた記憶がある。

 その秋田の友人が、
「同級生と特急列車で行く日帰り旅行、何処へ行きますか?」
と、丁寧に尋ねてきた。

 で、「アサヒビール園の伊予西条店へ行って来ま~す。」
と、返した私。

 しかし、それに対する彼からの返事はない。

 それもそのはず、彼は事前に次のようにリクエストしてきていた。

「酔った勢いも手伝い、どんな話が飛び出してくることやら、思う存分楽しんできて報告お願いします。待ってます。」

 これに対して
「また、リポートします!」
と、返した私。

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2008年7月31日 (木)

好色(こうしょく)

Tamagawaonsenganbanyoku08072204  画像は秋田の友人からのプレゼントで、
玉川温泉の岩盤浴風景です。

 その友人からは、無知な私を気遣い、次のような注釈が付されていた。

・「有名な玉川温泉の岩盤浴風景」
・「酸性度が日本一で、北投石より放射線」

 で、『ウィキペディア(Wikipedia)』を検索してみると、

北投石(ほくとうせき、hokutolite)は鉱物の一種。世界でも台湾台北州(現在の台北市北投区)の北投温泉と日本秋田県の玉川温泉からしか産出しない。北投温泉で発見されたため、この名で呼ばれることがあるが、独立種とはいえず学術的には「含鉛重晶石」と呼ばれる。

明治37年(1905年)に地質学者岡本喜八郎が瀧乃湯で入浴した帰りに付近の川で発見された。その後、この鉱物がラジウム等を含み放射性を持つ北投温泉独特の鉱物(後に玉川温泉で産出する物も同じ物であると認定された)であるとされた。
<中略>
「玉川温泉の北投石」は、大正11年(1922年)に天然記念物に指定され、昭和27年(1952年)には特別天然記念物に指定されている。現在は採取が禁止されているが、「健康によい」さらには「末期癌をも治す効果がある」などとしばしばマスメディア等で取り上げられる

云々、と書かれていた。

 お蔭で、またひとつ賢くなった~(笑)

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2008年7月20日 (日)

坦蕩蕩(たんとうとう)

Kodake08070401  画像は秋田の友人からのプレゼントで、
小岳です。

 S氏いわく、
「EQの高い人とは、相手との距離感のとり方が絶妙な人である」と。

 これを聞いた私は、
オッ、これは面白そう、期待できそう!と思った。

 しかし、件(くだん)のS氏は、相変わらず面白くもなく、効果的でもないことを坦々と淡々と話す。

 かと思うと、
「価値観についての質問は、自分の価値観を表現したものである。すなわち、相手に問いかけた価値観の内容は、自分自身の価値観を表現している」と、S氏は言う。

 これには流石!
うまいことを言う、と思った。

 が、首を傾げる場面がまた、表面化した。

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2008年7月12日 (土)

有恆者(つねあるもの)

Chinguruma0807042  画像は、秋田の友人からのプレゼントで、
チングルマです。

 風見鶏を自称するHさんが、その選択肢を誤った。

 時の実力者や、その場の支配者が誰であるか、
いま、誰に就くほうが将来、自分の利益に結びつくか?
ということを機敏に察知して、その人に取り入り関係を構築する。
傍目にも、正しく風見鶏のHさん。

 が、そのHさんの動きが、今回は少し変。

 漏れ聞くとことによると、
「Tさんには、心棒がない!」
「一本、筋が通っていない。」
「あんな奴を責任者にすると企業が傾く」と。

 当時、Hさんが使ええていた、ときの権力者が、そんなTさんを責任者に抜擢するという人事などは、100%行わない!
と、当時の権力者であるMさんの炯眼を信じて疑わなかったHさん。

 ところが、そのHさんに変化が表れた。

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2008年7月 8日 (火)

文章 Part2

Tingurumagunsei200807072  画像は秋田の朋友からのプレゼントで
チングルマの群生です。

 「昨日、秋田駒ケ岳に登って来ました。
 花の季節の始まりでミヤマキンバイ、キバナノコマノツメ、イワカガミ、コケモモ、ハクサンチドリ、チングルマ、シャクナゲ等が咲き競い、一日を満喫しました。

 中でも、ミヤマキンバイ、チングルマの群生は見事でした。
 しかし、コマクサの群生が見れなくて残念!(次回の楽しみ!かな?)でした。

 また、登りは、写真を撮りながらボチボチ登り、何とか男岳頂上(1623m)に着き、ホッとしましたが、
降りは、足が上がらずヘトヘトになりながら8合目のバス停に辿り着き、バスに乗り込んだところで雨が降り出しました。
日頃の行いが良いせいかな~(笑)

 これからも正直で素直に生活しようと思ってます!」

 「近況」と題した、上記のメッセージに添えて7月4日(金)に4枚弱の画像が届きました。

 で、花をめでるという文化に乏しい(疎い?)私は、
「この花、何という花?」
と、彼に問いかけたところ、解説付きで新たに10枚弱の画像を送付してもらいました。
順次掲載しますのでご堪能ください。

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2008年7月 3日 (木)

文章 Part1

 内に徳のない私は、外に何も現れませんでした!

その結果、明日やろ、明日やろ状態に陥り、
結局、先週は記事を書く機会を失しました(笑)

 などと、冗談混じりに言い逃れをしている自分が居るのですが、
文章とは、「内にある徳が外にあらわれたもの。威儀・文辞など。」という意味でしたね。

そして、その出典は論語の「公冶長第五」からで、「夫子之文章、可得聞也」でした。

 で、記憶の端にあったのが、「文は人なり」という言葉。

それで、これは論語が出典なのかな?
と思って、広辞苑を検索してみたが、
次のように記載されていただけであった。

文は人なり:文章を見れば書き手の人柄が知れる。

この記述だけでは、論語を始めとした古典との関連性は確認できなかった。

 で、徳のない人は文章が書けないのかな?
と思っていたが、「文は人なり」なら、書こうと思えば、誰でも、いくらでも文章は書ける。

そして、実際に本となり、出版され、販売もされている。

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2008年6月24日 (火)

忿戻(ふんれい)

 何がどれぐらい問題だとお考えですか?
このまま推移すると、今期末の決算はどうなります?
このような状態が続くと、社員の気持ちはどうなります?
収益改善のために、今できることとしてどんなことが挙げられます?
仮に、このような金額で受注するとして、赤字分をどうやって回収する予定ですか?

と、問いかけられたあなた、
さて、どんな気持ちになりますか?

 ①「じゃかましいわい!
ほっといてくれっ!!」
と忿戻(ふんれい)なさいますか?

 それとも、
②あなたの思考回路がグルグルと回り始め、
「おー、お前、面白いなー、いいこと言うやないかっ!
で、どないしたらいいと思う?」
と、質問をしてきた相手に、逆に問いかけます?

 または、
③手元の試算表なり、収益計画書や販売計画書、受注予定表などの帳票を引っ張り出してきて、具体的な数字を説明し始めますか?

 いやー、

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2008年6月14日 (土)

狂簡(きょうかん)

 儲からん!
やればやるほど赤字やっ!!
と、経営者は嘆く。

 しかし、とある人が見ると、
この組織の一人ひとりの能力や素質は大企業に勝るとも劣らん!

大企業には飛び抜けて優れた人材がいるものの、
全体の社員を平均化すると、この企業の方が社員の粒が揃っている、と。

 なのに、経営者は儲からん!と。

 そして、その要因は一人ひとりの生産性、すなわちパーヘッドが低い!とも。

で、パーヘッドを挙げるための戦略として

当事者意識を高めよう!
目標管理制度を導入しよう!
成果主義に変更しよう!
品質を向上させよう!
リードタイムを縮めよう!
5Sを実践しよう!

など等と様々なアイデアを仕入れてくる。

 で、それらを実行に移すためのプロジェクト会議やら、部署別会議、品質会議、部課長会議、役員会議等々が行われる。

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2008年6月 8日 (日)

狂狷(きょうけん)

Ishiyamaderamurasakishikibu  画像は秋田の朋友からのプレゼントで、
石山寺の紫式部です。

 いま、ウチの数字はどのようになっている?
何が良くて、何が問題?

問題点を1つだけ挙げるとどんなこと?
と、理想像を求めていた20と数年も前の私は、経理担当者に訊いた。

 それを、聞いた経理担当者が上訴した。

 で、「おいっ、ちょっと来い!」と、私に上司からお呼びがかかり、

「馬鹿が、評論家の書いていることを真に受けて、朝っぱらから、みんなの前で、『具体的な数字、現状を社員にオープンにすべきだ』などと、つまらんことを言ってー!そんなことは、大企業ならいざ知らず、中小企業ではどこもしよらんっ!」

と、散々お小言を頂戴した。

 しかし、世の中は不思議なものである。

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2008年5月31日 (土)

悾悾(こうこう)

Kenrokuen  画像は秋田の朋友からのプレゼントで、
兼六園です。

 「これっ、こうやって、
ポンチを打って穴あけとってー」

と、新入社員のOさんに言い残して、
席をはずした課長のSさん。

昼前に、午前中のデスク・ワークを終え、
現場に戻って、見てびっくり!

 新入社員のOさんは、まだ、左手でポンチを支え、
右手に持った金槌で、トンテンカン、トンテンカンと、
ポンチの頭を叩いていた。

 それを見たSさんは、呆れて、
「Oさん、何しよるん?」と聞いた。

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2008年5月26日 (月)

空空如(くうくうじょ)

Ooboke  画像は秋田の朋友からのプレゼントで、
大歩危です。

 次のコメントを添えて、送ってもらいました。

夫婦仲良く珍婚旅行を楽しみました。
行きは2泊、四国で5泊、帰りに4泊の約4,000Kmの行程でした。

主な観光地は、かずら橋、大歩危、琴引公園、倉敷美観地区(大原美術館)、西大寺、吉備神社、宇治平等院、石山寺、兼六園、東尋坊等で、充分楽しみましたよー。

また、俵津(田舎)では、蛍の乱舞を40年振りに見ました。

しかし、この間に体重が3キロも増え、今日から早速プールに行って来ました。

 さて、本題です。

 このクレームの原因は何やと思う?
わかりません。

 じゃー、わかることを教えて、
これは誰が作業したの?

Kさんです。

 Kさんは、この作業の適任者だと思う?
わかりません。
 

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2008年5月18日 (日)

鄙夫(ひふ)

5080505  画像は秋田の朋友からのプレゼントで、
鳥海山五合目の残雪です。

 この雪の壁、つまり、除雪後の残雪は何メートルなのか気になりません?

 私は、興味があったので、彼に聞いてみました。
彼が、先日マイカーで夫婦水入らずの気儘な旅の途中に、我が家を訪ねてくれたときにです。

 10メールぐらいかな~
いや、7、8メートルかな。

 何メートルぐらいやったべ?
と、隣の賢婦人に尋ねた。

 で、結論は、
「身長の3倍以上はあるべ。」
と、いうことで5、6メートルに落ち着いた。

 流石、達人!
みみっちい事に興味は無い。

 因みに、「みみっちい」を広辞苑で検索すると、次のように記載されていた。
みみっちい:〖形〗けち臭い。しみったれている。

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2008年5月10日 (土)

鄙倍(ひばい)

080505  画像は秋田の朋友からのプレゼントで、
鳥海山です。

 「昨日の秋田は真夏の陽気で気温29℃!
日本列島が南北逆さまに成ったみたい。
で、涼を求め、鳥海山に行ってきました。」

という近況を添えて届いたのが5月5日(月)でした。

 馬っ鹿がー。
知らないことを知らないとしないで、
知ったかぶりをして応対するから、
内にも外に対しても恥をかくんやっ!

と、Tさんから批評されたKさんの言動、浅慮の事の次第はこうであった

 取引先のOさんから、Kさんに直接電話が入った。
 「今から行くので、いいか?」と。

 Kさんは、「何の用事ですか?」と訊いたが
Oさんの返事は「行ってから話す」とのこと。

 で、暫くして、尋ねて来たOさんが言った言葉は次の通りであった。

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2008年5月 3日 (土)

多能鄙事(ひじにたのう)

Katakuri0804225 画像は秋田の朋友からのプレゼントで、西木の「カタクリ」です。

 地方の中小企業で管理職になった!
という事実は、
オーナーや上司に、自分の存在や実績・努力が認められた、受け入れられた、承認された!
今までの苦労や努力は無駄ではなかった!!

と、納得して肯定しつつも、

・実質賃金の低下、つまり、労働時間に対する給与単価の減少
・何の権限も付与されないわりに、責任だけは要求される
・体のよい残業代の削減策であった

などという事実に気づくと、その価値は当然の如く否定され、挙句のはてには裁判沙汰ともなる。

 で、こんな事態を未然に防止する手法を考える、という金儲けに長けた人種が跋扈する世となった。

 その結果、1億総中流階級などといわれた時代を経て、当世は下流階級とか、低所得者層など呼ばれる人々の存在が際立ってきた。

 かくして、正直馬鹿とか、器用貧乏などといわれる人たちは目立たなくなった。

 で、昔はよかった!
と、回想する人も多い。

 しかし、案ずるなかれ
2500年もの昔に、孔子は次のように述べていたのである。

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2008年4月26日 (土)

色難(いろかたし)

Oogonzou0804224  画像は秋田の朋友からのプレゼントで、
田沢湖、駒ケ岳を背にしての辰子像です。

 彼(秋田の朋友)は、
「刺巻の水芭蕉、西木のカタクリ、角館の武家屋敷へ行ってきました」
と言っていたのですが、何故かこの1枚も添付されていました。

 さて、
おまえっ、そこまでワシに言わすか!
それぐらい、自分でわからんかっ?
情けないやっちゃのー。

 こんな、とある経営者の嘆きとも怒声とも聞えた事の次第はこうであった。

 とある企業の経営幹部の集まりでの出来事、
経営者Kさんが、これまた、とある幹部Oさんの現状について、
「最近のお前の言動は、少し可笑しいんと違うか?」
と、暗に、Oさんに言動の自制を促したときに起った。

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2008年4月19日 (土)

大故(たいこ)

Yukiwarisou0803244  画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 「Tさん、それは、あんたがこうすべきや。」
 「ワシはそうしてきた。」

 ほらっ、始まった!

コントローラ・タイプの判断とアドバイスが、
クライアント役は求めていないのに。

 で、思わず、口を挟んでしまった私。

「Mさんは、いまコーチ役ですよね」
「コーチ役はアドバイスするのですか?
それとも、質問するのですか?」

「Tさんの困惑した顔、
うんざりした声が私には聞えてきましたよ」と。

 しかし、Mさんが40年もの長い企業生活で身につけた垢、コミュニケーションのスタイルは、わずか2、3時間のセミナーでは変わるべくもなく、私の一言で、Mさんは困惑するし、Tさんも困惑した。

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2008年4月12日 (土)

「故旧(こきゅう)」Part2

Yukiwarisou0803242  画像は、秋田の友人からのプレゼントです。

  先の「『故旧(こきゅう)』Part1」でお届けした、論語「泰伯(たいはく)第八」の訓読をもじって、言葉遊びをしてみた。

①恭(きょう)にして礼(れい)なければ則(すなわ)ち労(ろう)す。
(きょう)にして調和を重視するサポータータイプのあなたは、承認(労い・感謝・合意)の言葉がなければ、則(すなわ)ち労(ろう)し、元気・やる気を失う。

②慎(しん)にして礼(れい)なければ則(すなわ)ち葸(し)す。
(しん)にして正確さを重視するアナライザータイプのあなたは、多くの詳細なデータ・資料がなければ、則(すなわ)ち葸(し)し(おそれ)て動けない。

③勇(ゆう)にして礼(れい)なければ則(すなわ)ち乱(みだ)る。
(ゆう)にして楽しさを重視するプロモータータイプのあなたは、自由な環境の中で放置すれば、調子に乗って、則(すなわ)ちその言動乱(みだ)る。

④直(ちょく)にして礼(れい)なければ則(すなわ)ち絞(こう)
(ちょく)にして結果を重視するコントローラータイプのあなたは、物事を判断する根拠・データの報告・提示がなければ則(すなわ)ち絞(こう)(人を絞めあげる)。

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2008年4月10日 (木)

故旧(こきゅう) Part1

Yukiwarisou0803241   画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 その秋田の友人が帰ってくるという。

 そして、私に会いたいという。

 やったー!。

 話の経緯(いきさつ)はこうである。

 先日、旧知の同級生から、
「Kが里帰りをするので、歓迎会を兼ねて、同級会をやろう!」
という電話が入った。

 しかし、その挙行日時と場所がいただけない。

 桜も満開で、絶好の花見日和にも拘らず、何をどのように考えたか幹事役の同級生は、正午から、街中のビルの一室で杯を傾けるという野暮な選択をした。

 が、その日時・場所設定が功を奏したか否かは定かではなかったが、いつになく、人数も揃い、座も盛り上がり、楽しい時間はアッという間に過ぎた。

 その様子をかいつまんで、これ見よがしに古い馴染み、秋田の朋友にメールした。

 で、案の定、彼から次のような返事が返ってきた。

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2008年4月 5日 (土)

惑志(わくし)

Ran0803039  画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 お前っ、無責任な言い方をして、よくも放置したなっ!

と眉を吊り上げ、あらん限り声を荒げ、自分の立場や地位、権力を誇示しようとしたKさんが、ある日突然、手のひらを返したように辞を低くして言った。

「実は、部下のOの扱いに困っている」と。

 話を聴くと、Kさんは部下のOさんに踊らされていることに気づいた様子。

 部下のOさんが発する一言ひと言に振り回されている、腹が立つ、イライラするし、憤りを感じるし、惑志(わくし)が起る。

 すなわち、Kさんの心は、Oさんによって毎日のようにかき乱され、疑心や惑いの心が起る。そして、Kさんは、毎日のように感情を乗せたをままの言葉を口から吐き出している。

 そんなOさんを見て、Kさんは内心喜んでいるし、蔑んでいるようにも見えた。

 やっとそれに気づいたKさんは、そんなOさんの存在が鬱陶しくなった。

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2008年3月29日 (土)

不由径(こみちによらず)

Ran0803037  画像は秋田の朋友からのプレゼントです。

 暮夜に門を叩かれた!

とはいっても、門のあるような豪邸でもなく、
また、夕暮れ時ではあったが、
「自宅にFという企業のSさんという方が訪ねてきている」
と、愚妻から休日出勤中の会社に連絡が入った。

 で、帰って見ると、
F社のS氏と、その部下のO氏が応接間に腰をかけていた。

 その経緯はこうである。

 こちら側の再三再四の連絡とリクエストにもかかわらず、
担当者であったO氏が値引きの処理をしない。

 それに業を煮やした女性社員が私に直訴してきた。
で、私は彼女に差額の支払停止を指示した。

 それを聞いた彼女は、O氏にその旨を連絡をした。
しかし、O氏は、「また、狼が来たか」と高を括っていた。

 が、実際に請求書どおりの支払がなされず、
O氏は、自社の経理部から詰問を受けた。

 それで、泣きついてきたのであるが、
こちら側に取り付く島もないことを知って、
初めて上司であるS氏にホウ・レン・ソウをした。

 そこでやっと、S氏のご登場となったのである。

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2008年3月22日 (土)

言不盡意(げんはいをつくさず)

Ran0803035  画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 言うてもわからん人に、どう言えばいいか?
どのように言えば、相手はわかるか、理解できるのか。

どんな言い方をすれば相手は行動の変容を起こすか。

これには、私も一時期悩んだ記憶がある。

 で、相手の所為(せい)にして、

言うてもわからんやっちゃなぁー!
言うだけ無駄やっ!

と思っったこともあった。

 また、秋田の友人のコメントにもあるように、

何度も言い続けつことで解るとか直ることが有ると思います。一度言ってもだめなら言い方を変えたりし何度でも言うことで理解してくれると思う。

「耳にタコができるまで何度でも言え!」
という誰かの主張の押し売りも聞いた。

 しかし、楽しく学んで得た成果、
それはどこかの誰かから聞いた押し売りとは違う単純なものであった。

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2008年3月15日 (土)

下流(かりゅう)

Ran0803033  画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 OさんとKさんという2人の上司が居て、
それぞれが相違する指示をするので
製造現場が混乱している。

帰ろうとする頃になると、いつもKさんがやって来て、
「あれが要ったのにー、これもできてないがー」といい始める。

部下のモチベーションも下がるし、困っている!

という直訴を孔子が聞いたなら何と言うであろうか。

「下流に居て上を訕(そし)る者を悪(にく)む。」

と、いうでしょうか。

 もし、あなたが、OさんとKさんの言動について、現場の社員から直訴を受けた上司なら、どのような返事をしますか?

 答えに困りますねー。

 では、あなたが、Oさん、Kさんの立場ならどうですか。

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2008年3月 8日 (土)

民人(みんじん)と社稷(しゃしょく)

Ran0803031  画像は、秋田の友人からのプレゼントです。

 「あいつは、要らん金を使いすぎる」
 「あいつが、Aと連れ立って繁華街を我が物顔で歩いている姿を見て、わしゃー愕然とした」
 「あいつが、何を考えているんか、わしゃー分からん」

とは、若い有能な社員をマネジャーに抜擢して、実践で育てる、という持論を主張していたオーナー経営者K氏の嘆き節であった。

 その件(くだり)を順を追ってお話するとこうだ。

 ある会社のとある席で、社内の上司や先輩社員からとかく評判の芳しくない若い社員をいきなり役職者に抜擢する、という人事が発表された。

 当然の如く、同席した先輩やベテランのマネジャーから反対意見が続出した。

 それに対して、件(くだん)のオーナー経営者K氏は、
「ワシャー、みんなの反対意見を聞いて情けのおうなった!」
「同時に、先行きが不安になった!」
「お前らは、批判ばかりして、挙句のはてにレッテルまで貼って若い者をちっとも育てようとせん!」

「やれるか、やれんかは、
やらしてみにゃー、わからんやろっ!」

という持論を展開した。

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2008年3月 1日 (土)

権道(けんどう)

Ran0802094 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

 亭主役であるオーナー社長と女房役である取締役との関係が悪化して、離婚の危機が迫ってきた。

 定主役であるオーナー社長には、女房役の言動が堪えられなくなった。

 そこで、オーナー社長は「与に権(はか)る可(べ)からず」という判断をくだす。

 そして女房役との離縁を画策する。

 まるで、TVドラマを見ているようで、
フィクションの世界!
と思う方もいらっしゃる反面、

おーおっ!
その話ならワシも見た・聞いた。
知っちょる。

それっ、
ワシのことや!
今でも思い出すたびに腸(はらわた)が煮えくり返る!

という方も、現実の世界には多いことかと存じますがいかがでしょうか?

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2008年2月24日 (日)

進(すす)むは吾(わ)が往(ゆ)く也(なり)

Ran0802092 画像は、秋田の友人からのプレゼントです。

なぜ、やらなかったんやっ?

と質問すると、大抵はやらなかった理由、
正確には、自己弁護、すなわち言い訳が返ってきた。

それを聞いた私の次の言葉、
「言い訳を聞いているんやないんや、理由をきいているんやっ!」
という声は、いつしか相手を責める口調になっていた(と、いま思う)。

すると、相手のシャッターが下りた。
かくして、お互いの会話が消滅し、不信感は次第に募っていった。

ただ、私は自分の役割を忠実に演じたかっただけであり、本当のことが知りたかっただけなのに。

また、その答えに対して私が用意していた答えは、「新たな行動を始めると、必ず障害が発生する」
つまり、ミスマッチは世の常であり、それに立ち向かう方法に気づいてもらいたかったし、一緒に考えたかっただけであったのに。

30年間近くも、私はそんな失敗を繰り返してきた。

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2008年2月16日 (土)

忠恕(ちゅうじょ)

「無信不立(信なくば立たず)」とは、
小泉さんが座右の銘としているそうであるが、
三木元首相も好んで使った、という記憶が私にはある。

さすれば、リーダには信頼が必要である、ということになる、が、こと政治家が好んで使うにはわけがある。
それは、孔子が子貢の問いに次のように答えている章が、論語の「顔淵第十二」にあるからだと考える。

子貢が政治の要諦を孔子に聞いたのに対して、
孔子は、食糧、軍備の充足と、人民が信頼の心をもつこと、という3つを説いた。
続いて子貢は、已(や)むを得ずして1つを捨て去るとすれば、それは何でしょうかと尋ねた。
孔子は「軍備を捨てよ」と。
さらに子貢は、残った2つのうちではどちらを先に捨てればよいいのでしょうかと訊(き)いた。
これに対して孔子は「食糧をすてよ。」と。

となると、残るは「信」だけになり、政治に必要なものは信義・信頼ということになる。

その理由として孔子は次のように述べている、

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2008年2月 9日 (土)

聞道(ぶんどう)

聞道(きくならく)、死刑囚は、刑の執行前に聖書を聞くとか。
また、刑の執行までには、それなりの慣習・習慣を経ることによって覚悟が定まるとか。

中学?or、高校の授業中に何かの機会でそのような話を聞いた。
そんな古い記憶がある。

「わしゃー、これさえ完成すればいつ死んでもええ」とか
「わしは、お前のその言葉を聞いて安心した、もう、いつ死んでもいい」

という類の言葉を何度か耳にしたのも、その頃であった。

今、それらのことを考え合わせると、習慣や環境が人の心を変化させて時代がつくられるのか、時代が人間の心を変えて習慣や環境が変わるのかは寡聞にして知らないが、これらの話に共通するキーワードがあるとすれば、それは、覚悟と見識、否、胆識であると思った。

そこで、再度

「子(し)(い)わく、朝(あした)に道(みち)を聞(き)かば、夕(ゆうべ)に死(し)すとも可(か)なり」

と言った孔子の時代、すなわち、当時の背景が理解できれれば、より納得しやすいと考えた。

その背景の一端を、『論語現代に生きる中国の知恵』 貝塚茂樹(著) 講談社現代新書の解説から一部を加筆・割愛して引用すると次のようになる。

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2008年2月 2日 (土)

聞一以知十(一を聞いて以って十を知る)

いまのYさんのお話を聞いて、私は感動したー!

私の感動をお伝えするよりも、みなさんがどのように感じたか、どんなことに気づいたか?それを私はお聞きしたい、と。

これは、私が参加したセミナーの中で遭遇した出来事である。

その背景をもう少しだけ詳しくお話しすると、

リーダのあるべき姿、すなわち、リーダー論に対して、K講師が滔々と自論を展開した。

そのあとに、ある参加者Yさん(と聞えた)が、

「リーダーにはアクノレッジメント(承認)が必要である」と、自らの体験から感じたこと・学んだことを語った。
そのYさんの話を聞いて感動したというK講師が、他の参加者にリクエストしたという場面である。

結果、参加者からの反応は、
「・・・・・。」であった。

確かに、彼、Yさんの語り口や態度、表情は、自信に満ち溢れ、ゆっくり落ち着いていたので、安心と信頼感が伝わってきた。それで、聞き取りやすかったのではあるが、その話に感動するには足りない何かがあった。

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2008年1月26日 (土)

以徳報怨(とくをもってうらみにむくゆ)

ある人曰く、「あんな奴は死刑で上等!」
「あんな奴に減刑を求める弁護士は可笑しい!」と。

昨日報道されたH被告の裁判についての検事と弁護士の主張、それに対するある人の意見・考え、すなわち第三者の解釈である。

その人は、当事者とは無縁の人ではあったが、その言葉は、非人間的な行為に対する「怨み」の感情、つまり、憎悪と憤りの発露であった。

これに対する反論として、引き合いに出されるのが

「怨みに報ゆるに徳を以ってす」という老子の言葉を引用して、自国民に日本人への報復行動を戒めた、

と、語り伝えられる当時の中国の指導者「蒋介石」の対応である。

また、この老子の思想と対照されるのが、「直を以て怨みに報ゆる」という孔子の主張であり、昭和の碩学、安岡正篤翁はその講話集 『朝の論語』 明徳出版社の中で、次のように述べておられる。

「怨みに報ゆるに徳を以ってすれば、徳に報ゆるに何を以ってするか。すでに「怨み」である。怨みに報ゆるに徳を以ってするは大抵偽善か、卑怯か、狡計である。直を以ってすることこそ自然でせう。
直とは、誰しも首肯(うなづ)くことのできる心情当然の発露です。」

という予備知識を持って、.「以徳報怨(とくをもってうらみにむくゆ)」解説ページで紹介した私の体験談を振り返ると、

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2008年1月19日 (土)

既往(きおう)

「ワシの言った通りできてないがー」と、いう出張から疲れて帰った男の一言。
その声は、怒りとも嘆きとも聞えるのであるが、その原因は自らにあった。

それは知らないことを知らないし、
自らの物指しで相手を測定し、リクエストをしたという事実に気づいていない、
つまり、相手と自分が一体化していることに気づかなかった、
それゆえに発生した私の既往の失敗談であった。

私は、その失敗を記事にして、それを見てのフィードバックを友人にリクエストした。

そして、その友人からの返事に思わず口を突いて出た一言が
「素晴らしい!」であった。

「成事(せいじ)は説(と)かず、遂事(すいじ)は諫(いさ)めず、既往(きおう)は咎(とが)めず」と、孔子はいっているのであるが、
かの友人は、できてしまったこと、やってしまったこと、済んでしまったことをとがめだてしないばかりか、そこから上司と部下がお互いに学ぶという理想像を描いている。

そんな友人の存在を「既往」解説ページで紹介した。

また、この「一体化」ということについては、他の方々からも次のような話をお聞きした。

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2008年1月12日 (土)

徳風(とくふう)

「子(し)、政(まつりごと)を為(な)すに、焉(いずく)んぞ、殺すを用いん」といって、魯(ろ)のくにの若い家老季康子(きこうし)を諭した孔子ではあったが、
その孔子も、魯のくにの司法長官のような職に就いたとき、まず、「殺す」を用いた。

もう少し詳しく言うと、就任早々に当時の実力者であった大夫の少正卯(しょうせいぼう)というボスを誅した。

そのときの理由が
「人に憎むべきものが五つある。泥棒などはその中に入らぬ。」として次の5つを挙げている。

① 万事よく気がきいて、実は陰険な人間
② その行が偏して、しかも頑固な人間
③ 言うことが嘘でありながら、よく理屈が立つ人間
④ つまらぬことをよく覚えていて、しかも博識な人間
⑤ 悪事をはたらきながら、私恩を売って勢力を持っている人間

「少正卯という男は、これら全てを兼ね備えている」といって、
「政は正なり」を断行した。

しかし、先の「徳風」解説ページで解雇リストに挙がった4人は、誰一人として孔子のいう「憎むべき五つ」を兼ね備えてはいなかった。

ならば、その解雇理由は?

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2008年1月 5日 (土)

敬忠(けいちゅう)

「社員にやる気が見えない、どうしたらいいか?」
という相談が管理者や経営者からくる。

そんなときは、それが事実であるか、解釈であるかを確認するために具体的な事例を聞くようにしている。

間違っても、
「あなたに問題があるのですよ」
「いま、ここ、その状況は、全てあなたが招いたものですよ」
などとはいわないように留意している。

迂遠なようであっても質問の力を借りて、
事実と解釈を明確にし、自ら気づいていただく。

そんな問題を抱えた管理者や経営者の中には、ストレートに申し上げたほうがいいタイプの方も居られる。

しかし、そんな器量の大きい人には、私の浅い経験からはお会いしたことがない。

そのような器量をお持ちに方には、
「あなたの言えない問題は何ですか?」
とおききすることも可能であるし、問題の解決も速いのではあるが。

それ以前に、そのような方にはそんな悩みや相談などは無い、と思う。

そして、このような悩みや問題は洋の東西を問わず、また、いつの世にも存在するようである。

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2007年12月29日 (土)

イメージ

Photo 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

「1年後のなりたい自分をイメージして、それを手の届く所まで、匂いを嗅ぐことができるぐらいまで手繰り寄せる、そんなイメージができると自分のやりたいことや、やらねばならないことがわかってくる」とは、目標管理の教科書に出てくる一説である。

これを、そのまま
「あれやれ、これやれっ!」「余計なことを考えるな、手を休めるな!」「いわれたことだけをやれっ!」
という類の指示・命令をされ続けてきた人々に、私は目標設定の手段・方法として伝えた。

結果は、
「・・・・???」
であった。

また、どんな完成品を作りたいのか、どんな仕上がりを望むのかということについて、着工前にイメージする。そんな意識に刺激を与えられることもなく、ただ言われたままにやるように育てられた新人に、

「出来上がり、全体を最初にイメージして、作業を進めていくと、早く、綺麗に、楽に、確実なものをつくることができる」

「それを作業を始める前にいつも意識してやってみて」と、というアドバイスを私はしてみたが一向に成果が挙がらない。

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2007年12月22日 (土)

後素(こうそ)

Photo画像は秋田の友人からのプレゼントです。

ある朝、私が席につくや否や、
「この下地用の塗料を買ってください!」
と、いうリクエストを現場の作業担当者から頂戴した。

「なんぼ、するんや?」と問いかけると、
今、使用している原材料の約2倍の金額であった。

その当時に私が在職していた業界は、既にピークアウトした産業であり、それゆえに価格競争は熾烈であった。

したがって、毎期、生き残りを賭けてのコストダウンが恒例化していたときの話である。

「何を考えているんや」と、一笑、
いやっ、一喝してお引取りいただこうと口から出かかった言葉を飲み込み、

「いまの仕入れ金額の倍ぐらいするけど、これを使うメリットには何がある?」と聞いた。

その私の質問に対する答が、後素(こうそ)、すなわち「素より後にす」というものであった。

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2007年12月16日 (日)

川上之嘆(せんじょうのたん)

Chihousai071028045_edited 画像は、地方祭の1コマです。
中学生の男子5人が歌いながら、また太鼓を叩きながら流れるような舞を披露します。

さて、川上之嘆(せんじょうのたん)とは、
孔子が川のほとりに立ち、流水を見て、万物の移り変わってやまないのをなげいた故事で、

「子(し)、川上(かわのほとり)に在(あ)りて曰(い)わく、逝(ゆ)く者は斯(か)くの如(ごと)き夫(か)、昼夜(ちゅうや)を舎(お)かず。」

という有名な一章で、論語の「子罕(しかん)第九」にありましたね。

しかし、この条は、朱子を始めとした宋儒によると、嘆きの言葉ではなく、人間の無限の進歩に対する希望の言葉という解釈に変わるのでしたね。

この話を孔子が聞いたら何というでしょうかねー。

孔子が、川の流れを見て、万物の変遷を嘆いたものであるか、弛(たゆ)まざる努力を賞賛したものであろうか、
それともそのいずれをも含んだものであろうか、それとも、と、考えが及ぶにつれて以下のように思った。

これは、孔子という聖人、つまり人間的深みのある人が言った言葉ゆえに、様々な人々が、種々の解釈をして、奇説のコンクールなどと揶揄されるほどの解釈が存在することとなったのであろうか。

いやっ、違う。
私は、それに対して次のような異説を唱える。

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2007年12月 9日 (日)

知者と仁者

Chihousai071028035_edited 画像のような山は、俗に櫁柑山と呼ばれており、農家にとっては宝の山です。
しかし、皆さんが受ける印象はいかがでしょうか。

さて、先の解説ページでは、
「知者(ちしゃ)は水を楽しみ、仁者(じんしゃ)は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのちなが)し。」
という論語「雍也(ようや)第六」にある孔子の言葉を紹介したのですが、

孔子はもちろん、貝塚博士も、安岡正篤翁も、知者と仁者のどちらが良いとか優れているとかの評価や判断は下していない。

しかし、
貝塚博士は山、すなわち仁者を好み、
安岡正篤翁は、変化に富む水を好む?

そんなふうに感じたのは私だけでしょうか。

また、「久しぶり(40年ぶり)に山に登った」という知人からの答えは、
山に登るまでのプロセスが楽しいことや、山頂に達した、つまり目標・ゴールを達成したという満足感が得られること、それに山頂での楽しいできごと、それらについて書かれていた。

私が密かに期待した、山の空気の美味しさ、新鮮さなどという一般的な答えは返ってこなかった。

さらに、山に登る楽しさを彼に聞いたところ、

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2007年12月 1日 (土)

有道(ゆうどう)

Otiba071123_3画像は、秋田の友人からのプレゼントです。

さて、「有道」とは、論語の「学而(がくじ)第一」にある孔子の言葉で、著名な方々がそれぞれ次のように解している。

・道徳ある人(吉川幸次郎 『論語』 朝日文庫)
・ものごとのよくわかった人(安岡正篤 『朝の論語』 明徳出版社)
・有徳の人(貝塚茂樹 『論語現代に生きる中国の知恵』 講談社現代新書)
・道徳を身に備えている。また、その人(小川環樹 他・編 「角川新字源」)

ところがである、
朋友から、次のようなコメントを頂戴した。

「有道って、仲のことと思います。
真剣に問題と取り組んだり、熱烈に追求し、ちゃんと理解して行動をするところは仲、そのものです。」
<後略>

これには、参ったー。

朋友からのこのフィードバック、過分な誉め言葉に、
困惑と嬉しさが一瞬同居し、気恥ずかしさも手伝って思わず苦笑した。

たしかに、私の日常は孔子のいうがごとく、
「楽以忘憂(楽しんで以って憂いを忘れ)、不知老之将至云爾(老いの将に至らんとするを知らざるのみ)。」〔論語・述而(じゅつじ)第七〕

そんな日々ではあるが、
「有道」にたどり着くまでには、
「日暮れて道なお遠き」現状である。

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2007年11月24日 (土)

匡に畏す Part2

Chihousai071028027 画像は、私が、先月の28日に帰省して撮影したもので、地方祭の1コマです。

今まで見慣れた、秋田の朋友からのプレゼント画像と比較すると、多少の違和感がおありかも。

さて、「子(し)、匡(きょう)に畏(い)す。」で始まる条は、
上論といわれる「子罕(しかん)第九」と、
下論と呼ばれる「先進(せんしん)第十一」にあり、
「先進(せんしん)第十一」では、孔子と弟子の顔回との心通い合う師弟関係が窺い知れ、
「子罕(しかん)第九」からは、次の2つについて、孔子の強い自信――確信――が読み取れる。

・人間の文化は永遠であり、不滅である。たとえ、一時的に文化が暴力に脅かされることはあっても、最終的に、文化は暴力に勝つ。

・その文化の担い手は、文王が既に亡くなった今、私をおいて他にあるはずがない。そんな私を、匡の人々が、どうにかしようと思っても、どうすることもできない。

匡の邑(むら)で恐ろしい目にあったとき、孔子は、万物の主宰者である天を持ち出し、仮説を立てながら、循循然と、より強く、より論理的に、このように述べたのである。

私の愛読書には、そのような趣旨の解説がある。

そんな愛読書を有する私は、「先進(せんしん)第十一」の「匡(きょう)に畏(い)す」という記事を投稿した後で、恐ろしいい目にあった記憶が、もう1つあることを思い出した。

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2007年11月18日 (日)

匡(きょう)に畏(い)す

Photo 画像は秋田の友人からのプレゼントで、彼の自宅近くにある公園のもみじ、とのこと。

さて、「匡(きょう)に畏(い)す」とは、孔子が、悪人陽虎(ようこ)と人ちがいをされて、匡(きょう)という邑(まち)の暴徒に包囲されたときの事件で、
このときに孔子は、
「天の未(い)まだ斯(こ)の文(ぶん)を喪(ほろぼ)さざるや、匡人(きょうひと)(そ)れ予(わ)れを如何(いかん)」という名言を残しています。

顔回は、そんな孔子の自信と、日頃からの慎重な行動を予測する一方で、いかなる危難の中にあっても、先生は天が守ってくれるという確信があった。

それで、孔子が後れてきた顔回に対して、
「おおー、生きていたか、よかった。」という顔回の無事を喜んだのに答えて、顔回は、
「子(し)(いま)す。回(かい)、何(なん)ぞ敢(あ)えて死(し)せん。」という強い自信のある言葉を返した。

吉川博士は、これらの自信や信念を評する言葉として、「宗教的な感情が流れている」とラベリングをした、のでしたね。

そんな顔回も、孔子より先に夭逝し、
孔子にも、「喪家の狗」と評された時があった。

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2007年11月10日 (土)

循循然(じゅんじゅんぜん)

Photo画像は秋田の友人からのプレゼントで、抱返り渓谷にあるという回顧の滝(みかえりのたき)詳しくはこちらです。

さて、循循然(じゅんじゅんぜん)とは、次序ある貌(かたち)、すなわち、順序正しいさま、整然ということでしたね。

これは、弟子の顔淵(がんえん)、すなわち顔回(がんかい)が孔子を讃えた言葉で、
「夫子(ふうし)は.循循然(じゅんじゅんぜん)として善(よ)く人を誘(いざな)う」、
すなわち、「先生は、順序よく、善(たくみ)に人を導かれる」という意味でしたね。

この言葉を聞いて、私が思い出す方がお2人。

1人は、20歳頃にご指導いただいた師。

その師は、山本五十六元帥の
「して見せて、いって聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ」、
という教えが頭にあってか、実際にその通りの指導方法であった。

組立配線の知識に乏しい初心者の私に対して、
ご自分で実際にやって見せながら、コツ、要点や留意点を説明され、その後、私にやって見るようリクエストされ、多少、稚拙な出来映えであったにもかかわらず、
「おぉー、素晴らしい、お前は素質がある」と、賞賛の言葉を惜しまなかった。

そうすると、不思議なものである。
その一言を真に受けて、この人のために力を尽くしてみよう!という気になった。

そして、寝食も曜日も忘れ、一所懸命に努力を重ねたのである。

また、この師は、フィードバックも、そしてリクエストも上手であった。

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2007年11月 3日 (土)

一箪食一瓢飲

Photo 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

さて、「一箪食一瓢飲(いったんのしいっぴょうのいん)」とは、わりご一杯の飯と、ひさご一杯のしる。つまり、粗末な食事をいう言葉でしたね。

また、「陋巷(ろうこう)に在(あ)り」とは、路地裏での生活。
そんな環境にありながらも、「其(そ)の楽しみを改めず」に、貫き通す。
そんな「顔回(がんかい)はえらいよ。」と孔子はいったのですが、
ここで、問題です。

「其(そ)の楽しみ」とは、何でしょうか?

これについて、『論語上』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 「雍也(ようや)第六」の条では、次のように結んでいます。

「朱子の注には、程子を引いていう、顔回は、箪瓢陋巷を楽しんでいるのではない、そうした中にいながら、おのずから“其の”楽しみが有るのである。“其の”の字を玩味せよ、と。」

貧乏を楽しんでいるのではない、貧乏の中におのずから其の楽しみがある、というのでしょうが、一体、「其の楽しみ」とは何であろうか。

因みに、貝塚博士は「学問ひとすじに、それを楽しんでやっていた」といい(『論語現代に生きる中国の知恵』 講談社現代新書)、また、『論語の活学』 安岡正篤人間学講話 (プレジデント社) では「極貧にして道を楽しむ」とありました。

これらを見ると余計混雑し、「其(そ)の楽しみ」がどんな楽しみであるか、ますます理解しがたくなる。

しかし、ご心配なく、私にはわかる。
幾度となく貧乏の経験があるので。

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2007年10月27日 (土)

回也不愚(かいやぐならず)

「回也不愚(かいやぐならず)」とは、孔子が「顔回(がんかい)は馬鹿ではない」と評した言葉で、論語の「為政(いせい)第二」に収録されいてます。
もう少し、詳しくいうと、「顔回(がんかい)は、わしと終日話していても、わしの言葉に逆らわない、馬鹿のように見える。しかし、その私生活の言動を観察すると、人をはっとさせるものが充分にある。顔回(がんかい)は馬鹿ではない。」と孔子は言ったのですね。

また、「論語読みの論語知らず」ということについて説明してください!
と、リクエストすると手が挙がらない要因として、
頭の中では分かっていても、自分の言葉で説明できるか不安である。
それに、みんなの前では恥をかきたくないという心理が働く。

それらを斟酌(しんしゃく)すると、いきなりの質問に対して、みんなの前で答えるという行為は勇気のいることである。

そんなふうに、先の解説ページでは紹介したのですが、これまた、論語読みの論語知らず!

その訳は、もうおわかりですね。

そう!
「能ある鷹は爪を隠す」ともいいますね。

挙手して発表しないという要因の1つに、
人前では「目立ちたがりたく無い」という思いがあるのかもしれませんね。
顔回(がんかい)のように。

実は、私にもそんなときがあったのです(正確には、あったらしいのですが)。

それでついたあだ名が「昼行灯」
それは30代の初めの頃。

何かの機会に同僚が吐露した一言。
「ホント、あいつは昼行灯やな!?」と。

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2007年10月20日 (土)

従事

Akitashinai500707031画像は秋田市内です。
もちろん、秋田の友人からのプレゼントです。

さて、従事とは、事に従う、すなわち「行動としたもの」。
古書では、そんな使われ方をしているのですが、
現在は、何々に従事する、いわゆる、仕事にたずさわるという意味が一般的ですよね。

また、「嘗(か)つて」といえば、「以前。これまでに」という意味、使われ方がこれまた一般的ですよね。
しかし、吉川博士は、

「嘗(か)つて」とは、それが行動として、たしかに存在したことを示し、そうした行動が、いまは、稀であることを、裏に響かせている。

そんなふうに言外にあるもの聞け!と、おっしゃっておられましたね。

たしかに!

「嘗(か)つてはそうであった」という先輩諸氏のことばからは、古きよき時代の感慨とともに、現代に対する批判であったり、嘆きを裏に響かせている、ということを聞く機会がありますよね。

また、先の解説ページには記載しなかったのですが、吉川博士は

「犯されて校(あらが)わず」とは、新注では「校は計校也」、気にかける、であって、古注は、「校は報いる也」、報復、

と、述べておられました。
それで、「角川新字源」を検索してみると

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2007年10月13日 (土)

犂牛(りぎゅう)の子

Photo 画像は秋田の友人からのプレゼントで、蛇喰(じゃばみ)の茅葺住宅です。

さて、「犂牛(りぎゅう)の子」とは直訳すると「まだらな牛の子」。
その比喩の意味と出典は、
「毛並みの劣る人間であっても、才能のある者は必ず世間に認められる」
という孔子のことばで、弟子の仲弓(ちゅうきゅう)、すなわち冉雍(ぜんよう)を犂牛(りぎゅう)にたとえて評したのですよね。

これは、「氏よりも育ち」、たとえその生まれは卑しくとも目標を持って精進を重ねていれば、誰かがきっと認めてくれる、という孔子の強い思い、教えであり、人々に希望と激励、勇気をを与えてくれるものでしたよね。

しかし、人の世の現実は一所懸命に努力を重ねて、少し頭角を現すようになると「出る杭は打たれる」。

そんな可愛がりにも耐えて、自分を知り、さらに精進を重ねると出世街道を歩んだり、一流とかプロといわれるような人になるのでしょうが、自分を知らなかったり、無理を重ねたりすると、うつ状態になったり、健康障害を引き起こすことにもなる。

その一方、大半の人は、「目立たず、役立たず」を意識してのことか、または、そんなDNAを持ちあわせていてのことか、それとも荘子の「無用の用」を知ってか、退職時の挨拶には「大過なく企業生活を終えることができた」などとおっしゃる。

閑話休題

話を自らの気づきと体験に移すと、
私の田舎では、よく「○○さんの子」という表現が使われた。
すなわち、親や祖父の名前で評されるのある。

この表現は、「○○の子であれば、きっとこんな子である」
という相手の期待と思い、感情が入ったものであり、必ずしも本人を的確には表現していない。

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2007年10月 6日 (土)

成人

07091902画像は秋田の友達からのプレゼントです。
白神山周辺で遭遇した樹齢400年のブナだそうです。

「ブナは400年程のサイクルで世代交代をしています。」というコメントが添えられていました。

因みに、「ウィキペディア(Wikipedia)」で、「白神山地」の中の「ブナの原生林」という項目を見ると、
「ブナは沢山の小さな実を付けるために、果樹と同様に寿命が短く、寿命は200年ほどであると言われている。」とありました。

さて、今週は「成人」。

その成人を「角川新字源」で検索すると、

①一人まえになった者。むかしの中国では、男子の二十歳、女子の十五歳以上。成年。
②人格・教養の完成した人。全人。〔論・憲問〕「子路問成人」

という2つの意味があったのですよね。

そして、私の朋友からは

「私は成人は60歳だと思います。」

「体が一人前、仕事が一人前、人格・教養が一人前になった者。それぞれ成人だと思いますが、ゆとりが出来るには一つの区切りがついて反省の出来る60歳が成人だと思います。」

という彼の体験からくる思い・考えを先の解説ページに寄せてもらった。

それで、自らの41年前を振り返って見ると、

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2007年9月29日 (土)

力不足也(ちからたらざるなり)

Photo 画像は秋田の友人からのプレゼントで銚子滝です。

さて、「力不足也(ちからたらざるなり)」とは、孔子の弟子である冉求(ぜんきゅう)
「先生の方法を実行するには、私の力量が不足なのです。」といった言葉でしたよね。

それに対して孔子は、
「お前の場合は自分自身で自分の限界をはじめからきめてかかっている。」といった。

その解説として、孔子は、「食わず嫌い」、すなわち、実行もしないで出来ない!と決めているのは、
懶惰(らんだ。一般的な言葉としては、怠惰)と同じであるということを痛烈に指摘するのですが、
その孔子の言葉、指摘は、いつもどうりのもの、すなわち、おだやかなものでしたよね。

この条の解説を見て、私が思い出したことは30年ほど前に、ある人から頂戴した言葉。

「お前は一所懸命ではない。全ての力を発揮していない!」、すなわち、「女(なんじ)は画(かぎ)れり」という類の言葉を歳の差ならひとまわりほども離れた方からもらった。

その方は、上場企業で電気工事の現場代人をしていたといわれ、1日に3、4時間しか眠らないような日々を過ごしたとか。

そんな自らの経験を私に強要したかったのか、自分の尊大さを誇示したかったものかは定かでないが、少なくとも、その表情、態度および言葉からは、孔子のようなおだやかさはなかった。

かといって、孟子のような力強さ、信念が伝わってくるようなものでもなかった。

したがって、血気盛んな年頃の私の中に起こった反応としては、

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2007年9月22日 (土)

鬼神

Photo画像は、秋田の友人からのプレゼントで、峨瓏滝(がろうたき)です。

さて、鬼神とは、

・人間が死んでなる神が「鬼」
・天の神が「神」
・地の神が「祇」

厳密にいえば上記のとおりですが、今週の解説ページでお届けした「鬼神」とは、漠然と神々を意味する、ということでしたね。

そして、祖母が元気な頃の私はといえば、孔子の無神論に影響されてか?(そうではない、と思っているのですが)
「帰省しても、鬼、すなわち仏様におまいりをしない!」と実家に帰る度に、祖母にたしなめられていた。

それを聞いた(見た)朋友からは、早速、その記事に次のようなコメントを頂戴した。

今幸せな生活を送れるのは先祖と親有っての事、
帰省すれば仏様にお参りし心を清めてください。
私は信徒のため、感謝をこめ墓参りを行います。
自分を見つめなおす年齢になって初めて先祖、親のありがたみを実感しています。

決して、私は無神論者ではない(と思う)のですが、若かりし時は、
「いくら一所懸命に仏壇を拝んでも、熱心にお墓参りをしようとも亡くなった人はよみがえらない!親の生きている内にしっかり孝行せよ!!」という誰かの書いたものを見て共感し、それをずっと実践してきた(つもりである)。

ある意味、現実主義者であった。

しかし、朋友が言うが如く、
先祖を敬う、大切にするという心と行動の違いが、後々大きな差を生むことになる。つまり、先祖を大事にするか否か、そんな風習・風土や、心の有り無しによって結果に大きな違いが出る。

そんな事例を、誰か(伊藤 肇氏か?)の著書で見た記憶がある。

それは、30数年前の記憶でもあり名前と内容の詳細についても不確かではあるが、

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2007年9月15日 (土)

友とす

Mityubaoworen500707093 画像は秋田の友達からのプレゼントです。

さて、『論語下』 吉川幸次郎(著) 中国古典選 朝日文庫の事項索引には、「友とす」として、孔子の言葉が3条記載されていました。

その中から、朋友の「自分を見れば其の友がわかる」というコメントに相応しいものとして、今週は、「友其士之仁者(そのしのじんなるものを友とせよ)」という衛霊公篇(えいれいこうへん)の条を選択し、その訓読と訳、および解説を木曜日にお届けしました。

そのいわんとするところ、原理的に説明されていることは、

自分の目指す方向、やりたいことを確実に実行するためには、どこに居ようと、また、行くとして、すぐれた先輩・上司の下で学び、自分と同じ目標、価値観を持った人を友とせよ。

孔子は、弟子を通してそんなふうに述べていると考えました。

孔子の時代にも、いろんな化け物、魑魅魍魎(ちみもうりょう)はいたであろうし、この世にも存在する。

そんな世の中で、志を実現するためには、よき先輩・上司について、志を同じくする同士と交われ!などと高校を卒業するまでに教わった記憶はない。(と思う)

ましてや、その企業に就職すると、どんなすぐれた先輩・上司がいるとか、どんな考えを持っている人を友とすることができるかなどということは知るべくもなくかった。(と思う)

当時、学校で教えてもらったことといえば、

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2007年9月 8日 (土)

人焉廋哉(ひといずくんぞかくさんや)

Photo画像は秋田の友人からのプレゼントで、赤田の大仏です。
赤田の大仏様について、より詳しく知りたい方はこちらのサイトで。

さて、人間観察法の秘術は、

・其(そ)の以(もち)いる所(ところ)を視(み)る。
その人の行動や、その人が付き合っている友人を観察する。

・其(そ)の由(よ)る所を観(み)る。
行動の動機、または経歴を観察する。

・其(そ)の安(やす)んずる所を察(さっ)す。
行動の目的とするところを考察する。

以上の3つについて観察を重ねれば、その人間の真実は、おおうところなくあらわれる。
かくそうとしても、かくしきれるものではない!という孔子の言葉でしたよね。

そして、「人焉廋哉(ひといずくんぞかくさんや)」解説ページで紹介したもう1つは、

「心焉(ここ)に在(あ)らざれば、視(み)れども見えず、聴(き)けども聞こえず」という「大学」の伝第七章からの一節。

視、聴は心が大切。
その心も、正しい心であれ!

ならば、どのようにして正しい心を養うか?
それを、ちょっと考えて見ませんか、と結んだのですが如何でしたか。

実は、この回答によって、人間がわかる!
人焉廋哉(ひといずくんぞかくさんや)!などとは考えておりませんが、ある程度はその人のことがわかる。

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2007年9月 1日 (土)

挙直錯諸枉

Photo 画像は秋田の友人からのプレゼントで、元滝です。
ネット情報こちらのサイトでは元滝伏流水だそうですが、いまは元滝とも呼ばれているとか。

「挙直錯諸枉」とは、
・「直(なお)きを挙(あ)げて諸(こ)れを枉(まが)れるに錯(お)く」と読んで、「正しきものを、抜擢して、諸(こ)れを正しくないものの上に錯(お)く」
という読み方と、

・「直(なお)きを挙(あ)げて諸(もろもろ)の枉(まが)れるを錯(す)つ」と読み、正直なものを抜擢して、不正直なもろもろのものを捨てしりぞける。」

という2つの読み方がある。

そして、吉川博士は為政篇(いせいへん)の章では、前者の説、つまり「荻生徂徠(おぎゅうそらい)の説がいい」といったり、後の顔淵篇(がんえんへん)の章の解説では、「徂徠(そらい)の説は窮屈にすぎる。旧説、つまり後者の方が良いかも知れない。」といっているんでしたよね。

さて、曲がったものの上にまっすぐなものをのせても、必ずしも全てがすべて、まっすぐになるとは限らないという体験談。

これは、現代では熱による変形や素材にもよるのでしょうが、夢多き少年の頃に購入した材木もまっすぐにはならなかった。

それは中学生の頃、友と2人で椅子を作るための木材を買い求めに、2里(8km)ほどの山道を歩いて往復したときのこと。

往きは勇んで行ったのであるが、帰りの上り下りには、2人が肩に担いだ木材は撓(しな)るし、2人の足腰も曲がるかと思われる重さで、まさに、往きは良いよい、復りは何とやらであった。

そして、その後日談がいただけない!

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2007年8月25日 (土)

干祿

5007080803画像は秋田の友人からのプレゼントで、湯沢の絵灯籠祭りの1コマです。

さて、「干祿(かんろく)」とは、禄(ろく)を干(もと)む、すなわち官僚としての地位を得て、俸給を得ることでしたよね。

そして、その俸給を得る、つまり就職のための学問は、
自らの知性を働かせ、多く見て、聞いて、読んで、その理解した範囲内で慎重に発言したり、慎重に行動していれば、そのうち俸給は向こうから自然にやってくる。

つまり、「俸給を得るための特別な勉強というものはない」ということでしたよね。

もっと具体的にいえば、
・多くのことを聞いて、疑問のあるものは省き、自分が自信のあるものだけを、慎重に自分の言葉で語れば、過ちを少なくすることができる。

・多くのことを見て、読んで不確かなものは除き、確かなものだけを、慎重に実行すれば、悔恨が少ない。

・言葉にあやまちが少なく、行動に悔恨が少なければ、俸給は自然にその中から生まれる。

この言葉は、現代の政治家の言行を見聞きし、思わず膝をたたきますよね。
そしてこれは、政治家のみならず、役人や企業の経営者、および全ての人々にも共通する原理ですよね。

しかし、それが私にはできない。
なぜか?

・学習スタイルが触覚系といわれるタイプであり、自分で体験、実際にやってみないと分からない、理解できないタイプであるから。

・プロモーター・タイプといわれれ、一般的には、話し好きで、人の話はあまり聞かない、楽しいこと、面白いことが好きで、周りを盛り上げるお調子者だから。

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2007年8月18日 (土)

速成

5007080804画像は湯沢の絵灯籠祭りの1コマで、秋田の友達からのプレゼントです。
メールに添付して、8月8日に送っていただきました。

さて、速成とは読んで字の如く「すみやかになしとげる。はやく仕上げる。」という意味でしたよね。

そして、引用した論語は、孔子が取次ぎの童子を「向上を欲する者ではない。子供のくせにおとなの真似をしたがり、速成を欲するとっちゃん小僧だよ。」と批評している章でした。

その状況は、玄関番として来客の言葉の取り次ぎをしていたまめまめしそうな子供を見とめたある人が孔子に「益する者か?」とたずねたのが発端でしたよね。

それで、先の「速成解説ページ」には問題が2つ。

まずは「速成を欲する」という孔子のことばから「速成」という熟語について読者はどんな印象を受けたか?
この疑問、問題提起については、既に私の友達が先の解説ページに次のコメントを書き込んでくれた。

石橋を叩いて確認するのも良いが、立ち向かい速やかに成し遂げる。失敗してもめげずバイタリティ溢れた気持ちがいいです。
技術者は尊敬します。しかし年長者の経験者としての実績も重んじます。

これを見て、私が感じたこと、それは彼も速成ということに対しては一抹の不安と疑念を抱いている!?

それで、その不安と疑念を予防する観点から、速成に必要不可欠な条件がある。それは技術者の知識に年長者の経験知を加味することである、という自分の経験則を書き込んでくれた。

これが、またまた私の書きたかったことと一致するのである。

すなわち、彼の主張は、

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2007年8月11日 (土)

口給

5007080802 画像は、湯沢の七夕絵灯籠まつり.の1コマです。
8月8日に秋田の友達から、次のようなコメントと一緒に届きました。

昨晩、湯沢の絵灯ろうを観にいって来ました。
大小300個の絵灯ろうで優雅でした。
気分も上々で楽しんできました。

お蔭で居ながらにして「絵灯籠まつり」を知ることができるとともに、
気品漂う美人画をみてこちらの気分も上々!

疲れからくるイライラ、つまりストレスレベル3に打ち勝つ一服の清涼剤となりました。感謝、感謝です!

あれっ!?
これって、口給(こうきゅう)

口給とは、「くちだっしゃ、言いまわしがうまい、言葉巧み」などということでしたよね。

ならば、やっぱりオレって、口給の人!?

ある女性から、「表現が上手、言いまわしがうまい。」といわれた経験が、そう遠くない過去――4ヶ月ほど前――にあったなぁ~~~。

その彼女の言葉の意味とフィードバックの意図がわからず、
「どんな意味ですか、何を根拠に?」
と問合せをしたけど返事がなかったなぁー。

彼女は誉め言葉として、そんな表現をしたのか、それとも揶揄、または、その両方?

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2007年8月 4日 (土)

侃侃

Takaaneoyagisou500707095画像は秋田の友人からのプレゼントで「タカネアオヤギソウ」です。

さて、「侃侃(かんかん)」とは、和楽、すなわち和らぎ楽しむさまでしたよね。

そして、私の今週の記事、つまり気づきと体験あれこれは「気楽」。
その気楽と和楽のギャップは?

その前に、そもそも、「気楽」とは?

広辞苑によると、

きらく【気楽】
①苦労や心配がなく、のんびりしているさま。「毎日―に過ごす」
②物事にこだわらないこと。頓着しないこと。のんき。「―な男」

という2つの意味があった。

このように気楽という意味を明確にすると、「侃侃」すなわち、和らぎ楽しむさまとは多少その意味が相違することに気づいた。

同時に、また気づいたこと。
それは、彼(私の友達)の主張、もしくは現状および心境は、厳密にいうと気楽ではなく、和楽!?と考えた。

そんなときに、私のその気持ちを見透かしたようなタイミングで、彼のいわんとする「気楽」についての詳細をコメントに変えて提示してくれた。

その彼のコメントを引用すると、

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2007年7月28日 (土)

大簡

Hakusansyakunage5007070911画像は秋田の友達からのプレゼントで、ハクサンシャクヤクシャクナゲです。

さて、大簡(たいかん)とは、「たいそうおおまか。簡略すぎる。」という意味でしたよね。

では、簡潔とは?

【簡潔】かんけつ①つつましく清潔なこと。②潔白でやましくない。③簡単で、すっきりしていること。

角川新字源」にはこのような3つの意味が記載されていました。

そして、『チーズはどこへ消えた?』の中で私が気に入った箇所、
「物事を簡潔に捉え、柔軟な態度で、素早く動く」という、

「簡潔」の意味は、
「簡単で、すっきりしていること。」、言い換えると
「複雑でない」ということ。

そうすると、タイトルの「大簡」とは少し意味合いが異なる。

そこで、思い出していただきたいのが、先の<「大簡」解説ページ 附録>中での吉川幸次郎博士のことば、
「問答の内容から見て、支配者の階級に属する」という件(くだり)

また、貝塚茂樹博士はその著、『論語現代に生きる中国の知恵』 講談社現代新書では、この章の解説として次のような意味のあとに、「人の上に立つ政治家・経営者にとってはなかなかいいことばです。」と結んでいる。

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2007年7月21日 (土)

絶四

Hakusanhukuro5007070909画像は秋田の友人からのプレゼントで、「ハクサンフクロウ」です。

さて、「絶四」とは、
「意(い)なく、必(ひつ)なく、固(こ)なく、我(が)なし」。すなわち、
私意、無理押し、固執、我を張るというような
4つのことが孔子にはなかった、ということでしたよね。

これに対して、孔子は周公の理想の制度を実現しようとした理想主義者ゆえに、
「憤(いきどお)りを発して食を忘れ、楽しんで以(も)って憂(うれ)いを忘れ」たり、
道徳的に悖(もと)る冉求(ぜんきゅう。弟子の名)の行為を非難し、
「吾(わ)が徒(ともがら)に非(あら)ざる也(なり)」として、
若い弟子たちに太鼓をたたいて公然と彼、すなわち冉求を攻撃してよい、とまで言っております。

前者は、人間の将来を憂えての心情による興奮と理想家的な人柄を表現したものであり、述而篇(じゅつじへん)にあります。

また、後者は先進篇(せんしんへん)に出てくる言葉であり、これは衛霊公篇(えいれいこうへん)の「仁に当たりては、師にも譲らず」の主張を物語っていますよね。

そして、私を支えてくれたもの、それはこのような古典的な思想、理想像であった。

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2007年7月14日 (土)

比周

5007052603_2画像は秋田の友人からのプレゼントで、山野草展からの1枚です。

さて、「比」と「周」については、先の「比周」解説ページでおわかりいただけたでしょうか?

・「君子は周して比せず、」とは、
りっぱな人は心から仲のよい友とはなるが、徒党・派閥は組まないものだ。

・「小人は比して周せず。」とは、
つまらぬ人間は徒党を組むが、心からのほんとうの友にはならないものだ。

こんなふうに貝塚茂樹博士は解説されていましたよね。

そして【比周】とは、
①親しくする。転じて、仲間を組んで悪いことをする。
②比は、私心で親しむこと。周は、正しい道で交わること。

角川新字源」には、そんな2つの意味がありましたよね。

では、【徒党】とは?
・いっしょに事をする仲間。同類。
・ある事をたくらんで集まった仲間・団体。
・なにかよからぬ事をたくらむために寄り集まった集団・仲間。

検索する辞書によっては、こんなふうに微妙にその意味合いがちがう?と感じました。

また、「たくらむ」とは、「企(たくら)む」と書き、「くわだてる。」、「計画する。」という意味なのですが、一般的には、

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2007年6月30日 (土)

50watasuge0706255 画像は秋田の友人からのプレゼントです。

「先日、栗駒周辺を散策して来ました。ワタスゲ、イワカガミが見ごろでした。
暖冬のわりには山の草花は一週間ほど遅れていました。」という言葉と共に6月25日に届きました。

さて、先の解説ページでは、「人間力」という言葉を聞いて六然(りくぜん)ですか?と問合せをしたのですが、ヒットしなかった(返事がなかった)

ならば、「達」か!?
と考えて、論語の中から子張(しちょう)と孔子の問答を引用してお伝えしたのですが、

達、聞、という2つの概念はどう訳すべきか。しばらく、「達」は社会人としてもつ自由さ、「聞」は有名人であること、としよう。

この吉川幸次郎氏詳しくはこちらの解説について「角川新字源」を持ち出し、それぞれの「なりたち」と「意味」を抽出し、比較したのですが、それが一知半解の要因になったことに加え、あまりにも繁雑になりすぎた。

それで、「もう少し分かりやすい記事を書け!」というFB(フィードバック)を朋友から頂戴した。
そして、このFBから気づきを得た。つまり、パラクライン(相手の言葉から気づき)が起こった!

「人間学」といえば、安岡正篤翁!

「人間力」について知りたければ、安岡正篤翁に訊けばいい!と思い、
『人物・学問』 安岡正篤(著) 明徳出版社を引っ張り出してきた。

すると、

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2007年6月23日 (土)

500705302070526画像は、秋田の友達からのプレゼントです。
秋田で開催された「山野草展」からの1枚です。

さて、「揆(き)」については、知識を見識に変えたいリストの中の1つと考えていました。

その「揆」についての記事を書くようになった動機は、

「生活習慣病の増加などで健康志向の高まりと軌を一にしたものである。」という、魚離れについてのコラムを地方紙の第一面で見たときであった。

この欄は、全国版のA紙であれば、「天声人語」にあたる部分であり、社内でも1、2の書き手と目される執筆者が書くといわれるところである。

そして、よい文章の見本といわれ、その記事を読み続けているうちに自ずと良い文章、記事が書けるようになるといわれている箇所でもある。

その欄の記事中に、「軌を一」という字句を発見して首を捻ったのがそもそもの始まり。

それを見て、先ず、思い出したことは、
「Y新聞と比べると中身、その内容は大人と小学生ほどの違い。」という比喩を使って揶揄したY紙の販売担当者の言葉。

それから、「それでか?自分がいつまで経っても文章力の向上しない訳は!?」と思いつつ、「これ、ホントにその道のプロが書いた記事?」という疑念を抱きながら、毎朝その欄を見ている自分がいることに気づいた。

と同時に、「今、この現状は全て自分が引き寄せたもの」であり、誰の責任でもない。
自分で引き寄せたものは、自分でコントロールできる。

そもそも、本や記事に書かれていること、内容などは

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2007年6月16日 (土)

500705304070526 画像は、秋田の友達からのプレゼントです。

鈴虫草が植木鉢という「器」の中に納まり、その植木鉢は、鉢受け皿という「器」の中に納まっていますよね。

今週は、その「器」についての気づきと体験をお伝えします。

さて、皆さんは「器」と聞いて、何を連想されますか?

①食器、武器、鈍器、利器、器械、器具などの用具と、
②大器、器量、器度、器用などと人を評価する場合の

2つに大別できると思うのですが如何でしょうか?

参考までに、『朝の論語』 安岡正篤(述) 明徳出版社の中から「器」についての1部を引用してお伝えしますと、

器とは、ある目的利用のために人が作った用具のことで、一定の型があり、限定がある。
<中略>
器にもいろいろありまして、珍器もあれば凡器もある。そもそも小器もあり、大器もあります。

その包容力を主として器量と申します。、
これはます(量)で申したのですが、

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2007年6月 9日 (土)

敏行 Part2

500705301070526 画像は、秋田の友達からのプレゼントで、山野草展から抽出した1枚です。

先週は、今すぐやればよいことを先延ばしにしていると、未完了感が蓄積して、エネルギーのロスが発生する。

それで、孔子もコーチも「敏行」をリクエストする。

そのようなお話と30年前頃の話から、貼られたレッテルを剥がして、視点を変えてみる方法として、

①相手を知るために聞く・質問する・FB(フィードバック)をするというコミュニケーションのスキルを使って、関係を築く。

②相手の良いところだけを見る。すなわち半分だけ見る

そんな一般的な話をしました。

では、今日は、
・この①、②の選択肢のどちらも、今日から実践するか?
・どちらか片方のみを意識して行うか?
・それとも、別の効果的な選択肢を見つけて、試行錯誤するか?
・はたまた、全ての選択肢を実行せず、相手の変化に期待し、ただ座して待つか?

あっ!今、もう1つの秘策?を思い出しました。

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2007年6月 2日 (土)

「敏行」Part1

5007052603画像は、秋田の友達からのプレゼントで、山野草展から抽出した1枚です。

いきなりの質問で恐縮すが、孔子もコーチも行動を重視するのはなぜでしょうか?

えっ!みな夫々字句の頭に「こ」がつくから!ですって。
すばらしい!
すばらしい発想ですね。

でも、それだけでしょうか?

先日、こんな話がありました。

それは、「整理・整頓をしないのは時間とエネルギーを節約するためである」という方のお話。

本当でしょうか!?

それで、その方に「1週間だけ、整理・整頓をしながら作業を進めて欲しい。」と、リクエストしました。

そして、約束の1週間後に結果をお聞きしました。

その答えは、「スッキリして仕事のはかが行き、品質不良が改善された。」というものでした。

どうしてでしょうか?

それは、業務を効率的・効果的に進めるためには、充分なエネルギーを注ぎ込む必要があるのですが、

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2007年5月26日 (土)

失言

私の最初の失言は、高3の終わりごろった!?と思う。

それは、その授業担当である電気科長のO教師が、たまたま名札をつけておられなかったので、授業の開始と同時に「○○先生、名札がついていません。」と言ったのが始まりのようである。

そして、そのFB(フィードバック)、いやO教師がFBを求めておられなかったので、それは私の余計な一言、「言うべからざることを言う。口をすべらせた」という失言であった。

それに対するO教師からのFB、これも私がリクエストをしていなかったので、正しくは叱責、または忠告であったと考えるのですが、そのお言葉は、「忘れたんじゃ。お前、そんな人の揚げ足を取るようなことを言いよると、大きく成れんぞ。」というものであった。

その後、失言、すなわち言うべからざることを言ったり、口をすべらせたがために何度か、幾人かの方から批判を受けた。

そして、その返ってきた言葉の大半は、「余計なことを言うな。要らんことを言うな!」というものであったが、相手によっては、これが忠告に聞えたり、批判、評価と聞えた。また叱責とも聞えた。

そして、それ、失言を意識し始めたのは、ある上司の一言、

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2007年5月19日 (土)

益友と損友

角川新字源」によると、
【益友】えきゆう:交わって有益になる友人。それは、正直な人、誠のある人、知識の多い人。〔論・季氏〕「友直、友諒、友多聞、益矣」

【損友】そんゆう:交わって損になる友。便辟(べんぺき)(うわべの行儀は正しいが正直ではない)・善柔(ぜんじゅう)(へつらいがたくみで真心がない)・便佞(べんねい)(口先だけで真の知識にとぼしい)の友。〔論・季氏〕

これは、先の解説ページに紹介した意味とその一字一句を比較すれば、必ずしも一致しない。でも、イメージ的、抽象的にはご理解いただけると信じています。

そして、「友」とは、ともだち、同士、仲間のことであり、その中でも今回は特に社会人となってから出会った仲間、友達についての気づきと体験をお伝えします。

先ずは、始めて就職をした大阪の会社で出会った仲間。
それは、同じ18歳の男性2人と、女性1人。

男性2人のうち、1人は地元大阪のA君。そしてもう1人が神戸出身のB君でいずれも工業高校卒業。
1人は陽気そうで外交的、外へ向いてものをいうタイプ、自分勝手で少しおっちょこちょいのところがあるA君。
もう1人は、内向きで物静か、でも陰気ではなく穏やかで、笑ったときの顔が素敵なB君。
そして、大阪出身の少し早口で陽気な、小柄の女性C子さん。

こんな記憶があり、当時は益友、損友ということなどは承知していなかったのですが、私が直感的に好意を持ったのは、神戸出身の彼、B君。

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2007年5月12日 (土)

友と朋友

「7kg.痩せた」という朋友に、1年ぶりに会った。
それにしては、腰周りが少し大きい!?
それは、自分で勝手に7kg.減の体型をイメージしていた結果の感想であった。

そこで余計な一言、「もう少し痩せていると思ったけど、、、、。」と、主観的なフィードバックを送った。
それに対して、彼は、「ウエストは112cmから99cmになった。」という客観的な言葉を返してきた。
それで、ウエストについては、それ以上のことは訊かなかった。
ウエストがいくらであろうと、元気に再会できて何よりなのだから!

そして、もうひとりの友達と3人で、同級生夫婦の待つ居宅へお邪魔をして、歓待を受けることとなった。そこで地元の懐かしい味と手作りのご馳走、それに飲み物の接待まで受け、恐縮しているところに、他の同級生、友達にも連絡をしてもらった。そしてその友達も駆けつけてきてくれた。

都合、6人で、写真を見ながら1週間前の旅行の話題から45年前の話、懐かしい思い出にまで話が及び、昔話に花が咲いた。

その話の最中に、固定電話の着信音が鳴った。

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2007年5月 5日 (土)

文と質

文と質、すなわちかざりとその中身と聞いて何を想像されますか?

海老天の衣とえびの大きさ?
雑誌の宣伝文句とその内容?
ご祝儀袋とその中身?
受講料とその研修の内容?
上司(部下)の言葉とその本質、人間性?

などなどときりがないですね!?

でも、これらのすべては釣り合っている、すなわちその中身とそれらを包含しているものがそれ相応であって、はじめて人は納得したり、妥当性、満足感、安心感などを感じたりするのでしょうね。

ところで、先ごろ循環取引で一時メディアを賑わせた上場企業、そこのオーナーが観光か、視察か何かで山形県だったか、秋田県だったか東北地方へ行ったときの話。

そのときのバス・ガイドさんが、「どちらからいらっしゃいましたか?」と訊いたのに対して、乗客の一人が、「香川県!」と答えたそうな。

そしたら件(くだん)のガイドさん、「あの、衣の大きな海老天で有名な○○○のあるところ!?」と聞き返してきた。
その返事、評価を聞いたときのお客さんのえもいわれぬ顔。
実は、

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2007年4月28日 (土)

Photo_1画像は、八郎潟の直線道路です。
桜もやっと開花しました、満開を見てから旅行に出発できるかも?

というメッセージとともに、秋田の友人から今週届きました。

さて、唐突で恐縮ですが、誤解を恐れずに言うと、
「コーチングとは言葉の游(あそび)である!?」
と思うのですが如何でしょうか?

勿論、コーチは「聞く」、すなわち傾聴に重点をおいて、相手に気付きを与える質問・フィードバックをすることを中心に多くのスキルを有している、それがプロのコーチ像です.

しかし「辞」、すなわち言葉、文章の大切さにもフォーカスする必要がある!?と考えての主張です。

これは、「人を活かすも殺すも言葉次第」とか、「人は片言隻句で生きる」などという俚諺(りげん)を聞いていたこと。
そして、同級生で筆者の友人、彼が中学校の校訓を自分の言葉にチャンクダウンして(細かくして。噛み砕いて)自己の行動指針とし、豊かな人生を手に入れた。

さらに、先週ご紹介した「コーチ21」の伊藤守氏の文章の続き、

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2007年4月21日 (土)

芸に游ぶ

Photo_1画像は「鶴の湯本陣」鶴の湯のサイトです.

鶴の湯(乳頭温泉)佐竹の殿様の湯治場だった温泉。
田沢湖周辺は温泉、スキー場、駒ケ岳、抱き返り渓谷抱き返り渓谷のサイト、わらび座(劇団)と見所、楽しみが多くあります。

と、いう紹介とともに秋田の友人から送っていただきました。

さて、先週は、孔子が「夢に周公を見なくなった。私もずいぶん歳をとったものだ」という思いを吐露した章を紹介しましたが、確かに実感です!

私も夢を見る機会が少なくなってきました。
認めたくはありませんが事実です(解釈かも)!?

そして、それは、「目標、ゴールをイメージせよ!見えていないものを見よ!」といわれたときにも感じました。

ても、後者はビジュアル(視覚)系の方なら兎も角、聴覚・言語感覚・触覚系といわれる人には、これがなかなか難しい!?

そんなとき、目に飛びこんで来たのがWeb上での伊藤守氏のことば、

また、すでにあるものや、
いまできていることにフォーカスを当て、
次に、抽象度の高い「幸せ」や「成長」などに注意を向けさせると、
相手は、幸せや成長、喜び、楽しさを、
実感として持つことができるようになります。

言葉として使っている、幸せ、成長、喜び、楽しさ、愛などを
実感として持つことができるようになると、

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2007年4月14日 (土)

07031802_4夢と聞いて、将来展望、目標(ゴール)を語るのか?と、思いきや夢に見たという「夢」の話か。

それに、コーチングでいうところの「モデリング」とは、何を主張したいの?
と、木曜日の解説ページをご覧になられて思われたかも!?

そんなご期待の「夢」、将来展望に相応しい語句として、論語には「志」ということばで表現された章がいくらかありましたので後日お伝えします。

では早速、「夢」についての気付きと体験あれこれをお話します。

それは、筆者が伸び盛り?で若かりし頃のお話。

「こんなとき、社長ならどんな対応をするか!?」
「迷ったり、分からないとき、判断に困ったときは社長ならどうするだろうか?」と、
「わしの居らんときは、常にそのように考えて判断せよ!と、Fにはいつも言っている!しかし、、、、、、、。」
というお言葉を、ある方から何度かお聞きした。

その度に、これは筆者への教え、教訓!?かな。
と考えた。
そして、迷ったとき、判断に困った場合には、常にその教えに従って決断をしてきたつもりである。

これは、解決方法が分からない、どうすればよいか?決断ができない。そんなときは、「夢」にまで出てくるような

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2007年4月 7日 (土)

君子固窮

070405tawarazu168先週の記事、「暴虎馮河」を書き終えた後に、「君子固(もと)より窮す」という論語の一章を思い出しました。

そして、その章を木曜日の解説ページで紹介しました。

それは、弟子の子路が「君子も亦(ま)た窮すること有る乎(か)」と迫ったのに対して、孔子は、より簡潔に、より含蓄深く「君子固(もと)より窮す。小人窮すれば斯(ここ)に濫す」と答えたというお話です。

それで、これは「コーチもまた悩むことがあるか?」ということと同義かな?と考えました。

これは自分自身の体験、感じたこととそれ以前、コーチングの学習を始めて間もないころの体験。あるコーチから「このごろ気に病むことがあって、、、。」という言葉をお聞きしたときのこと。

そこで、「コーチも悩むことがあるのか?」と思い、早速、「死中活有り」という言葉をお送りしました。
それから数日後、「ありがとう。元気になりました!」という返事をいただきました。

そして、今度は自分自身の「なんともならない」という言葉に対して、古い友人、同級生から「人生楽しく気楽に生きましょう。」というコメントをいただきました。

そんな両方の体験をして、世の中は循環する!?と思った。
そして、「コーチも人の子、悩むことはある!?」。公表するか、しないか?深く考えるか、表面的、楽観的に受け止めるか?の違いだけである!?と考えた、

でも、コーチは「confront(コンフロント。直面する)」することによって、新たな気付きを得て新しい知識、スキルを身に付ける。
そして具体的行動計画に落とし込んで、行動を起す。
そうすることによって新たな道を見つけて進化し続ける。
それがコーチであり、コーチという道を選択した人の成長パターンであると考えた。

そこで、先週の「なんともならない」と感じていたことから気付いたことを整理すると、

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2007年3月31日 (土)

暴虎馮河

07031802_2画像は雪割草で、秋田の友人からのプレゼントです。

今日の気付きと体験あれこれは、
・渡る世間に鬼はなし、と信じていたら
・渡る世間は鬼ばかり、と聞いて、どっちが本当!?と思っていたときに
・渡る世間にゃ鬼もいる、という言葉に出会い、それじゃあ、その準備だけはしておこう!?
常に最悪のことを考えて、最善の準備をしておこう!?と考えてはいたものの、認識と現実の違いを体験し、それに気付いた、というお話をお伝えします。

さて、この60年間で、虎を素手でうち、黄河を歩いて渡るほどの無鉄砲な勇気を持って、無謀な冒険、命知らずの行動をした!?とまでは思っていません。
しかし、「人間(じんかん)到処(いたるところ)青山(せいざん)(あ)り」までの強い思いはなくとも?(あったかも!?)いつも、「まあ、なんとかなる!?」ぐらいの気持ちで無計画にここまで過ごしてきました。

まず、その無計画、無鉄砲な始まりは、高校を卒業するときから!?
それは、就職が内定していた企業の倒産に遭い、何とかなるの軽い気持ちで上阪をしたことから始まった。
でも、そのときは、姉の計らいで結果的にはどうにかなった。

その後、営業の体験も半年ぐらいはしたが、元来の生真面目さと馬鹿正直な性格からか、「性に合わない!?」と思って、再び製造業への道を歩むことにした。

そして、ピークアウトしたといわれる製造業の業界、それも中小零細企業ばかりに40年間籍をおいた、
その間、いつも、「何とかなる!?」という気持ちと、「もう少し自分を高めたい!」、「自己の実力を試したい」思いのみで、無手法(無鉄砲)、無謀にも転職を繰り返してきた。

そんな若い筆者を見てのある先輩の一言!

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2007年3月24日 (土)

啐啄同時(後編)

07031802_1 前回は「論語」に出てくる孔子のことばから、タイトルとは少し違う四字熟語、「啐啄同機」(そったくどうき)ということばを思い出して、「新明解国語辞典」と「角川新字源」を検索したが発見できなかった。
というところまでお伝えしました。

それで、広辞苑を引っ張り出してきて、

「そったく」を検索すると【啐啄】とあり、そこには、

「啐」は鶏の卵がかえる時、殻の中で雛(ひな)がつつく音、
「啄」は母鶏が殻をかみ破ること
①[仏]禅宗で、師家(しけ)と弟子のはたらきが合致すること。啐啄同時
②逃したらまたと得がたいよい時機

とありました。

また、この言葉はそれ以外にも見た憶えがあるので、その記憶の糸を辿って、『入門ビジネスコーチング』アマゾンへを見ると、そこには、

仏教の禅宗の教えに「啐啄同機(そったくどうき)」ということばがあります。

とあり、安岡正篤(まさひろ)先生の本から学んだのすがと続き、(自己の蔵書の中から検索しましたが遭遇できませんでした)要約をすると、

口へんに卒業の卒と書いて、、「ついばむ」と読みます。
「啄」を訓読みすると「たたく」です。この「ついばむ」と「たたく」が機を同じくするとはどういう意味でしょうか?

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2007年3月22日 (木)

啐啄同時(前編)

07031802画像は、秋田の友人からのプレゼント雪割草です。
「催し物好きで17日は蘭展、18日は雪割草展に行てきました。」
「雪割草を見れば雪国でも春が間近に感じてきて心が弾みます。」

というメッセージと共に送っていただきました。

今週は、それと思わず顔がほころぶお話をいただきました。
その内容を拝見して、これは素晴らしい!
自分ひとりで独占するには勿体ない!?と瞬時に判断しました。

それで、その方にお願いをして、皆様にお伝えすることをご快諾いただきました。
噛めば噛むほど味わい深いお話でもある。と、私は感じました。
以下にその内容を字下げしてお伝えします。

土曜日に家族でドライブに行った際、車中で、こんな会話をしました。(長女6歳、長男4歳)
妻) 「お姉ちゃん。今から質問することに10段階で点数をつけてください」
妻) 「お父さんをどのくらい好き?」
長女)「10」
妻) 「お母さんは?」
長女)「10」
妻) 「弟は?」
長女)「10」
妻) 「お父さんとお母さんの仲は?」
長女、長男)「10!」

子供はウソはつかない(つけない)と思った質問です。
でも、長男もしっかり、聞いているのも驚きでした。
この質問で、

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2007年3月17日 (土)

意識(後編)

07031450_1意識(前編)にてお伝えしました孔子の「未だ之を思わざるなり」、についての主張は如何でしたか?

孔子の人間性を知る1つの章であると筆者は思うのですが、皆様は如何お感じになられたでしょうか?

さて、今日はお約束どおり、「意識」についての気付きと体験談をお話申し上げます。

先ずは、卑近な例で恐縮ですが、
実は、今週はブログ記事をなかなか書く気になれず、放置しておりました。
要因、すなわち外的障害と内的障害を挙げると様々ですが、その多くの要因は内的障害に関するものかと!?
もっと具体的に申し上げると、「やらねばならない」未完了(外的要因)があって、それを「やりたい」に変換することができなかった!?

それに、半年間の想い、意のままに動いてくれないパソコンと格闘しながらの半年間の思い(重い!?)、ホームページを開設することができた。ホームページへその喜びと共に一種の脱力感に見舞われた!?

そんな折に、筆者の心を見透かしたように、友人からの効果的なインプットがあった。
すなわち、今週はサボろうか?やろうか?と考えていた時にいつも画像を送ってくれる友人が、寒い中を外出して秋田の今を撮影してきてくれた。
そして、その写真を送ってくれた。(この記事の冒頭に掲載している、久保田城址の画像です。)

これが、「やらねばならない」を「やりたい」に変えた。

それに、これは現役時代にご支援を頂いた方からのメッセージ。

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2007年3月15日 (木)

意識(前編)

07031450画像はいつも送っていただく、秋田の友人からのプレゼントです。

今は、毎朝5cm程の積雪があります。
例年、秋田市内は50cm程度ですが、内陸は2m程あり、横手のカマクラ等いろいろ雪の行事が盛り沢山あって冬を楽しんでいます。

写真は久保田城址の冬景色、積雪は例年の2割程度です。
というメッセージともに、昨日お送りいただきました。

さて、意識という言葉に出会い、「論語」の各章に、その存在を探してみました。
「意識」は勿論、「意」も在りませんでした。(知識が足りなかっただけなのかも!?「噫(い)」(意味は、ああ。嘆息・驚嘆の声を表したことば)は、論語の中に3章ありました)。

そこで、視点を変えてみました。
そもそも「意識」とは、どんな意味であろうか?
そんな視点から考えると、「思い」(思うを含む)、または、「心」、「志」に代弁できるのではないか?と想い「角川新字源」で検索をしてみることにしました。

それによると、「意識」とは①心に知る。②[仏]分別心。③[哲]知ったり感じたりする一切の心の働き。とありました。

それで次に、「意」、「思」、「志」について、各々調べてみると、
●意:知・情のもとになる意識の意に用いる。
意味①こころ。おもい。わけ。心の動き。こころざし。のぞみ。おもうetc。

●思:心の働きの意をあらわす。
意味①おもう。かんがえる。ねがう。のぞむ。したう。②おもい。かんがえetc。

●志:心が向く意を表す。また、誌に通用する。
意味①こころざし。かんがえ。意思。のぞみ②こころざす。③しるす④しるしetc。
とありました。

その結果を見て、今日はその中から「思」にフォーカスをして、孔子のちょっと変わった一面、いや、正確には孔子の

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2007年3月10日 (土)

過ち

『論語』 吉川幸次郎(著) 朝日文庫の中から「過ち」という語句の入っている章を検索すると、その数は10章もありました。

そこで、筆者の性格、タイプからすると1度に全てをお伝えしよう!?
という気になります。

しかし、今回は以前にご紹介しました「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し」。過猶不及ページへ
すなわち、1度に多くを伝え過ぎると何も伝わらない。という教訓。

それにコーチの心得として学んだこと、「質問はシンプルに1つだけ」。

の教えに従い、2つの体験談の中から、「過ち」という語句の入っている箴言を3つ。
『論語』 吉川幸次郎(著) 朝日文庫をもとにお話申し上げます。

先ずは、論語の「子罕篇」に出てくることば、「過則勿憚改」(過(あやま)てば則(すなわ)ち改(あらた)むるに憚(はばか)ること勿(な)かれ)解説ページへという体験談です。

それは、筆者がバイヤーの責任者をしていたときのこと。
とあるメーカーの機器を継続使用する。という選択をして「過ち」に気付いた話です。

そのメーカー、1部上場企業で皆様もよくご存じのメーカーですが、

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2007年3月 3日 (土)

事の外に立つ

コーチングのコーチをしていると何のための目標管理か?と思う事例にであうことがあります。

ご存知の通り、目標管理は個人の成長を図り、企業の業績向上に寄与する手段であり、上司と部下のコミュニケーションのツールでもある。
と考えるのですが、その本質を見失っているようで、その未完了がストレスを生み、新たな挑戦に意欲が湧いてこない、毎日を鬱々(うつうつ)と過ごしている。
そんな場面に遭遇することがあります。

その要因の1つは、目標(ゴール)の設定と現状の分析、ギャップの認識、それを解決するためのリソース(資源) とオプション(選択肢)、それにウィル(やる気)、いわゆる「GROW」解説ページへが明確にイメージし切れていない。
押し付けられてしぶしぶやっているところに問題があり、加えて上司の適切なフォロー、現状の認識と問題点に対する部下との適切なコミュニケーションの機会が欠落している。

こんな要因があると思うのですが如何でしょうか?

コーチは、そんな状況でお悩みのクライアントさんに遭遇したとき、

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2007年2月25日 (日)

轍鮒の急

轍鮒(てっぷ)とは「新字源」によると、「困窮している人のたとえ」。[荘・外物]とありました。

それで、『荘子雑篇・上解説ページへ福永光司(著) 中国古典選16 朝日新聞社 昭和53年11月発行 ¥400)の「外物篇」解説ページへを見てみると、「轍(わだち)の鮒(ふな)」の寓話(ぐうわ。たとえ話)として有名な壮周(そうしゅう。荘子と監河侯(かんかこう)との問答とあります。
そこで、同書の解説から引用して要約すると、

荘周は家が貧しかったので、あるとき粟(ぞく。穀物)を借りに監河侯(魏の文侯)の所に出かけた。すると監河侯は彼の願いを聞いて言った。、
「よろしい!そのうち領地から税金が入ったら君に黄金300斤(きん)を貸してあげよう。どうだね」と。

それに対して荘周はむっと気色ばんで答えた。
「私は昨日ここに来るとき、途中で何ものかに呼び止められました」と直接、王の言葉に返事をする代わりに「.轍鮒の急」の話を始めます。

あたりを見廻しますと轍の水溜りに1匹の鮒がいるのです。そこで、その鮒、声の主に「子(きみ)は何する者ぞ!?」とたずねますと、「私は東海の海神の召使です。あなたは私の命を助けてくれるほんの数升の水をお持ちではないでしょうか?」と訊いてくるので

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2007年2月17日 (土)

過猶不及

Ran2502007213 画像は「元気ですか!?旅行の案内が届き、2ヵ月後は童心に帰り心身ともに洗礼され、新たな気持ちに成れることを心待ちにしています。」というメッセージとともに秋田の同級生からお送り頂いた蘭展の模様です。

さて、タイトルの出典は、論語の「先進篇」にある孔子の言葉です。という、お話は先週の記事にて紹介しておりましたが、肝心な部分をお伝えしていませんでした。

既にご存知の方は勿論、多くの方もお気づきとは存じますが、このことばは、「どちらも同じ!」。過ぎても、不足しても評価、結果は同じある。すなわち「倶(とも)に中を得ていない」。と、人間の行動の基準を「中庸」(ちゅうよう)解説ページへの黄金律(おうごんりつ)(永久不変の道徳原則)においた孔子のことばです。

そこで、例によって吉川氏の持っている「論語」についての知識を引き出すのに、尾崎氏が口述筆記をしながら質問のスキル解説ページへを使い、9年間をかけて完成させたという書籍。『論語中』 吉川幸次郎(著) 朝日文庫から、再度、その章の読み下し文と解説を引用すると、

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2007年2月11日 (日)

先進

本日は先進的、先進性、先進国という「先進」についてのお話です。

その先進とは、先のような熟語の他に、「先輩」という解釈もあり、論語の「先進篇」解説ページにも
「子曰わく、先進の礼楽に於(お)けるは、野人なり。後進の礼楽に於けるは、君子なり。如(も)し之(こ)れを用いば、則(すなわ)ち吾(わ)れは先進に従わん」とあります。

その章の意味を例によって『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選4 朝日文庫より引用してお伝えすると、

先進、すなわち先輩たちの、礼楽、(礼楽とは、意訳すれば文化的な生活に関すること)すなわち文化生活に近接し、享受しようとする態度には、「野人」、田舎者としての素朴な態度があった。一方、後進、すなわち、より後輩である人たちの、礼楽にに対する態度には、「君子」、紳士としての、それがある。どちらも長所をもつであろうが、もしどちらかを選択せよとならば、私は先輩たちの態度に、同調する。

と、いう孔子の主張です。
これは、スマートで君子的な文化生活を祝福しながらも、良い意味での野生が失われることを懸念しての孔子の言葉ですが、「論語」はご存知の通りこの章を始め、まだ細密な考証がなされていない部分も多く、

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2007年2月 3日 (土)

利と義

「気付きと体験あれこれ」の記事を書きながら、避けて通っていたのが「利に放(よ)りて行えば、怨み多し」という論語の章です。

そんなときに、私淑する安岡正篤翁の『論語の活学』 人間学講話 プレジデント社を、訳があって開いてみると、

論語をみると、われわれが日常遭遇する現象や問題がことごとく原理的に説明されている。例えば、「利によって行えば怨み多し」とある。
<中略>
本当に利を得ようとすれば、「いかにすることが義か」という千古易(か)わらぬ事実、法則に立ち返らねばならない。ここに気がついて初めて論語が<生きた学問>となる。

という序に出会って、「利」についての記事を書く気になりました。

さて、「利」についての話を展開をするにあたっては、売り手と買い手の想い、考えを明らかにして進めるのがよろしいかと存じます。

そこで、筆者の体験と見聞きした情報から、お話をしますと、

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2007年1月27日 (土)

浸潤の譖、膚受の愬

Ran32007122 画像は、秋田の友人から「昨日の蘭展の写真です。これからの日曜、祭日は蘭展、雪割草展、山野草展と催し物三昧で楽しみです。」
というメッセージと共に送っていただいたものです。

さて、タイトルをご覧になり、思い出したくもない、苦々しい想い出がある方もおありかと存じます。
また、そのようなご経験がなくとも、「論語」を読まれた方はご存知でしょうが、多くの方にはあまり聞きなれない言葉と思い、「新字源」で検索してみることにしました。

先ず、始めに
【浸潤】(しんじゅん)「しだいにしみこむ」という意味のあとに、
【――之譖】(――のそしり)水がしだいにものにしみこむように、だんだんと深く信じられるようになるそしり。〔論・顔淵〕「浸潤之譖、膚受之愬不行」

と、あったので続いて

【譖】(シン。セン)を調べると、
●そしる。そしり。〔論・顔淵〕「浸潤之譖」。うったえる(訴)うそのうったえをする。ざんげんする。同義語:讒(ざん)。さかしらごと。
●いつわる。まことでない。同義語:僭(せん)

とあり、【譖潤】(しんじゅん)じりじりと影響を生じるそしり。水がしみこむように、知らず知らずのうちにしみこむ。という熟語も表示されており、同義語として「浸潤」と、ありました。

ここまで読まれてお気づきの通り、「浸潤の譖」(しんじゅんのしん)とは、あまりよい言葉ではなさそうですが、さらに、その次の熟語を検索すると、

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2007年1月21日 (日)

温故知新

このタイトル、「おんこちしん」。または、「古きをたずねて新しきを知る」。という言葉は一度は見聞されたかと存じます。

筆者の記憶が確かであれば中学生時代かと!?
失礼ながら、その記憶も、「歴史上のことを知って現代に生かす」という意味ぐらいにしか習っていらっしゃらないのでは!?

ちなみに、「おんこちしん」と、「新明解国語辞典」にて検索すると、「昔のことをよく調べ、新しい物事に適応すべき知識・方法を得ること」と、載っていました。

また、「角川新字源」には、【温故】として、「前に学んで知ったことを復習する。温は「たづぬ」と読み、引き出す意。また、「あたたむ」とも読む。【――知新】――ちしん(ふるきをたずねてあたらしきをしる)前に学んだことを復習して新しい知識を得る。[論・為政]「温故而知新可以為師矣」とありました。

それで、例によって『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選3 朝日文庫解説ページの「為政篇」解説ページを見てみると

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2007年1月14日 (日)

知人

「知人」とは『角川新字源』によると
●知恵のある人
●人を知る。人をよく見分ける
●知り合い。友人

とありますが、一般的に「知人」と言えば、よく使われるのは「知り合い。友人」かと存じます。

このように、言葉、漢字には様々な意味があったり、その「なりたち」を見て、成程!と新たな気付きを発見したり、先人の叡智(えいち)に感心したりするものです。

筆者も「認」=「知」ということに気付き、古典の中から「知」についての使われ方とその意味を知りたくなり、先週は老子の中から有名なことば「知足」(たるをしる)についての出典を調べてご紹介しました。

そこで今週は、論語の中から「知」に関する記事を、と考えて検索したのですがその多さに圧倒されて思わず躊躇(ちゅうちょ)しました。

論語をお読みになられた方は既にご存知のとおり、「知」は全篇に亘り「仁」詳しくはこちらとともに語られており、老子の「知」が内面、自分自身を知ることの大切さを主張しているのに対して、孔子は外面、「人を知る」ことが知であると言っているようです。

その論語の中から今週は最後の篇、

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2007年1月 7日 (日)

知足

「足るを知る」という箴言(しんげん)は25年前にお教え頂いたものであリ、爾来(じらい)、肝(きも)に銘(めい)じて今日まで生きてきた。

その出会いは、故経営者から「京都に行ったとき、竜安寺の蹲(つくばい)詳しくはこちらにこのような字が書いてあったが、お前、何と読むか分かるか!?」という質問であった。

勿論、当時は読める知識も有せず、従って理解することも適わず、「吾(われ)(ただ)足るを知る」と読むことと、その意味についても教えいただいたのであるが、「知足」は後日、『老子』を読み進めるうちに有名な箴言であることを知り、「知」についての記事を書く上では割愛しがたい語句であると考える。

さて、竜安寺のつくばいに書かれている「知足」の意味については「満足する」「感謝する」「足す(ふやす)」と解釈も豊富であり、ネット上でも諸賢がご披露されているので、そちらをご覧いただくとして、今回も中国古典選⑩⑪『老子』福永光司(著) 朝日文庫より引用し、「知足」に関する章の紹介と疑問について挑戦してみます。

先ず、最初に登場する第三十三章には

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2006年12月31日 (日)

「上知」と「下愚」

上知と下愚とは、上から下を見た記事ではありません。と、先に書きましたが、タイトルをご覧になられただけでお分かりになられた方もいらっしゃるとは存じます。

「論語」に出てくる語句で、「子(し)(い)わく、唯(た)だ上知(じょうち)と下愚(かぐ)とは移らず」。とあり、その意味は、

「上知」、最上の知者は、どんな境遇に於いても堕落することなく、「下愚」、最下の愚者は、習慣、教育によっても向上しない。この2つの種類の人間は、移動しない。

(『論語』吉川幸次郎(著) 中国古典選5 朝日文庫より引用)

ということですが、ここでもまた、矛盾詳しくはこちらする一章がその前章にあり、頭を悩ませるところです。

その矛盾する前章には、「子曰わく、性(せい)(あ)い近き也(なり)。習い相い遠き也」(先天的な性質は相互に似通い、近いものであるが、後天的な習慣、それによって差ができ、お互いに遠いものになる)とあり、氏より育ち、努力、習慣によって大きな差が生じる。と、孔子はいっております。

この孔子の考えは、人間の本性は本来善であるという孟子の主張、「性善説」詳しくはこちらとも一致する思想であり、さて、どちらが正しいのか?おおいに迷うところです。

この迷いについて、すなわち、「上知と下愚」、「性近き也。習い遠き也」の矛盾する2章の説明については、

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2006年12月24日 (日)

「信」PartⅡ

「信」PartⅠでは、「信」とは「信+義」であるということ。人の言葉と心、行動が一致して初めて信頼できる。すなわち、信じるために必要な条件は、「言葉+行動」であるという孔子のことばから一つの気付きを得ました。

それに気をよくして、今回も前回に引き続き、『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選③④⑤ 朝日文庫から引用して、「信」についての話を進めてまいります。

先ずは、「述而(じゅつじ。述(の)べて作らず、と始まる)篇」より
①孔子の言葉「述べて作らず。信じて古(いにしえ)を好む」
・祖述(そじゅつ。先人の道を手本として受け継ぎ)はするが、創作(初めて作る。自分で考えて作ったり)はしない。古代の中のよいものを、よいとして信じ、愛好すべきものを心から愛好する
・弟子に言った言葉?信は文字通り信じる。信念(かたく信じている自分の考え)

次は、「子路(しろ。孔子の弟子)、政(まつりごと)を問う、と始まる)篇」

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2006年12月22日 (金)

「信」PartⅠ

先週は「信・認・任」についての記事を投稿しましたが、「信」については今一スッキリしません!未完了感が残っています。

信じるとは?信じるために欠かせない条件とは?一体、人が人を信じるのに必要なものは何か?を明確にする必要があると感じました。

因って、少々くどいようですが、再度「信」についての記事にチャレンジしてみます。

そこで、迷ったときは原点に帰れ!「温故知新」、故(ふる)きを温(たず)ねて新(あたら)しき知る。ことに気付き、「信」について「古典」を調べ、その中から引用してスッキリ感を味わいたく、お付き合い願います。

さて、古典といえば『論語』と『孟子』を思い出されることと存じます。
孔・孟は同じ儒教思想ながら『孟子』は性善説、すなわち、「人の性は本来善である」という人間性に対する強い信頼と「天への絶対的な信頼」がバックボーンにあり、「信」については、それ以上の重要な語句を検索することは困難でした。

一方、孔子については死生・老病に関する語句もあり、窮めて人間的でした。
従って、「信」についての語句も豊富でした。
ここでその全てをご紹介したいのですが、筆者の好みによりその中の一部を選択させていただきました。

そんな訳で、今週は『論語』 吉川幸次郎(著) 中国古典選③④⑤ 朝日文庫から「信」に関する部分を抽出して引用し、記事を2回に分けて週末には完了させることに変更させていただきました。

まず、『論語』の開巻、「学而」(がくじ。学びて時にこれを習うで始まる)篇」に登場する「信」についての語句と解説、その意味は

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2006年12月16日 (土)

「信」、「認」、「任」

司馬遷(しばせん)の名著『史記』(しき)に登場する人物、藺相如(りんしょうじょ)が「璧を完う」した記事詳しくはこちらを書いて投稿した後に信じて任せると人は実力以上の英知と勇気、創造力を発揮するものだなと思った。

また、それは、藺相如が強国である秦(しん)に使いをして、はずかしめも受けずに趙(ちょう)の宝物である「和子(かし)の璧(たま)」を無事に持ち帰った。すなわち、「完璧」を成し遂げた藺相如の勇気と才能、功績を認めて、趙王がそれに報いて上位家老に任命したことにより次なる活躍。
「澠池(べんち)の会」に趙王の随員としてその地に赴き、秦王と対等以上に渡り合って秦王の横暴を封じ込め、趙の安泰を成し遂げる功績を果たしたんだんな!?

人は功績、成果を認められてそれなりの処遇、待遇を与えられると常に努力をして成果を発揮し続けながら成長するものなんだな、と思った。

ところが、ここまで書いてふと気付いた。

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2006年12月 9日 (土)

説得と納得

Taiturisou友人から、秋田も冬到来です。太陽の無い鉛色の空の日々です。というメッセージと共に「タイツリソウ」の画像を送っていただきました。

別名ケマンソウ。ケシ科の多年草。4~5月頃、淡紅色で平たい円形の美しい花を茎につけ、花茎はアーチ状になる。それで鯛を吊り下げたようだというのでこの名がついたとか!?

さて、ある方から「説得」と「納得」という言葉の違いについての説明を聞きました。

その方のご意見は
①説得=強制=楽しくない。「はい」と返事はするが途中でエネルギーがダウンする。
②納得=理解=自分の責任で行動する。

と、端的に言えばこのような内容であった。と記憶しているし,そのようなメモをしている。

これだけで納得できる人、説得できる方も大勢いらっしゃるとは存じますが、更に自己の理解を深めるために『新明解国語辞典』を引いた。

それによると

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2006年12月 3日 (日)

光ありて耀かさず

Mizubasyou_1画像は刺巻の水芭蕉です。
秋田は観光地には恵まれています。一年中楽しみです。
と、秋田の友人から画像と一緒にメールをいただきました。

南の暖かい四国から寒い北国で幸せな人生を謳歌している彼のことを考えるとき、「人間(じんかん)到る所青山(せいざん)あり」と、蘇軾(そしょく)の詩にある大丈夫(だいじょうふ)を思い起こします。

さて、いつからそこにあったかは存じませんが、25年頃前、筆者が勤めていた企業の事務所には「光而不輝」と墨書された額が掲げられていました。

その頃の筆者にはその読み方、ましてや意味を理解するだけの知識にも乏しく、ただ自署の代議士名が読めたくらいであり、知らないことを知ろうとする意識と時間も無い状況でした。

その後、ゼネラリストの道を歩むことになり、勤務先のオーナーから公私にわたってご指導をいただく環境に変わり、心境の変化が生じた。

その変化に呼応するかのように昼休みの休憩時間、50分間を浪費している、泥にしていることに考えが及んだ。
これを効果的に使う、金に替える方法を模索しているときに朝日新聞社発行の中国古典選<全38冊>に出会った。

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2006年12月 1日 (金)

「光ありて耀かさず」解説ページ

Katakuri 読者を代表して、秋田の友人から「もう少し短く、解かり易く、肩のこらない自分勝手の記事を書け!」とのリクエストと共に画像を送っていただきました。

「画像は4月中旬に撮影した、田沢湖近郊の西木のカタクリです。」

との注釈をいただきましたので、「かたくり」を『新明解国語辞典』(第五版)で調べてみました。
そこには「山野に生じる多年草。早春、紫色の花を開く。地下茎は、もとかたくりこの原料」とあり、料理、らくがんなどに使うでんぷん。(今は、多くジャガイモから作る)とありました。

お陰で、知らないことを知りました。この紫の花が「かたくり」で、その地下茎が片栗粉になることまでも!60年間生きて初めて知りました。凄い!(自画自賛。因みに地下茎は球茎、根茎、塊茎、鱗茎のいづれ?)

「かたくり」については知ることができたのですが、拙い文章力、表現力をもってして、「解かり易く、肩のこらない」記事を書けるレベルに至るまでは、、、、。60年間の垢は一朝一夕には拭い切れず、また、今週もご叱正を頂くかも!?

さて、今週は身近なところにある(あった)ものを記事にしました。
詳細は週末までお待ちください。

その予告編として

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2006年11月25日 (土)

兵は拙速を貴ぶ

先週は「完璧」の由来についての記事を書きました。
今週は「完璧」を目指すのではなく短期決戦、スピードを重視せよ!ということについて考えてみます。

スピード経営がもてはやされている現在ですが、既に創業時からスピード重視の経営、社是を掲げて好業績を上げ続けている企業があります。

読者の多くがご存知であると思われる、その企業の社是とは「巧遅は拙速に如かず」というものでした。(現在はなぜか、より分かり易い社是、多くの企業、評論家、コンサルタントが声高に主張していることばに変更になっているようなので敢えて過去形にしました。)

これは「兵は拙速を貴ぶに。未だ巧遅なるを聞かず」の言葉を見識のある経営者が社是としてワンセンテンスに要約したものである、と筆者は考えるのです。

その出典を『孫氏』(村山 孚、北川 衞、村田 宏男 共訳  経営思潮研究会)から、以下に引用してみます。

少々長いのですがこれが面白く、しかもこの「作戦篇」詳しくはこちらの解説は44年前に書かれているのですが、現在でも充分示唆に富んでいる、妙を得ていると思われるのでご容赦願います。(この一文は皆様に紹介すると共に自己への戒め、自戒として敢えて長文を引用しました。自分勝手!?お許しください。)

有名な「兵は拙速を貴ぶ」ということばが日本ではじめて使われたのは、

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2006年11月23日 (木)

「兵は拙速を貴ぶ」解説ページ

今週は以前に書いた記事「百戦殆(あや)うからず(partⅡ)」詳しくはこちらにて、書ききれなかったこと、言い尽くせなかったこと、すなわち未完了感を完了させる記事を書きます。

さては?奴(筆者)はネタ切れ!?ご懸念なく!ネタはいつでも、そこらに転がっていますから。
ただ表現力が稚拙であること、自分勝手の記事になることをご容赦いただければ書き続けることは可能です。

さて、どのような内容になりますかは週末までお待ちください。

また、孫子の「作戦篇」についての概要は既に「百戦殆うからず(partⅡ)」の記事中でお伝えしましたので、この解説ページでは有名なことばを『孫子』(村山 孚・北川  衞・村田 宏男 共訳)「経営思潮研究会」より引用してお伝えします。

●「作戦篇」の有名なことば
・「勝つも久しければすなわち兵を鈍らし鋭を挫(くじ)く」―――たとえ戦争に勝ったとしても、長期にわたれば、武器は消耗し、士気は衰えてくる。

・「兵は拙速を聞く。未だ功の久しきを覩(み)ず」―――戦争は丹念にダラダラやっているより、多少不完全でも素早く実行したほうがよいのである。第一、長期の戦争をしたおかげで国家に利益があったなどという例は未だかつてない。

・「敵に勝ちて強を益す」―――敵に勝ってますます強くなるということである。

・兵は勝ちを貴び、久しきを貴ばず―――戦争は勝つということに価値があるのであって、長くつづくから優れているというものではない。

以上を要約すると「戦争はたとえ勝ったとしても長期にわたれば国力は低下する。その隙に他国に攻められると名将といえども防ぎようがなくなるので短期決戦を行え。また戦さに勝ち、敵の食糧を奪い、敵兵を味方にして、奪った武器を転用することにより益々強くなる。したがって戦争は勝つということが重要であって、長期戦に価値はない。
ということです。

「孫子」は先ず、「始計篇」(戦争を始めるに当っての計)で綿密な事前の計算が必要であること。その有無が勝敗の分かれ目になることを説き、万全の準備をして最小の犠牲、投資で最大の効果、利益を上げる方法を説くのです。

考えるにこれは「説得」の術、すなわちコンサルタントの得意とする分野であり、コーチの目指す道、問題を解決するための質問をして、それにクライアントが応える。そのプロセス中にクライアント自らが気付き、「納得」して動く、動けるようになるプロセスとは少し考えを異にするのですが、既に2500年も前からこのような優秀なコンサルタントは存在していたのですね。

それに比べると「コーチ」ということばがマネジメントの分野で使われ始めたのが1950年代ですからコーチングの歴史がいかに新しいかがお分かりいただけると思います。

2006年11月18日 (土)

完璧

Ranten_1 秋田の友人から画像のプレゼントです。

こちらが「蘭展」の写真です。

Tawarazu1_1こちらは筆者の生まれ育った所です。

ここから12km先の高校へ3年間、毎日(サボりながらも!)秋田の友人と自転車で通いました。

さて、福家コーチのコラム「完璧」詳しくはこちらを拝見してその出典を記事にしてみようと思いました。

『史記』(しき)詳しくはこちらの中にその記述のあったことは記憶にあるが、さてどのように手繰り寄せようかと考えた。

先ず、最初に自分のリソース、持ち物の中から朝日文庫の中国古典選『史記』を引っ張り出して調べた。
しかし、手掛かりになるものは「事項索引」でも「語句索引」でもなく、「人名索引」が巻末にあるだけであった。

次に視点を変えて、自分の利用できるリソースを考えた。
強力な武器「インターネット」があるではないか!

早速、検索エンジンで「璧を完うする」と入力した。
結果、簡潔に理解しやすく書かれた記事、「刎頚(ふんけい)の交わり」詳しくはこちらにまで記述の及んだものまであり、諸賢の力作を拝見して感心をした次第であった。

と、同時に、こんなに便利なものがあったのでは「思考力」が衰えるのではないか!?
楽して手に入る情報は血肉に果たしてなるのだろうか!?
ハウツーものだけで、この世を渡り歩くのに必要な思考力、精神力、忍耐力は身に付くのだろうか!?

と、いう余計な老婆心(老爺心?)と、人はアウトプットすることによって始めて知識が身に付く、という教えを実践するために司馬遷の名著『史記』の中から朝日文庫の「廉頗藺相如列伝」(れんぱ・りんしょうじょ・れつでん)詳しくはこちらを引用して記事にすることを選択しました。

また、これは福家コーチが筆者に「完璧」という記事を書いては!?というお誘い、言外の言葉、アドバイスか!?とも考えました。

物語はこうである。

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2006年11月12日 (日)

山中の賊、心中の賊

明日日記(未来日記)を書いた。
今日のゴルフの月例会の成績はワンアンダーであった。

コーチングはゴルフにも効く!?
以下の文章、内容を思い出してそのような未来日記を書いた。

<前略>

コーチの質問は、新しい、そして別の視点を私に与えました。
気がついていないことや思ってもいないことは、当然行動に移せません。質問されるたびに自分で考えるようになります。それは、それまでの自分の考え方だけではなく、ほかの考え方ややり方というものに注意を向けるチャンスをもたらしました。教えてもらっているという実感はほとんどありません。自分で考えて、自分で判断し、自分から行動してみる、そしてその結果を自分で評価する―――このプロセスで私が学んだことです。

<中略>

と言うわけで、一週間の間、コーチはグリップについてもバックスイングについても一切教えてくれませんでした。時々質問したり提案したりする程度で、フォームを直してもくれません。その時のコーチはプロゴルファーではなく、プロのコーチだったのです。

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2006年11月10日 (金)

コーチングについて

10年ほど前から業務上とはいえ、公私にわたりご指導頂いたた方から

少し丁寧に見ましたが、仕事上の関係とはいえ先生(注:筆者の方が先に生まれただけ!因って先生)と8年余りのお付合いがあってこそ文面は面白いと思いますが、その人となりを知らずブログ文章だけならば読者はどう捉えるのか?余計な心配かも。

という貴重なご意見、ご感想をいただきましたので、予定の記事を変更して「コーチング」に対する筆者の考え方と知識、、“思い”、気付いたことを中心にお話しします。

先ず、コーチングについて誤解の多いところからご紹介します。

●コーチングは決して宗教の勧誘ではありません!
(カウンセリングでもコンサルティングでも有りません!)コーチは「ICF(国際コーチ連盟)倫理規定」を満たし、自己基盤の確立した者のみが認定を得られるのです(勿論、スキルも要件の一つです!)。
「ICFの倫理規定」と「自己基盤(ファウンデーション)の確立」により、守秘義務についてもクライアントは守られているのです。

「聞く」、「質問する」ことにより、クライアントが気付きを得て自ら保有するリソース(活用できる資源)を使い、課題、目標を達成する。未完了(やりたいけどやれない。やめたいけどやめれないこと)を取り除いて行動できるようにする。フォローする。サポートするのがコーチの役割です。

●一般的なコーチングの流れです
・毎週1回(月4回)のセッションを行います
・毎回決められた日時にクライアントがコーチに電話をします
・1回のセッションは通常30~40分です。この時間内に課題、先週の振り返り、今週の行動予定等についてコーチの質問にクライアントが自ら考え、応えていきます
・この流れを初回は3ヶ月間契約で行います
・3ヶ月を過ぎて課題が継続中の場合、または新たな課題についてのコーチングセッションをご希望の場合は1ヶ月毎の契約になります

●コーチングは何故機能するのか?
ご存知のとおり人間は頭で考えていることをアウトプットして初めて気付きを得るのです。
アウトプットをする方法は紙に書く、パソコンに書いて誰かの評価を受ける。&/or誰かと話をすることによって、相手の質問から気づきを受ける、自らの発言からも気付きを得ることが出来るのです。

「聞き上手」、「質問上手」と話をしていると会話が弾み、気付きを得ることが多いのです。
また、「聞き上手」、「質問上手」は視点を変える、チャンク(塊)のスライド等を効果的に使い、クライアントが気付いていないことを発見することができるのです。

良いコーチと会話(コーチングセッション)をしていると、自ら「ほな、やりますわ!やってみますわ!」という気になります。
約束すると、人間は自分が大切ですから意識してゴールを目指して行動します。

コーチは決して強要をしませんが、リクエストはします。
毎週フォローもサポートもします。

安心してこちら(クリックしてメールアドレス)からご応募ください

只今、1ヶ月の無料体験コーチングを受け付けています

2006年11月 4日 (土)

之れを沽らん哉

Shigetoshiworld_oonuma_3 お待たせしました!

秋田の友人かから送付頂いた
八幡平の秋です。

Shigetoshiworld_hukenoyu_2上が「大沼 」

下が「ふけの湯」です。

画像をクリックして秋の風景を
ご堪能ください。

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患者は病気に罹ると医者を求める。
目標、やりたいこと、やめたいことを効果的に達成したいクライアントはコーチを探す。

名医を探す方法は口コミ?マスコミから?or設備の整った大病院から?
有用なコーチを探す手段はインターネット?ホームページ、ブログから?orコーチ協会から?

放漫経営と患者不足で病院も倒産する時代、学生の減少で大学は学生集めにあの手この手の当世。
コーチはクライアントを探すのに一苦労!

時代は異なるとはいえど、あの孔子でさえも、

「子貢(しこう)曰わく、斯(ここ)に美玉有り。(ひつ)(おさ)めて諸(こ)れを蔵(ぞう)せんか。善(よ)き賈(あたい)を求めて諸れを沽(う)らんか。子曰わく、之れを沽(う)らん哉(かな)、之れを沽らん哉。我は賈を待つ者なり。」

子貢がたずねた。ここに美しい宝石があるとします。それを箱の中に入れてしまい込んでおいたものでしょうか。

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2006年10月28日 (土)

学んで思わざれば則ち罔し

前回までのあらすじ
インターネットに出会い、五十九非を知って、退職を決意しました。
その後、認定コーチの存在を知り、「CTP」(コーチトレーニングプログラム)を学んで六十化しようと意を決して、認定コーチにコーチングをお願いしました。
コーチという強い味方を得て、「CTP」の受講申込をし、手続きを完了させました。
その後、送られてきた「CTP」の教材を見て、事前に敵(「CTP」の内容)を知ることの大切さに気づき、受講期間の変更を決定したのですが、初回のクラス受講手続きから躓き、受講時にはまたも失態を演じました。その災いが転じて福となり、「CTP」による学習の喜びと楽しみに加え、成果を得て、「やれる」と、感じました。
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「CTP」は座学にあらず。と、先々週書いた。(学びて時に之を習うpartⅠ)

教材を読んで予習をし、クラスに参加して、学ぶ。学んだことを次のクラスまでに実践し、練習をして、その結果をクラスに持ち寄り、また学ぶ。

即ち、授業はクラスコーチからも学び、クラスの参加者のシェアからも学ぶ。その学んだことを職場で、家庭で話す。またクライアントとのコーチング・セッションに使って、実践で学ぶ。

学んだことを実践して、その結果を持ち寄って、また学ぶ。教材からも、クラスからも、実践からも学ぶ。そうすることによって、色々な見方、考え方、「複数の視点」を体験して、知識を知恵に変えて活用することができるようになるのです。

知識、理論を学んで実戦に適用する。教材、クラスの受講というインプット、そのインプット、知識を実戦するというアウトプット。学んだこと、知識を体験して知恵に変換し、実践して初めて効果が確認できるのです。
事上に在って磨き、詳しくはこちら知と行、詳しくはこちら知識と行動を一つにすることが大切なのです。

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2006年10月21日 (土)

学びて時に之を習う(partⅡ)

前回までのあらすじ
インターネットに出会い、五十九非を知って、退職を決意しました。
その後、認定コーチの存在を知り、「CTP」(コーチトレーニングプログラム)を学んで六十化しようと意を決して、認定コーチにコーチングをお願いしました。
コーチという強い味方を得て、「CTP」の受講申込をし、手続きを完了させました。
その後、送られてきた「CTP」の教材を見て、事前に敵(「CTP」の内容)を知ることの大切さに気づき、受講期間の変更を決定したのですが、初回のクラス受講手続きから躓き、受講時には失態を演じながらも、「CTP」により学習の喜びと楽しみを体験しました。
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「CTP」の最初のホームワーク(宿題)は、「コーチングを学ぶ目的を50個書き出して、それをリストにしてください」と、いうものでした。

コーチングを学ぶ目的を50個!?『大学』詳しくはこちらの、「修身斉家治国平天下」詳しくはこちらの要領、即ち、1項目につき各々、自分にとって、家族にとって、会社にとって、社会にとって。と、考えてリストアップすれば、それで4個出来るではないか!?

それに現在、将来と区分すれば、1項目に8個出来上がる。
50個リストアップするには、7項目もあれば十分ではないか!?
楽勝、楽勝!と、楽しみ(宿題)を後回しにした。

さて、授業の前日に12~3項目をスラーっと書いた。
そこで間違えた。教材を見て、困惑してきた。
暫時悩んだ後、これは「視点を変える問題や!」と、思った途端、次から次へと筆が走った。
気づくと60個の目的を書き出していた。

これで、明日の授業が楽しく学べる。と、安心して風呂に入り、湯船に浸かっていたら、数個の目的が浮かんできた。
湯上り後に筆を走らせた結果、70個の駄作が!完成し、そこで打ち止めにした。

翌朝7:00~の授業(電話会議)で、コーチングを学ぶ目的について、リレーコーチング形式にて紹介。質問(コーチ役)はオープンクェッション(Yes、Noで応えられない質問。会話を広げる質問)で。との条件つき。

素晴らしい!流石、全国からの精鋭。鋭い質問、上質の問いかけと応えに気付きが続々と。

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2006年10月14日 (土)

学びて時に之を習う(partⅠ)

前回までのあらすじ
インターネットに出会い、五十九非を知って、退職を決意しました。
その後、認定コーチの存在を知り、「CTP」を学んで六十化しようと意を決して、認定コーチにコーチングをお願いしました。
コーチという強い味方を得て、「CTP」の受講申込をし、手続きを完了させました。その後、送られてきた「CTP」の教材を見て、事前に敵(「CTP」の内容)を知ることの大切さに気づき、受講期間の変更を決定しました。
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CTP(コーチ・トレーニング・プログラム)の受講に漸くこぎつけた。

でも、最初のクラス予約から躓いた。
予約クラスの最小人数が揃わず、キャンセルになり、別のクラスを予約するスタートとなった。

また、電話会議での受講スタートの日にも、筆者のヘッドセットのマイクが、設定不良により、クラスコーチにも、クラスの参加者にもご迷惑をおかけしました。
 
今までの失敗の学習効果と、ヘッドセットを使用して会話をすることは未知の体験であり、流石の筆者もいきなりは!?と。

そこで、事前にヘッドセットを購入して、コーチに無料体験を申し込み、ヘッドセットによる送受話のテストをする計画をしていました。が、回線の確保に失敗をしてアタフタしているうちにヘッドセットを使ったコーチグセッションの無料体験が遅れ、またも失敗談を書く羽目に!

それでも、全国各地から、また海外からも2名の、コーチを目指す方々との電話会議による、クラスに参加することができましました。

論語詳しくはこちらの開巻第一、「学而篇」詳しくはこちらには

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2006年10月 7日 (土)

百戦殆うからず(partⅡ)

前回までのあらすじ
インターネットに出会い、五十九非詳しくはこちらを知って、退職を決意しました。その後、認定コーチ詳しくはこちらの存在を知り、「CTP詳しくはこちらを学んで六十化しようと意を決して、認定コーチにコーチングをお願いすると共に、「CTP」の受講申込手続きを完了させました。
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コーチへの登竜門「CTP」を舐めてかかっていた。1年半で卒業と!
144時間で最長3年の受講期間のところを半分で卒業する。と、高を括っていた。

教材が届いた。
「甘かった!」と教材を前にして思った。

福家コーチHPはこちらにも事前に、「CTP」の受講ペースについて問い合わせをしていた。
福家コーチのお返事は「1モジュール/月」が小生には適切である、と。
教材を見て感じた小生の思いと一致!していました。

流石、伊達にコーチをしていない。
メールのやり取りで小生の実力を掌握済み!?

孫子詳しくはこちら に「兵は拙速を聞き、未だ功の久しきを覩(み)ず。

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2006年9月23日 (土)

幾を知る(partⅡ)

コーチ21HPはこちらのホームページには「CTP」の7月クラスは6/22が最終受付日とあった。

福家コーチHPはこちらにお聞きすると7月クラスの申し込みは小生の考えているほど、時間的余裕がなく、「急げ!」と。

即日、web上から申し込みをした。
電子メールにて申し込みを受理した旨の連絡があった。(自動返信?)

でも、必要書類は届かない!

暫く待っても届かないので連絡すると、翌日、電話にてお詫びと申し込みを急ぐようにとの連絡が入った。

女性の声で、確り訓練された喋り方にある種の商法を連想した。

その旨(余計なこと)を福家コーチに連絡したら「それは無い。大丈夫!」との回答。

元々ある程度の下調べをしてはいたが、「コーチ21」は人の力量に頼る部分の多いことを知った(社員にとっては遣り甲斐もあるでしょうが!?)。

1両日後に「コーチ21」から契約・同意書および振込み先、その他案内の入った封書が届いた。

書類を目前にして迷った!

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2006年9月16日 (土)

幾を知る(PartⅠ)

福家コーチのHPと写真をみて「この人!」と決めた

詳しくはこちらの「繋辞下傳詳しくはこちらに君子は幾(き)を見て作(た)つ。日を終るを俟(ま)たず、とあるではないか。(詳しくは「附録2」をご覧ください)

思ったが吉日、福家コーチの迷惑も省みず略歴、現状、思い、考え等を電子メールに託した

福家コーチから返事が来た。

「定年の3ヶ月前、7月からコーチングを開始しましょう」第3(定年後)の人生設計をしましょうと。

その言葉(返事)を受けて、数日後に「CTP」を受講してコーチを目指そうと考えた。

早速、その旨を福家コーチにメールでお伝えした。

<幾を知る(part1) 附録1>
どうしてHPと写真を見て「この人!」と決めたのか、

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2006年8月31日 (木)

六十にして六十化す

(朝日新聞社 中国古典選16 荘子「則陽・寓言編」)

定年前に五十九非を知った。

五十九非を知って「六十にして六十化す詳しくはこちらためには「PC」(パソコン)と「聞く」スキル、知識を身につける必要性のあることに気付いたのです。

早速、「PC」を買い込むのと相前後して,「CTP詳しくはこちらの受講申し込みを行った。

PC」の購入を思いついたのは、インターネットを活用することにより、無限の広がりを感じると同時に、ブログを見て、素晴らしい言葉と考え、表現方法に出会い、目から鱗の気付きが得られるとともに「六十にして六十化」しようとする勇気と元気をいただいたのです。

また、「PC」は、市販ソフトの出始めころ、

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2006年8月26日 (土)

五十九非を知る

五十九非を知る詳しくはこちら
(朝日新聞社 中国古典選16 『荘子詳しくはこちら則陽篇寓言篇」)詳しくはこちら 

この9月中旬で満60歳を迎える。
就業規則に基づく定年退職月であり、30年間勤めた職場からの退場を決意した日が近づきつつある。

この変化の早い時代に直面し、「出処進退」を誤って、いつまでも老醜を曝す気にもなれず、また職場から墓場への直行も適わん!と考え、「進むときは人任せ、退くときは自ら決せよ」という先人の教えに従い、退職を決断した。  

そんなとき、ふと、定年後の生活を考えて、何の準備もないことに気付いたのです。

と同時に、荘子「則陽篇」(そくようへん)にある「蘧伯玉詳しくはこちら

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